161 体術訓練
少しだけ、のつもりだったのだが。
「ふぎゃっ!!」
「……ヘッタクソ」
なぜか訓練場に着くなりやる気満々な瑠依の相手をする羽目になった疾は、遠慮なくぶっ飛ばした瑠依の背中を踏んづけた。
呪術具を用いて移動しつつ呪詛の形を取った神力を叩きつけてくるという、何が何やらよくわからない呪術で接近戦もできるようになろうという心意気は買う。買うが、動体視力を底上げしているらしい現状で、身体強化魔術を使っていない疾の背後を一度も取れないのは、単に術者の腕が悪いと思う。
(呪術の威力はそれなりなんだがなぁ)
なんというか、実に才能の持て余しである。後、ちょいちょい肝心なところで手や足をもつれさせているので、多分接近戦に向いていない。
「ほら、次。立て」
「もう無理です……」
「体力ねえなお前」
おまけに体力も根性もないので、割とすぐに音を上げた。床にへばりついた瑠依を見下ろし、疾は肩をすくめて放置する。顔を上げて竜胆を探せば、何故か居合わせた鬼狩りたちの相手をしていた。面倒見のいいことだが、ここに来た目的を忘れちゃいないだろうか。
「おい」
と思っていたら、なぜか声をかけられた。疾が目を向けると、僅かに緊張した面差しながら、相手が疾の目を真っ直ぐ見て言う。
「相手しろ」
「……」
視線を巡らせれば、同じく訓練目当てらしい鬼狩りが複数名。何名かは、この間の竜胆の一件でやり合った覚えがある。正直、いずれも疾の訓練相手には役不足だが、竜胆は絶賛そんな相手と訓練の相手中で、疾は疾で瑠依の相手だけでは物足りない気分なのも確かだ。
「……少しだけな。時間ねえからまとめてかかってこい」
これはもう明らかに「少し」じゃない気がする、と思いながらもそう口にする。実力差を考えれば妥当だが自分でも不遜だと感じる疾の台詞に、相手は表情を輝かせた。
「よっしゃ、行くぞ!」
「……」
(脳筋って人生楽しそうでいいな……)
なんとなくそんなことを考えつつ、疾はせめてもの負荷として身体強化魔術は使わず、めいめい武器を手に飛びかかってくる彼らを相手取り続けた。
しばし相手をして、疾の体も完全に温まったところで、疾は背後から凄まじい闘気を叩きつけられて思わず振り返る。その隙をついて飛びかかってきた鬼狩りの1人を、勢いを上乗せして壁目掛けてぶん投げる。この場にいたら確実に巻き込むという、無意識下での判断だった。
(来る──)
もはや無意識の領域で、身体強化魔術を発動する。最初の一撃は、ほぼ勘だけで受け止めた。
「──!」
目を見開いたのは、互いに同じ。すぐさま間合いを取り直し、疾は意識を切り替えた。これまでのような緩い気分では直ぐに終わってしまう。
(それじゃ勿体無いな)
自然と口元に笑みが浮かんだのにも気づかず、疾は床を蹴った。受け止めるように竜胆が身を低くして飛び込んでくるのを、踏み込んだ足で外側を回り込んで背後をとる。勢いを止めずに回し蹴りを放った疾は、凄まじい反動に歯を食いしばった。
「っらあ!」
振り返り疾の蹴りに膝を合わせてきた竜胆が吠える。突き出された拳をかわしきれずにクロスした両腕で受けたが、体ごと吹っ飛ばされた。
「っ!」
体を丸めて壁に着地する。足に走った痺れを無視して、疾は思いきり壁を蹴って飛び込んできた竜胆を避ける。
「なっ!?」
目を丸くして天井に飛び上がった疾を見上げる竜胆に笑ってみせながら、疾は天井で体の向きを変えて飛び込んだ。
「はっ!」
息を吐き出しながら拳を叩き込む。竜胆が受け止めて、顔を歪めた。
「こ、んのっ!」
蹴り出された足を避け、体を捩るようにして間合いの内側へと滑り込む。軸足を蹴り付けながらこめかみへと掌底を叩き込むが、すんでで避けられ逆に胸ぐらを掴まれた。
「ぐっ!」
「っ」
今のは効いた。投げられないよう膝を腹部に叩き込んだが、手が貫手に代わり喉に突き込まれた。ギリギリで身をひいたが、それでも一瞬息が詰まる。
互いに互いを蹴りつけるようにして距離を取り直す。僅かな間に呼吸を整え、疾は笑った。
(面白え)
本当に、人生何が起こるかわかったもんじゃない。まさかこんなタイミングで、体術を磨くのに都合がいい相手と巡り合うとは。
(妖混じりならではの身体能力に、冥府で得た神力を上乗せしての体術か。身体の強度じゃ勝負にならねえ、体力も確実にあっちが上。あとは技能だが、本能任せのくせに的確に合わせてきやがる……戦いの嗅覚も伊達じゃねえってところか)
高揚感に身を任せながらも、頭脳は冷静に相手を分析して行く。何度も多彩に技を駆使して竜胆を翻弄しようと訓練場中を駆け回りながら、拳を蹴りを交えていく。
「っらあぁ!!」
竜胆の方も、闘志に目をギラつかせながら疾に凶暴な攻撃を繰り返してくる。戦いの間は理性より本能が勝るのか、周囲には目もくれず疾だけに挑みかかるその様は、まさに獣のようであり、それでいて人間らしい感情をありありと叩きつけてくる。
「ははっ!」
気づけば笑い声を上げていた疾は、今だけはと竜胆に合わせて戦いに没頭した。




