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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
8章 「伊巻」という一族
140/232

140 呪術紛い

 そんな定例巡回から、1週間後。


「こんにちは疾君っ、筋肉さわら──へぷっ!」


 なんか物陰から飛び出てきた変態を適当にあしらい、疾はうんざりと溜息をついた。


「……で?」

「すみませんごめんなさい、でもこの状態の常葉を止めるとか超無理」

「そうだな、お前に何かを期待することそのものに無理があるな」

「かつてなく毒舌!」


 短期間で二度も顔を見る羽目になったポンコツコンビに、疾は腕を組んで目を細める。


「で?」

「うっ……」

「一番の目的は、瑠依のお馬鹿さんのお馬鹿に対する謝罪だね!」


 輝く笑顔で割って入った常葉の説明に、眉を寄せた。無言で続きを促すと、うきうきした様子の常葉が続ける。


「でも瑠依は瑠依だからー、ちゃんと誠意込めたごめんなさい出来るか怪しいでしょう? だから、私が付き添いみたいな感じなの」

「その懸念はおおよそ間違ってなさそうだな」

「なんで!?」


 瑠依が喚くが、少なくとも今に至るまで、瑠依から誠実な謝罪というものを受けとった覚えがない疾に、自分の発言を撤回する気は毛頭ない。


「私としても、疾君にまた会えるのは大歓迎だし、謝罪ついでに疾君の腕とかスリスリさせてもらえないかなぁって思って♪」

「てめえはてめえで、それが謝罪として成り立っていないという認識をもて、変態」


 そして馬鹿(るい)が馬鹿なら、変態(ときは)も変態だった。


「あと、名前」

「あ、それねー。瑠依とあのナイスバディなお姉さんから聞いたの。二人のお仕事の時には、名前で呼んで、学校関係では波瀬君って呼ぶんでしょ? どっちでもないときはお口チャック!」

「なんでてめえとしょっちゅう関わる前提で呼び分けを覚えてるんだ犯罪者(ストーカー)


 これに関しては、肝心の鬼狩り(瑠依)よりも理解が早いのだが、それはそれで頭が痛い。


「そういうわけで!」

 疾の苦情を綺麗に聞き流した常葉が、元気よく瑠依の頭を押さえつけた。

「首! 常葉、首が死ぬ!」

「このお馬鹿さんが大迷惑かけてごめんなさい。私は疾君に会えたらそれだけで幸せなので、いつでもどこでも協力します! ついでに瑠依の寝坊癖が治ってくれればなおよし!」

「痛い、もげる!」

「……お前らを見てると頭痛がする」


 本当に、何というか。謝罪すらも軽々しく騒々しいこの2人と、本気でこれ以上関わり合いになりたくない。が、残念ながらそうもいかないのだから、つくづく自分は運が悪いなと改めて実感した。


「取り敢えず、瑠依」

「うっ、はい」


 首をさすりつつ顔を上げた瑠依が表情を引き攣らせる。嫌な予感がすると言わんばかりの様子に、大当たりだと腕を組んで頷いて見せた。


「ひとまずてめえは、これまでの数ヶ月分キリキリ働かせるから、そのつもりでいろ」

「わあ、帰りたい……」


 この期に及んでげんなりと呟く瑠依に、疾は内心肩をすくめた。ここまでしても罪悪感一つ抱かない図々しさはいっそ清々しい。今後疾の問題に巻き込んでも、基本的に配慮が必要ないようなので、ある意味気楽だが。


「はあ……じゃあな」


 取り敢えず待ち伏せされていた事実をきちんと受け止め、ここ最近の行動範囲の見直しを計画に入れつつ、用事は済んだと踵を返そうとした疾は、常葉の声に引き留められる。


「あ、待って待って! 実はここからちょっと行ったところに、最近物騒な噂が多いところがあるんだよー」

「……瘴気の溜まり場になっている可能性が高い、と?」

「そんな感じ!」


 親指を立てて頷いた常葉が続けて告げた地名に、疾は記憶を探る。ここしばらく足を踏み入れてはいないが、確かに陰の気が溜まりやすい地形をしていたと思い出し、頷いた。


「行くか。瘴気の浄化なら、てめえでも出来るだろ」

「げっ、早速労働!? うっそだろ、帰りた」

「帰れると思ったのか、この鳥頭」


 思わずと言った調子で後ずさった瑠依の首根っこをひっつかみ、問答無用で引き摺っていく。


「わーお疾君、さっすがー力持ちー♡」

「ぐえっ、首、首が絞まる……!」


 何とも気の抜ける声を背中に聞きながら、これで鬼狩りの仕事になるのか、と、疾は緊張感のなさにそっと息をついた。





 幸い、瘴気溜まりはそこまで酷くない段階で発見できたようで、瑠依のちゃちな鉛筆が組み立てた呪術であっさりと浄化された。


(……なんだこれ)


 が、疾が意識を奪われたのは、その「呪術」そのもので。


「……つくづく訳の分からん奴だな、お前」

「ちゃんと仕事したのに言われよう!?」


 愕然としている瑠依は無視して、疾は改めて呪術の痕跡に目を向ける。


(いや、本当に……なんだ、これ?)


