151 依頼の完遂
その後は何事も起こらず、隊商は目的地へ到着した。何度も訪れている街らしく、隊商はさして時間をかけず街門の検問を通過する。あとは売り物を市場で売り捌くだけなので、護衛任務はここで終わりだ。
「一時はどうなることかと思ったけど、助かったよ。これが報酬だ」
隊商のリーダーがそう言って、ノワールに貨幣の入った布袋を手渡す。ノワールは袋を開けて覗き込み、頷いた。
「確認した。これで任務終了とする」
紋切り口上の物言いをするノワールに、リーダーは満足げに頷いて、さらに口を開いた。
「それにしても……本当に凄まじいな、君は。どうだ? うちの専属護衛として働かないか。報酬は言い値で構わない」
あまりに馬鹿げた提案に、疾はつい小さく吹き出す。ノワールは疾を横目で睨みながらも、首を横に振った。
「悪いがそれはできない。俺は目的を持って傭兵をしている」
冒険者ではなく、傭兵と言い表したノワールに、疾は少し意外な気分で横顔を盗み見た。
ギルドに対して圧をかける商人もいることから、依頼のみで動く傭兵と自称した機転はこの場では最適解だろう。てっきり目的以外は何も見えていない猪突猛進な復讐の鬼だと思っていたが、少しは言動に注意して厄介事を回避するということを知っていたらしい。
(厄介事に巻き込まれるとその分吸血鬼を探す時間が削られるからってところだな。暴れっぷりとの差異がでかいが……魔力増幅症から生き延びる精神力と制御力は伊達じゃねえ、か)
疾の視線に何かを感じたのか、ノワールが視線をこちらに向け、僅かに眉を寄せた。だが商人が直ぐに話し始めたため、視線が戻る。
「そうか。だが、もし良ければ連絡手段だけでも提供させてくれないかね? うちは隊商として移動しているだけあって、幅広く情報を取り扱っている。君が欲しい情報もあるかもしれない」
「……」
ノワールが押し黙る。一考の余地があると思っているのだろうか。商人の方はそう受け取ったらしく、にじり寄って口上を続ける。
「どうだい? 情報料については、今回かなり助けてもらったからね、勉強させてもらう。それで、うちの仕事とタイミングが合う時だけでも、君に護衛を頼めたらと──」
「いや」
低い声で、ノワールが言葉を遮る。一つ息をついて、真っ直ぐに商人を見据えた。僅かに狼狽えた様子の相手に視線を当てたまま、淡々とした声で返事を口にする。
「生憎だが、俺がこの辺りで欲しい情報はもう手に入った。今後この辺りを移動することもほとんどないだろう。そちらの希望には添えない、よって契約は成り立たないな。この話はここまでにしてくれ」
明確な拒絶に、商人が面食らう。それはそうだろう、傭兵にとって確実な資金源とも言える契約を切るなど、普通はありえない。大なり小なり、こう言った商人とのパイプを繋ぐことで、傭兵というのは糊口を塞ぐものだ。
が。
「そりゃまあ、見え見えの罠に引っかかる命知らずが、傭兵なんざ出来ねえよな」
笑みを含んだ声で、疾は言葉を滑り込ませる。振り返ったノワールと商人に、にぃと笑ってみせた。ノワールがピクリと眉を動かす。
「……どういう意味だね?」
「言葉通りだが?」
問いかけに嘲笑を滲ませた声で返してやれば、伝わったらしく商人が表情を険しくする。ノワールも何故か警戒を見せているが、巻き込むつもりはないので安心して良いのに。今は。
「……ふむ。君はまだ若いから、利益だけでのつながりに抵抗があるのかな。君は冒険者としてギルドに属しているだろう? それと同じように、傭兵は金や権力を持つ相手とパイプを持つことで生計を立てるのだよ」
