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南へ飛ぶ男

 1944年。敗戦色が強まりつつあるこの年、日本軍は本土決戦への備えとして、沿岸部の要塞構築や戦力の南西方面移送などを水面下ではあるが少しずつ始めていた。


 同年中旬。陸軍工兵学校で教官を務めていた中津川大尉は、教務主任からの急な呼び出しと学校長である吉岡少将と面談した後、状況もよく説明されないまま自動車に押し込められ車内でふて腐れていた。

「なぁ、俺が行く必要はあるのか?」

「小官に答える権限はありません」

 運転手である下士官殿は一貫してこの態度だ。取り付く島もない。

 隣の座席には身の回りの物や着替え、私物を取りあえず詰め込んだ鞄。そして身に着けるは一張羅の軍服だけだ。過ぎ去っていく外の街並みも次第に閑散とし始める。ふと、何所へ向かってるかぐらいなら答えてくれるだろうと思い付き、質問をしてみた。

「この自動車が何所へ向かってるかぐらいは教えてくれてもいいだろ、軍曹殿」

「柏飛行場であります。大尉殿は、そこに待機している連絡機に乗って頂きます」

「連絡機?おい、まさかこの時勢になって南方へ飛ばす積もりじゃないだろうな。今さら俺みたいなのが行った所で情勢は何も変化しないぞ」

 憲兵でも居れば何かしら疑いの目を向けられそうな発言だ。しかし、ここまで来て日本が勝てると思っている人間は俺からして見ればそれこそ気狂いである。どうしたって埋められない工業力の差がある事は開戦前から分かり切っていただろうに。

「小官は大尉殿をそこまでお連れするのが任務であります。それ以上の事は知らされておりません」

 深いため息が出た。到着までは暫く時間が掛かるだろうから、それまで少し眠る事にして瞼を閉じる。車に揺られながら眠った事はあまり無かったが、中々どうして心地いいものだった。


 どれぐらいの時間が経ったかは分からないが、気付けば飛行場の片隅に停まる車内で軍曹に起こされていた。鞄を持って外に降り立ち、襟元を正して軍曹の後を着いていく。滑走路に待機しているあの連絡機が、これから自分を何処かへと運ぶのだろうか。

 連絡機に近付いていくと、飛行服に身を包んだ2人組がこちらに気付く。振り返ったその2人に敬礼されて、俺は迎えられた。

「操縦士の袴田少尉であります。快適とはいきませんが、なるだけ静かな空を楽しんで頂ければ幸いです」

「副操縦士を務める横井軍曹であります。大尉が機上に居られる間は、小官が身の回りの世話をさせて頂きます」

「中津川大尉だ。空に居る間だけ世話になる。1つ聴きたいんだが、目的地を教えて貰えるだろうか」

 横井軍曹が懐から日本地図を取り出した。指差す場所は九州。都城西飛行場だった。

「……どれぐらい掛かる」

「2回の給油を予定しております。恐らくですが、日が沈む前には現地に着けるでしょう」

 色々と不安が残るものの、ここで引き返す訳にもいかない。運転して来た軍曹に見送られながら、機上の人となった。


 初めての空の移動は、思っていたよりもしんどかった。気圧の変化で耳はおかしくなるし、寒い上に凄まじいエンジン音である。時折り機体を襲う乱気流で気持ちは一切休まらない。拷問でも受けているような気分がひたすらに続き、給油に降り立つ間だけ滑走路脇の草むらに寝転ぶのを繰り返す。大地がこれほど恋しいと思ったのは産まれて初めてだった。


 横井軍曹の予言どおり、連絡機は沈み行く太陽を右手に捉えながら都城西飛行場へ降り立つ。掩蔽壕に機体が入り込み、再び地上に足を付けた時にはもうボロボロと言った感じで、一刻も早く横になりたい気持ちでいっぱいだった。

「ありがとう2人共。感謝する」

「早くお休みになって下さい。短い間でしたが、ご一緒出来て光栄でした」

 皮肉だろうかと腹の中で思いつつ、荷物を持ってくれる兵士の後を追った。案内された部屋のベッドへ倒れ込み、着の身着のままでまどろみの中へと落ちていく。

 翌朝になり、迎えに来たと言う1人の中尉に叩き起こされる。顔が腫れぼったいまま立ち上がって荷物を持ち、営舎の外へと歩き出した。その間際に主計の兵士が握り飯の入った包みとお茶が入った水筒を手渡してくれたので、それを車内の中で貪る。

