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第6話「――私を獲りたいなら、全員死体になってから来なよ」

「――(サキュバス)を獲りたいなら、全員死体になってから来なよ」


 無数の食屍鬼の遺体、心臓を失った吸血鬼の身体。

 半ばそれらに埋め尽くされた病室でレイチェルは静かに握り潰す。

 吸血鬼の心臓を握り潰して、その息の根を止めていた。


 血塗れの拳、返り血に染まった燕尾服。

 ジャケットは脱ぎ捨てられ、ネクタイは緩められ、胸元が開かれている。

 朽ちていく吸血鬼は男だ。あいつはグールと違って死体ではない。


 ――ここまでを見ただけで状況は理解できた。

 無数のグールに襲撃されて、それらを拳で殴り飛ばしていた。

 そこに吸血鬼が現れ、男と見るや魅了の魔法を使ったのだ。

 どこまで綺麗に効いたのかは知らないけど、勝敗は見て分かる。


「えっ、この数で無事なの……?」

「――誰?! あ、いや、ヴェン陛下……?! ええっ?!」

「そういえば君には、僕の姿しか見せていなかったね?」


 握り潰した心臓を打ち捨てつつ、エステルに反応するレイチェル。

 この反応を見る限り、勇者ヴェンの正体には気づいていなかったな。

 丸っきり男だと思い込んでいたのは間違いない。


 けれど、レイチェルに分かるようにヴェンの姿に戻したエステルを見て理解したはずだ。女のエステルが正体であり、男のヴェンが偽装であると。


「……そっちが幻惑ですね? 何が言いたいかというと」

「ああ、僕は女だ。ジェイクの方は知っている」

「ええっ?! ヴェン陛下は女性?! ヴェン陛下が女装していたんじゃなく?!」


 ミノの奴のリアクションを見ていると、なぜか安心してしまう。

 といってもまだグールは残っているのだけれど。


「情報交換は、食屍鬼を皆殺しにしてからにしようか――」


 吸血鬼自身が生きていれば、もっと規律だって動いたのだろう。

 けれど、木偶の棒と化した食屍鬼を掃除するのに時間はかからなかった。

 ストラス医院側が上手いこと封鎖してくれていたのもあって、被害もない。


「――ごめんね、先生。予想通りになっちゃって」

「覚悟していたことですから。それよりネクタイ結び直してもらっていいですか」

「ふふっ、効くんだ? 私の魅了が」


 フクロウ獣人、悪魔医学の父の子孫、ストラス医院の医院長。

 重役にしてはまだ若い彼に対してレイチェルが事の次第を説明している。

 俺とエステルはなんとなく魔王親衛隊のフリをしたままだ。


「……からかわないでください。スキャンダルが命取りなんです。

 それより、報道発表の内容には手を入れますか?」

「たぶん、その必要は出てくるかな。ちょっと親衛隊と作戦会議したい」


 ――半日程度でしたら引き延ばせます。

 そう答えてくれたストラス医院長は、8階の個室を貸してくれた。

 シャワーもあるし、作戦会議もできるというわけだ。


「……ちょっと血を流してきます。覗いても良いですよ、陛下だけは」

「それは、僕に言っているのかい? それともこいつ?」

「どちらでも構いません。ああ、でも2人同時は流石にご配慮いただきたい」

「誰が覗くか。さっさとシャワー浴びて来い」


 まったくエステルの奴もいちいち反応するんじゃないよ。

 しかし、アシュリーもなりふり構わず派手に動いてきたな。

 失敗こそしたが恐らく手札としては完全にレイチェルを殺す気で仕掛けてきた。

 ユニオンが人間と吸血鬼しかいない組織だから、個の戦闘力不足だっただけ。

 では、これが成功したらどう動くつもりで、失敗したらどう動くか。


「――ミノ。お前は何か聞いてるか? レイチェルから」

「いえ。病院でのことは殆ど聞かされていません」


 それもそうか。あのアパートの待機要員だものな。

 信頼できる人物であり、若い人間だから古巣となる組織が無い。

 相変わらず絶妙な配置をするな、レイチェルは。


「――失礼いたします。私であれば説明できるかと」

「ボルドーか! よくここが分かったな」

「ストラス医院長から聞きまして。少し遅くなってしまったようですが」

「良い良い。こちらに被害らしい被害はない」


 そこまで話したところでレイチェルがシャワー室から出てくる。

 燕尾服ではなく薄い病衣を纏っていて、いつもより身体の線が出ている。

 ……ミノとボルドーは反応したな。エステルは何気なく見つめている。


「ボルドー! このタイミングで戻ってきたってことは」

「はい、内偵調査は終了しました。

 奴らは”菊の吸血鬼”を殺害、この襲撃の実行犯に仕立てるつもりです」


 ……悪魔貴族の伯爵だったな。

 なるほど、別の犯人を用意する腹積もりか。

 随分と強引な襲撃だとは思ったが。

 吸血鬼による襲撃であることを隠しもせずに。


「やっぱりか。それで”ジェイクの遺体”の穴はどう埋めるつもりか分かった?」

「――先代魔王ではなく、新たな魔王である勇者の偽者を用意するようです。

 それが誰なのかまでは分かっていませんが……」


 レイチェルはレイチェルで調べていたようだな、連盟の動きを。

 ボルドーが有用な情報を探し当ててきたことから的確な読みだったと分かる。

 流石だ。流石は俺の副官、俺のレイチェル。


「――ジェラルド・アルフレッド、僕の兄を使うつもりだ」


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