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ファンタジー作品集

転生ドラゴンの悲劇

作者: 彼岸花

 目覚めた時、俺は知らない場所にいた。

 家畜小屋のような、ボロい木造家屋の中だった。俺自身も藁の上にいて、寝ていた場所がベッドではないと気付く。周りは高い柵で囲われ、乗り越えて外に出るのは難しそうだ。

 なんでこんなところに? 思い出そうとして、頭痛と共に一気に記憶が溢れ出す。

 俺は、事故か何かに遭った、ような気がする。

 正直曖昧な記憶だが、激しい痛みが一瞬あったのを思い出した。なら此処は病院? こんな家畜小屋みたいな場所が? 一層混乱しながら、何処か怪我をしていないか身体を見る。

 そして自分の身体が鱗だらけで、尻尾があって、両手が翼になっていると分かって。

 どうやら自分が、人間ではなくドラゴンになっていると気付いた。






 多分、異世界転生、したのだと思う。

 それも人外、ドラゴンへの転生だ。両手が翼になっているので、所謂ワイバーンという奴だろう。

 人間だった頃の記憶は疎らで、なんとなくしか思い出せない。自分が二十か三十の男だったとか、一緒に暮らしていた家族は多分いないとか、なんかアニメとか漫画は好きだったとか、でも具体的になんて作品が好きだったかは思い出せないとか。そんな感じの記憶だ。もしかしたら前世なんてなくて、自分を人間だと思い込んでいるただの頭のおかしいドラゴンなのかも知れない。この世界に生まれて二年経った今では、残っていた記憶も大分薄れた。寂しい気もするが、仕方ないなという諦めもある。

 ともあれ、なんとなくでもファンタジーの記憶があるお陰で、この『世界』がどんな場所かは大まかに理解出来た。

 端的に言えば、此処は剣と魔法のファンタジー世界だ。あんまり文明は発達してなくて、騎士団がいて、魔法使いがいて、モンスターがいる。俺がいる場所は王国と呼ばれ、世界で一番の大都市と言われている。

 如何にもな感じの世界観だ。しかし現実の異世界は本やゲームほど単純じゃない。法律はあるし、モンスターは生態系を作り、全ての元凶である魔王なんていやしない。つまりやらかせば普通に逮捕されるし、モンスターでも乱獲すれば環境破壊で人々の生活は脅かされ、その原因は複雑だから解決が難しい。過酷さは転生前の、剣も魔法もない世界とあんまり変わらないかも知れない。

 そして俺はこの王国の、騎士団に飼われている。

 竜騎士というやつで、騎士団の中でもエリートしかなれないらしい。ドラゴンはこの世界の生物の中でも最強格。だからその力を使えば他のモンスターも怖くない、という訳だ。

 勿論ドラゴン自体もモンスターだから、早々人の指示なんて聞かない。それに犬が怒っても飼い主がちょっと噛まれるだけだが、ドラゴンがやれば一瞬で人が死ぬ。誰よりも強いからこそ、事故が起きれば大惨事となる。

 だから卵から生まれたばかりの、物心が付く前から飼育。人に慣れさせ、躾をし、人間が操れるようにする。ドラゴンはモンスターの中では賢い種族でもあるので、キチンと調教し、信頼関係を築けば、相棒に出来るらしい。

 という訳で俺達生まれたてのドラゴンは、パートナーとなる騎士に引き取られて育てられる。ドラゴンの寿命は人間よりやや短いぐらいなので、ほぼ一生涯コンビを組む事になるそうだ。

 ちなみに専門家も付き添って育て方を騎士に教えるし、誰もが憧れて竜騎士になるので、基本的にドラゴンは大事に扱われるが……何事も例外はあって、虐待してくる奴もいる。まぁ、虐待の傷なんて定期検診で簡単に見付かるから、そんな奴は翌月には解雇される訳だが。万一殺したら軍事兵器の破壊工作という名で軍法会議となり、比喩でなく極刑もあり得るという(流石にそうなった奴は生まれてからの二年では見た事がないけど)。残されたドラゴンは輸送部隊や訓練相手として別任務に就くらしい。

 幸いにして、俺の飼い主はそんな無能ではない。


「シス!」


 俺をそう呼ぶのは、鎧で身を包んだ女騎士。

 アリシアという。大変可憐な若い女性だ。転生前なら、こんな人に話し掛けられたらそれだけでドギマギしてしまう。年齢=彼女いない歴の俺の童貞気質を見くびってはいけない。