 取りあえず胃が満たされた俺は、この中尉なら質問に答えてくれるだろうという思いで、軍曹に一蹴された質問をぶつけて見た。

「中尉、俺はいったい九州まで来て何をさせられるんだ」

「大尉殿には今から向かう場所で砲台の造成を手伝って頂きます。大尉は砲台の設計や建築にかけては軍内部でも名の知れた人物とお聞きしております。どうかお力添えを」

「俺じゃなくて俺が師事していた人が有名なだけだ。俺は弟子の中でも落ち零れだったよ」

「何を仰います。教本も幾つか執筆なさっているじゃありませんか」

 しまった。以前に上官から砲台構築について要点を纏めた書類を出せと言われ、可能な限り詰め込んで作った物が勝手に製本されているらしい。断れば良かったと今さらに思い始める。

「あれは……まぁ色々あって」

「皆が大尉殿を心待ちにしています。到着しましたら、まずは責任者の所へお連れします」

 舗装されていない山道をガタガタと車は進む。代わり映えしない風景にうんざりし始めた頃、山道が急に開け始めた。目の前に海が広がり出し、車はそのまま沿岸を南下していく。

 太陽に照らされる青い海原を眺めていると、車が速度を落とし始めた。そして何の変哲もない海沿いの道で停車する。ここが目的地なのか疑わしいが、中尉が着いたと言うので降りる事にした。

「ご案内します」

 言われるまま山に分け入る中尉の後を追う。獣道のような細いあぜ道をひた歩くと、森の中にトンネルがあるのが分かった。銃を持った兵士が警備に張り付いており、中尉がやり取りを終わるとそのままトンネルの中へ通される。

「……ここは」

「内之浦臨時要塞です。野砲の砲台はもう少し下の方にありますが、大尉殿に手伝って頂きたいのはこちらになります」

 トンネル内に掘られた横穴へ案内された。そこには簡素な机や椅子、電話機が備え付けられており、小さいながらも本部としての機能を持っている事が分かった。

「大佐、お連れしました」

 大佐と呼ばれたその男は、半袖半ズボンの出で立ちで無精ひげを生やしていた。まるで南方から引き揚げて来たように見受けられる。

「ようこそ中津川大尉。ここを取り仕切っている半沢大佐だ。君が居た工兵学校長の吉岡少将とは個人的に繋がりがあってね、誰か手伝ってくれる人間が居ないかと訊ねたら君を紹介された訳だ」

 なるほど。俺は売られたって事か。学校長とはあまり折り合いが良くなかったから、体のいい左遷って訳だろう。

「大本営が掴んでいる情報では、遠からず本土決戦が起こる可能性が示唆されている。そのため、ここに要塞の構築が始まった」

「不躾で申し訳ありませんが、ここまでどうやって重砲火器を持ち込むのですか。あの類は下ろすのは簡単ですが、引き上げるのは一苦労ですよ」

「それについては考えがある。まぁ、正気の沙汰じゃないと思うだろうが聴いてくれ」

 中尉が淹れてくれたお茶を啜りながら、大佐の話に耳を傾けた。確かに正気の沙汰とは思えない内容だった。


 元来、砲台という物は動く事が出来ない。居場所を秘匿している内はいいが、一発でも撃てば場所は露呈してしまう。山奥ならまだしも、沿岸砲台はそこが弱点だ。これにより、南方から引き揚げた余剰の97式中戦車をトンネル内に配置し、移動射撃を繰り返して火点を悟られないようにすると言う戦法が軍上層部の何処かで立案されたらしい。

 それを実現させるため選ばれたのが、建築途中だったここ内之浦臨時要塞である。正直な所、頭痛の種にしかならないような戦法だ。敵軍の砲弾が直撃してトンネルが崩落すれば、全て埋まってお終いだろうに。

「……宮仕えの悲しい定めですね」

「この戦争、長くはないだろう。しかし、やれと言われたらやらざるを得ないのが軍人だ。悔いを残さないよう、精一杯やろうと思う」

「同感です。私のつたない技術と知識で宜しければ、お手伝い致します」

 その日から、夜遅くに及ぶ連日の打ち合わせが続いた。実際に工事を行う事になる工兵や作業者として徴用された一般人も含め、実務レベルでの話し合いが行われる。

この手の物を書くのが初めてなため、こんな感じでもいいのか正直ビクビクしています。よろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 御参加ありがとうございます。 [一言] まだ序盤なので、タイトルにどうつながるのか、そしてチハがどのように魔改造されるのか、楽しみにしています。
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