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異世界大陸軍戦記-鷲と女王-  作者: 長靴熊毛帽子
第七章『斧打ちの国』戦争~鷲の飛翔~
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第百六話 鷲の翼(前編)

 謁見の間の奥は元はダンスや祝宴に使うための広間であったが、今や磨かれた石床には巨大な地図が広げられ、それぞれの部隊の配置を示す旗が並べられていた。それを取り囲むように諸侯が揃っている。


 顔ぶれを見ればクルーミルの股肱之臣であるアビドード、その両脇には彼の甥にあたるニッケトとノルケトの双子が揃っている。


 その右隣りには西部の諸侯軍を率いて参上したテルマルタル伯が座している。背後には孫息子のウルバルトの姿がある。彼らは冬季の僅かな間に諸侯を取りまとめて軍を起し、その大部分が既に王都の郊外に陣を張っていた。その組織力と動員力を無言のうちにクルーミルとボナパルトに示している。


 そして東部の諸侯軍を取りまとめるフーゲン伯と場に相応しくないように思えるほど小柄な少女テーケルネトの姿もある。東部諸侯は戦乱続きでその戦力を著しく減じているものの故郷を荒し回ったダーハド王への復讐心に燃える諸侯を中心に結集していた。


 全員の顔を点検するように眺めやったボナパルトはスフィラに諸侯の列に加わるように言うと、尊大な口調で話し始めた。


「これで全員だ。状況を改めよう」


 ボナパルトの軍靴の下には二つの国の境となる大山脈が描かれている。


 ◆

「改めて言うまでもないが我々は『斧打ちの国』に攻め入る」


 その言葉に全員が頷く。それは全員にとって既定の事実であったが、いざその時を前にするとやはり緊張と興奮とが冷たい汗になって服の内を濡らすのを抑えられないのだ。


 ボナパルトは旗を指差して陣容を説明した。


 クルーミルを全軍の総大将とし、副将にはテルマルタル伯が任じられる。ボナパルトは身分の上で言えばクルーミルの友であって臣下ではないので、フランス軍の指揮系統は別とされる。


 女王が指揮する王軍は合計で歩兵25,000人、騎兵11,000騎を数える。


 歩兵の内訳は徴募した農民などから成る民兵を取り除き、全てが武具を揃えた戦士で揃えられる。このうちの15,000余りはクルーミルが各地から雇い入れた傭兵たちから成っている。到着したばかりのスフィラの兵士たちもこの中に含まれる。


 民兵を排除したのはボナパルトの意図による。士気と装備、練度において劣悪な民兵には期待できなかった。頭数を揃えるには欠かせないが、敵地に乗り込む以上、補給を考慮すると量よりも質を優先される。


 そしてなにより、このうちの5,000には最精鋭ともいえる「羊毛軍団」が含まれているのだ。


 騎兵の内訳は重装騎兵が3,000、残りは軽装騎兵から成る。装甲と突撃槍で武装した重装騎兵は敵軍を打ち破る最も強力な兵種であり、軽装騎兵は偵察、攪乱、通信、追撃とあらゆる任務をこなすことができる。


 こうした騎兵の大部分は参戦する諸侯が占めている。今回の戦いに多数の騎兵を動員できるのは諸侯がクルーミルに対して恭順したことを意味していた。


 これを掩護するテルマルタル伯を指揮官とする軍勢は歩兵6,000、騎兵5,000から成る。彼らの軍勢もまた民兵を廃し戦闘力に長ける歩兵を揃えていた。騎兵も装備が整っており若い騎士を中心に血気盛んで戦意も旺盛な者たちが多い。


 小規模ながらフーゲン伯軍は東部地域の騎兵3,000余りから成っている。この部隊は戦闘能力よりも政治的・心理的な意図が大きい。彼らにとってこの戦いは復讐戦でもあるのだ。


「次いで我がフランス軍だ」


 王と諸侯の軍勢とは別にフランス軍も展開される。


 クレベール、ボン、レイニエといった歴戦の師団に新たにダヴーを師団長に据えた師団の合計四個。さらにデュマ将軍率いる騎兵師団が次なる戦役に投入される。引き連れられる砲は80門余り。参加兵力は合計で20,000人に達する。


 20,000。という数字は単独の指揮官が率いる兵力としては最多のものである。クルーミルにしろ、テルマルタルにしろ、直臣や直接雇っている兵は一部であり旗下の軍勢は諸侯の集合体である。ボナパルトだけが全軍の末端の一兵士に至るまでを自分の部下として掌握している。そこには単純な兵数では測れない強さが潜んでいるのだ。


 このほかに遠征軍を支えるための補給部隊も組織された。これまで補給は諸侯がそれぞれ個別に従軍商人と契約してバラバラになされていたがこれを一本化する組織を設置し、各部隊への補給について責任を負うこととされた。この補給組織を担うのはネーヴェン商会を中心とした商人組織である。彼らが物資の買い付けから輸送までを一手に引き受けることによって、補給は効率性と確実性を増すこととなるだろう。


 全軍の総兵力は70,000に達する。


「草原の兵がこれだけ集うのは統一王以来ですな!」


 読み上げられた部隊の兵力に興奮したウルバルトが鼻息を荒くする。確かにこれだけの兵力が結集するのは近年に無いことだった。これから始まる大戦の予感に戦士として血の騒がぬ者はいないだろう。


「……して、敵方は?」


 興奮する孫を制したのはテルマルタルの落ち着いた声だった。狡猾な老将は自軍の多さを素直に喜んではいない。戦いとは相対的なものなのだ。自軍が十万であろうと、二十万であろうと敵がそれより多くては自軍は劣勢になる。


「密偵と偵察の情報によれば、ダーハド王は50,000から60,000の兵を"鉄門"に集中させていると推計される」


 鉄門。


 ボナパルトはそう呼んだ一点を指した。それは草長の国と斧打ちの国を隔てる大山脈の中にあり、ちょうど裂け目のようになっている地点である。大山脈を分断するそこは古来から交通の要衝であり大街道も敷設されている。大街道は草長の国の「王都」から斧打ちの国の首都までを貫いているのだ。


 草長の国にしろ斧打ちの国にしろ軍勢が相手国に侵入するにはここを通るのが常である。


「……なるほど。では、正面決戦になりますかな」


「いや。そうはならない」


 一同が見せる予想外の表情を取り調べるように確認して自分の発した言葉の威力を確かめた後、ボナパルトは視線を大山脈のふもとへ向けた。


「山脈を越える」

「股肱之臣」一番頼みとする部下。補佐としてたよりになる臣下。

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― 新着の感想 ―
出た…世界史の名将の条件1「山脈越え」だーッ!
山脈! たまらないですね…
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