 疾の目は、当然ながら「術」と名の付くモノの回路は全て映し出すのだが、これ程までに構成がしっちゃかめっちゃかなくせに異様に強度が高いという訳の分からん代物は、異世界まで旅をして魔術を学んできた疾をしても、理解不能かつ見た事の無いものだった。

 というか、呪術のくせに呪詛の概念がほぼないというのはどういうことだ。呪うとか怖くて出来ないと言っていたから、本人の負の感情が大変底が浅いというのは分かりきっているが、そのくせ妙に威力が高いのだから意味が分からない。


「念の為、もう1度確認するが。てめえの武器は呪術、なんだよな?」

「そーだぞ、他人を呪うとかおっかなくて無理だけど」

「……呪術、って漢字で書けるか?」

「書けるわ馬鹿にすんな!?」


 分かっててそのボケをかましてくる方がよっぽどヤバイ、という言葉を飲み込んで、疾はくしゃりと前髪を掴んだ。


(意味分かんねえ)


 これも「世界の不具合」とやらの影響なのだろうか。基本的に、万物を「識る」事で神秘を操る魔術師のはしくれとして、謎を謎としておけない疾の頭がガンガンと痛んでくる。が、コレを理解しようとする方が精神衛生上よろしくない、と直感が囁いてくることもまた事実。

 よって疾は、自身の人生の中でも大変稀少な「考えることを止める」という選択肢を選び取った。


「はあ……まあ良い。ひとまず終わったし、報告に」


 戻るぞ、と言いかけた疾は、背後から投げ掛けられた鋭い声に言葉を飲み込んだ。


「──貴様ら、そこで何をしている!?」


「げっ、なんかやな予感」

「……はあ」

「なんで俺見て溜息付くの?」


 基本的に、最近の面倒事は瑠依が運んでくるので、反射的なものである。今回もこれが疾だけなら声はかからなかったはずなので、まあ瑠依のせいと言って良いだろう。

 振り返ると、紅晴の術者の一人が既に術具を携えた状態でこちらを睨み付けている。慌てたように瑠依が両手を前に付きだした。


「えっと、うん、ちょっと待とう! 俺ら、敵じゃないし! というかもう帰りたいしかない一般人なんで!」

「惚けるな。何らかの術を使ってこの一帯に干渉したのは分かっている。この辺りは最近、陰の気が溜まっているため、要注意地帯だったのだ。故に、ここら一帯には人払いの術も構築していたというのに……貴様ら、何か関係があるな?」


 警戒から疑惑へと一足飛びに扱いを下げていく術者を前にして、瑠依が大変微妙そうな表情になった。


「えーと、いやー、その、なんて言うか……変態が変態だったってだけで……」


 ごにょごにょと幼馴染みである変態についてぼやいている瑠依には、どうやら空気を読むという機能がないらしい。この状況で、誤解を解こうと慌てるでもなく、長年来関わりのある変態の異様さに思いを馳せるマイペースぶりには疾でも呆れる。


「……詳しく話を聞かせてもらおうか」


 当然といえば当然だが、相手の疑念は晴れるどころか深まったらしい。視線を険しくして魔力を練り始めた術者に、疾は溜息をついて吐き捨てた。


「こちらが一体をしたのか、その目で見ても理解できない無能はすっこんでろ」


 空気に亀裂が入るような緊張感。隣で微妙に慌てていた瑠依が、ぎくしゃくと疾を振り返る。


「あの……もしもーし?」


 穏便に行かないの? と顔に書いてあるが、そもそも穏便に行きようがないのは自分のせいだという自覚はないらしい。大変おめでたい頭の持ち主はまるっと無視して、疾は腕を組み、術者を見遣ってうっすら笑んだ。


「……貴様。今、何と言った?」

「俺達がこの街に属さない術者とすら分からない未熟者、と言っている。この件で、お前らに出来ることなんざもうなんもねえよ、とっとと失せろ」


 虫を追い払うように片手を払うと、術者がにわかに殺気立った。ひい、と小さい悲鳴が隣から聞こえるが、まあ呪術具もまだあるようだし、どうせ死なないだろと放置する。


「ガキが……我等に楯突くとは、随分ともの知らずな無謀者だな」

「はっ、馬鹿くせえ。そっくりそのまま返してやるぜ? くだらねえプライドで意地はってんじゃねえよ、雑魚が」


 笑みを深めて毒を吐けば、分かりやすく怒りを顕わにする。思い切り煽ってやった成果はでてるが、まあ、半分は八つ当たり、もう半分は今後の為だ。毎回こんな面倒な羽目になってたまるか。


(なんでこの街に来て最初にやったやり取りを、一からするんだ、アホらしい)


 ある程度大事にしておけば、勝手に「魔女」の耳に入り、そこでストップがかかるだろう。その為にも、この周辺に張っている術者共は、精々貴い犠牲になってもらおう。


(ここからまた数ヶ月、こいつら相手にするのは勘弁だ)


 記憶力にそこそこ自信がある疾としては、この街の術者が多用する戦術など見飽きて退屈なくらいなのだ。新しい術でも見せてくれるならば話は別だが、この程度の挑発で我を失うような未熟者には欠片も期待出来ない。

 当たり前のように臨戦態勢を整える術者達を悠然と見回し、疾は極上の作り笑いを浮かべて見せた。


「この程度で言語を捨てて実力行使とは、泣けてくるが。ま、暇潰しの運動程度には相手してやるよ」

「だから何でそう流れるように罵倒が出てくるんですかね帰りたい!!」


 悲鳴混じりの瑠依の声を皮切りに、結果の見えきった戦闘が始まった。

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