【episodeZero】降り注ぐ悪意
『ごめんなさい、魔王様』
かつてない速度で、妾は連絡の発信源へと向かう。
『おそらく、わたしはもう、帰れません』
あんなくだらない言葉を一方的にまくし立ててきたバカな友人に、文句を言うためだ。
『いままで、あなたのお手伝いが出来て、本当に嬉しかったです。大丈夫です。わたしやネイルがいなくなったって、魔王軍は続きます』
………いやだ。
『では、魔王様。戦闘中につきこれで失礼します………ありがとうございました。フランとレティ、ヴィネルにも、よろしくお伝えください』
「失うのはもう、たくさんだ………!」
※※※
時は多少遡る。
人里離れた森の奥地に、ひっそりとそびえ立つ神殿のようなものがあり、人間が出入りしているという情報を、魔王軍準幹部のナツメがもってきた。
神殿といえば神官。神官といえばディーシェ。
アンデッド族、理に反した存在だというのに、神官系の超上位職である『大司教』に就くディーシェであれば、何かわかることがあるかもしれないと、先遣隊の指揮官として送り込んだ。
そしてその結果は、非常に意外なものだった。
『魔王様、例の神殿なのですが………どうも、女神ミザリーを信仰するものではないようです』
驚くべきことに、その神殿とは、人間でいうところの邪神崇拝者………つまり、イスズ様を信仰するものだったのだ。
人間でありながら邪神を敬い、信じ仰ぎ、魔族とも友好的に接しようとする、人間の異端者。その集まりだった。
『その者たちに接触してみたのですが、やはりこちらに非常に好意的で。罠やうその気配も感じませんし………いかがいたしますか?』
『………そこでしばらく待て。妾も向かう』
『いえ、出向くならこちらからと、ここの者たちは言っています。イスズ様の唯一の眷属である、魔王様にご足労願うなど不敬、と言って………』
ほう。言うではないか。
妾は、人間が嫌いだ。
欲望にまみれ、自らだけが正しいと信じ、我々を蹂躙せんとする、悪しき種族。最近では、もともとは亜人族と呼ばれていた、エルフや竜人なども『魔族』とし、魔獣と似たような扱いらしい。本当に自己中心的で、目障りな種族だ。
だが、その者たちが女神ミザリーの狂信者ではなく、我々に無害で、頭が柔らかい者たちならば、話は別だ。話してみる余地はある。
ディーシェにそこで最も偉い者だけ連れてこいと言って、その数分後、魔王の執務室にディーシェと、もう一人の人間の男が入ってきた。
三十代前半………といったところか。飾り気のない黒い神官服を着ている、平々凡々とした顔の男だった。
男はディーシェの後ろを歩き、やがて妾の目の前までくると、片膝をつき、祈るようなポーズを始めた。
「………お初にお目にかかります、魔王様。私の名はゼッドと申します。非才の身ながら、イスズ様を信奉する人間たちの取りまとめを担っております。以後、お見知りおきを」
「ゼッド、か。覚えておく。ディーシェから大まかな話は聞いているが、お前の言から察するに………あの神殿にいるものは、全員?」
「はい、あの神殿にいる人間、総勢百七十六名は、全員が女神ミザリーではなく、イスズ様を信仰しております。女神ミザリーを狂信する他の人間、魔族や亜人族たちを迫害するその心理などがわからない、そんな者たちの集まりです」
なるほど。ディーシェの言う通り、こいつからは確かな妾への敬意、魔王軍に対する尊敬の念が感じ取れる。嘘はついていないようだ。
「魔王様。このように出会えたことも何かのご縁。ぜひ我々を、魔王軍の皆様の末席に加えていただきたく………」
「お前のところに、スパイが潜り込んでいる可能性は?」
「それはありえません。毎年、踏み絵を行っておりますので」
踏み絵………。
「古典的ですが、なかなかに効果がありますよ。何十年も前にたった一人だけいたミザリー教のスパイも、これであぶりだせたそうですし」
シンプル故に効果的ということか。
念のためとはいえ、無駄な質問をしたな。
というのも今の人間たちは、スパイを送り込むことができない。
『魔族や邪心崇拝者とともにいる』ということ自体が耐えられないほどに、普通の人間のミザリーへの信仰と、魔族に対する嫌悪は濃くなっているからだ。
「魔王様、どうでしょうか?ご返答のほどをお聞かせ願いたい」
「ヴィネル、どう思う?」
「いいんじゃないですかねえ?私の嘘センサーにも反応しませんし、本当に無害な人間だと思います。数少ないとはいえ、放っておくのもなんですし」
「そうだな。………よし、わかった。『魔王』フィリス・ダークロードの名において、お前たちの魔王軍入りを許可してやる」
「ありがとうございます!!」
ゼッドと名乗っていた人間の男は、それはもう飛び上がって喜んだ。
聞いた話によると、この男は人間によって両親を殺され、その後路頭に迷っていたところを、魔人族の戦士に助けられたらしい。
