第百二十一話 北条包囲網 その8
ご要望が御座いましたので勢力図を入れました。PCのペイントで作ったので、ちょっとカッコ悪いです。もっと細かく作りたいとは思うのですが、初心者でも使えるツールがありましたら教えてくれると助かります。一応、私的には頑張ったつもりです。(ペイントでは固定の図形や矢印が使えなくて不便だったのです。私が知らないだけかも知れませんが。あと、紹介頂いても使いこなせるかは不明なのでその場合はお許し下さい)
画像を作っていて思ったのですが、香取の海を書きたいなと少し欲が出ました。今、プレビュー画面を見て気が付きましたが、千葉家の表記が抜けていました。グレーが千葉家という事でお願いします。
久幹が出陣してから四日が過ぎ、千葉親胤と原胤清が降伏したと伝えて来た。久幹は小弓城を奪い、千葉家の協力を得て各支城の接収を終えてから土岐家と真里谷家を降すと伝えて来た。これにより下総の残りと上総の東部が小田家の所領となったのである。
百地の忍びが伝えて来た所によると、千葉家は籠城の構えを見せて抵抗してきたので、久幹は軍勢を持って攻撃したようだ。七百の鉄砲衆を付けたのだけど、その攻撃で矢倉の射手は次々と倒され、射手が矢倉に登る度に鉄砲の餌食になり、城内にも撃ち込んだので敵は大混乱になったそうだ。軍勢の数も違えば、新兵器である鉄砲をよく知らない千葉家からすれば仕方ないと思う。実際、七百の鉄砲の射撃を受ければ、古い中世城郭では太刀打ちできないだろう。曲輪の一つを落としたら降伏して来たという。
久幹は千葉家の重臣に国府台城に向かうように指示したと伝えて来た。更に逃げるなら逃げてもいいと彼らに伝えたそうだ。久幹の狙いも解る。重臣よりその下の家臣の方が統治の役に立つからである。家柄だけで居座っている人もいるだろうから、お役目を果たせるか判らないし、使えるかも判断出来ないのだ。ただ、高城胤吉から聞いた村上国綱と村上綱清の親子は別である。
彼らは臼井城の支城である米本城を任されていて、善政を敷いていて領民にも好かれていると高城胤吉から聞いている。村上国綱は信濃の村上義清と同族であり、名門でもある。千葉家に被官しているそうなので、是非、私の家臣になって欲しいのだ。史実でも戦に強いというくだりがあったので得難い人材だと思う。
千葉家の主従が国府台城にやって来ると、私は勝貞や政貞を始めとした重臣と共に彼等に会う事にしたのだ。私が広間に足を踏み入れると、両脇に並んだ重臣に挟まれるように千葉家の面々が並んで座っていた。高城胤吉は重臣の列に加えたのに、皆から離れて出口に座っていた。ちなみに愛洲も反対側で出口の隅にいるので、二人だけの別世界が出来上がっていた。
私が広間に入って来た事が分かると一斉に平伏する。先頭には小さい子供がいて、千葉親胤だと思われた。私は彼等に顔を上げるように命じて口を開いた。
「まずは高城胤吉、そんな端に座っていないで、もっと前に座りなさい。貴方は私の重臣なのだから」
私がそう言うと千葉家の人達は高城胤吉の方を向いた。そして私を見たりして困惑しているようだった。高城胤吉は気まずそうな顔をしながら口を開いた。
「御屋形様、この胤吉はお仕えしたばかり。重臣の皆様方の横に並ぶのは遠慮が御座います」
高城胤吉がそう言うと政貞が口を開いた。
「御屋形様、某も申したので御座いますが、高城殿は謙虚な御仁の様で御座います。ですが、当家の重臣となられたからには今のようではこの政貞が困ります。御屋形様からも申して頂きたい」
私は高城胤吉が困っている様子を見て、困った顔をしている愛洲が可笑しくて笑ってしまった。よく考えたら愛洲が皆から離れて出口に座っているから高城胤吉も困ったのではないかとも思う。愛洲の行動には皆が遠慮するらしく、好きにさせているようなのだ。
