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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
10章 「鬼」
164/232

164 召喚

 日常では感覚の訓練、冥府では体術の訓練、自宅では魔術の訓練。

 比較的順調に研鑽を積む日々を送れた疾は、ふと、魔力が随分と落ち着いていることに気付いた。


(……まあ、だよな)


 内心呟き、疾は苦笑混じりに嘆息を漏らした。研究所の襲撃において、そこそこの無茶をしている自覚はある。特に最近は、積極的に上級魔法士や幹部が出張ってくる可能性の高い研究所を狙っていた。常に神経を張り詰め続けるこの行動が精神に悪影響を与えることは、疾も自覚できている。精神状態が魔力制御に大きく影響するというのも、当然理解していた。

 それでも止まれない理由も事情もあるからこその無茶だが、今後は少し考え直す必要があるのもまた事実。なるべく短期決戦で決着を付けたいが、ここまでの進捗を考えるに、最低でも王手まで1年以上は必要だ。であれば、1年間、限界を迎えず、体の不調を敵に突かれることもないような立ち回りを覚える必要がある。


(と、いってもなあ……悪夢見続けるのも勘弁だし)


 理屈では理解出来ているものの、精神症状故にのんびり出来ない自身の厄介さもまた分かっている。医者辺りに言わせればそれこそ休めといわれそうだが、無理な注文だ。

 何よりも。


「……はあ」


 溜息を一つ。瞬時に展開した魔法陣に魔力を注ぎ込みつつ、疾は喚び出した銃を構え、一息で振り返った。


 風斬り音と銃声が重なる。

 金属が打ち合うような音と共に、疾の横をすり抜けた乙矢が壁に突き刺さった。

 バチッと弾けるような音が響き、羽矢が疾の足元に落ちる。

 起動した魔法陣で追撃を防いだ疾は、無言で矢を見下ろした。


(このタイミング、どう考えても見透かされてんだよなあ……)


 もう1度、深い溜息をついて。疾は矢に結ばれた文に──冥官からの招集状に手を伸ばした。





 指定の時刻に万全の準備を整えて冥府に向かった疾は、指定されていた個人訓練場の扉を潜って中に入る。

 瞬き一つで、いつもの白い空間へと切り替わった。


「なかなかいい反応だったな」

「普通に連絡を取れねえのかあんたは」


 悪態を返した疾に、冥官は薄く苦笑を浮かべる。


「何だか、どんどん悪化していないか?」

「自分の胸に手を当てて考えろ」


 溜息混じりに吐き捨てて、疾は休みたくとも休めない原因の一つであるところ──直属の上司である冥官に、じっとりとした視線を当てた。当然のように、どこ吹く風と流される。

 疾は目を据わらせて、腕を組んだ。そのまま顎を軽く持ち上げ、促す。


「で、今度は何の呼び出しだ」

「そろそろ仕事を、と思ってな。調子も良さそうだし」


 案の上の言葉に、舌打ちが零れる。


「人鬼か堕ち神か」

「両方かなあ」

「あんた、本当に俺を殺す気ないんだろうな?」


 英語と数学両方勉強しろ、程度の気軽さで、どちらか一方の相手でも命懸けの任務を同時に投げるこの上司、最初に交わした約束を守る気があるんだろうか。最初から今に至るまで、死地に放り込まれた経験しかない。


「敵対しない、とは約束したし、それは本当に守っているけどな」

「一応言っておくが、俺にとって『死地に放り込む』は敵対とみなすぞ」

「そうか? その割には大人しいな」

「……」


 割と本気で殴りかかろうかと思った自分は悪くないはずだ。そう思いながらも、どうせここで喧嘩を売っても訓練扱いされるだけだし、その後迷わず働かされる危険性を考えたら引くしかない。


(クソむかつく)


 全く、瑠依を見習ってこの首に刻まれた術式を無効化してやりたいものである。

 心の底からそう思った疾を余所に、冥官は既に移動する素振りを見せていた。いきなり転移させられた先は死地でした、というのはこれまでに嫌というほど経験済みだ。疾はさっさと意識を切り替えることにした。


 それを待っていたかのようなタイミングで、空気が変わった。


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