表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたを忘れるべきかしら?  作者: 長岡更紗
第一章 雷神編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/88

08.まだしばらくは

 やがてアリシアの滝のような涙が少し収まると、日の光が部屋を照らし始める。その光を見て雷神はアリシアの肩を掴み、そっと自身から離した。


「おい、仕事はいけるか?」

「忌引きで休みよ、大丈夫。それより……ロクロウが昨日言ってた、話ってなぁに?」


 雷神は頷き、ソファーに座るよう促した。ひとしきり泣いて一息つけたのだろう。その行動はいつもと変わらずキビキビとしている。


「今から、二人の最期を話す。よく聞いてくれ」


 アリシアはハッとし、幾分か緊張した面持ちで頷いている。

 雷神は、ターシャとフェルナンドとの最後の会話を……そして二人のとった行動を話して聞かせた。アリシアは再び涙を流しながら、しかし誇らしげに胸を張って聞いている。

 雷神は二人との会話を、一言一句漏らさず、少しも違えることなくアリシアに伝えた。そして最後にこう付け加える。すまなかった、と。

 その雷神の謝罪に、アリシアは首を傾げた。


「どうして、ロクロウが謝るのかしら?」

「二人が死んだのは、俺のせいだからだ」

「どうしてあなたのせいになるのか、わからないわ」


 真っ直ぐ問いかけくるアリシアを、雷神は見つめ返した。

 以前なら、逃げていただろう。友人が死んだ時、その恋人ユウカに糾弾されるのが怖くて、ろくな説明もせず逃げ出した。ミュートが妊娠した時は、一箇所に縛りつけられるのが嫌で責任も取らずに逃げ出した。

 今回も逃げることは可能だった。葬儀の後、そのまま立ち去ればよかったのだから。


「よく……聞いてくれ」


 だが、雷神はアリシアに説明することを選んだ。ここで逃げていてはなにも変わらない。きっとユウカもミュートも、わけがわからずつらい思いをしただろう。アリシアにまでそんな思いをさせたくはない。

 事実を告げれば、アリシアは己を蔑むかもしれない、という恐怖はあった。しかし彼女の前では正直で、そして誠実でありたかった。


「俺が行かなければ……ターシャはジャンを連れて外に出ていたはずだった。そして外にはフェルナンドがいたんだ。フェルナンドは校舎の燃え具合を見て、もう中に入る様子はなかった。だから、戻ろうとするターシャを力づくでも止めていたはずなんだ。俺が行かなければ、二人は死ぬことはなかった」


 そう説明しても、アリシアは反応を示さずにジッと雷神を見つめている。雷神はその真っ直ぐな瞳に耐えられず、目を逸らしてしまいそうになった。が、ぐっと堪えて次の事実を口にする。


「俺が校舎から出た時、フェルナンドにターシャの存在さえ伝えなければ、あいつはあの炎の中に戻りはしなかっただろう。フェルナンドだけでも助かる道はあったのに……俺が、殺したようなものだ」


 雷神の心にあるのは後悔だ。ターシャの腕を掴んで離さなければよかった。フェルナンドにターシャの存在を伝えなければよかった。そもそも、校舎の中に入って行かなければ。

 雷神は己の行動のすべてを後悔し、失意のどん底に陥る。

 しかしアリシアは、そんな雷神の後悔を吹き飛ばすかのような強い声を飛ばしてきた。


「それは違うわ、ロクロウ。あなたは、母さんを救ってくれたのよ」


 救った、と雷神は呟き、眉を顰ませる。そんなはずはない。ターシャを死なせたのは、紛れもなく自分自身なのだから。しかし、そんな雷神の思いとは裏腹にアリシアは続ける。


「母さんは力が強い方じゃないわ。子どもを抱いて炎の中を脱出できると思う? ロクロウがいなければ、煙に巻かれてそのまま力尽きていたはずよ」

「それでも、ターシャが校舎にいないと思っていたフェルナンドは、助かっていたはずだ」

「だから、あなたが母さんを救ったって言ってるの! 母さんが中にいることを父さんに伝えてくれたから、二人は最期に出会えたんだわ。炎の中での最期の時……父さんに会えた母さんは、救われたはずよ」

