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あなたを忘れるべきかしら?  作者: 長岡更紗
第三章 ジャン&ルティー編

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01.嘘だ……

ブクマ53件、ありがとうございます!


挿絵(By みてみん)

表紙/楠 結衣さん

「……アンナ……」


 この世で最も愛する人が、己の愛する娘の名を口にし。

 しかしその言葉は最後まで発することなく、飲み込むように口は噤まれ。

 そして彼女は……ジャンの愛する人は……アリシアは。

 瞳の光がなくなると同時に、そっと瞼を落とした。


「アリ……シア……」


 ジャンの震える声が、彼女に届くことはもうない。アリシアは、たった今、命を落としたのだから。


「アリシア……ッ 嘘だ……」


 ジャンの手の中の血量は、留まるところを知らずに流れ落ちている。彼女の背中から滴り落ちるそれは、ジャンの手には収まらず、地面に悲しい血溜まりをこしらえていた。


 ぬるりとした感触。

 ジャンの周りに充満する鉄の匂い。

 愛する者の硬く閉ざされた瞳。


「アリシアーーーーッ!!!!」


 ジャンは強くアリシアを抱きしめた。

 まだ温かい、彼女の血液と身体を。

 少しでも長くこの地に繋ぎ止めようと。


「筆頭、筆頭ーーーーッツ!! くっそぉぉおおおおお!!」


 フラッシュが喚きながら、敵大将と相対している。

 が、ジャンの耳には通り抜けていくだけだった。フラッシュがここを離れろと言った言葉も。誰か呼んでこいと叫んだ言葉も。

 フラッシュが苦戦を強いられている姿が目に入っても、ジャンはアリシアを抱き締めたまま、動くことはなかった。フラッシュを助けなければと頭ではわかっていても、全身の力が抜けたようになり、事態をただただ見守ることしかできない。夢を見ているかのような、白い霞がかかる。


「遅くなった!!」


 そう言って奥から現れたのは、マックスだった。彼はアリシアとジャンの惨状を見るなり顔を歪ませ、しかし剣を構えるとすぐさまフラッシュの援護に入る。

 ジャンはマックスの参戦を確認すると、再びアリシアに顔を落とした。アリシアの顔はもう真っ白で、血の気がまったくない。


(アリシアが…………死んだ………)


 心臓の鼓動が聞こえるはずもなく。

 彼女の胸元からふわりと本が浮き上がった。

 救済の書。

 大切な者が危機に瀕した時、その居場所知らせてくれるという異能の書。

 彼女はこれでジャンの危機を知って、駆けつけてくれたのだ。


「ごめん……アリシア……ごめん……っ」


 ジャンは、何度も何度もそう言い続けた。

 謝っても、どうしようもないということがわかっていながら。

 それでもなお、ジャンは謝り続ける。

 愛する者の許しを得るためではない。

 己の不甲斐なさを、戒めるために。


「……ごめん……」


 そう呟きアリシアを抱きしめるジャンに、二つの影が落とされた。

 そっと見上げると、そこには肩で息をするフラッシュとマックスの姿。敵の大将は、二人の後ろで倒れている。


「っく、筆頭……ッ」

「……ジャン……」


 二人の顔は、逆光で見えなかった。

 しかしその顔は見えずとも、声の悲愴さでどんな表情をしているのかはわかる。


「マックス……フラッシュ……」


 そして、『ルーシエ』と心で付け加える。

 己のせいで、彼らの敬愛する上司を死なせてしまったという事実。

 ジャンは岩のように重い自責の念を背負い、頭を垂れた。


「筆頭……」


 マックスは膝を着き、胸元からパサリと落ちた本を拾い上げる。

 アリシアが確実に息を引き取った証拠を手に取ると、マックスの涙の堤防は決壊し、雪崩れさせた。


「筆頭……筆頭……!」

「……マックス」


 ジャンは己の手を、マックスに向けた。彼はその意図を読み取り、とめどなく流れる涙を拭いながら本をジャンに渡してくれる。

 救済の書は、ほんのりと温かみを帯びていた。

 アリシアの意思が、そこにあるようにさえ感じる。


 ありがとう、ジャン。

 さようなら……。


「アリシア……」


 アリシアのその声は、幻だったのか。ジャンは、強く救済の書を握りしめる。

 日の光がアリシアを照らし、ジャンは彼女がふと軽くなるのを感じた。

 ハッとし、ジャンは再度アリシアを見つめる。

 今、目の前にあるのは、まさしく亡骸。

 魂が抜け出た、アリシアの形骸。


(冷たい)


 無機質となってしまった彼女の身体は、救済の書との温度差を顕著にさせる。

 そして理解した。もうアリシアは戻らないという、その事実を。


「く……あ……ああぁああっ!!」


 ジャンは声を上げ、その死を悼んだ。

 誰よりも大切な人を。

 己のせいで死なせてしまったその苦しみを。

 次から次へと溢れ出る涙は、我先にとアリシアの身体に降り注ぐ。

 彼女の肢体が、涙で洗われるのではないかと思わせるほどに。

 ジャンはその瞳から、熱いものを流れ続けさせた。


「アリシア、アリシア、アリシアーーーッ」


 叫ぶ声は虚しく、空に溶け込むばかりで。

 アリシアの直属の部下三名は、しばらくの間その場から動けず、各々涙を流し続けた。

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あなたを忘れる方法を、私は知らない

サビーナ

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キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


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