私は高城胤吉に近くに座るように命じてから千葉家の人達に語り掛けた。
「此度は潔く当家に降った事を私は嬉しく思います。無駄な血が流れる事が無くなったのでホッとしますね。真壁久幹から聞いてはいるでしょうけど、当家では所領の安堵は致しません。それで良ければ当家に仕えても良いという方はお残り下さい。そうでない方は放逐致しますのでお好きに為さって下さい」
私はそう言って暫く待ったけど、誰も退席しなかった。私は彼等に仕える意思を再度確認した。それでも去る人がいなかったので皆、北条家に期待していないのだろうと考えた。国人である千葉家に援軍を送らなかったのだから当然だと思う。小田家の大軍を見て、そして連合軍が攻め入ったと聞けば無理も無いと思う。武士は御家が大事、私はこの事に関しては彼等は立派だと思う。降るという事は先祖から受け継いで来た土地を失う事だ。そして被官してでも家を残そうと彼等は決断したのである。
「では、この場にいる者は当家に仕える事を許します。今後は俸禄で仕えて貰いますが、今までのように家臣を養う事は出来ないでしょう。養えない家臣は私が引き受けますからご安心下さい。千葉親胤殿は御幼少の身なのでこの城にお残り下さい。他の者は戦の支度をして真壁久幹の陣に駆け付け参陣して下さい」
私は一拍置くと更に続けた。
「村上国綱、村上綱清、私の前に来なさい」
私がそう言うと村上国綱と村上綱清は驚いたような顔をした。そして千葉家の人達も何事かと騒めいた。村上国綱と村上綱清は戸惑いながら私の前に座って平伏した。罰でも受けると勘違いしていそうだ。
「国綱、綱清、お顔をお上げ為さい」
私の言葉で二人は顔を上げ、居住まいを正して座り直した。
「まずは国綱、高城胤吉から話は聞いています。貴方は米本城で善政を敷き、民からも慕われ、そして戦においても勇猛だと聞いています。信濃の村上義清殿の縁戚だとも聞いています。私は貴方の行いにとても感心しています。なので今より重臣の列に加わる事を命じます」
私がそう言うと村上国綱はまた驚いたような顔をした。
「小田様、この国綱は千葉家の内においても席は低く御座います。それをいきなり重臣と言われましても困ってしまいます。どうか、お考え直しを頂き、某に相応しき扶持をお与え下さい」
「国綱に相応しいのは私の重臣になる事です。もっと胸をお張りなさい。私は此度の戦で大領を得ますが、領土よりも村上国綱と高城胤吉を得た事の方がずっと価値があると思うのです。既に、村上国綱と高城胤吉という武者は私の自慢の家臣なのですから諦めて受けて下さいね?」
「はぁ、仰せとあらば従いまするが、小田様は無茶なお方で御座います。民を安んじるのは当然の事でありますれば、困惑してしまいます」
「それを出来る人がいないから国綱にして貰うのですよ?当家のお役目は大変だから励むといいですね。国綱、貴方の子の綱清もしっかり育てて下さいね?では国綱は重臣の列に並ぶように。政貞、国綱が困らないように差配して下さい」
「承知致しました。国綱殿、お困りが御座いましたら遠慮なく某に申して下され」
「忝い、何が何やら判りませぬが宜しくお願い致します」
そうして困惑しながら国綱親子は政貞に促されて重臣の列に並ぶ。その様子を見て初老の男性が口を開いた。先頭に座っていて千葉親胤の横にいるから原胤清だと思う。彼は千葉家家老、原胤清と名乗った。
「小田様、当家の千葉親胤様はどうなりましょうか?」