 じゃあなんで今は平気かと言えば、そんなに魅力的に見えないから。ドラゴンになった事で、性的指向もドラゴン寄りになったようだ。実際人間より大人の雌ドラゴンにちょっと胸が高鳴るし。

 とはいえ人間だった頃の記憶があるので、アリシアの事は可愛いな、とは思う。彼女はおっちょこちょいなところもあるので、守らなきゃという使命感も抱いていた。

 ま、それはさておき。


「シス。今日は初任務だから、絶対成功させようね!」


 アリシアに撫でられながら言われ、俺は前を向く。

 視界に広がるのは、地平線まで続く平野。騎士団が普段訓練している王都の中ではない、外の世界。

 そして人を容易く食い殺すモンスターがひしめく、危険な場所。

 ――――竜騎士はパートナーのドラゴンが二歳を迎えた時、初めて任務を与えられる。

 二歳を迎えたドラゴンは、既に人間よりも大きい。多分、尻尾を抜いた長さである体長は二メートルぐらいあるだろう。尻尾を含めた全長なら四メートルぐらいか。これからもどんどん成長し、成体は体長五メートル全長九メートルを超える。

 俺が生まれてからの二年間は、人間の指示を聞くようにするための調教期間。みっちりしっかり訓練された。

 そして二年間の成果を、ここで示す。モンスターを討伐し、竜騎士としての能力があると俺達二人で証明するのだ。

 ……なんて、仰々しく言ったけど。

 ドラゴンを従えていても新人には違いない。というか実績のない奴に大きな任務は任せられないし、それに俺は地上最強の生物ドラゴンであるが、生まれてからずーっと飼われていたペットでもある。訓練はしているが、いきなり強大なモンスターと死闘しろなんて無茶でしかない。

 なので初任務はちゃんと戦える事の確認も兼ねて、最弱モンスターの一つであるスライムの退治となっている。最弱とはいえ人間ぐらいなら普通に食い殺すぐらい凶暴だし、繁殖期の今はどんどん増えるから早いうちに間引かないと大群になって手に負えなくなるんだけど。

 今も平原のあちこちに、スライムの姿が見える。漫画やゲームに出てくるような、不定形で水っぽい奴だ。


「行くよ、シス!」


 アリシアに指示され、俺は彼女と並走するように走る。本気で走ればアリシアを置いていく事も出来るが、俺と彼女はパートナー。バラバラに行動なんてしない。

 俺達の接近に気付いたスライムは、不定形の身体をぐにゃっと歪め、動き出す。手足すらない割に素早い動きだが、俺からすれば遅い事この上ない。

 距離を詰めて、スライムとの『戦い』を始める。とはいえやる事は単純だ。スライム目掛けて足を繰り出すだけ。

 そうすればスライムはぐちゃりと潰れて、呆気なく死んだ。

 ……死んだ?

 いや、殺した。

 それを認識した瞬間、思わず笑みが溢れるぐらい楽しくなった。ドラゴンはモンスター生態系の頂点であり、同族以外の全てが餌。本質的に殺しを楽しむ種族であり、その本能は俺の身体にも宿っている。

 本能のまま殺して回りたい。それは俺だけでなく、他のドラゴンも覚える感覚だろう。そして指示を無視して暴れ出す、というのが未熟なドラゴンだ。

 だが、俺には()()()()がある。

 特典と言っても、スキルや凄い魔力とかではない。そもそもそんなものは、この世界にはない。技術(スキル)を身に着けるには訓練と勉強と才能が必要だし、魔力も筋肉のように鍛えなければ上がらない。俺もドラゴンとしては平凡な筋力や素早さしかない。

 けれども俺には人間だった時の『知能』がある。

 確かにドラゴンは賢い。賢いが、それは「モンスターの割には」という前置きが必要だ。多分犬とか猫とかぐらいで、ちゃんと指示は聞けるけど、何故その指示を聞かなければいけないのかは分かっていない程度。だから待てと言われた餌をこっそり食べたり、本能のまま敵を殺したり、うっかりパートナーを噛んだりしてしまう。

 だが俺は違う。人間の意識があるから、出された指示の『意図』が分かる。

 スライムを潰したら、そのまま駆け出したくなる衝動を抑え、アリシアの方を振り返った。


「うん、ちゃんと止まったね。偉いよ、シス」


 アリシアは攻撃を止めた俺に、優しく触ってくる。

 指示に従った犬を撫で回すようなものだが、正直かなり嬉しい。これも多分ドラゴンの本能なのだろう。俺以外のドラゴンも、人に撫でられるの好きだし。世界最強の生物なのに、ドラゴンというのは存外人懐っこい生き物なのだ。


