第4話「男なんて所詮は消耗品だ。種を撒けば後は死んでも構わない」
今すぐにでも宣教局に帰りたい私を連れまわす魔王との旅。
それも終わりに差し掛かりつつあった。
無事にサマエルに到着し、あとは列車1本。早朝に乗れば昼には着く。
馬での移動中には、いろいろと他愛無い話をした。
父である初代ヴェンの戦闘スタイルとか、ヴェンは黒髪に紅い瞳なんだとか。
ジェイクの語り口はその全てが鮮明で、同時に私の知る父そのものだった。
若い頃であるというのを差し引くと少しイメージと異なる部分もあったけれど。
『――国のことなんて忘れて一緒に行かないか? 海の向こうに』
けれど、今になっても、あの時の何気ない誘いが忘れられない。
と言っても、私は彼とは違う。
生まれた時から決定されている全てを恨んだことはない。
偉大なる父に育てられ、こうして剣士になったことは誇りだ。
『レイチェルは誘わないのに、私は誘うのかい?』
『……ああ。いや、うん』
『誰か誘っているね? その反応――』
そこから問い詰めてみると、どうにもドクという魔術師が同行するらしい。
どうにも、今のジェイクの身体を造ったそうだ。
性別は聞きそびれてしまったが、正直、女の匂いがする。
82年連れ添った副官のレイチェル。
狂ったような偏愛を注いでくる吸血鬼アシュリー。
新しい身体を造らせた魔術師ドク。
それと、先代の賢帝フェリスか。
先代については私の邪推だが、どうも話している端々から愛を感じる。
もしかするとジェイクが一方的に好いているだけかもしれない。
けれど、ジェイク自身が先代の副官として勤めていた期間も長いはずだ。
――モテるな、この男。
「舌に合わなかったかな……?」
今夜はサマエルに宿を取った。そして最後の夜だからと晩餐に誘われた。
見慣れぬ街の見慣れぬレストランだけれど高級店であることは分かる。
そして、全てが未知の場所だというのに、不思議と舌に合う。
「いや、とても美味しいよ。人間の舌に合わせてくれたんだね?」
「……ふふっ、バレてしまったか。
気遣いというのは気付かれないのが最上というが」
”ヴェンの好みに合わせたんだ”とジェイクは続ける。
こいつは本当に嬉しそうに父上のことを話す。
なんというか、この感じを見ていると信じられる。
魔王が勇者に魔王の座をくれてやろうとしていたことを。
「――しかし、あのヴェンが自分の娘に”勇者”を継がせるとはね」
ワインを口に運びながらクスっと微笑むジェイク。
「教会の上の方が大好きでね、勇者ヴェン・ライトニングの伝説が。
けど、50代近くの男がいつまでも現場にいる訳にもいかない」
「……人間の寿命は短いものな、残念なことに」
彼の知る新人の頃と、今の父上ならどちらが強いのだろうか。
全盛期ほどの力が既にないのは事実だが、父の全盛期はもっと後だ。
奴隷解放戦線はあくまで始まりに過ぎない。
「けれど、求められたとはいえ娘に継がせるのは、やはり意外だ」
「女を戦場に出すなってやつ?」
「君の実力を前にしては空虚な言葉だけど、まぁ、そういうことになる」
言いながら、ジェイクはクイッと酒を飲み進める。
「――男なんて所詮は消耗品だ。種を撒けば後は死んでも構わない。
けど女は違う。子を産むまでに時間が掛かる。人間は特にそうだろう?」
「ふふっ…………」
思わず笑いだしてしまった。
「なんで笑う?」
「いや、その、女の子みたいな顔でそんなこと言うの、面白くて……」
「うぅ……」
ちょっと顔が赤くなってるのがまた可愛いんだけど、これ天然なのか?
狙ってやっているのなら恐ろしい演技力だし、そうでないのなら天性だ。
しばらく一緒に居て分かったが、魔王ジェイクは人たらしに過ぎる。
「分かる分かる、理屈としては分かるよ。魔王様?
男は何人か居れば充分だけど、女はそれなりの数が必要だ。
ましてや人間は卵生じゃないし、同時に産める子供の数だって基本は1人」
双子とか三つ子とかあるけど、それは人の都合ではどうにもならない。
戦争や天災で人間の数が減ったとして、絶滅を回避するのに必要な最低数は男女で異なる。それこそ種を撒くだけで良い男の方が少なくて済む。
「じゃあさ、それを踏まえて質問しても良いかな、陛下?」
「……良いけど、なんか嫌なこと聞いてきそうだね? お姉ちゃん」
「まぁ、そっちから先に踏み込んできたわけだし、多少の無礼は水に流してくれ」
責任を向こうに吹っ掛けてから、こちらも少しワインを飲んでみる。
魔王ジェイクの経歴を調べている時からずっと不思議だったことがあるのだ。
「どうして自分は種を撒かなかったの? 君の理論に基づけば男の役目だ」
もちろん相手はいるはずだ。
一般論として一国の王に相手がいないなんてあり得ないし、そもそもあのレイチェルとの間に子供がいないのが不自然に過ぎる。
「ああ、そのことか……うん、そうだよな、当然の疑問だ」
寂しげに笑ってみせるジェイク少年、その孤独な表情に魅せられてしまう。
「……摩天楼が実家だ。とは言ったよな?」
「えっ――ちょっと待って、あれは……」
「事実だよ。俺はあの場所で生まれ育った、物心ついた時からずっと」
背筋にゾワッとした寒気が走る。
既に寂れ果てた残骸のような建物だったけれど、それでも分かった。
あの場所が、ある種の“監獄”であることは。
「元々の俺の顔は覚えているかな。成人を迎えて尚も女みたいなあの顔を」
もちろん覚えている。忘れられるはずもない。
寝室に侵入した時、椅子に座って涎を垂らしながら眠りこけていた顔。
継承戦での一騎打ちの顔、死に際の顔、吸血鬼に汚染された顔。
一度一度が鮮烈で、とても忘れられるような顔じゃない。
「あの顔とあの身体を作るために去勢されているのさ、二次性徴前に」




