最終話 俺にとってなによりの宝だ
高くそびえる遺跡から、太陽が見えた。
このコムリコッツ遺跡の中心部には、天井がないためだ。
大きく開けたその場所で、雷神は石碑の文字をノートに書き写していた。
「ロクロウ」
誰かに後ろから偽名を呼ばれた雷神は、ペンを止める。
かつて雷神は、イチロウからジュウロウまでを町ごとに変えて偽名を使ってきた。
しかしロクロウという偽名だけは使わなくなっていたのだ。アリシアと別れた、あの時から。
つまり今、その偽名を使う者がいるということは。
雷神が振り向くと、背の高い二人組の男がそこにいた。
一人は髪の長い銀髪、もう一人は黒髪に深い緑色の目をした男だった。
「ジャン、か?」
「うん」
かつて、アリシアを頼むと告げた少年が、雷神よりも背の高い男となって現れていた。
もう一人の男が「ごゆっくりどうぞ」と言って少し離れていく。それを確認してから、雷神はジャンに目を向けた。
「よくわかったな。俺のいるところが」
「雷神の名前は有名だから。トレジャーハンター仲間に聞けば、大体の痕跡は辿れる。変な偽名も使われてたからわかりやすいよ」
「それにしても、ここの最深部まで来られるのは大したもんだ」
「優秀な仲間がいるから」
銀髪の男は、なるほど帰り道を探っている。
空を望める最深部は珍しいというのに、時間と太陽との位置関係から出口を割り出そうとしているあたり筋がいい。確かに優秀なようだ。
「ずっと俺を探してたのか?」
「三年ほどだけど」
「世界中に遺跡があるのに、よく三年で俺を見つけ出したな」
「元諜報部だから。情報を精査することくらい、わけない」
「なるほど。軍にいたのか」
ジャンが軍に籍を置いていたのは、雷神がアリシアを頼むと言ったからなのか。
きっと、ずっと軍でアリシアを支えてくれたのだろう。
そのジャンが、自分に会いにきたということ。それは、軍を抜けても問題のない事態になっていることに他ならない。
理由はいくつか考えられた。
アリシアが結婚で軍を退役したか。
病気や怪我で動けなくなったか。
それとも……死んだか。
ただ単に退役しただけなら、この場にアリシアも来ているだろう。自分に会いに。
だから雷神は、この三つに理由を絞った。
三つ目の理由でないことを、心から願いながら。
「アリシアは、結婚したのか」
結婚しているならいい。幸せならば、それで。
雷神は、あれからもずっと、アリシアだけを思って生きてきた。いつか遺跡を踏破した暁には、彼女の元へ帰ろうと思って。
待ってくれているかもしれないという微かな望みを持ちながらも、誰かと幸せになっているならそれでよかった。
生きているうちに踏破できるかもわからないというのに、待っていてほしいなど、ただのわがままでしかないのだから。
「結婚、する約束をしてたよ」
目の前の少年だった青年は、色気を漂わせながら悲しげな瞳を見せる。
「そうか。そんな人がいたならよかった」
「俺だよ、ロクロウ」
まっすぐに向けられたジャンの顔からは、対抗心が感じられた。
きっと、心からアリシアを愛してくれていたのだろう。こうして、昔の男に宣言しに来るくらいには。
「心配するな。盗ったりはせん」
「そんな心配はしてない。アリシアはもう、この世にはいないから」
ジャンの発言に、薄々感じていたことが事実だったかと、雷神は視線を沈ませた。
この世で一番愛した女性……アリシア。
彼女はもう、この世の人ではないとわかり、ぐっと奥歯を噛み締めた。
(そうか……俺がいつか帰りたいと思っていた人は、もう……)
アリシアが誰かと結婚していたとしても。おばあさんになっていたとしても。
いつか、いつか一目だけでも会えたら。
そんな雷神の夢が叶うことは、もうない。
体の中を絶望感が通り抜けていく。
雷神はこめかみをグッと押さえつけた。
「ロクロウ……」
「思った以上に堪えるな……」
アリシアがいないのだと思うと。
大きな声で笑う彼女の姿を思い出すだけで、胸が締めつけられそうになる。
「ジャンはそれを言うために、俺を探していたのか」
「ああ……どうしてだろうな。色々言いたいこともあったし、一発殴りたい気もしてた。最終的には俺を選んだんだって、見下してやりたい気持ちもあったのは確かだ」
