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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
3章 戦いの始まり
73/232

73 小手調べ

 夜も更けて人気が少なくなってきた頃、疾はふらりと街を出歩く。敢えて空気の悪い、地脈の淀む場を選んで歩き、誘うように魔力を微量漏らす。そうして妖が引っかかるのを待つこと20分、疾は笑みを浮かべて立ち止まった。


「──ま、最初はこれで十分だ」


 周囲をぐるりと囲むように集まった妖達。一体一体の妖気は大した事はなく雑魚レベルだが、数が多い。視界を埋め尽くさんばかりの数は、1つ対処を間違えれば、なし崩しに押し潰されるだろう。

 しかし疾は笑みを崩さず、懐から銃を取り出して構えた。まだ異能用の銃は完成していないから、最低限の異能行使で片を付ける必要がある。


 その為には、と思考を巡らせながら、疾は無造作に左手に持つ物を投げた。弧を描いて地面に落ちる魔石に、自然と妖の意識がそちらへと向く。


 地面に魔石が落ちる直前、疾は片目を閉じて銃を撃った。

 魔法陣に魔力が充填され、魔術が効果を発揮する。


 閃光が弾けた。魔石に警戒していた妖が、視界を庇う動作をした瞬間──世界が黒く塗りつぶされる。星も月も光の届かぬ、完全な暗黒が場を支配した。

 あちこちから戸惑うような鳴き声が漏れた。夜を生きる生物といえど、全く明かりを頼りにしていないわけではない。僅かな光源を拾う能力、暗順応が人間よりいくらか優れていると言うだけだ。つまり、人間と同じく急激な明暗の変化には対応が遅れる。


 閉じていた片目を開けて、疾は地面を蹴る。なるべく音を立てずに宙を舞い、傍らの塀の上に降り立った。更にもう1つ魔石を放り投げ、銃の引き金を2度、引く。


 妖特有の本能か、視覚以外の知覚に頼ったか、妖は魔石に込められていた魔術を各々の能力でねじ伏せた。視界も戻ったのか疾を探そうと顔を上げた妖の眉間に、銃弾が突き刺さる。


 炎が、吹き荒れた。


 火を吹く妖と、風を操る妖。両方に致命傷を負わせることで、妖力が暴走して味方である筈の妖に襲いかかる。暴走による力は相当なもので、半分以上の妖が炎に巻き込まれ、うち半分以上が灰となった。


 魔法陣が輝く。


 妖が体勢を立て直す前に仕掛けられる、横に飛ぶ雷。炎に巻き込まれて傷を負っていた妖は、避けることも出来ずに焼け焦げて散った。


「シャァアア!」


 生き残った妖の一体が疾に飛びかかろうと地面を蹴り──頭を爆ぜさせて死んだ。散弾銃と同じ設定で魔力弾を撃った疾は、つづけざまに引き金を引いて、更に数体を同じように屠る。


 魔法陣が宙に浮かぶ。


 警戒する妖の視線が魔法陣に向くが、魔術は展開されない。一瞬の硬直を狙って、塀を飛び降りた疾は魔道具を放り投げつつ、魔法陣に照準を合わせた。


 魔道具が地面に落ちると同時に、魔法陣に魔力が充填される。


 パキンと音を立てて、地面が凍り付く。急に不安定になった足場で体勢を崩した妖に、地柱が深々と突き刺さった。急所を避けられなかった妖が、露と消え去る。

 地面に降り立った疾は、同時に銃の引き金を引いた。高密度の魔力弾が、数体の妖の額を貫通していく。妖は声も上げられずに死んだ。


「ガァアアア!」


 覇気のある吠え声が響く。他の有象無象とは格の違う妖が、疾に詰め寄ってくる。他の妖は、既に残っていない。

 疾は大きく後退して、その熊に似た妖の爪を避ける。大きく地面を抉る攻撃に眉も動かさず、魔道具を放り投げた。妖が魔道具に視線を向け、爪を振るう。地面に落ちて発動する、と学習したのだろう。落ちる前に破壊しようとしている。


 爪が魔道具に触れた瞬間、妖の全身が凍り付いた。


「──チェックメイト」


 疾が呟くと同時、どうっと音を立てて妖が横倒れになり、そのままさらさらと砂になって消える。凍り付くことで、生命維持が適わなくなったのだ。


「……使うまでもなかったか」


 魔道具の併用で片が付いてしまった。肩すかしな気分で、疾は銃をポケットにねじ込む。人払いの結界を解除し、踵を返した。──刹那。


(……っ!)


