224 炎散らす
「さーて。そろそろちゃんと決着つけないとな。もっと遊びたいけどね」
そう言いながら手のひらを疾に向けてきた<煉獄の灰燼>は、そこで瞬いた。
「そうだな」
この間に異能を練り上げていた疾は、顕現させた武器を両手に笑う。
「決着をつけることには、賛成だ」
そういって、マシンガンの引き金を引いた。
ダダダダダダ! とそれなりの重低音が連なって響く。
「わーお、マジか!」
言いながらサンドル・インフェルナルが放つ炎を物量で消しとばして、疾は唇の両端を吊り上げた。
「ぶち抜け」
吸い込まれるように弾が女へと吸い込まれていき──女は炎となって霧散する。
「いやーすごいね──わぶっ」
平然と疾の背後を取って姿を現したサンドル・インフェルナルにまたしても銃弾を何十発と叩き込む。マシンガンの仕様ままを再現はしたが、反動は消してある。普段の銃と同じ勢いで銃口を振り回し、転移する女を追いかけて延々と銃弾を吐き出した。
カチンと音がして銃弾が止まる。事前に設定していた上限数に達したらしい。素早く左手に持ち替えて、疾は右手を振り上げた。
「……やー、驚いた。君、物量戦まで出来たのか」
そう言ったサンドル・インフェルナルは、炎化を完全には解除しない。出来ないのだろう。疾が散らした炎の量は決して少なくない。実体にもそれなりの負担をかけたのだろう。魔法を解けば、負担は負傷となって実体に傷がつく。魔法の維持は、そのまま治癒魔法へのリソース配分を示していた。
(……こんだけぶち撒いてもせいぜい4割かよ)
魔法に対して絶対の優位性を持つ疾の異能相手にここまで対抗してくるとは、つくづく幹部クラスというのは人をやめている。だがそんなことは、疾も予想済みだ。
掲げた右手に幾重にも重ねた魔法陣を握りしめるようにして、疾は拳を固めた。それを見た相手が、目を丸くする。
「え、待って何を」
論より証拠、百聞は一見に如かず。
無言で笑って、疾は拳を床に振り下ろした。
轟音と、激震。
戦場の足場となっていた床が、隠蔽されていた魔法陣ごと木っ端微塵に砕け散った。
「──」
唖然と目を見張ったサンドル・インフェルナルが、初めて顔を強張らせる。
彼女の炎化を補助する魔法陣が壊された今、魔法を解かねば施設はあっという間に燃え上がる。だが、炎化を解除すれば先ほどの攻撃のダメージをその身に負うことになる。
一瞬の躊躇を、疾は逃さない。
足元に展開していた障壁を力一杯蹴り付ける。障壁を連続展開することで加速した疾は、ようやく敵の間合いに踏み込んだ。
女の目は疾を追うが、反応は追いついていない。疾はそのまま、左手を振るった。
全力の強化魔術切断魔術を注ぎ込んだマシンガンの銃身が、敵の身を裂いた。
「ぐっ、ぷ……!」
サンドル・インフェルナルが体を二つに折る。だが、そのままうずくまることはなく、右手を広く横に振った。
炎が無作為に振りまかれるが、疾は既にその場を離脱し魔法攻撃の範囲外に出ていた。
サンドル・インフェルナルは顔を歪めて疾を見る。既に傷は止血され、治癒魔法に覆われている。が、魔法含め与えたダメージは決して軽くない。このまま戦闘続行できるだけの余裕はないだろう。──まあ、それは疾も同様なのだが。
「……やられた。こんなに早く見抜かれるとは、自信無くすなあ」
「心にもないことを抜かすなよ」
楽しくヒントを与えてきたのは、疾が必死こいてその「下準備」の場所を探り出すよう誘導させるためだろう。彼女の誤算は、こちらが見抜くまでの早さか、それとも迷わずに破壊を選んだからか。
(結構手札切らされたな……)
ノワールとやり合った時よりはマシだが、かなりこちらの魔術を見せてしまった。その事実を苦々しく思いながら、疾はついと足元を指さした。
「……? どうし──」
こちらに警戒を向けつつも視線を落とし、サンドル・インフェルナルは顔を目一杯引き攣らせる。
「さて、こっちとしてはもうこのオンボロ屋敷に用はねえ」
ゆっくりと顔をあげた相手に、にっこりと、綺麗な笑顔を作って見せた。
「まあ頑張れよ? 要救助者は軽く3桁超えるだろうからな」
「……君、ほんっっとうに性格悪いな……!」
「なんのことだ? 敵の排除に熱くなった結果、周辺被害を出してしまった──幹部によくある事故だろ?」
魔法陣を破壊する際に衝撃を下へ下へ逃した結果、階下が軒並み大火事に見舞われているわけだが、しれっと嘯いて見せる。
「じゃあな」
捨て台詞を残して、疾は障壁を蹴って一気に離脱した。追撃は避けつつ、身体強化を足のみにかけて全力で走る。
しばらく走り、相手の魔力の残滓も消えたところで足を止めた。しばし、息を整える。
「……はー」
壁に手をついて、息を盛大に吐き出した。苦笑して、ポケットから魔石を取り出す。くすみ始めたそれを見て、呟く。
「……保険をもう使う羽目になるとはな」
上級治癒魔術をこめた魔道具は希少だ。疾の資金くりはかなり余裕を持って行っているつもりだが、それでも入手にかかる費用は軽くない。主に冥官の訓練に使い尽くされていることもあって、持ち出した分はこれで最後、しかもあと1回しか使えない状態だ。拠点に置いてある分も似たり寄ったり、つまり無茶はもうほとんどできない。
それでも、ここにきた目的は果たしておきたい。疾は魔石をポケットに戻して歩き出した。
最上階にたどり着いた疾は、廊下にある柱の一本に触れた。魔力の流れを解析し、滑り込ませるように介入することで隠された部屋をこじ開けた。
(……あった)
せいぜい6畳程度の狭い部屋。その中央には王冠型の魔道具が、ガラスケースに覆われて鎮座していた。
それはつけたものの視界を歪め、あるはずのないものを見せることで「あるはずのないものがある世界」に閉じ込めるという代物──制作時期からして、疾の研究データをもとに作り出されている。
これだけは壊しておきたかった。だからこそ、魔法士幹部との交戦で軽くはない被害を被ってもなお、気配を極限まで消して潜入を続けたのだ。
これが置かれている以上、侵入を読まれたのは必然かもしれないが、無視するわけにはいかない。疾の目の問題にも関わるものであれば、解析までしておきたかったのだが──
(……流石に、その余裕はないな)
入口から入念に隠された罠を探っていた疾は、小さく息を吐き出してそう判断を下す。ここから銃で破壊できれば一番だが、王冠を守るガラスケースには強靭な物質強化魔法がかけられている。通常の銃弾などではびくともしないだろう。加えて破壊すれば一斉に部屋に敷き詰められた攻撃魔法陣が起動するようになっている。
その上さらに、ガラスケースには覆い尽くすように防御魔法陣が細かく敷き詰められていた。魔法陣自体が疾の目を邪魔して王冠の魔道具の構造が読み取れない。魔道具に手を出すのならば一度近付いてガラスケースの魔法陣を解除し、その上で魔道具を視認する必要がある。
徹底的に対策を練られていることに内心舌打ちしつつ、改めて組み込まれた罠の見落としがないかを確認した疾は、深呼吸を一つ。何が起きても対応出来るように身構えながら、ガラスケースへと一歩、二歩、三歩と歩み寄り。
『あはっ。やっぱり、かかった』
嗤う声が、した。




