第19話「……はい。しました。ボクが貴女に魔王の座を押し付けた張本人です」
――やってしまった。
完璧だったのに、最後の最後にやってしまった!
どうして俺は応えてしまったんだ?
自らの名を呼んだ幼馴染を、アシュリーと呼んでしまった!!
「おい……お前の名前を言ってみろ」
いまだ止み切っていない雨。
こちらの両腕に抱えられたエステルの眼光が突き刺さる。
うわぁ、めっちゃ怒ってるよ、これ……。
「ジェフリー……ボクの名前はジェフリーです」
「ハァ?! お前もう一回言ってみろ! 神に誓えるのか!?」
「ひぃぃい~、降りてからにしましょうよ! 危ないですよ~!」
今までに見たこともないくらいに激昂している。
神に誓えるのかなんて悪魔の俺からしてみれば何の意味もない言葉だ。
そのはずなのに、敬虔な信徒である彼女の口から放たれると重い。
「――覚えておけよ、お前。タダじゃ済まさないからな」
これ地面に降りたら殺されるんじゃないんだろうか。
クソ、せっかくエステルお姉さんと良好な関係を築いていたのに水の泡だ。
あのクソッたれ幼馴染アシュリーの呼びかけに答えてしまったせいだ。
最後の最後まで俺の邪魔をしやがって……!
「どうした、なぜ高度を下げない?」
「……だってぇ」
「だって? そんなこと言ってる余裕があるのか、お前」
降りなかったら俺の腕を斬り落としででも逃げ出しそうだな。
で、そこそこ高度も下げたから何事もなく着地してみせるだろう。
もうダメだ。小手先の時間稼ぎは通用しない。ええい、ままよ!
「……観念したみたいだね」
スッと優しく地面に降ろし、俺自身も自分の足で大地に立つ。
エステルは空を飛んでいた時より少しだけ穏やかな口調に戻ってくれた。
と言ってもまぁ、これからのこと思うと胃が痛い。キリキリする。
「それで、お前の本当の名前は――?」
「ジェ……」
「言っておくが、嘘を吐いたらお前の身体に聞くからな」
”私はお前の戦い方を覚えているぞ、魔王陛下?”
うわぁ……こんなの最後通告みたいなものじゃないか。
そりゃ覚えているだろう、結構白熱した継承戦を演じたからな。
同じように戦えば俺が誰かハッキリ分かるというわけだ。
「……ジェイクです」
勇者の青い瞳がこちらを見つめてくる。
頭からつま先までを値踏みするようにマジマジと。
「どこかの子供の身体を奪っている……わけないよな?
赤の他人にしては、随分と似ているものな」
半壊した俺の遺体と今の俺を見比べるエステル。
「流石に子供の身体を奪うような真似はしないよ」
「私に魔王の座を押し付けるような真似はするけど?」
「……はい。しました。ボクが貴女に魔王の座を押し付けた張本人です」
というか一般マセガキの俺の顔が、魔王ジェイクのそれに似ていると見抜いていたのだろうか。そうであれば、アシュリーへの返答をしていようがしていまいが見抜かれるのは時間の問題だったわけだが。
「随分とあっさり倒せたことが奇妙だったが、引退と死が同じではなかったと」
「いやー……俺が本気を出しててもエステルお姉さんの方が強いっすよ~!」
「調子の良いことを言うな。私は空を飛べない」
はい。翼竜形態のドラゴニュートの首でさえ切断できるが空は飛べませんと。
確かに仰る通りではあるが。
……本当に翼竜形態の俺には勝てないというのか? この勇者が?
「で、エステルお姉さんはボクのことを誰だと思ってたんですぅ?」
「――質問できる立場か? お前」
「うう……良いじゃないですかぁ、元から似てるとは思ってたんでしょ?」
ソドムに構えられた魔王の別邸で出会った謎の少年。
その顔を見て魔王ジェイクに似ていると感じていたのだ。
そうでありながら、かなり心を許してくれていた。俺の思い込みではないはず。
「――隠し子」
「はい……?」
咄嗟に聞き直してしまった。
あまりにもこちらの思考の枠外から殴り掛かられたから。
隠し子だと? レイチェルすら抱いていないこの俺に……?
「魔王の忘れ形見。アンタに兄弟が居れば甥の可能性も出てきたけど」
「……なるほど。ジェイクの息子だと?」
「可能性としてはね。敵意がないのは分かってたから」
クスっと微笑むエステル。
と言っても男の姿のままだから、また違う色気がある。
「それで、宣教局に手を回していたのが、あのアシュリー? 何者?」
「……幼馴染」
「元からああいう感じなの? それともアンタを亡くして狂った?」
難しい質問だな。アシュリー・レッドフォードについてか。
元々あんな性格ではある。あるが、拍車がかかっているのは間違いない。
ただ、正直あれほどまでになってしまうとは思っていなかった。
「両方かな、元からと言えば元からだけど、あれほどじゃないかなとも」
「……私に下された魔王暗殺命令は、あの吸血鬼の独断ってとこ?」
「そうだ。開戦の口実にするってのはアシュリー自身が語っていた通りだ」
こちらの言葉に頷き、考え込み始めるエステル。
「アンタはそれを利用して引退の算段をつけたってことか」
「勇者が魔王になってしまえば、後はアシュリーの手引きで大陸統一は叶う。
それに人間が悪魔の王になったうえで、悪魔の国が人間の国を飲み込んだ方が反発が少ないだろ?」
……ジットリした視線を向けられてしまう。
さながら”何言ってんだこいつ”って感じだ。
「けどアンタの読みは外れた。あの幼馴染からの愛は重かった、と。
それで僕も殺されそうになったし、君の遺体も奪われた」
あ、だいぶ話し方がヴェン・ライトニングに戻ってきたな。
俺の正体を知ってから、しばらく素が出ていたけれど。
「――大体そんなところだ。これが今回、君の巻き込まれた陰謀の絵図だ」
「なるほど……ジェイク、あの薔薇の情報を全て出してもらおうか。
いつから潜入しているのか、その方法、拠点の位置、とにかく全てだ」
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