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第12話 巨大戦艦

「なにあれ…………」


 俺の傍らでエリーヌが呟く。


 幅800m以上、甲板までの高さも40mは下るまい。

 あまりに巨大すぎて後方はまったく見えないが、少なくとも全長1000mは超えるだろう。


 それはまさしく鋼鉄でできた島だった。


 その島が俺たちの方にゆっくりと向かってくるのだ。

 まるで、鉄でできた黒い津波のように。


 場の全員がその光景を呆然と眺めることしかできなかった。


「くそ……そういうことか」


 俺の呟き声にエリーヌが反応する。


「ど、どういうこと?」

「偵察艇なんて最初からいなかったんだ。俺たちが向かっていたのは、敵の本船だったんだよ」


 ――敵はただ一隻のみ

 

 その情報に間違いはない。

 ただし、その一隻が5万人の兵士を腹に収めた()()だったというわけである。


「おそらく町長あたりが情報を改ざんして伝えたんだろう。5万の軍隊と会敵するとわかっていたら、誰も足止めに行こうとしないだろうからな」

「そんな……」


 真っ先に動き始めたのは、トリミンだった。


「…………ケッ! ちょうどいいぜ! 偵察艇なんてウチには役不足だと思ってたんだ!」


 彼女が手を繰り出すと、波間に数匹の海棲竜(シー・サーペント)が姿を現した。


「どうせ本隊とも戦うつもりだったし、今ここであのデカブツを沈めてやるよ!」


 トリミンを乗せた海棲竜が、群れを従え、敵艦に近付いてゆく。


「いけ!」

 

 彼女が叫ぶと、使い魔たちが散開した。

 それぞれが数十メートルの間隔を開け、敵艦の前に並ぶ。

 本来は船を取り囲んで四方から攻撃する戦法なのだろうが、なにしろ相手が巨大すぎるため、取り囲むのは不可能だ。


「かかれ!」


 トリミンが号令をかけると、魔獣たちは一斉に体当たりを開始した。


 が――


「ああ!?」


 絶望に満ちた声を上げるトリミン。


 海棲竜たちは、すべて船にはじき返された。

 勢いよく激突したため、何匹かは白い腹を見せて、波間をプカプカ漂っている。


「お、おい! 起きろ! 気を失ってる場合じゃねえぞ!」


 ロンボルト家の次女は慌てて叱咤するが、その時、ザァァァァという音が響いてきた。

 顔を上げると、矢の雨が軍艦の上から降り注いでくるのが見えた。


「ウインドストーム!」


 カザリンの声が響く。


 正面の空気がうねり、矢をあさっての方向にそらした。

 しかし、何本かは魔法をかいくぐって俺たちの船に落ちてくる。


「風神剣!」


 エリーヌが風の力を纏わせた魔法剣で弾き落とす。


 が、それもかいくぐって一本の矢が飛んできた。

 俺は鍋蓋を振った。


 ――ドン


 重い音が響き、矢が宙でぐるんと半回転する。


 しかし、盾を振り切って無防備な姿勢になった俺に、最後の矢が迫ってきた。


 ――避けるのは無理だ……


 俺は半ば覚悟を決めたが、そのとき誰かが俺の前に立ちふさがった。

 

「ルシード!」

 

 彼女の背に矢が突き立つ。


 ――カァン

 

 硬質な音が響いた。


 眼前の少女は目を瞑り、体を竦ませている。

 だが、怪我を負った様子はない。


「防御スキルか!」

「は、はい」


 その時、カザリンが叫んだ。


「メイルシュトローム!」


 海水が唸りを上げ、渦を巻き始めた。

 昨日とは比較にならないほどの大渦が敵軍艦の前に現れる。


 しかし――


「ああ……」


 ロンボルトの姉も、また妹と同じ絶望の声を上げた。


 敵船はまったく意に介さず、渦の上を突き進んだ。

 まるで、水たまりの上にできた小さな渦巻を人間が踏み歩いて通り過ぎるように。


 敵はあまりにも巨大すぎた。


「終わりだ……」


 トリミンが、がっくり膝をつく。


「まだだ!」

「え?」

「俺に一か八かの考えがある。みんなこちらに集まってきてくれ!」


*****


「正面敵、動きを止めました」


 部下の報告に、軍艦の主である将軍は、獰猛な笑い声をあげた。


「がーっはっはっは、あんな攻撃が本艦に通じるものか!」

「矢で牽制する必要もありませんでしたな」


 副官の追従に、彼は鷹揚に頷く。

 

「そのとおり! この艦は動く要塞よ。艦自体が武器であり防壁なのだ!」


 進水式を終えて以来、この船は無敵だった。


 きっかけは数年前、彼の国が、とある蛮族を征服したことだった。

 取るに足らない部族だったが、彼らは重力を操作する特殊なスキル持ちを輩出する一族だった。


 これに目を付けた当時の国王は、彼らを奴隷化し、そのスキルを軍事に転用。そうして誕生したのが、この怪物船というわけだった。


「今回も、いつものように船ごと港町に乗り上げるやり方で問題ありませんな」

「もちろんだ! ま、この艦の体当たりをくらった町は、半壊するであろうがな」


 再び大笑いする将軍。

 その時、部下が報告した。


「敵に新たな動きアリ」

「なに!?」

「小舟に乗った何者かが今まで見たことのない物を手にして、本艦の航路上に立ちふさがっています」

「見たことのない物だと? 新兵器か?」

 

 にわかに将軍の顔が険しくなる。

 しかし、部下は当惑したような声で次のように告げた。


「いえ、どうも鍋の蓋のようです」

「はぁ!?」


 彼は一瞬ぽかんとし、それから憐れみに満ちた表情で首を振る。


 宿将たる彼は、戦場で窮地に立った兵士が、精神の均衡を崩して異様な行動を取るのを、何度も目の当たりにしてきた。

 敵ながら気の毒だが、一思いに殺してやる以外、救済の手段はない。


「構わん。そのまま突き進め」

「ハッ!」


 ――この船は不沈船。船自体が武器なのだ


 将軍は再度心の中で呟く。

 それが取り返しのつかないフラグになるとは、夢にも思わずに……。

 最後までお読みくださり、ありがとうございます!


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