【episodeZero】四人目との別れ
ルヴェルズと名乗った男との邂逅から一か月ほどが経ったが、妾はいまだに、あの男が頭から離れないでいた。
「………『勇者』ルヴェルズ。勇者、か」
勇者とは、かつてリンカをころしたヴィランという男もその力を有していた、人間の希望ともいうべき存在。
悪属性に対する高い優位性と、多大な才能、さらにはレベルリミッターの解除など、あらゆる力を盛り込んだ、魔王と対になる職業。
確かにここ数百年で、勇者を名乗る者はルヴェルズを除いても三人いて、その全員が、魔王軍に尋常ならざる被害を及ぼした。
「何か打つ手はあるか………?」
とはいえ、あいつは過去に出てきた勇者の中でも別格だ。フルーレティアでも勝てるか怪しい。
魔王軍であいつを問題なく消せるのは、妾とフランしかいまい。
「かといって、いつもいつもフランを待機させておくわけにもいかんし………うーむ、どうすれば………」
—————コンコン。
「魔王様、ヴィネルです」
「ああ。なんだ?」
「………………そろそろです」
「ん?………ああ、もうそんな時間か」
今日は、あまり来てほしくない日だった。
その現実逃避のために、妾は仕事のことを考えていたのかもしれない。
「ディーシェもネイルも、もう支度を済ませていますよ」
「ああ、すぐにいく」
そう。
今日は、ディーシェとネイルが、魔王軍を去る日だ。
『勇者』であるルヴェルズの攻撃は、ディーシェとネイルを予想以上に浸食していた。
妾がある程度中和したために消滅こそ免れたものの、その力の大半を失い、闇魔法でも治癒できないほどになっていた。
今や二人の実力は、レベル一桁の普通の女性程度の実力しかない。
リッチとしての能力は残っていたために、十分だと引き留めたのだが、戦えない足手纏いが戦場に立つべきではないとディーシェは言い張り、結局引退の流れとなった。
今ではリッチとしての力もほかのものに引き継ぎ、ディーシェはもう、完全にただの不死身なだけの下級アンデッドと化した。
ちなみにリッチを引き継いだのは、邪神を信仰していた元人間で、ディーシェが最後にアンデッドとして蘇らせた、ゼッドという男だ。
自らが魔族として生まれ変わったことに泣いて喜んでいた。いや、生まれ変わったというか死んでいるし、涙も枯れているから出ないのだが。
※※※
「それでは、皆さん。本当に長いこと、お世話になりました。この数百年、とっても順風満帆でした」
「………そっかあ、もう行っちゃうんだ。静かになるねえ」
「いや、フランさんがいるんだから静かなんてありえないと思う」
「わたしもそう思う」
「あっはっは、照れるなー」
褒められてないだろ。
いつもうるさかったっていわれてるんだろ。
荷物をまとめて、いつも身にまとっていた漆黒の神官服も脱ぎ、お揃いの鼠色のセーターを着て寄り添うディーシェとネイル。
魔界の裏で、ひっそりと別れの挨拶をしていた。
他の幹部や住民には、今日が二人が去る日とは伝えていない。魔王軍の英雄であるディーシェと、その相棒のネイルが魔王軍を去るなんて話になったら、別れを惜しむ者たちによって領地から出るに出られなくなるだろうからだ。
ここにいるのは、妾とネイル、それに最古参の幹部のみ。
「寿命がないディーシェは、ずっといてくれるような気がしていたのだけれどね………。これからどうする気なの?」
「今のわたしたちにできることは少ないから、碌に出かけたりもできないしね。森の方にポツンとあった一戸建て買ったから、そこでくらすつもりだよー」
「あら、いいじゃない。外界とは隔離された、二人だけの世界。ロマンチックね。ワタクシも出来れば、引退後はひっそりと誰にも見つからない場所で過ごしたいものだわ」