言葉の中身よりも、冒頭の言葉に小さく失笑する。ちらりと視線を向けてやれば、察したらしくノワールは顔を顰めた。
「はっ。利益、ねえ。確かにあんたは、利益を手にするのは上手いようだな」
「……それが商人というものだからね」
何を言い出すのかと胡乱げな顔で返す商人に、疾は薄く笑みを浮かべたまま、親指でノワールを指し示して見せる。
「そうだなあ。よもや、クーペ地帯の魔物を単騎一掃できる凄腕の持ち主を、言い値で専属契約出来るとは驚きだ。荷運びだけで数十人規模の護衛を雇う必要のある隊商のリーダーが、いや全くたいした稼ぎだなあ?」
「……」
「そこまでの金があれば、どこでも商売できそうだ。市民権も役人のツラ札束で引っ叩いて手に入れられるんじゃねえの? そしたらこんな物騒な護衛、いらねえよな」
商人が押し黙る。ノワールは無言のままだ。先程の申し出の時点で、その辺りの不自然さには気づいていたのだろう。どう見ても厄介事だからスルーしたというところか。
(ところがスルーできねえんだなこれが、残念なことによ)
「……さっきから、何が言いたいのかね?」
「拠点を持たずに移動する最大の利点ってなんだろうな?」
「……様々な土地で、珍しい商品を手に入れられることじゃないかね」
低い声で、僅かな警告を交えた問いかけを投げかけてくる商人を、当然ぶった切って質問で返してやる。ピクリと眉を動かしたが、返された言葉は冷静だった。まだ我慢できるらしい、もう少し煽ろう。
「模範解答だな、面白みの欠片もねえが」
「……このガキ」
「……」
悪態が漏れ出た商人だけでなく、ノワールまで胡乱な眼差しを向けてきた。この程度の煽りでそこまで反応をもらえるとは、楽しい限りである。
「それより何より、でかい理由があるじゃねえか。ついでに儲かる利点でもある」
「……さっきから一体なんなんだね君は。もういい、報酬だけ受け取って、さっさと──」
こちらの物言いに耐えかねたように、商人が布袋を投げ渡そうとしてくる、刹那。
「──お国の犬に見つかっちゃあマズイ代物を売り捌くには、足のつかない隊商は最も効率がいいよな」
言葉を、刺しこむ。
「……っ」
「で、もし、ギルドを介さず個人的に雇った護衛だけで賄えるなら、そりゃいくら金積んだって安いもんだろうよ。ギルドに依頼するなら、カモフラージュが必要になるからなあ?」
ゆったりと両手を広げる。右掌に引っかけるように銃を見せつけ、くるりと回転させて銃把を握る。すいと銃口を向けた先は、到着して荷を運び出し始めた幌馬車。
「っ、待てっ!」
慌てて制止の声をあげる商人が掴みかかってくるより先、引き金を引く。狙い通り金具を破壊した銃弾の勢いに弾き飛ばされるようにして、天井が吹き飛んだ。
「貴様!」
掴みかかって来た商人をひょいと避け、足を引っ掛けて転がす。背中を踏みつけ、疾はにっこりと笑みを振りまいた。
「俺が受けた依頼は二つあってな。一つはあんたが出していた、護衛の任務。こっちは無事完了したし、報酬は受け取らせてもらうぜ?」
言いながら、先程疾に投げつけてこようとしていた布袋を回収する。掌に展開した魔術できちんと報酬が入っているのを確認しつつ、疾はさらに銃の引き金を連続で引いていった。
「やっ、やめ──」
「もう一つは、『最近やたらと頻回に護衛依頼を出してくる隊商が、移動のたびにアンデッド系統の魔物を引き寄せる原因の調査』だ」
轟音と、爆風。
こちらの異変に気づき駆け寄ってきた冒険者達を、事前に仕掛けておいた魔道具を銃弾で起動することで足止めする。そのまま続け様に打ち砕いた金具が破壊されると、何事かと集まり始めた野次馬や街中を警備する騎士達にもその中身があらわになる。