「……だが」

「父さんもね! 母さんが中にいることを知らずに自分だけ助かっていたら、きっと一生を後悔して生きることになったと思うわ。だからロクロウは、父さんも救ってくれたの」


 雷神はなにも言えずにアリシアを見つめる。胸が詰まって、なにかを言いたくても言えなかった。嬉しい反面、本当だろうかと疑心暗鬼になっている自分がいる。アリシアはそんな雷神を見て、いつものように微笑んでいた。


「ありがとう、ロクロウ。父さんと母さんを救ってくれて」

「……俺が二人を救った?」

「ええ、そうよ!」

「いや。俺は、二人を殺し……」

「殺してないわ!!」


 殺してない。救った。

 その言葉を聞いて、雷神の目にまた涙が押し寄せる。

 アリシアの大切な両親を奪ったと思っていた。自分にとっても大切だった人たちを己のせいで殺してしまったと。

 アリシアに出ていけと言われるなら、そうするつもりだったのだ。しかし彼女は言ってくれた。救ってくれたと。二人を救ってくれてありがとうと。


「アリシア……」

「それにロクロウはジャンも救ってるじゃない! この火事での敢闘賞はきっとロクロウね! あら、火事なのに敢闘賞なんて、不謹慎かしら?」


 どうしてこの娘はこんなにも強いのだろうか。泣いてスッキリしたせいなのか、まったくいつもと変わりないように見える。


「……まだしばらくはここにいてもいいか?」


 その問いに、アリシアはにっこり笑って頷いた。


「ええ! いつまででも、お好きなだけどうぞ!」

「俺にできることがあれば、なんでも言ってくれ」

「ええ、そうするわ!」


 いつもの明るい口調がやたら悲しく聞こえて、雷神は再びアリシアを抱き締めた。アリシアは驚いたように、身をピクリと震わせる。


「泣きたくなったら俺を呼べ。いつでも、いつまででも付き合ってやる」

「ロクロウ……」

「一緒に……泣いてやるから」

「……やだ、また泣けてきちゃったじゃない」

「俺もだ」

「……っう」


 アリシアの目からも雷神の目からも涙が溢れ始める。一人は優しくされ心がほぐされたために。もう一人は罪悪感を払拭させてくれた安堵感から。

 二人はその後しばらく、また声を上げて泣いた。



 朝の光と共に舞い降りた二人の天使は、雷神とアリシアを優しく照らした。そして顔を見合わせ頷き、天を目指す。幸せの神様に報告するために。二人にたくさんの幸せが降り注ぐようにと。

 天使たちは抱き締め合う二人を見届け、笑顔で天へと昇っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたを忘れる方法を、私は知らない

サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


若破棄
イラスト/志茂塚 ゆりさん

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
この国の王が結婚した、その時には……
侯爵令嬢のユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
政略ではあったが、二人はお互いを愛しみあって成長する。
しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
王族に犯罪者の身内を迎え入れるわけにはいかず、ディートフリートは婚約破棄せねばならなくなったのだった。

王都を追放されたユリアーナは、『待っていてほしい』というディートフリートの言葉を胸に、国境沿いで働き続けるのだった。

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

ポンコツ王子
イラスト/遥彼方さん
ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
真実の愛だなんて、よく軽々しく言えたもんだ
エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
戦場で元婚約者のエレシアに似た女性と知り合い、今までの自分の行いを後悔していくクラッティだが……
果たして彼は、本当の真実の愛を見つけることができるのか。
キーワード: R15 王子 聖女 騎士 ざまぁ/ざまあ 愛/友情/成長 婚約破棄 男主人公 真実の愛 ざまぁされた側 シリアス/反省 笑いあり涙あり ポンコツ王子 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼運命に抗え!▼

巻き戻り聖女
イラスト/堺むてっぽうさん
ロゴ/貴様 二太郎さん
巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜
私だけ生き残っても、あなたたちがいないのならば……!
聖女ルナリーが結界を張る旅から戻ると、王都は魔女の瘴気が蔓延していた。

