第8話「こうして、大の大人に抱き着いても問題のない身体になったわけだよ」
――日は落ちて、月が昇り、夜になる。
ヴェンの指定した時間、俺はその時を待っていた。
30年ぶりに真正面から彼と再会する瞬間を。
キトリの家の呼び鈴が鳴る。
ある種のお化け屋敷みたいになっている家だ。
もちろん扉の前に誰が立っているのかも見える。
「――司令だけ入ってくることを許可します。その他は許可しない」
監視役の青年2人はたじろいでいる。
と言ってもここはキトリの城だ。
下手に強行したところで幻惑の迷路に閉じ込められるだけ。
『キトリ主任の自宅なんだ、護衛なんて要らないよ。少し待っていてくれ』
ヴェンの声が聞こえ、彼が歩みを進める。
純白というには少しだけ暗く灰色に近いコート。
そして、漆黒のシルクハット。相変わらずのカッコつけだ。
――変わらないな、30年も経ったというのに。
入り口を映す魔術式からヴェンが消え、しばしの間が流れる。
やがて、カツコツと足音が聞こえてきた。
こちらも足を組み、少しカッコつけてその時を待つ。
「――30年ぶりの急なお誘い、まずは受けてくれたことに感謝するよ。
ミスターライトニング、少し痩せたかい?」
「フフッ、そういう君は随分と小さくなったじゃないか、ミスタージェイ」
懐かしい名前で呼び合う。ジェイというのは当時の偽名だ。
バレてしまえば分かりやすい名前だが、意外とバレなかった。
しかし、今となっては少し恥ずかしいな、ストレートに過ぎる。
「なに、少し人生をやり直したくなったんだ。おかげで――」
「……おっと、子供を抱きとめるのは久しぶりだ」
「こうして、大の大人に抱き着いても問題のない身体になったわけだよ」
あの頃とは違う香水をつけているな。
男っぽい戦士の匂いがする。多少は衰えたといえ筋肉も健在だ。
現場に出る機会は減っていても鍛錬は怠っていないと見た。
「うっわ……」
「げぇ、エステル?!」
「やはりそいつの言う通りでしたか、父上」
ひょいと俺を降ろしてからエステルへの弁明を始めるヴェン。
「ち、違うぞ! いや、違わないか……」
「30年前、貴方が勇者と呼ばれるようになった戦い、その頃に共闘したと」
「まったくもってその通りだ。最も彼の正体を知ったのは全ての終わり際だが」
エステルの反応を見ているときから察しはついていた。
ヴェンの奴は、あの日に託した最後の頼みを律儀に守り続けていると。
「本当に秘密を守り切ってくれていたんだな、ヴェン」
「うむ――”奴隷解放戦線に魔王は関与していない”のだろう?」
「そういうことだ。助かったよ、君のおかげだ」
ヴェンと共にひとつのテーブルを囲む。俺とエステル、そしてキトリで。
「――なぁ、ヴェン。俺はてっきり君が来ると思っていたんだ。
だから君に魔王の座を任せようと考えていた」
「……とんでもないことをしてくれたな、おかげで俺はこのザマだ。
それに、名前が同じでも見た目が違うことくらい分かったはずだぞ?」
もちろんそんなことは分かっていた。
黒髪に紅い瞳、どちらかと言えば武骨な顔と身体。
とても、金髪碧眼の流麗な美青年という前情報とは一致しない。
だが、それでもその美青年は”北方将軍”を獲ったのだ。
「その娘は最初に北方将軍を獲っただろう? 俺たちの因縁の相手だ。
だから、君自身が変装しているか、そうでなくとも君の選んだ人間だとね。
勇者の背後に、君の匂いを感じていたのさ」
いざ顔を見て本人の変装でないことには少し驚かされたが。
正直、自分の目で見るまでは、まだどこかで思っていた。
俺の知るヴェン・ライトニングが来るのではないかと。
「――なるほどな。
実際、北方将軍を獲ったのは、俺に届いた助けを求める手紙が原因だ。
喫茶ポレーノの常連連中から何通もヴェン・ライトニング宛てに」
懐かしい名前だ、喫茶ポレーノ。
俺とヴェンが北方領での活動拠点としていた喫茶店。
革命分子が出入りする店だったのを覚えている。
「悪魔からの助けに応じたってことか」
「友人からの助けさ。それに北方将軍はいつか獲るべき相手だった。
最も2代目勇者様はそのポレーノで軍人と衝突、そのまま革命の火を起こした」
うっわ、ゴブリンが弾圧されてるのが許せなかったとか言ってたけどよりによって俺たちのポレーノから始まったのか、とんでもないな。
「私よりずっと勇者の素質充分だよ、私のエステルは」
「おだてないでください、父上。あれはただの不可抗力ですよ」
「フフッ、でも同じ状況に陥ったらまた同じことをするんだろう?」
ゴブリン庇って革命闘争、そのまま北方将軍を獲る。
獲った後も、悪魔連中が口裏を合わせて”勇者の関与はありません”と公式な報告を上げてくる。それでいて勇者ヴェンは大人気で話題が絶えない。北方領に忍び込ませていた現地情報員が居なければ騙される寸前だった。
とんだカリスマだ、確かに勇者らしいと言えば勇者らしい。
「なぁ、ヴェン。あの日、聞きそびれたことを聞いても良いか?」
「……良いんだが、何の話だ? 心当たりが3つくらいある」
「君の本名だ。俺は魔王ジェイクだと知られたが、君の名を知らない」
ヴェン・ライトニング、俺はその本名を知らない。
今さら知るつもりもなかったが、2代目が出てきたのだ。
知っておきたい。
「そんなことか――アーサー、アーサー・アルフレッドだ」