──不自然な鼓動を刻む肉塊と、そばに置かれた握り拳大の魔石。
──独特の匂いを漂わせる薬草の数々。
──厳重に鞄に固定され保管された、試験管に入った薬剤。
どれもこれも、一瞥でまともな商品じゃないと見て取れる親切すぎる状態だ。まあ、疾が魔道具も併用して全て吹っ飛ばしたのだが。
「吸血鬼率いるアンデッドと魔物の混成団による襲撃中、一部の冒険者が討伐ではなく荷物と隊商の保護に専念してたよな。護衛任務としては自然でも、あの状況下で脇目降らずに任務に専念出来るほど、人は生存本能を投げ捨てちゃいねえ」
途端、どこかから視線が突き刺さる。疾の場合は正確な状況把握に基づいて安全確認をしただけである。1度目の襲撃で分かるように、あの場にいた冒険者達はそういった状況把握を行えるような連中でもなかった。
「てめえの命の危機すら無視して、忠実に任務を遂行したとなれば──ま、これだよな」
「なっ!」
身体強化魔術を足にだけかけて、跳躍。幌馬車の残骸に着地した疾は、試験管の一つを取り上げて日にかざす。暗所では緑色の液体が、みるみるうちに青色へと変化していった。
「貴様っ、その薬剤は──」
「日に当てると変色して効果を失う取り扱い要注意の代物、だろ? 知っているとも。ついでに、これを服用すると自我が崩壊し指示に従うだけの操り人形に出来る代物だ、ってのもな」
商人が青ざめて口籠る。もちろんその狼狽を待ってやる義理など疾にはない。次々にその場にある薬剤や植物の正体を暴いていく。その度に商人の眼差しが狼狽から恐怖へと変化していくが、こんなものあらかじめ図鑑に目を通しておけば一目瞭然だろうに。
「──で。これが、吸血鬼を呼び寄せた原因だろ?」
ひょいと取り上げて、疾は再び跳躍する。封を解かれた様に肉塊が大きく鼓動し、膨れ上がった。
あちこちで悲鳴や息を呑む音が響く。喧騒を縫って、感情を差し引いた、低い声が届いた。
「……なるほど。そういう絡繰か」
細めた目が冷たい色を宿している。心地の良い殺意に、疾は笑顔で返した。
「そ。あんなド平野にアンデッドの集団が現れた理由は、こいつに引き寄せられたって絡繰だったわけだ。なぁ?」
言葉を区切り、もはや蒼白な顔で立ち尽くす隊商関係者に、満面の笑みを向けてやる。
「──アンデッドのキメラなんざ合成しやがって。魔石で鎮めているから大丈夫っつう安易な考えで、よくもまあ今までバレなかったもんだ」
この気配を察知して、吸血鬼たちが引き寄せられたわけである。いるはずのない場所でアンデッドに遭遇すれば、下手をすれば全滅の可能性もあったわけだが、おそらく薬剤を使用して操っていた冒険者たちだけに聖水を渡していたのだろう。それでも、浅はかとしか言いようがないが。
「ま、魔石を過信し違法である魔物の合成を行なった挙句、管理不行き届きで人手の多い街中で甚大な被害を出した──となれば、処刑は免れないだろうな」
「未遂でも、犯罪奴隷は確実だろう」
無表情でキメラを睨みつけるノワールの相槌に、疾は肩をすくめて笑ってみせる。
「どーだろうなあ。これだけ大規模な闇商売に、お偉いさんが関わっていないはずがねえ。裏取引でもされて減刑も期待できるんじゃねえの? 中身が何か分からなきゃ、違法薬物程度なら罰金刑だろうしな」
まあ、それも疾が盛大に人前、かつ警邏の騎士の目前で暴いたので水の泡だが。
「つーわけで。被害が出ても出なくても処分は同じになったわけだし、目撃者がこれだけいれば握り潰されねえだろ。用済みだな」
そう言って銃の引き金を引き、異能の弾がアンデッドを消滅させた。