「よし。もう一匹退治しよう」


 アリシアに言われ、俺は再び大地を駆ける。スライムはいくらでもいる。いくらでも倒せる。

 自分の力を誇示して褒められるのは、凄く気持ちいい。

 ドラゴンの本能と、人の自尊心。どちらも満たされる、心地良い環境だった。






 しかし俺が三歳になった頃から、ちょっと辛い事も増えてきた。

 段々と、殺しの衝動が強くなってきたのだ。

 これもドラゴンの本能……だと思う。他のドラゴン達も同じく攻撃性が高まっている様子だからだ。俺と違って本能のまま生きるアイツらは人の言う事を無視する事も多く、パートナーに怪我させる奴も何匹かいた。

 ただ、不思議な事にパートナーに怪我させた後にはすっかり大人しくなっているのだが。

 反省した、のかは分からない。犬でも飼い主をうっかり噛んだ後は申し訳なさそうにするし、ドラゴンも似たようなものなのだろうか。しかしそうやって大人しくなった奴が一匹二匹と増えると、何時までも大人しくない自分が酷く残酷に思えてならない。理性で抑えなければ、何もかも殺したくて堪らないのに。


「シス。大丈夫……?」


 任務を終えた今日なんて、アリシアが不安そうな声で呼び掛けてくる始末。

 ウェアウルフの討伐。それが今日の任務だった。

 初任務で相手したスライムと違い、ウェアウルフは強敵だ。人間より一回りぐらい大きな狼で、一対一なら三歳のドラゴンである俺の敵じゃないが、奴等は群れで挑んでくる。流石に十体もいると本気でやらないといけない、非常に危険な相手だ。

 そんな危険な相手だと言うのに、殺している間は心が踊って仕方ない。

 普通の生物なら、互角で危険な相手からは逃げたくなるものだろう。命を懸けて戦う理由がない。だけどドラゴンという生物は、生粋の戦闘狂らしい。身体が傷付くほどに興奮し、血が流れるほど力が滾る。モンスターとして見ても、異様な攻撃性だ。

 だから、と言うべきか。倒したウェアウルフの死骸は見るも無残なもので。八つ裂きにしたもの、頭を執拗に叩き潰したもの、肛門から腸を引きずり出したもの……

 倒すだけなら、こんな殺し方をする必要はない。なんなら今回の任務は人里近くに現れたウェアウルフ駆除なので、人的被害がない今なら最悪山奥に逃げてくれればそれで良かった。なのに俺は気の高まりのまま、逃げた幼い子まで殺している。

 明らかに自分の中の凶暴性によるものだと一目で分かってしまう。いや、今になってようやく分かった、というのが正しい。

 アリシアの声がなければ、果たして正気に戻れたかどうか。


「シス……」


 そんな俺を、アリシアは抱き締めるように触る。

 さっきまで酷く凶暴だった筈の俺に、彼女は何処までも優しい。

 それは俺が、パートナーだから?

 ……いいや、彼女の優しさはそういうものじゃない。三年間一緒に過ごしていれば、俺にだって彼女がどういう人間か分かる。アリシアは人だけでなく、モンスターにさえも優しい。


「辛いんだよね……ごめんね……私が頼りないパートナーだから……」


 まるで自分の所為だと言いたげな物言い。

 それは違う。全部俺の所為だ――――否定したいのに、俺の口は人間の言葉を話せない。


「一緒に頑張ろう。私達、これからも一緒に戦うパートナーなんだから!」


 何も言えない俺に彼女は朗らかで、優しい笑みを向けてくれる。

 今の俺にはアリシアの抱擁を大人しく受けながら、こんな事は二度としないと決意するぐらいしか出来なかった。






 俺の決意も虚しく、俺の中の攻撃性は留まる事を知らなかった。

 殺したくて堪らない。壊したくて堪らない。あまりに強い衝動で、時々意識が飛ぶ始末。

 オーク討伐の任務を受ければ、そのオークをぐちゃぐちゃの肉塊にした。

 ゴブリン駆除の任務を受ければ、赤子のゴブリンを母ゴブリンの前で八つ裂きにした。

 トロル退治の任務を受ければ、トロルの手足を一本ずつ潰し、逃げられなくしてからじっくりと食い殺した。

 全部、我慢出来なかった。やるべきじゃないのに、殺すにしてももっと苦しませない方法があるのに、一番惨たらしいやり方を選んでしまう。他の竜騎士達の顔が引き攣り、同族のドラゴン達からも怪訝な顔を向けられる事から、自分の異常性を強く実感する。

