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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
12章 紅晴の守護者
209/232

209 爆破墜落

 機関室に滑り込んだ疾は、侵入者迎撃システムを片手間に沈黙させた後、戦艦の動力源に手を伸ばした。そこに組み込まれた回路の緻密さに、軽く口笛を吹く。


「確かに、魔王のくせにやたら細かい術式組んでやがるな……理論は多少違うが」

『魔王は確か、彼ら特有の術式を有していますよね。世界を破壊するための理を基盤に置いていると聞きました』

「なるほど……ああ、確かにその通りだな」


 根幹の解析を行なっていた疾は、セキの解説を聞いて納得する。なるほど、この世界で言えば飛行魔術に対する制約を破壊するような形で駆動しているこれは、非常に魔王らしい代物というわけだ。

(……なおさら残せねえな)

 疾のようにそこまで解析できればいいが、上澄みだけ拾って安易に飛行魔術を開発されると、それだけで世界にとって毒となる魔術の誕生である。魔術師に碌でもない輩が多いことを身をもって知っている疾にとって、これを跡形残さず壊し尽くすのは決定事項となった。


 少し考えて、疾は視線を巡らせた。機関室内の構造を確認し直して、にいと笑う。

 銃を構え、天井の四隅に銃弾を打ち込んだ。触れたままの動力源に魔力を流し込み、流れを少しずつずらすようにして回路に干渉した。一息のち、一気に魔法陣を構築する。

 四隅に打ち込んだ銃弾と動力源を結びつけるような魔法陣が組み込まれると、疾が魔力を注ぐまでもなく、動力源を魔力源として魔術が発動する。熱が回り、温度が上昇していく。


「──よし。セキ、真下10mな」

『えっちょっ──』


 返事を待つ必要もなく、近づいてくる気配を感じながら、疾は懐の魔道具で転移した。

 一瞬の浮遊感と、柔らかな着地感。


『あああ主っ、ギリギリは怖いですうううう!!』


 悲鳴を上げながらも無事疾を拾ったセキが旋回すると同時、戦艦が火を噴く。


『えっ、えっ!?』

「どうせ落とすなら爆破した方が派手でいいだろ」

『良くないですが!? 街が!!』


 次々と火を噴いていく戦艦にセキが街を心配するように羽をばたつかせる。乗り心地の悪さに顔を顰めながら、疾は肩をすくめた。


「現状、防御魔術については折り紙つきだろ。何せ魔王の魔力砲すら単騎で凌げるやつが控えてんだから」

『そ……それはそうけどぉ……』

『それより主、同行していたあの龍殺しはいいのですか?』


 ハクが一応聞いておくか、くらいの声音で尋ねてくる。疾も一応答えておいた。


「空飛ぶ手段がないとかほざいてたな、そういや」

『えっそれって──』


 と、その時。



 ——ドォオオオオオオオオオン!!!!



 街中にビリビリ響く轟音と共に、戦艦が大爆発を起こして墜落した。


『あああああ主!?』

「だから問題ないって──お?」


 すでにノワールの防衛魔術が起動しているのにセキが慌てふためいた声を上げるのに煩わしげに答えていた疾は、そこで声を上げた。

 巨大な魔法陣が、炎を上げる戦艦の下に浮かび上がる。

 魔法陣はくるくると回り出し、その周囲を、光り輝く文字が飛び交い、魔法陣に吸い込まれていく。


「へえ……魔女か。最後くらいは意地を見せたな」


 あぐらを掻いた上から頬杖をついて、疾は小さく笑う。魔法陣と文字が戦艦を覆い尽くし、炎を鎮火させて北へと運び込んでいった。


「セイ。勇者と魔王の戦いとやらは片がついたのか?」

『はい。先ほど』

「じゃあ俺の仕事は終わったな。巻き込まれないうちにさっさと撤収するぞ」

『はい! 主、ありがとうござ……巻き込まれないうちに??』


 疾の言葉を繰り返したその時──セキの視界に、人影が二つ。


『あっ、あれ、あの龍殺しですよね……空飛べるんじゃないですか』

「飛んでるのはそっちじゃねえんだろ」


 そう言いながら視力の強化をかけると、ほぼ予想通り、白銀もみじが羽黒を抱えたまま空をゆっくりと移動していく。その力のほとんどを羽黒に封印されておきながら、なおも飛行を可能とする規格外ぶりには笑うしかない。


「ま、リスクを分かった上で尚あんなのを味方につけた事こそが、魔女の最大の手柄かもな」

『それはそれで複雑です……って、えっ攻撃?』


 白銀もみじに抱えられて飛ぶ羽黒に向けて、街から炎魔術が飛ぶ。あっさり防がれてはいるが、味方ばかりのはずの街から攻撃魔術が飛んできたことにセキが戸惑っていた。疾はつい吹き出す。


「はっ。おおかたいいように言いくるめられて押さえ込まれた上で利用されたってとこか」


 ノワールは今、総帥のせいで変に職務に忠実な人形になっている。羽黒は上手くその辺りをついたのだろう。おかげで今回、魔王の魔力砲を相手に死傷者0という規格外の成果を挙げている。

 だが一方で、吸血鬼と見たら即座に自重を失う鬼一歩手前のあの魔力タンクが、のんびり堂々と上空に姿を晒している白銀もみじを目前にして、事態が落ち着いた今、大人しく見送るはずもなく。


『ちょっ!?』


 無数の魔法陣が地面に描かれ、一斉砲撃を開始した。


『正気ですかあの人!?』

「8割がた正気じゃねえだろ。いや9割か?」

『そんな他人事みたいに!?』

「他人事だろ。ほら、とっとと撤収しろ」

『ひぇえ……』


 まあ、ここで羽黒が反撃ではなく撤退を選べると見てとったからこそ、あえて放置したわけだが。誰がどう見てもノワールの八つ当たりなのは明らかだが、こんなものに巻き込まれてもただただ迷惑でしかない。やっぱり合流せずに離脱して正解だった。

 疾とセキは、芸術的な飛行技術で魔術を避け続ける羽黒たちを眺めながら、悠々と撤退した。


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