国を魔女から取り戻そうと奮闘するも、その途中で護衛騎士の二人が死んでしまう。
ルナリーは聖女の力を使って命を削り、時間を巻き戻すのだ。
二人の護衛騎士の命を助けるために、何度も、何度も。

「もう、時間を巻き戻さないでください」
「俺たちが死ぬたび、ルナリーの寿命が減っちまう……!」

気持ちを言葉をありがたく思いつつも、ルナリーは大切な二人のために時間を巻き戻し続け、どんどん命は削られていく。
その中でルナリーは、一人の騎士への恋心に気がついて──

最後に訪れるのは最高の幸せか、それとも……?!
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼行方知れずになりたい王子との、イチャラブ物語!▼

行方知れず王子
イラスト/雨音AKIRAさん
行方知れずを望んだ王子とその結末
なぜキスをするのですか!
双子が不吉だと言われる国で、王家に双子が生まれた。 兄であるイライジャは〝光の子〟として不自由なく暮らし、弟であるジョージは〝闇の子〟として荒地で暮らしていた。
弟をどうにか助けたいと思ったイライジャ。

「俺は行方不明になろうと思う!」
「イライジャ様ッ?!!」

側仕えのクラリスを巻き込んで、王都から姿を消してしまったのだった!
キーワード: R15 身分差 双子 吉凶 因習 王子 駆け落ち(偽装) ハッピーエンド 両片思い じれじれ いちゃいちゃ ラブラブ いちゃらぶ
この作品を読む


異世界恋愛 日間4位作品
▼頑張る人にはご褒美があるものです▼

第五王子
イラスト/こたかんさん
婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。
うちは貧乏領地ですが、本気ですか?
私の婚約者で第五王子のブライアン様が、別の女と子どもをなしていたですって?
そんな方はこちらから願い下げです!
でも、やっぱり幼い頃からずっと結婚すると思っていた人に裏切られたのは、ショックだわ……。
急いで帰ろうとしていたら、馬車が壊れて踏んだり蹴ったり。
そんなとき、通りがかった騎士様が優しく助けてくださったの。なのに私ったらろくにお礼も言えず、お名前も聞けなかった。いつかお会いできればいいのだけれど。

婚約を破棄した私には、誰からも縁談が来なくなってしまったけれど、それも仕方ないわね。
それなのに、副騎士団長であるベネディクトさんからの縁談が舞い込んできたの。
王命でいやいやお見合いされているのかと思っていたら、ベネディクトさんたっての願いだったって、それ本当ですか?
どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

これは、そんな私がベネディクトさんに溺愛されて、幸せになるまでのお話。
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼決して貴方を見捨てない!! ▼

たとえ
イラスト/遥彼方さん
たとえ貴方が地に落ちようと
大事な人との、約束だから……!
貴族の屋敷で働くサビーナは、兄の無茶振りによって人生が変わっていく。
当主の息子セヴェリは、誰にでも分け隔てなく優しいサビーナの主人であると同時に、どこか屈折した闇を抱えている男だった。
そんなセヴェリを放っておけないサビーナは、誠心誠意、彼に尽くす事を誓う。

志を同じくする者との、甘く切ない恋心を抱えて。

そしてサビーナは、全てを切り捨ててセヴェリを救うのだ。
己の使命のために。
あの人との約束を違えぬために。

「たとえ貴方が地に落ちようと、私は決して貴方を見捨てたりはいたしません!!」

誰より孤独で悲しい男を。
誰より自由で、幸せにするために。

サビーナは、自己犠牲愛を……彼に捧げる。
キーワード: R15 身分差 NTR要素あり 微エロ表現あり 貴族 騎士 切ない 甘酸っぱい 逃避行 すれ違い 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼恋する気持ちは、戦時中であろうとも▼

失い嫌われ
バナー/秋の桜子さん




新着順 人気小説

おすすめ お気に入り 



また来てね
サビーナセヴェリ
↑二人をタッチすると?!↑
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