 どうにか人間は傷付けず、四歳を迎えたが……狭苦しい鉄格子の中に入れられてしまった。

 別に、鉄格子の中はゆっくり動けばぶつからない程度には広い。翼だって伸ばせる。他のドラゴンも鉄格子の中にいるので、俺だけが閉じ込められている訳ではない。それに転生前の世界で言えばクマや虎みたいなものなんだから、いくら人馴れしているとはいえ普段は檻の中に入れておくだろう。

 そして他のドラゴンは、以前までの凶暴さが嘘のように大人しくしている。

 生まれてすぐは人間の人格を持っているから一番大人しかったのに、今じゃ人間の人格があるのに一番凶暴。理屈で問題ない対応だと分かっているのに、全然納得出来ない。まるで自分だけが成長していないようで、恥ずかしさと苛立ちからますます殺意が高まっていく。なんでも良いから殺したい。

 この気持ちはどうしようもなく大きくなって、自分だけだと檻の中で暴れてしまう。翼や身体が傷付くが、それは俺の本能を掻き立て、更なる攻撃性を引き出す。止めなければと理性が考えても、身体は勝手に動き、衝動は止まらない。

 俺を唯一止めてくれるのは、パートナーとなったアリシアだけ。


「シス……」


 今日もアリシアは、俺の世話をするため来てくれた。

 傷だらけになった俺の身体を見て、アリシアは悲しそうな顔をする。そんな顔は見たくないし、させたくなかった。俺が暴れ回るのは、俺が自分の本能を抑え込めないから。アリシアは何も悪くない。

 アリシアが俺を触らなくなったのも、当然だろう。確かに俺は今まで人間を傷付けた事はないが、自傷行為を繰り返すヤバい奴には違いない。俺にその気はなくても、勝手に動いた足が彼女を踏み潰さないとは限らないのだから。


「……………ごめんね」


 なのにアリシアは謝りながら、俺に食事を出す。金属の大きな皿に、野菜や肉を混ぜて作ったペースト状のものが乗せられていた。

 如何にも動物の餌という感じの与え方だが、まぁ、今の俺は動物なので当然である。それに味覚が人間から変わったようで、生肉生野菜の混ぜ合わせでも十分美味い。何より食べている間は、食欲という本能が凶暴性を抑えてくれる。

 だから食べている時間は好きだ。それに俺がガツガツと元気よく食べる姿が、アリシアは好きらしい。二つの理由から俺は勢い良く飯を食べる。

 ……なんか何時もと味が違う気がする。ちょっと野菜や肉が傷んでいたのか? 

 そんな違和感を抱いたのと同時に、俺の身体から力が抜けた。何事かと驚き、慌てて立ち上がろうとするが、手足が上手く動かない。

 それになんだか、頭が、重く……


「ふむ、薬が効いてきたか」


 混乱する俺の前で、廊下の奥から一人の男が姿を表した。

 コイツは確か、ドラゴン専門の医者だ。竜騎士の操るドラゴンの健康管理は彼等が一任している。しかし定期的な健康診断以外でコイツが来るのなんて、それこそドラゴンが風邪を引いた時ぐらい。

 なんで、そいつがわざわざ此処に?


「はい。餌に入れましたけど、すぐに食べてくれました」


 混乱する頭に、更なる一撃を加えてきたのはアリシアの言葉。

 アリシアが俺に薬を盛った? 何故? どうして? 混乱する俺を余所に、二人は会話を続ける。


「……どうしても、やらないと駄目なのでしょうか」


「こればかりは決まりです。確かに彼は穏やかな気質に見えますが、戦場では苛烈に敵を殺す。ドラゴンの本能はちゃんとあるのです」


 俯くアリシアに、医者はそう話す。

 まさか、俺があまりに凶暴だから?