 身体強化魔術、発動。


 全力で地面を蹴ると、今まで疾のいた場所に巨大な火柱が立ち上がった。振り返った疾は、銃を再び構え、唇を持ち上げる。


「顔も見せられない臆病者が相手とはな」


 挑発には、再びの火柱が返ってきた。身体強化魔術を維持しながら、疾は塀も利用して立体的に逃げ回る。地面を蹴る先々で、塀が、木が、道路が燃えた。


(……対物燃焼魔術。「火」の概念は余り入っていない……この国の魔術師じゃないな)


 紙一重で避けながら、疾は目に入る情報全てを分析する。魔術の特徴が分かれば弱点も分かる。更に、相手の居場所も探りながら、疾は魔道具を1つ、投げた。

 空気の密度を変動させる魔術が込められた魔石は、発動前に燃え上がる。


「……」


 疾は銃を2度撃った。壁にめりこんだ魔力弾に魔力弾が重なり、大きく地面が砕ける。飛んだコンクリート片が燃え上がった。


(──移動個体指定。速度制限があり、座標指定には至ってないが、標的を絞り込む手段を持ち合わせている……道路や塀が燃えるのは、足場を無くすためか)

「ははっ」


 相手の発想に思わず嘲笑が漏れる。空気が、僅かに揺れた。


(そこ!)


 その瞬間を見逃さず、疾は銃の引き金を引く。連続で打ち込まれた魔力弾は、途中で浮かび上がった魔法陣へと魔力を供給し──


「しまっ……!?」


 男の声と同時に、ローブ姿の男が宙に放り出された。慌てて体勢を整えようとするが、遅い。

 魔術に移動個体と認識された男の身体が、燃え上がる。


「ぎゃああああ!?」

「はっ。ばーか」


 悲鳴を上げて地面をのたうち回る男に、自然と顔が嘲笑う形になる。火傷だらけの顔が疾を認め、ぽかんと目を見開いた。赤い瞳に、ちらちらと欲の炎がちらつく。


「てめえの魔術に焼かれた感想はどうだ? 人体を一瞬で黒焦げにも出来ねえとは、お粗末な火力だな」


 にい、と笑って告げてやると、はっと我に返った男が顔を紅潮させた。何も言わず、魔術を展開する。疾は大きく後退する──ように見せかけて、前へと踏み出す。

 疾の背後で、巨大な火柱が轟々と燃え上がった。ここまで逃げてばかりいたからか、不意を突かれたように男が硬直する。


「のろま」

「ぐぇっ!?」


 疾の足が、男の腹に食い込んだ。身体をくの字に折り曲げた男の顎を、掌底で一気に打ち上げる。棒立ちになった男の胸ぐらを掴み、手首を返した。

 頭から地面に叩き付けられた男は、泡を吹いて気絶している。あっけないほど簡単に沈んだ男に、疾は肩をすくめた。


「魔法に優れている奴は近接戦に弱い……か」


 近寄られても身構えすらしなかった男を、念の為持っていたロープでぐるぐるに縛り上げる。象形文字を彫り込まれた、魔術師用の拘束具でしっかりと拘束すると、疾は遠慮なく男のローブを漁った。


 見た事も無い魔力回路が刻まれた魔道具に、ローブに縫い込まれた防護魔術。ついでにローブに留められたバッチを見つけた疾は、にいと笑う。


「魔法士の証明、ね」


 魔法士が仕事をする際、必ず身に付けるというバッチ。天秤の両皿に月と太陽を乗せた紋様が彫り込まれたそれには、GPS機能や記録機能が付いており、ただの証明書ではなく監視の機能も組み込まれていた。複数の魔術を一つの魔道具に組み込む辺り、この世界の技術を逸脱している。


「ふーん、複数の魔術を組み込むには、この回路を使うのか……なるほど、それでこの魔術と組み合わせて……」


 暫くそのバッチを観察した疾は、回路を暗記してからそれを破壊する。これでこの男は魔法士である事を証明する術を失った事になるが、知ったことではない。

 頭に手を当てて、記憶を読み取る。疾の捕縛を直接命じたのが総帥でない事を確認して、その男の足を踏み砕いて、疾は今度こそその場を去った。後片付けは、この街の治安保全部隊がどうにかするだろう。


(さて、招待状は受けとったぜ?)


 ついに本格的に仕掛けてきたらしい魔法士に、疾はゆるりと口端を持ち上げた。


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