142 興味、関心、態度
「帰りたい」
六道を抜けて早々、今から見回りに行こうというまさにその時に、出鼻を挫く発言を何ら気負い無く放った瑠依に、ファルはうっすらと小馬鹿にするように笑み、ツェーンは不快げに顔を顰めた。
「そうだな」
疾が適当に相槌を打つと、更にふたりの表情が引き攣った。
「……なんつーか、おまえらの問題が早くも理解出来たっつうか」
「へ?」
瑠依がきょとんとするのを横目に、疾は鼻で笑う。こんなどうでも良い上に不愉快な任務、放り出して帰れるものなら帰ってしまいたいという点で、不本意だが馬鹿と意見は一致している。
「今から仕事っつの、分かってんのか?」
「え、分かってるからこそ帰りたいんじゃん?」
……瑠依の場合、単純に愚鈍に、面倒がっているだけではあるが。
「クソ局長、お守りの押しつけかよ……」
うんざりしたように吐き捨て、ツェーンが瑠依と疾を見て促す。
「帰りたいなら尚更、とっとと片付けるために動くぞ。ひとまず普段通りの見回りからだ」
「うえー……帰りたい……」
息をするように同じ台詞を吐く瑠依に溜息をつき、ツェーンは3人を先導するように先頭を歩き始めた。
「──警戒すんのは、土地柄だけじゃなく、人が集まりやすい場所も同じだ。どうしても人が群れれば、諍いは起こるだろ? そこからうまれた瘴気がどう流れていくのか、予めしっかり確認しておくのも、見回りで大事な点だ。鬼が出た時、大体その流れに沿って人を襲う為に移動すっからな。追いかける時に撒かれずに済む」
ツェーンの知識は経験に基づいた雑多なものだったが、それ故に、冥官から知識丸ごと与えられた疾にも価値のある情報が混ざっていた。当たり前だが、個々人の記憶まではカバーできないというわけだ。
(つーか、この辺穴だらけなのは人鬼ばっか狩ってるからだろうな……知性のない鬼の習性なんざ知らなくても、指振ったら消し飛ばせそうだし)
容易く想像が付いて、疾はこっそり顔を顰めた。自分も引き金に欠けた指先に力を込めたら同じ結果を出せるが、銃弾は避けられる事がある。完全に力の差だ。
「ほえー、すげー」
……まあ、その冥官の結界をたたき壊したはずの瑠依は、終始これしか言ってなかったが。ツェーンの知識に価値はあっても、瑠依にとっては意味があるのか、大変疑わしい。
「つか……何でそこまでやる気ねえのに、鬼狩りやってんだよ?」
研修を受けたか疑う程の無知を晒す瑠依に、ついにツェーンが尋ねる。声に苛立ちがにじみ出しているが、空気の読めなさは一級品の瑠依が我が意を得たりと喋り出した。
「ほんとそれな! 俺はやりたくないってのに局長ほんとおっかないの帰りたい!」
「……ああ、そういうことなんだね」
思わず零したような呟きがファルから聞こえてきた。横目で様子を伺うと、ファルは隠しようもない嘲笑を疾に向けていた。
「君達、局長の肝いりで入ったは良いけれど、無能なんだろう? それで、あの局長が自分の失態を誤魔化したくて、ツェーンにお守りをさせようというわけだ」
「……ふん」
一部は正解と言えなくもない予想を得意げに語る様子に、疾は鼻で笑ってみせた。他に選択肢がなかったとは言え、瑠依を鬼狩りにしたのは確かに局長のミスと言える。それに関しては大いに賛成だ。
が。無能であれば、局長が頭を痛める必要もないという大前提に頭が回らない辺り、自分の都合の良いものしか目に入れないと見た。自分が頭が良いという思い込みをしがちなタイプだ。
この手の輩と会話をしたところで一切の生産性がないので、鼻であしらって存在ごと無視することにする。相手が僅かに苛立つ気配を感じたが、何も言ってこなかった。
「帰りたい……」
「……はあ。ったく」
嘆くように繰り返す瑠依の様子に、ツェーンがうんざりと溜息をつく。が、苛立ちの視線は瑠依でも疾でもなく、明後日の方向へと向けられていた。
(……)
この2人はどうにも引っかかる部分が目に付く。となると、この人事の意図が透けて見えるというわけで。
「……」
小さく嘆息して、疾は視線を滑らせる。ファルの眼差しがやはり自分の方を向いているのを見て、もう1度溜息を漏らした。
(……くっだらねえ)
本当に、あの女狐は気に食わない。




