68.間に合って……っ!!
ルティーの自分を呼ぶ声を遠くに聞きながら、アリシアは駆けた。
しかし背中の傷が痛み、思うようにスピードが出せない。アリシアは知っている。こんな速度で走っていても、間に合わないということを。
ガン、ガランッ
鈍重な音と共に、アリシアの大剣が地に落ちた。いや、落ちたのではない。手放したのだ。とてもじゃないが傷を負ってこの大剣を担いでいては、間に合わない。
「ジャン……ジャンッ!!」
絶対に助ける。ジャンだけは、なにがあろうとも。
アリシアは救済の異能が示す方へとひた走った。と、その時。
「筆頭!?」
いつの間にか北の交戦圏に入っていた。そこにいたマックスが声を上げ、敵と交戦中のフラッシュが目に入る。
ジャンがピンチだということは、誰かと剣を交えている証拠だ。誰か強い者を連れて行かなくてはならない。自身の剣は捨ててきてしまったのだから。
「フラッシュ、来なさい!!」
それだけを叫び、アリシアはまたも異能の知らせる位置へと急いだ。後ろでマックスが「行け、フラッシュ!」と叫び、フラッシュは「頼んだ!」とその場をマックスに任せて追ってくる。身に溶けた書が全身を熱くし、脳裏の危険色は激しく点滅し始めた。
(間に合って……っ!!)
祈るように心で叫び、アリシアは愛する者のところへと走る。
と、急に開けた場所に入り、そこで見たものは。
「っジャン!!!!」
アリシアは一も二もなく駆け寄った。
ジャンが地に腰をつけて見上げる先には、アリシアの愛剣よりも大きな剣。
その剣が命を刈り取る喜びを表すかの如く鈍く光り、剣の持ち主は上段から真っ直ぐに突き下ろす──
「ジャンーーーー」
ガクンッ、と膝が落ちた。
飛び散る鮮血が、射抜かれた薔薇のように舞った。
愛するジャンの喫驚する顔が、そこにはあった。
「アリ……シア……?」
ジャンが掠れた声で呟いた。崩れ落ちたアリシアを、その手で抱き締めてくれている。
「っく、筆頭ーーッ!! ジャン、筆頭を連れて逃げろ!!」
ガキンッと剣の重なる音がする。しかしそのフラッシュの声もどこか遠くで聞こえるようで。
アリシアは目の前の恋人に目を向けた。アリシアを見つめたまま、茫然自失となっている彼を。
「よか……間に合ったわ……」
そう言うと、途端にジャンの顔が崩れた。震える手で、アリシアの頬をなぞってくれる。
「アリシア……なんで……」
なぜかなど、わかりきっているはずだ。愛する者を守りたい。ただ、それだけなのだから。
しかしアリシアは、それすら言葉にすることも叶わず、笑顔をジャンに向けるだけ。
アリシアには、それがちゃんと笑顔になっているかどうかすら、わからなかったが。
(ジャンが無事でよかった……本当に……)
まったく自由にならない体が、死を予感させた。その時にアリシアが感じたのは、ジャンを残して逝ってしまう申し訳なさよりも、ジャンを救えた喜びの方が大きかった。
なにがあっても守りたいと思っていた人を救えたのだ。そのことに、満足さえ覚えた。
「死ぬな……逝かないでくれ、アリシア……」
そう言って涙ぐむジャン。その手は温かく、彼が生きていることを実感させてくれた。と同時に、自身の死を確信させる。
(一緒に生きられなくて、ごめんね……ジャン……そしてアンナ……約束、守れなくてごめん……)
アリシアに、なんとも言えぬ寂寥が心を支配した。しかしそれを気にしている暇など、アリシアにはなかった。
「……アンナ……」
アンナをお願い、と言おうとして、アリシアはその言葉を飲み込む。
ジャンには幸せになってほしい。死にゆく者の言葉を、枷になどしてほしくない。
「アリシア……アリシア……!?」
最期に愛する者の顔と声を聞きながら逝ける。
あとはもうなにも考えられなかった。
死の瞬間には、脳からなにかの物質が出されるのか。
アリシアはどこか幸せな気持ちのまま、深く目を瞑った。




