【episodeZero】そして現在へ
たしかに、私がミネアを里に置いていったのは、もう何百年も前のことだ。
あの美人なら、惚れる男の百や二百いて当たり前だとも思っていた。
………だが、それでも、
「名前はリーン。あなたの孫娘に当たりますね」
まさか、知らず知らずのうちに孫が生まれているとは思わなかった。
「リーンさんは、ミネア以上にあなたの血を色濃く受け継いでいます。魔法、身体能力ともに、鍛え上げれば魔王軍筆頭級の強さになります。そして………自分の両親や友人を皆殺しにした人間を、あなた以上に恨んでいる」
………歳は?
「今年で五歳になりました。ですが非常に頭がよく、既に年齢とはかけ離れた知識を持っています」
外見とか………
「ご自分で確認すればいいのではないかと思いますが………まあ、誰に似ているかと言われれば、リンカとミネアに半々、というところですね。二代離れているはずなのに、あなた方の血、濃すぎるんですよ」
………私の血を色濃く受け継ぎ、人間に対する激しい憎悪を持つ吸血鬼。私の、たった一人残された家族。
リーン。いい名前だ。
「彼女の方は、訳あって私も気にかけていたんですよ。にもかかわらず、今回のこのような事態になってしまい………魔王、お願いします。リーンさんを、しっかり育ててあげてください。リーンさんは、人間をこの世から滅ぼすための力を渇望しています。ですから、魔王軍で、その術を与えてあげてくれませんか」
………言われるまでもありません。
私と似た境遇で、我が肉親。魔王城から動けない私ができないことを、孫にくらいはさせてやらねば。
私に唯一残された家族を戦場に出すというのは………少し、心苦しいですがね。
「その点に関しては、おそらくそこまで心配することがないかと。先ほども言った通り、彼女の才能はすさまじく、鍛え上げればあのフランにすら迫る強さになるはずです。才能は、数値変換して世界第三位。万能系の才能持ちでは、あなたに次ぐ強さですから」
三位、ですか。
一位と二位は………一位は私で、もう一人はフランですかな?
「いえ、フランは近接戦闘能力の才能がびっくりするくらいないので、才能値的には五位なんです。あのルヴェルズも、レベルが恐ろしく高いためにあなたすら苦戦させかねない強さですが、才能は第四位です」
………?じゃあ二位は?
「ここが厄介なところで………実は魔王、あなたが二位なのです」
なんですと?
では、一位は他にいると?
「………………世界才能第一位。それは、今代の『勇者』です」
耳を疑った。
つまり、現在の勇者は、成長すればルヴェルズや私すら上回る強さになると?
………最悪だ。世界最強が人間側にいるとは。
「落ち着いてください。才能が最強とはいえ、彼女はまだ五歳なのです。………それに、これはチャンスなのですよ」
チャンス?
「お話しましょう。人間たちの狂った計画………『勇者兵器化計画』のことを」
※※※
「………………ということです。現在の勇者は、哀れにも人間たちによって心を壊されつつあります。そして、女神ミザリーに対する盲信・狂信の兆候も見られません。………つまり、彼女を捕らえ、心の修復さえできれば、我らの仲間とすることが可能かもしれないのです」
『勇者兵器化計画』。歴代最高の才能を持つ勇者を、無慈悲かつ無心の殺戮戦闘マシーンに変えて無理やり戦わせるという、イかれた計画。
勇者とはいえ同族の子供、しかも女の子をそのような目に合わせるとは………そこまで堕ちたか、人間共。
しかしたしかに、彼女をこちら側に引き込むことができれば、今度こそ人間の希望はほぼ潰える。
聖十二使徒の序列上位の奴らは警戒すべきだが、逆に言えばそれだけ。
それに、自らが生み出した存在である勇者に牙をむかれ、蹂躙される人間たちなど………最高のシチュエーションではないか。
ですが、魔王軍の連中は勇者について話してやればおそらく文句を言うものはいないでしょうが………我が孫だという、リーンは大丈夫なのですかな?