「なんで私の方向きながら言うんでしょうかねえ?前にも言いましたが、育ってしまったレティには毛ほども萌えませんので、引退した後なら一人暮らしなり何なりと」
「改めて考えると、お前ってかなり最低だな、ヴィネル」
「謀を生業とする私にとって、最低、卑怯、悪辣は誉め言葉です」
お前の謀略についてじゃなくて、お前の性癖についての話だ。
「はあ………。まあいい、お前がおかしいのは今更だ」
「えっ」
改めて妾は、ディーシェとネイルの前に向き直り、
「ディーシェ。ネイル。今まで、本当にご苦労だった。お前たちのおかげで、魔王軍は幾度となく危機を抜け出せた。もっとも古い付き合いのお前たちが去るというのは寂しいが………まあなんとかやってみせるさ。………長い間、本当にありがとう」
「こちらこそ、です。魔王様のサポートのためにイスズ様によって生み出された種族、アンデッドのわたしが、こんなに早くリタイアというのは、本当に申し訳なく思っています」
「ち、力及ばず、すみませんでした………」
「そんな風に思うことはないさ。あれはフランすら苦戦しかねない敵だ。このチーターがだぞ?恥じることはない」
フランの魔力ステータスは、既に十五万を超えている。
そのレベルは実に253。しかも、神器『王杖ハーティ』の力でこれがさらにブーストされる。
加えて、フランは身体強化魔法以外のすべての魔法を習得している。
さすがに、結界神としての力がないと習得不可能な《異界結界》は得ることができないが、ほかの各種魔法はほぼ極めている。
そのフランが苦戦するほどの力を持っているであろう、あのルヴェルズという男に、後方支援系のディーシェが勝てという方が無理な話だ。
「お前は十分にやってくれた。何も恥じることはない」
「そーだよ!まあ安心しなって、その…………ルヴェなんとかを見つけたら、あたしがぶっ飛ばしといたげるからさ!」
「あはは、頼もしいね。フランならいけるかな。………じゃあ、わたしたちはそろそろ」
「あら、もう行ってしまうんですか?」
「うん、あんまり長引かせてもね。………みんな、今まで本当にお世話になりました」
「お世話になりました」
………もう、行ってしまうのか。
「………では、またな。いつでも遊びに来い」
「ええ。落ち着いたら、わたしたちの新しい家にも招待します。ふふっ、楽しみだなあ」
「確かに、魔王軍発足から、戦い続きだったものね。引退して肩の荷は下りるかも」
「うん、それもあるんだけど………………ほら………………これからは、毎日毎日、永遠にネイルと一緒だし♡」
「「「「………………」」」」
ああ、忘れてた。
そういえばこいつは、こういうやつだった。
「アンデッドとしての特徴が失われたわけじゃないから、不死身なのは変わらず!一線から退くから、だれかに襲われたりすることもない!森の奥の静かな家で、世界が終わるまでネイルと一緒………………ふふふふふふふ………………」
「ははは………昨日からずっとこんな調子ですよ………………ははっ。………はあ」
ディーシェのかなり危ない顔と発言に、フランですらドン引きしていた。
ただ、ヴィネルは目じりの涙をぬぐいながらうんうんと頷いていた。変態同士、惹かれるところがあるのかもしれない。
「その、なんだ。強く生きろよ」
「もう死んでます………」
「ほらネイル、行こう!さあ行こう!」
こいつ、何百年も一緒に仕事した仲間との別れの悲しみより、恋人と一緒に平和に暮らせることの嬉しさが強いのか、薄情者。
………………いや、たしかに妾も、今すぐリンカが生き返るなんて話になったら、魔王なんてほっぽり出して静かな暮らしを求めかねないか。
誰よりも大切な存在だからな。
こうして、最古参の魔王軍幹部、アンデッド族の始祖、『超克将』ディーシェとその相棒ネイルは。
魔王軍から、姿を消した。




