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第16話「――覚えたぞ、この硬さ」

 ――魔王都の闘技場、思えばここが全ての始まりだった。

 ここでジェイクと戦って勝利してしまった時、私の運命が決まった。

 同時に、あの薔薇の吸血鬼が仕込んだことの結実でもあった。


 アシュリーが用意してジェイクが歪めた結果だ。

 魔王ヴェン・ライトニングという虚像が生まれたのは。

 そして、私は今から兄とそれを奪い合う。


 レイチェルがお膳立てをしてくれた。

 正直なところ、私には紡ぐ言葉はなかった。

 兄を目の前にして悪魔の聴衆という第三者に向けた言葉は出てこない。


「――戦う前にひとつ教えて欲しい。父さんを殺したのは貴方だね?」


 私の問いに対して静かに頷くジェラルド・アルフレッド。

 その姿はまるで父そっくりだ。私なんかよりも父さんを継承している。

 だというのに、どうして。


「理由は問わない。戦うには充分すぎる」


 どうせこんな衆人環視の中で何を聞いたところで語るはずもなし。

 もう戻れないんだ、あの頃には。

 覚悟を決めて、刃を引き抜く。兄も同じだ。間合いは既に。


「……どちらが真の魔王か」

「どちらが真の勇者か――」


 ”決着をつけよう”なんて声が重なることに兄さんを感じて。


 刃と刃がぶつかり合う。勇者の聖剣を受け止める。

 まさか、これを敵に回す時が来るとはな。

 少しばかり雑に扱い過ぎたか。


「父さんの剣か。……所詮はただのレディメイドだ」


 鍔迫り合いの一瞬、ジェラルドが呟く。

 そうだ。聖剣を私に託したあとに父が使っていた刀剣だ。

 新たな剣を見つけるまでの繋ぎだったのかもしれない。

 けれどこれが最後の剣になった。


「――私は剣を選ばない。父の遺志を継ぐ」


 枝だろうがなんだろうが、私が握れば剣なのだ。

 それが聖剣であろうと既製品であろうと変わらない。

 ただ、私はここに父を連れてきたかった。それだけのことだ。


「ならば見せてあげよう。僕が継ぐはずだった父の剣を」


 ――言葉と共に魔力が走る。何が起きるかは知っている。

 父上は魔法剣士だった。ヴェン・ライトニングは爆炎を刃に乗せる。

 そして兄さんはその正統なる後継者だ。同じ血が流れている。


 鍔迫り合いのまま、剣から爆炎が舞い上がる。

 これ自体は距離があるのだ、ダメージにはならない。

 だが、炎と音が生み出す原始的な恐怖は身体を硬直させる。

 ほんのわずかな一瞬だけれど、兄はそれを突ける剣士だ。


「ッ、やはり”魔導甲冑”か――」


 振るわれた聖剣を腕で防いだ。着込んでいる鎧で。

 あちらもあちらでそれなりの火力を用意しただろう。

 けれど、キトリの用意してくれた魔導甲冑が上を行ったのだ。

 一定以下の攻撃はその一切を寄せ付けない。


「――覚えたぞ、この硬さ」


 ふふっ、やはりそう来るか、兄さん。

 流石はジェラルド・アルフレッド。私の知る最強の魔法剣士。

 正直なところ、一度本気で殺し合ってみたかった。

 1人の剣士としてどちらが優れているのか、試し合いをしてみかった。


「覚えたとしても、実践するだけの間は与えませんよ」


 剣戟の速度を上げる。

 いくら兄といえど魔導甲冑を破る一撃を放つには間が必要になるはずだ。

 踏み込むとか、深く息を吸うとか、そういった時間が。

 だからそれを与えない。手数の多さで圧倒する。


 ……しかし、これだけ打ち込んで一度も破れないとは。

 兄も兄で甲冑を纏っているとはいえ、異常だな。

 本来、私の剣であれば甲冑ごと切断できる。

 僅かに深く踏み込んで勢いを乗せれば。


 けれど兄はそれを見抜いているのか、本命の一撃だけは避けるのだ。

 あるいは聖剣で妨害してくる。

 その全てが的確で、聖剣ごと叩き折ってやろうかという思惑すら通らない。


 ……強い。少なくともあの時の手を抜いていたジェイクよりはずっと。

 これだけの力がありながらどうして道を踏み外したのか。

 そんなに私が勇者を継いだことが憎かったのか。


 こんなに美しい太刀筋をしていて、どうして――


「獲ったぞ」


 感傷的になり過ぎたのか、拮抗状態が崩れ、追い込まれた。

 全力が籠められていると分かる太刀筋を左腕で受けるしかない。

 甲冑が破壊されるのは当然として、腕まで持っていかれるだろう。


 これが、ただの魔導甲冑ならば兄の勝ちだ。

 少なくとも片腕はくれてやらなければならない。

 しかしこれはドクターキトリの発明品だ、宣教局の天才の!


「――勝ちを確信した瞬間にこそ油断するな。貴方の言葉です、兄さん」


 瞬きをする間すらなかったはずだ。

 兄さんの刃が届き、魔力が爆ぜるのと同時に左腕の魔導甲冑をパージ。

 その際に放出される甲冑に蓄積された魔力が使い捨ての盾になる。

 強力な盾に。ピーキーすぎて私くらいにしか使えないとキトリは言っていた。


 そして攻撃のために崩れていた兄の姿勢、その隙を突いて首元に一撃。

 もう少しでも深く斬り込んでいれば即死させることができたはずだ。

 ……できなかったのは兄さんの技量か、それとも私の甘さか。


「っ……流石だな、流石はエステルだ。僕の完敗だった」

「そんなことは。私にはキトリが着いていただけのことです」

「いいや、君の勝ちだ。僕は人間としては君には勝てなかったよ」


 首元の傷を押さえながら、兄が呟く。


「今すぐ手当すれば助かります、兄さん」

「ふふっ、勝ちを確信した時にこそ油断するな。だろ?」


 血塗れの手から何かを取り出すのが見えて――


「やめろッ! 戻れなくなるぞ!!」

「とっくの昔からだ。僕はもう戻れないんだよ、エステル」


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