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あなたを忘れるべきかしら?  作者: 長岡更紗
第二章 アリシア編

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79/88

68.間に合って……っ!!

 ルティーの自分を呼ぶ声を遠くに聞きながら、アリシアは駆けた。

 しかし背中の傷が痛み、思うようにスピードが出せない。アリシアは知っている。こんな速度で走っていても、間に合わないということを。


 ガン、ガランッ


 鈍重な音と共に、アリシアの大剣が地に落ちた。いや、落ちたのではない。手放したのだ。とてもじゃないが傷を負ってこの大剣を担いでいては、間に合わない。


「ジャン……ジャンッ!!」


 絶対に助ける。ジャンだけは、なにがあろうとも。

 アリシアは救済の異能が示す方へとひた走った。と、その時。


「筆頭!?」


 いつの間にか北の交戦圏に入っていた。そこにいたマックスが声を上げ、敵と交戦中のフラッシュが目に入る。

 ジャンがピンチだということは、誰かと剣を交えている証拠だ。誰か強い者を連れて行かなくてはならない。自身の剣は捨ててきてしまったのだから。


「フラッシュ、来なさい!!」


 それだけを叫び、アリシアはまたも異能の知らせる位置へと急いだ。後ろでマックスが「行け、フラッシュ!」と叫び、フラッシュは「頼んだ!」とその場をマックスに任せて追ってくる。身に溶けた書が全身を熱くし、脳裏の危険色は激しく点滅し始めた。


(間に合って……っ!!)


 祈るように心で叫び、アリシアは愛する者のところへと走る。

 と、急に開けた場所に入り、そこで見たものは。


「っジャン!!!!」


 アリシアは一も二もなく駆け寄った。

 ジャンが地に腰をつけて見上げる先には、アリシアの愛剣よりも大きな剣。

 その剣が命を刈り取る喜びを表すかの如く鈍く光り、剣の持ち主は上段から真っ直ぐに突き下ろす──


「ジャンーーーー」


 ガクンッ、と膝が落ちた。

 飛び散る鮮血が、射抜かれた薔薇のように舞った。

 愛するジャンの喫驚する顔が、そこにはあった。


「アリ……シア……?」


 ジャンが掠れた声で呟いた。崩れ落ちたアリシアを、その手で抱き締めてくれている。


「っく、筆頭ーーッ!! ジャン、筆頭を連れて逃げろ!!」


 ガキンッと剣の重なる音がする。しかしそのフラッシュの声もどこか遠くで聞こえるようで。

 アリシアは目の前の恋人に目を向けた。アリシアを見つめたまま、茫然自失となっている彼を。


「よか……間に合ったわ……」


 そう言うと、途端にジャンの顔が崩れた。震える手で、アリシアの頬をなぞってくれる。


「アリシア……なんで……」


 なぜかなど、わかりきっているはずだ。愛する者を守りたい。ただ、それだけなのだから。

 しかしアリシアは、それすら言葉にすることも叶わず、笑顔をジャンに向けるだけ。

 アリシアには、それがちゃんと笑顔になっているかどうかすら、わからなかったが。


(ジャンが無事でよかった……本当に……)


 まったく自由にならない体が、死を予感させた。その時にアリシアが感じたのは、ジャンを残して逝ってしまう申し訳なさよりも、ジャンを救えた喜びの方が大きかった。

 なにがあっても守りたいと思っていた人を救えたのだ。そのことに、満足さえ覚えた。


「死ぬな……逝かないでくれ、アリシア……」


 そう言って涙ぐむジャン。その手は温かく、彼が生きていることを実感させてくれた。と同時に、自身の死を確信させる。


(一緒に生きられなくて、ごめんね……ジャン……そしてアンナ……約束、守れなくてごめん……)


 アリシアに、なんとも言えぬ寂寥が心を支配した。しかしそれを気にしている暇など、アリシアにはなかった。


「……アンナ……」


 アンナをお願い、と言おうとして、アリシアはその言葉を飲み込む。

 ジャンには幸せになってほしい。死にゆく者の言葉を、枷になどしてほしくない。


「アリシア……アリシア……!?」


 最期に愛する者の顔と声を聞きながら逝ける。

 あとはもうなにも考えられなかった。

 死の瞬間には、脳からなにかの物質が出されるのか。

 アリシアはどこか幸せな気持ちのまま、深く目を瞑った。

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あなたを忘れる方法を、私は知らない

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