「……幸せだったんだな、アリシアは」
ジャンがアリシアのことを愛していたことはわかる。そんな男がずっと近くにいたのだ。アリシアが幸せじゃなかったはずがない。
しかしジャンは雷神の言葉を聞いて、自身の黒髪をぐしゃりと掴んだ。
「アリシアは…… 俺を庇わなければ、もっと長生きできたはずだった……っ」
ジャンの緑色の瞳が潤んでいる。
悲しみや、後悔や、罪の意識でがんじがらめになっているジャンに、雷神はほんの少しだけ優しい目を向けた。
「……そうか。アリシアは、お前を守ったんだな」
口元を強く引き結ぶように耐えているジャン。アリシアもきっと、ジャンを愛していたのだろう。
「なら、アリシアは本望だったはずだ」
雷神がそう口にすると、引き結ばれていた口元が開き、嗚咽が漏れた。
もしかしたらジャンは誰かに……いや、他でもない雷神に、そう言ってもらいたかったのかもしれない。
ジャンは、雷神がアリシアの元を去ってからのことを色々と教えてくれた。
アリシアは、一人の子どもを産んでいたこと。そしてそれは雷神の娘だということ。
筆頭大将になったこと。たくさんの部下に慕われていたこと。
そして、雷神との思い出である、救済の書を身につけていたことを。
「そうか……アリシアは、あの書を習得してしまっていたのか……」
その昔、アシニアースのプレゼントとして雷神があげたものだ。
どうして習得したりはしないと思っていたのだろうか。
彼女の性格であれば、十分にあり得る話であったというのに。
「なら……アリシアが死んだのは、俺のせいだ」
アリシアが救済の書を習得していなければ。あの時、プレゼントしたりしなければ。
そもそも、あの家に居つかなければ、アリシアもターシャもフェルナンドも、全員が生きていたはずだ。
ジャンとアリシアを出会わせるきっかけを作ってしまったのも、雷神である。
出会わなければ、ジャンもこれほどまでに苦しむことはなかったというのに。
「俺が、あの家に居つきさえしなければ……」
ボソリと呟いた言葉に、ジャンは冷ややかな瞳を突き刺してきた。
「アリシアは、ロクロウに出会えて幸せだったんだ。アンナも生まれて、その成長を見守って……俺もアリシアに出会えて、愛せて、幸せだった。ロクロウは違うんだ」
責めるように言われて、雷神はかなわないなとほんの少し笑みを漏らす。
「いいや。アリシアに出会えたことは……愛しあえたことは、俺にとってなによりの宝だ」
きっとこの先も一生、あんなに愛せる女はいないだろう。
雷神は空を仰ぎ、眩しい太陽の光を浴びる。
「底抜けに明るい、太陽のような女だったな……」
「……うん」
二人は、愛した人に思いを馳せた。
強引で、豪快で、男らしく、少女のように純粋で、目の覚めるような金髪を持った……誰よりも美しいアリシアのことを。
「ロクロウの本当の名前って、なに」
不意に問われた雷神は、目だけでジャンを流し見る。
「どうした、いきなり」
「旅してる間に、ロクロウは偽名だったって気づいた。雷神の名も通称だろ。アリシアがロクロウの本当の名前も知らないで逝ったなんて、かわいそうだ。教えてあげなよ」
「……そうだな」
そして雷神は、かつて封印したはずの名を太陽へと告げる。
「俺の本当の名は、ジンだ」
「ジン……」
「ジン・イカヅチ……東方の言葉で、雷神という意味がある」
「なんだ」
本当の名を聞いたジャンは、息を吐いて少し笑い。
ジャンと雷神は、太陽の暖かさで目元をわずかに光らせていた。
I would like to express my gratitude to Nakko for her unwavering support in the writing of this novel.
最後までお読みくださり、本当にありがとうございました!!
◉完結時の記録◉
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アンナが主人公の話を書いています。
『あなたを忘れる方法を、私は知らない』
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