「ああ、大丈夫だと思いますよ。あなたが今、現在の勇者を人間の例外と考えたように、彼女もまた、そう考える理性と頭脳があります」
そうですか。
私の孫娘は、やはり聡明なようですね。
「ええ。………ふふふ、面白くなってきましたね。魔王軍と人間の勢力バランスが、大きく変わろうとしています。彼らが吸血鬼の里を放っておき、大切に勇者を育てていれば、負けていたのはあなたたちだったかもしれないのに………自らの愚かな選択で首を絞めるとは、あの女の生み出した種族らしい」
いやまったく。
「さて………そろそろ時間です。リーンさんのお迎え、お願いしますね。それと、人間の殲滅も。………あ、言い忘れてました。今回の条件変更で、あなたへの『後払い』の件も変更になりました。人間殲滅出来たら、リンカを蘇らせましょう。その日まで、頑張ってください」
最後にさらりと重要なことを………。
しかしそうか。もしかしたら、フランたちが生きている間に、リンカを生き返らせることができるかもしれなくなったのか。
素晴らしい。最高だ。
さあ、長年の恨み、憎しみ、悲しみ。全て種族そのもので贖ってもらうぞ、人間。
※※※
「………………というわけじゃ。今後は魔王軍の方針を完全に変更していく。防衛線を主体に進めていたが、もう我慢しなくてよい。人間を、皆殺しにするぞ」
翌日の幹部会議で、妾はイスズ様に聞いた件を、幹部たちに伝えた。
一週間後にティアナに迎えに行ってもらう予定の、吸血鬼族の生き残り、リーン・ブラッドロードが、妾の孫であるということも含めて。
「ま、まさかあのミネアちゃんが娘さんを産んでいるとは………時の流れは速いものですねえ」
「これは、姉様に報告しておかねばなりませんね。………しかし、ついにイスズ様すら、人間を見限りましたか。いつかこのような日が来るかもしれないとは思っていましたが」
「アタシに言わせりゃ、ちょっと遅いんじゃないのって感じだけどねー。まあ英断だと思うわよ」
「そうだな、今の人間どもはさすがに看過できねえ。このままじゃ世界そのものをぶっ壊しちまいかねないからな」
おおむね賛成意見のようだな。
それはそうだ、今の人間は、日に日に女神ミザリーへの狂信がひどくなっていっている感覚すらある。
戦場でその姿を目の当たりにしている幹部たちは、全員それがわかっているだろう。
「しかし魔王様。その、兵器化されているという勇者に関してはどうするおつもりなのですかな?」
「それをこれから考えなければならんのじゃ。イスズ様の話によると、勇者が前線へ投入されるのは、早くとも三年後という話じゃった。なるべく早い段階で策を講じなければな」
「サクラかレインかグレイを行かせりゃいいんじゃねえか?」
「無理だと思いますねえ。その三人は、人間から最も警戒されている相手。まともにやりあおうとはしないはずです。『勇者』に逃げに徹されては、さすがの魔王軍トップスリーも成す術がないでしょう」
「我が行ってやろうか!」
「ルーズ、ちょっと黙っとれ」
その後も、落ち込むルーズ以外の幹部で話し合ったが、具体的な結論は出なかった。
そして、一週間が過ぎた。
※※※
体が先ほどから謎の緊張で震えている。
そう………今日は、妾の孫娘、リーンを迎える日なのだ。
「………………魔王様、落ち着いてください」
「お、落ち着けるか!お前は、妾と同じ状況で平静でいられるのか!?そのむかつくほどいい頭で考えてみろ!」
「………………………あっ、無理ですね」
「じゃろ!?」
ティアナを迎えに行かせて以来、変な震えと汗が止まらない。
どうしよう、なんて言おう。祖母だと打ち明けるべきだろうか。いや、無理だ怖い。
拒絶されたらどうしよう。そんなことが頭の中でぐるぐると回っていた。
『魔王様、リーン様を連れてまいりました。空間連結をお願いいたします』
「ひいっ!」
「………………いや、さすがに怖がりすぎだろ………ぶふっ」
「アロン貴様、次笑ったら壁に埋め込むからな」
とりあえず席に着き、空間連結で魔王の間と客間の扉をつなげた。
あそこが開いた瞬間、初めて会う我が孫が顔を見せるのだ。
期待、不安、歓喜、恐怖。妾の中は、凄まじい数のかんじょうでぐっちゃぐちゃだ。
そしてついに、
「失礼いたします、魔王様」
ティアナの声とともに扉が開いた。
ちゃんと顔は、威厳を保てているだろうか。
変な魔王と思われないだろうか。
そんな感情の中、ティアナが一礼して入ってきた。
そして、その後ろには。
幼少期のミネアによく似た顔立ちで、黒髪の吸血鬼の少女。
間違いない、あの子だ。
『吸血姫』リーン。『吸血鬼王』を名乗る資格が自分にはないとイスズ様に打診し、新たな種族の力を得た、リンカやミネアに似た聡明な少女。
実に愛らしい顔立ち。だがその中に、わずかな………どんなことをしてでも人間を亡ぼしてやると言いたげな、狂気が垣間見えているのを、妾は見逃さなかった。
………素晴らしい。
聞いていた以上の逸材だ。
リンカの聡明な頭脳とミネアの美貌、そして妾の才能を受け継いだ、天才少女。
気がつくと、緊張は消えていた。
やっと会えたという安堵と、その姿への感動で、それどころではなくなってしまった。
そして妾は、決心を持って。
我が娘、ミネアが命懸けで守った、最後の『家族』に、声を掛けた。
「………お主が、リーン・ブラッドロードか?」
長いことお付き合いくださり、ありがとうございました。
第五章【魔王誕生編】、いかがでしたでしょうか?ずっと書きたかった過去編をようやく書ききれて安堵しています。
次回からは本編第六章、【転生勇者編】がスタートいたします。
これからも、今作をよろしくお願いします!




