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第11話『遅かったじゃないか、ジェイク――』

 ――ここに足を踏み入れた時から、全てが悪い夢のようだった。

 眼下で説明されている悍ましい分断工作。

 ようやく自らの目で捉えられたというのに実像を掴めない薔薇の吸血鬼。

 そして、極めつけはあの司教だ。


 あいつは教会における聖都の最高権力者だぞ。

 国全体を統括する大司教とその配下はともかくとして聖都の長だ。

 立場としてはたった1人で宣教局そのものと同格。

 大司教の真下に当たる立ち位置だ。

 とんでもないところに売国奴がいたことになる。


 ……私の視界の中で、安心できるものはひとつしかない。

 白銀のドレスに身を纏い、背中を大きく開いた魔王様くらいだ。

 異様に似合うふざけた女装をしたジェイクを見ていると少しだけ安心できる。


『ッ――!!』


 先に動いたのは司教だった。

 フィーデルと呼ばれた吸血鬼は敢えて譲ったのだ。

 吸血鬼に魂を売った売国奴のくせに、神官としての聖術を使った。

 光の矢を放ったのだが、狙いをつけられていないな、あれは。


『――――――』


 避ける素振りさえ見せず、次の瞬間に司教の身体は切断される。

 右肩から左わき腹にかけて綺麗に刃が通る。

 血を纏う吸血鬼の爪が、人の身体を、バターのように。


『グールにはするなよ。血は飲み干しておけ』


 静かに吐き捨てるアシュリー。

 言いつけの通りにフィーデルの影が、司教の血と遺体を吸収していく。

 ……少なくとも吸血鬼が2人か。状況としてはかなりマズいな。


『数日前、私が勇者と刃を交えたとき、思わぬ男と再会した』


 司教を見つめていた影が、虚空を見つめ始める。

 圧倒的な薔薇の香りが、なぜだろう、こちらに向けられたような。


『遅かったじゃないか、ジェイク――』


 ッ、気取られているぞ……!!

 そう理解した瞬間に聖剣の柄を握っていた。

 けれど、ジェイクの動きは一手早かった。


「記憶を同時に抜き取れるのは3~5人だと言ったな? あれは嘘だった」


 何を言っているんだ?! それに、何をしているんだ!!

 正気なのか、このタイミングで飛び降りるなんて……ッ!!


「驚いたな、君がこんな虐殺じみた真似をするなんて」


 ――ジェイクが飛び降りた直後、強烈な魔力が駆け抜けていった。

 2度味わえば、あの大局魔法に感じた違和感が、彼の魔力だったと分かる。

 そして、彼の魔力が引き起こした現象は2つ。


 1つ目は、この場にいる人間すべての記憶を開いた。

 クイーンルビィ号に訪れた使者と同じ状態に陥っている。

 抵抗できたのは僅かに数名。ジェイクは今、膨大な量の記憶を覗いている。


「ッ――クソ!!」


 魔法を撃ち込みやすい位置に移動するために飛び込んだのは理解した。

 けれど、こんな死地で棒立ちになる奴が居るか、バカ野郎!


「お姫様を守る騎士の登場かな、エステル・アルフレッド」


 ジェイクと同じ場所に降り立った私は必然、向かい合うことになる。

 薔薇の吸血鬼、アシュリー・レッドフォード、全ての黒幕に。

 ……ようやくその素顔が見えた。

 ジェイクの魔力が引き起こした2つ目の現象だ。

 彼は、アシュリーの纏う幻惑の魔法を打ち破ったのだ。


「アシュリー、レッドフォード……ッ!!」


 初めて目にしたその素顔は、どこかジェイク自身に似ていると感じた。

 今の幼くなった身体ではない。最初に刃を交えた時、本来の彼の素顔に。

 中性的な顔立ち、吸血鬼らしい真紅に染められた長髪と瞳。

 ――同じだ、そう同じ摩天楼の出身、幼馴染、摩天楼の”元男娼”。


「君は招いていないよ、勇者ちゃん。それに良いのかな。

 どうして私が”司教”を殺したと思う?

 あの男が用済みになったんだ。その意味は分かるはずだ」


 っ……宣教局、いや、教会自体がもう用済みと言いたいのか。


「エステル、君は宣教局へ戻れ」

「でも、ジェイク……!」

「ドクの居場所は分かった。俺1人で充分だ」

「――行かせると思うかい? この私が」


 瞬間、フィーデルと呼ばれた吸血鬼が襲い掛かってくる。

 距離を詰められた直後に3発。

 ギリギリで全てを受け流すことができたが、こいつ強いな。

 吸血鬼になる前から相当の武芸者と見た。


「引っ込んでろ、ルーキー」


 フィーデルの死角から強烈な蹴りを入れて身体を吹き飛ばすジェイク。

 よく、身体が砕けなかったなと思わせるような強烈な一撃だ。

 継承戦で私と戦った時くらいの力は、今でも充分に出せるというわけか。


「……流石だ、ジェイク。ここは退かせてもらうとしよう」


 立ち去っていくアシュリー。

 ――ここで逃せば、次はいつになる?

 あの男は今、私の刃が届く位置に居るんだぞ。


「追うな、エステル――俺にも君にも救うべき相手が居るはずだ」


 早駆けを始める寸前だった。ジェイクに腕を掴まれたのは。

 理屈では理解している。けれど、ここであいつを逃して良いのか。

 そんな迷いがどうしても拭えずにつきまとってくる。


「……頼む、ヴェンを助けに行ってやってくれ」


 私の手を握ったジェイクは、頭を下げてみせる。

 私の父を助けてやってくれと、娘であるこの私に。

 そこまでされたらもう、迷いなんて消え失せてしまう。


「――分かったよ、ジェイク。私は宣教局へ戻る。君は1人で良いんだね?」


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