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異世界大陸軍戦記-鷲と女王-  作者: 長靴熊毛帽子
第六章『草長の国』戦争~東部戦役~
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第七十二話 二つの意志

 剣のサオレが鉄のヴィオスのもとに現れたのと同時期、ドゼー師団長率いる二千の兵士たちは『蹄鉄砦』を離れて『驢馬の市』に到着していた。兵士たちは用意されていた宿舎に泊まり、久しぶりの屋根と壁のある寝床にありついている。


 市壁の外では王都から長時間歩き詰めで強行軍してきたボン師団と徴募兵たちが事前に用意してあった食料と酒を補給している。彼らはドゼー師団と入れ替わるように前線を目指す。


 一方でドゼーは指揮官たちと共に東部地域の有力者と会談の席を設けていた。場所は市長の屋敷である。集まった面々は緊張と不安の混ざった視線をドゼーに注ぐ。東部地域の有力者たちは『驢馬の市』の市長や、臨時参事会の長、周辺の各村や町の町長や村長、長老など総勢三十人近くが揃っていた。中には『金具の街』のテーケルネトの姿も見える。


 会談は最初に『驢馬の市』に駐留し、後方の防衛を任されていたべリアール将軍が状況説明を始めた。


「師団長閣下。改めて状況をご説明いたします。一言で言って東部地域は危険な状態です。レスナストなる若い貴族を首謀者とする()()()()が街道に出没し、わが軍の輸送部隊を襲撃するのみならず、一帯の村や町に反乱を呼び掛けて回っています」


 続いて『金具の街』のテーケルネトが有力者たちを代表して口を開く。都市の序列から言えば代表すべきは『驢馬の市』の市長であるが市長はグーエナスと共に『蹄鉄砦』へ逃れていた。


「レスナストはクルーミル女王に味方した村や町を焼き討ちすると脅しています。それだけではありません。東部地域は二つに砕かれました。例えば、水利権をめぐって普段から対立していた二つの村が今回の事を大義名分にしてダーハド派とクルーミル派に分かれて争う様相を呈しています。取り締まる者がいないので単なる盗賊や強盗の類も出て至る所で法が無視され、無秩序な暴力が広がりつつあります。我々にはそれらの争いを鎮めるための騎士も兵士もいません」


 テーケルネトの声と足は震えていたが懸命に前を向いて自分たちの窮状をドゼーに訴え出た。


 それに追従するように有力者たちが喚き立てる。誰それが裏切っている。何某は敵と内通している。我が村の安全はどうなるのか……。互いを非難する言葉と訴状がドゼーに押し寄せた。


「戦いと無秩序が広がるせいで、商人たちは街から出られず、村の穀物庫には収穫した麦や山ほどあるのに街では食料の値段が上がり始めています。これではさらなる混乱が訪れるでしょう」


 都市の市場を管理する担当者が付け加える。


 予想以上に状況は悪い。ドゼーはそう感じると同時に自分を後方へ送ったボナパルトの洞察力と判断の早さに感嘆を禁じ得なかった。わずかな情報から脅威を探りだす嗅覚は天性のものか、あるいは潜り抜けた修羅場の数々からの経験か。


「ボナパルト司令官は皆さんの窮状を理解し、私と数千の兵に皆さんの保護を命じました。ご安心ください」


 ドゼーは有力者たちの目を見ながら説く。有力者たちは兵の多さにひとまず安堵のため息をついた。


「我々が皆さんの安全を保証するように、皆さんにも我々の安全を保証いただきたい。我々は互いを信頼し、協力し合ってこの地に平和をもたらさなければなりません。まずこちらから信頼を示しましょう。現在、この街の橋や門、要所を抑えている我が軍を引き上げ、街の守備隊にお返しします」


 その言葉に風に吹かれた枯れ草のように有力者たちの話し声がした。


「街道の治安を回復するため、警備隊の組織も認めます。没収した武器庫も開放して槍やクロスボウもお返ししましょう」


 数人規模の騎士は盗賊を追い払うには良いが、現在東部地域を徘徊しているのは同じ騎士たちだった。戦うには数十人を集めねばおぼつかず、それだけの人数を集めて動き回らせればボナパルト側に不信を抱かせる。それが有力者たちをして縮み上がらせていた。


 有力者たちの話し声は森が揺れるように大きくなった。ドゼーの真意を計りかね、当惑の声が響く。


「自分たちで武器を取り上げて、恩義せがましく返して信頼だと」


「元はと言えばお前たちが蒔いた種ではないか。我々にその草むしりをやれと言うのか」


「いっそ荒れるに任せてしまえ。下手に兵を持てばダーハド王に罰せられる」


「兵を持たぬ身になったのはむしろ好都合だ。力が無ければ責任も免れる」


「いずれクルーミルかダーハドかどちらかが勝つ。それまでは旗色を明らかにしないのが賢明だ。どちらにも与せず、どちらにも敵対せず……」


「何を仰っているのですか!」


 有力者たちを稲妻のような鋭い声が打った。それはボナパルトのような天災のような一撃ではなく、雨雲が雨と共に吐き出すような悲鳴に似た音だった。


「剣を手にして生まれたあなた方が、剣を取り上げられたので傍観すると言うのですか。勇気ある者は精霊の元か、グーエナスと共に去ったというのですか。ここにいる皆さまは今この瞬間民を守る責務をどこへやってしまったのですか。私はボナパルトの軍と立ち、領民の暮らしを守ります。貴族の生まれゆえに! もしダーハド王が戻ってきて、それを罰するというのなら誇り高い血を大地に流して精霊たちの下へ加わり、恥じることなく先祖と一つとなります」


 年端の行かぬ娘の決意を聞いて有力者たちは己の中に流れる血のなんたるかを思い出したように我に返った。有力者たちが風見鶏のように向きを変えるのは勝利者の側につくためだ。勝利者の側につく理由は領民の安全のためではなかったか!