「そうですね、親胤殿は成長するまではお役目も果たせないと思うので、屋敷を与えますからそこで学問と武芸に励まれると良いと思います。原胤清殿は千葉家の実権を握っていたと聞いています。宜しければ親胤殿の守役になられては如何ですか?」
私がそう言うと原胤清は渋面を作った。今まで千葉家のトップでやりたい放題だったから、私のような小娘に言われるのが気に入らないのだろう。それに守役だと大した禄も貰えないしね。主君を蔑ろにする原胤清には城も領地も任せるつもりは無い。任せれば私腹を肥やそうとして結局は放逐になりそうだけど、民に迷惑を掛ける訳にも行かない。楽をさせるつもりも無いのでしっかり働いて貰うつもりである。
「小田様、この原胤清はお役に立てまする。どうかこの原胤清を重臣にお加え下さい」
原胤清がそう訴えて来た。だけどそれは無理だよ。きっと派閥を作ったりして皆を困らせるに決まっている。基本的には親北条だし、仮に北条家と争う事があれば情報とかリークされそうだ。ここはガツンと言ってやろう。
「貴方は千葉親胤殿という主君がありながら自らの権勢を誇りました。そのような奸臣を重く用いる事はしません」
私がそう言うと原胤清は下を向いてしまった。結局、主である千葉親胤はどうでもいいらしい。千葉家の家臣との会見はそこで終了となった。結局、原胤清と一門は城から出て行き多分、北条家に行くのだと思われる。私と言えば、危ない人が出て行ってくれたのでホッとしたのだ。そして私は村上国綱と高城胤吉に私の部屋に来るように命じた。政貞と百地も含めて相談である。
私は二人に上総の領地と城を任せるつもりである事を伝えた。そして上総の現状を百地が説明し、私は次の収穫までの一年間は民を食べさせるつもりである事、来年の年貢は免除する事、年貢は四公六民である事を伝えた。
小田家は律令の制度を取っているのでそれも簡単に説明する。二人には軍団長の下で活動して貰う事を話し、上総の救済は小田家の最優先になると説明した。私と政貞は上総の状態を重く見ていて、占領したらすぐにでも活動しようと決めていた。人選も既に進めていて、村上国綱と高城胤吉にも参加して貰うつもりである。
私の話を聞いた村上国綱は感心したように口を開いた。
「まぁ、変わったお方だと取り敢えず従い申したが、民に斯様な慈悲を与えようとは思うて居りませなんだ。小田様、この村上国綱は心からの忠義を捧げとう御座います」
そう言って村上国綱は平伏した。
「取り敢えずって、今初めて仕えようと思った訳?」
村上国綱は顔を上げて居住まいを正しながら言った。
「まぁ、そうで御座いますな。いきなり重臣と言われても困り申します。それに某は小田様をよく知りませぬ。忠義と言われましても困惑致しますな」
あっけらかんと言う村上国綱に私は笑ってしまった。政貞は口を開けて驚いている。そして高城胤吉は「村上殿!」と小さい声で叱責するように名を呼んだ。
「高城、別にいいよ。村上の言う事は尤もだと思う。私も村上に見捨てられないように励むとするよ。村上、それでいい?」
「よう御座います。ですが、民を安んじられる主君にようやく巡り合え申した。某は運がよう御座います。高城殿もご助力感謝致す。共に励まねばなりませぬな」
村上がそう言うと、高城は手拭いで汗を拭きながら答えた。
「村上殿、その様なご様子だから千葉でも不遇な扱いを受けたので御座います。今少し態度をお改め下され」
「高城、村上はこのままの方が私も付き合い易くていいよ。当家は変わった人が多いから二人とも気を付けた方がいいよ?でも悪い人がいないのは私が保証するよ」
皆で笑った後、私達は再び打ち合わせを始めた。打ち合わせが終わると村上国綱から米本城の領民に話をしておきたいと言われ、私は許可をしたのである。