それ以来、魔族を嫌う人間という種に疑問を持ち、イスズ様に傾倒したという。
似たような生い立ちであるディーシェとは気が合ったようなので、やつらの件はディーシェとその配下のアンデッド族に任せた。
あんな立派な神殿を放棄するのはさすがにもったいないという話になり、ところどころ痛んでいたのもあって、神殿の改修工事なんかも行われたりした。
人間の仲間という、魔王軍でも前例がない事態に混乱の声もあったが、今では落ち着いてきていた。
ゼッドたちが加入し、人間の仲間ができた。これが約三か月前の話だ。
事件は、今からほんの数時間前、突如として起きた。
※※※
その時は、妾の執務室に設置されている水晶、連絡用のマジックアイテムに入った、一本の緊急連絡から始まった。
『至きゅ………………応え………………ようせ………………魔王様………………聞こえ………………ヤバい………………!』
「………………っ!?」
連絡は、森の奥にある神殿にディーシェたちと共に出張していたネイルからだった。
魔力を込める時間すらなかったようで、途切れ途切れの音声ですぐに切れてしまったが、何と言っていたかは伝わった。
『至急応援要請』。
何かあったのだと確信し、すぐにヴィネルと相談して、二人の幹部を転移魔法で向かわせた。
軍を転移させるのは時間がかかるため、まずは様子見と思い。
………………だがしばらく待っても、ネイルやディーシェからどころか、送った幹部とも連絡がつかなくなった。
どうするか………………。魔王軍最強のフランと、準最強のフルーレティアは、今は別件だ。
こうなったら、妾が直接………………。
『魔王様』
「うわっ!?」
頭の中に、いきなり声が響いた。《念話》だ。
『ディーシェか?』
『はい。状況報告のためにご連絡を。とはいっても、あちらの動きを一時的に止めている間だけのご連絡なので、長々とお話しできません。要点だけ伝えさせていただきます』
なんだと?
つまり今、ディーシェが直々に、相手と戦っている状態か?
『まず………………こちらに援護に来てくださった幹部のお二人………人馬族のジェーロとダークエルフ族のイアナですが………殺されました』
『………………は?』
何と言った?
殺された?さっき送ったあの二人だぞ?
幹部としての序列は中の下程度だが、十二分に強い、魔王軍の精鋭だぞ………………?
『さらに言えば………魔王軍に新しく加入した人間たちは、ゼッドを含め全滅。わたしのアンデッド軍もほぼ壊滅………。残っているのは、わたしとネイルだけです』
『なんだと!?』
『敵は………一人。たったの一人。金髪で、二十代前半くらいの、威圧感のある顔をした男です』
『っ、ディーシェ、ネイルと共に今すぐその場から撤退しろ!すぐに迎えを………』
『無理ですね。どれほど逃げても、どんなに希望的観測をしても、わたしが転移できる可能性はほぼゼロです。完全にロックオンされてます』
『ぐっ、何か方法は………』
思いつけ、なんとかディーシェを救え!
『ごめんなさい、魔王様』
突如、ディーシェの謝罪が聞こえてきた。
『おそらく、わたしはもう、帰れません』
『………………何を、言ってる?』
わけのわからないことを言うな。
『いままで、あなたのお手伝いが出来て、本当に嬉しかったです。大丈夫です。わたしやネイルがいなくなったって、魔王軍は続きます』
『ふざけるな!』
気がつくと、私は叫んでいた。
ディーシェは性癖以外はまともだと思っていたのに、妾の勘違いだったらしい!
あんな笑えない冗談を言うなど………!
『お前はまだ、魔王軍に………いや、妾に必要なんだ!絶対に帰ってこい!帰ってこなかったら妾が殺すぞ!!』
………頭の中に、ディーシェの苦笑する姿が映った気がした。
『では、魔王様。戦闘中につきこれで失礼します………ありがとうございました。フランとレティ、ヴィネルにも、よろしくお伝えください』
『おい………待て!ディーシェ!………ディーシェ!!!』
連絡が、途切れた。
「失礼します。………魔王様?どうかなさいまし」
「ヴィネル、しばらくここを頼む。………妾はディーシェたちのところへ向かう」
「!………なにかあったのですね。わかりました、いってらっしゃいませ。………お気を付けて」
ヴィネルの言葉にうなずき、即座に大神殿から最も近い転移可能ポイントまで転移した。
「ディーシェ………ネイル………!」
そして、レベルに物を言わせた超スピードで、一気に神殿へと向かう。
間に合ってくれ。
状況が似てるんだ。
あの日。混在街ミクスが燃え、そして………リンカを救えなかった、あの日と。
もう二度と、あんな思いはしたくない。
もう二度と、大切な人をあんな目にあわせたくない。
「失うのはもう、たくさんだ………!」
妾はただ一心不乱に、神殿へと走った。