「然り! ボナパルトと共に!」


「我が剣にて領地に平和を!」


「従属して明日を生きるより、貴族として今日死のう!」


「務めに拠りて!」


 有力者たちはそれぞれ警備隊の人手を提供し、騎士たちを召集することに合意した。


 会談が終わり、それぞれが解散する中、ドゼーはテーケルネトを呼び止めた。


「どうやら貴女のおかげで会議の風向きが変わったようです。お礼申し上げます」


 恭しく頭を下げる男を見上げてテーケルネトは応じた。


「ドゼー様、でしたね。ボナパルト様にお伝えください。我が父の魂をお救い下さり感謝していると。そして、我が運命を委ねる、と。あなたは我が『運命を定めし人』なのだと。精霊があなたを見守りますようにと」


「お伝えしましょう。ご安心ください。我々は必ず勝利します。そして、あなたの決断に正しく報いることでしょう」


 ドゼーは自分を見上げる少女に膝を折って目線を合わせると、騎士が誓いを立てるように跪いてテーケルネトの服の裾にキスをした。少女は足の震えを懸命に支えていたが、その姿勢は統治の責を負うに相応しい風格を備えつつあった。



会議室を出たフランスの諸将は中庭を目指す。


「本当にあんなことを言っていいのですか、その、ボナパルト司令官の許可を取らずに勝手に……」


不安そうな表情を向けるべリアールにドゼーは足を止めて応じる。


「ボナパルトからは治安を回復するために必要なあらゆることを実行する許可を得ています。この決定は私に与えられた職責の内にあります。第一、五千足らずの兵士でこの地域一帯を取り締まるのは不可能です。彼らにも手伝ってもらうのが効率的でしょう」


「ボナパルト司令官は『あらゆる手段』で反乱勢力を粉砕するのを期待しておいでなのでは? 軍事力によってこの土地の人間を従順にさせろと暗に指示したのではありませんか? そのほうが確実です。震え上がらせて統治する方が……」


「したいのですか? 弾圧を?」


「いえ……」


「おそらくボナパルト司令官もそれは望んでいないはずです。だからこそ私を後方の安定に送ったのでしょうから」


 とはいえ、ボナパルトの真意は掴みかねる。とドゼーは思う。自分に自由な裁量を与えたのは何故か。『金具の街』で自分が言った、正義であることを望むという言葉を証明させようというのだろうか。成功すればよし、失敗したなら『それ見た事か』とあざ笑うために。それとも、自分に全幅の信頼を寄せてくれているのだろうか。『お前の判断なら正しい』と。


 ドゼーは鼻で笑って首を振った。ボナパルトの真意を探るのは不可能に近いだろう。あの人の思考は常にあらゆる要素の中に溶けだして混ざり合い、複雑で、どれか一つを見つけようとするのは無意味なものであるようだ。ならば善意にとるのがよい。ボナパルトは自分の手腕に全幅の信頼を寄せてくれているのだ。それに応えてみせよう。自分自身のため、そしてボナパルトのため、この世界のために。そう思考を締めくくると、ドゼーは前を向いて歩きだした。



 中庭には半旅団長三人、大隊長九人、中隊長二十七人から成る指揮官層が集められていた。冬に咲く白い花々が囲む庭は陽光と風を遮る壁のおかげでこの季節にしては暖かかった。


 一同を見渡したドゼーが言う。


「諸君。改めて言うが軍隊とは暴力であり、暴力は善に用いれば平和を、悪に用いれば抑圧をもたらす諸刃の剣である。私は我がフランス軍が善の軍隊であることを期待する。外敵を退け、賊を討伐し、良民に秩序と安定をもたらすことをである。この世界の人々を無秩序と支配から救い出す事こそ、我らの務めである」


 その口調は庭に注ぐ陽光と等しく穏やかで温かいものだが、その意味するところは断固としていた。


「これよりわが軍は各地に分散して賊を討つ。各部隊はそれぞれ村や町に派遣されることになるだろう。厳しく命じておくが、パンの一かけらも奪ってはならない。女性に指一本触れてはならない。武器と敵意を持たぬ人々を殺害することは決して許されない。わが軍の名誉と軍旗を汚す者は誰であっても処罰を免れない」


 いつになく真剣な言葉に各指揮官たちは唾をのんだ。


「補給品が届かぬ時もあるだろう。パンが不足する時もあるだろう。そういう時、やむを得ずパンを村から得ることもあるだろう……私はこれを許さない。私は命じる。民衆から奪って生き延びるぐらいなら、聖人のごとく餓死せよ。私は諸君に一人残らず聖人であることを要求する。いかなる犯罪行為も縄と銃弾で罰せられる。兵の罪は中隊長に償わせる。中隊長の罪は大隊長に、大隊長の罪は旅団長に。旅団長の罪は私が償う。心せよ」


 その言葉に一同は縛り付けられたように身動きとれなくなった。ボナパルトの雷鳴のような激しさこそないものの、ドゼーの命令は徹底した規律を要求していた。


「わが軍が正義の軍であると人々に記憶されることを望む。以上である」


 ドゼーはそう宣言すると集まった諸将に穏やかな笑みを見せて地図を持ってこさせ、各部隊の配置と行動について協議し始めた。

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― 新着の感想 ―
史実にて早逝が悔やまれた人物の一人。 戦争という混沌にて善を貫く事の厳しさを理解しつつも、貫く信念を持つ指揮官のなんと得難いことか。 この采配、適材適所の最たる例になりそうですね!
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