 だから薬を盛った? 俺が凶暴だから、俺を殺そうというのか。

 掻き乱された心が、俺の眠気を抑え付ける。そんな理由で殺そうとしてくる事への怒りが、全身の力を滾らせようとするのに、全然身体は起こせない。

 何より、アリシア。

 確かに俺はドラゴンで、君は人間で。友情とか愛情とかはなかったかも知れない。最近は困らせてばかりだった自覚はある。だけど俺達の間に、絆はあった筈なのに。パートナーと言ってくれたのに。

 どうして俺に薬を盛ったんだ。

 俺の事を信じてくれなかったのか。俺が、何時かこの本能を抑えられると思えなかったのか。

 ……俺自身思ってない事に、何を勝手な怒りを抱いているのだろうか。理性が窘めても、俺の中の感情は止まらない。


「もうコイツも五歳です。先延ばしにしてきましたが、これ以上は看過出来ません」


「分かっています。でも……」


 俺の心の言葉は届かず。アリシアは分かっているなんて言っているけど、何も分かっていない。俺の気持ちなんて、何一つ理解しちゃいない。

 理解していたら、こんな事はしない。

 ああ、だけど今の俺には身動きどころか唸り声すら出せない。


「でもも何もありません。決まりは決まりです」


 医者の無情な言葉に、アリシアは俯くだけ。反発も、怒りも、悲しみも、出してはくれない。

 アリシアの代わりとばかりに、俺の腹の中でふつふつと感情が煮立つ。そんな俺の気持ちなんて、やっぱり誰も理解していないのだろう。医者は呆れるような顔で言ったのだ。


「流石にそろそろ去勢手術しないと、コイツが可哀想ですよ」


 その言葉を。


 ……………………………………………………いま、なんてった?


 きょせい? キョセイ? ……去勢?


「ドラゴンは五歳で性成熟すると、今まで以上に凶暴性が増すんですから。しかも雌ならともかく、コイツは雄です。繁殖期になれば脱走も頻発します。雌を探したくて堪らなくなりますからね」


 ギリギリ落ちてない意識で、医者の言葉を聞く。へぇー、ドラゴンってそういう生き物なんだ。確かにイヌとか猫も、去勢すると大人しくなるって言うよね。


「そ、そうですけどぉ〜……で、でもやっぱり可哀想というか」


「自由に出られない、狭い檻の中で暴れさせる方がずっと可哀想でしょう。あと発情期になったら戦場の比じゃなく興奮して暴れ回りますし、人の言葉なんて聞きませんよ」


 うんうん、そうだぞアリシア。確かに手術は可哀想な感じするけど、それで劣悪な環境に置くのはもっと可哀想だぞ。それに騎士団のドラゴンはペットじゃなくて兵器なんだから、そこはちゃんと割り切って管理出来るようにしないといけないよね。

 あー、というか、だからか。三歳ぐらいから暴れ回ったドラゴンが急に大人しくなったのは、こりゃ無理だってなって去勢手術を受けたのね。他のみんなが大人しいのは全員去勢済みだからか。じゃあ俺が成長してないとかじゃないのね、よかったよかった。

 ……等と他人事のように頭の中で反応する俺だが、つまり、あの、要するに。

 俺のキ◯タマをすぱーんっと切り取るってことぉ?


「睡眠薬の効果は約六時間。大丈夫。ちゃんと無事終わらせますよ。我々もプロですからね」


 なにもだいじょうぶじゃないよぉ?


「はい、先生……お願いします!」


 おねがいしないでぇ? ほんにんがどういしてないからぁ?

 等と意見しようにも、暴れようにも、いよいよ薬が効いてきて。あ、これは不味いそりゃ理屈では納得出来ますしこういう立場だから子孫なんて残せないと思っていましたけどだからってキ◯タマ取られる覚悟まではしてないから本当に嫌ちょっとなんでぞろぞろと兵士達が来るんですか嫌だ止めろ俺はドラゴンじゃない元人間なんだこれは尊厳を傷付けるジェノサイド的なやつでマジで止めろ俺の傍に近寄


























 翌朝、生まれた時から傍にいた俺の相棒は、何処にもいなかった。

 本当に気持ちが穏やかになってストレスなく過ごせるのが、ちょっと悔しい。でも、アリシアがまた触ってくれるようになったので、まぁいいやと思った。

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― 新着の感想 ―
オチが酷いと思いつつ、そう言えばファンタジー世界で使役される獣魔の去勢云々を 扱ってる作品って見たことないなあと(自分が知らないだけかもしれませんが)。 そういう意味でも楽しめました。
まぁ、殺処分されるよりはマシな落ちかもしれない(;^ω^) でもなんか不憫だな…………(-_-;)
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