表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたを忘れるべきかしら?  作者: 長岡更紗
第二章 アリシア編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/88

52.そんな理由で選べないわ

ブクマ45件、ありがとうございます!!

 翌朝、執務室の扉を開けると、そこにはいつものようにルーシエとルティーがいた。二人はアリシアの顔を見て、一瞬だけ大きく目を張っていた。


「おはよう。ルーシエ、ルティー」

「おはようございます。寒くて眠れませんでしたか? 少しこちらにかけてお休み下さい」

「アリシア様、私の魔法で……!」

「いいのよ、ルティー。もったいないわ」

「では、冷たいタオルを用意して参ります!」


 ルティーがパタパタと出ていき、アリシアはソファに腰をかけて頭を沈めるように上を向いた。

 すぐに戻ってきたルティーが、アリシアの目の上に濡らしたタオルを置いてくれる。


「あー、冷たくて気持ちいいわ。ありがとう、ルティー」

「いえ、あの、アリシア様、どうかなさっ……」

「ルティー」


 ルティーの言葉は、ルーシエによって遮られる。なにも聞かぬことが側近や付き人の役割だと言わんばかりに。

 しかし気になってしまうのは人のさがだろう。こんなにも泣き腫らした目をしていれば。

 アリシアは、目にタオルを置いたまま話し始めた。


「びっくりさせちゃったわね。ルティー、不惑の年ってわかるかしら?」

「ふわく……? いいえ」

「ルーシエ、教えてあげて」

「東方の国の言葉ですね。四十にして惑わず、という言葉から、不惑というのは四十歳のことです」


 ルーシエに的確に答えてもらい、アリシアはフフッと笑った。


「私はもうすぐ四十五になるのよ。不惑の年を迎えて五年……未だ惑ってばかりいるわ」

「アリシア様でもそんなことがあるんですね」

「そうね。私も自分でびっくりしてるのよ」


 元々即決できることではないと思っているが、それでもこんなに惑うとは予想外だった。あれだけ一晩中泣いて、それでもまだ答えの出せない自分にあきれてしまう。


「ごめんなさいね。こんな情けない上司で」

「そんなことは……!」

「決めきれないということは、同等という意味ですよ」

「そうね。不道徳な話だわ……」


 アリシアが呟くように言うと、「えーと……?」とルティーの不思議そうな声が聞こえてくる。


「不道徳? どこがでしょうか。目の前には一人しかいないというのに」


 ルーシエの言葉に棘はない。しかし純粋に疑問に思っている言葉でもない。なにかを諭すようなその口振りに、アリシアは先を促した。


「続けて」

「具体的に名前を出しても?」

「いいわ」


 目の上にあったタオルが、取り替えられた。恐らく、ルティーの手によって。アリシアは目を閉じたまま、ルーシエの言葉を聞く。


「まずアリシア様に伺いたいのですが、ロクロウさんへの気持ちが百として、ジャンへの気持ちはいくつですか?」

「百だわ」


 アリシアはよどみなく答えた。ルーシエはその答えに首肯したのだろう。「ジャンさん?」という疑問を持ったルティーの言葉の後に、ルーシエは続けた。


「それでいいんですよ。アリシア様が頭を悩ませてしまっているのは、パーセンテージで考えているからです。ロクロウさんに五十パーセント、ジャンに五十パーセント。アリシア様はどちらかを百パーセントに、そしてどちらかを零パーセントにしないといけないと思ってしまっている……違いますか?」


 まさにアリシアの考えを言い当てられ、素直に肯定せざるを得ない。


「その通りよ。だって、そうでしょう?」

「そうですね。どちらかを百パーセントに。そういう考えが悪い訳ではありません。むしろそれが理想でしょう」

「だったら」

「しかし、人の気持ちはそんな簡単なものではないと、私は思います」


 ルーシエの柔らかな受け答えに、彼はいつものように微笑んでいるのだわかる。しかし言わんとしていることが、今一掴めない。


「つまり?」

「つまり同じ百なら、選ぶ理由など単純で構わないと思いますよ。今、アリシア様の近くにいるのはどちらですか?」

「それは、ジャンだけど……そんな理由で選べないわ。ジャンに失礼じゃない」


 同じくらい好きなら、手に入れやすい方。そんな考えは、相手を侮辱しているように感じる。とてもじゃないが、ルーシエの考えに賛同できそうにはない。


「では、アンナ様に新しく好きな人ができたと仮定しましょう。もしアンナ様が、亡きグレイ様以上には好きになれないと嘆いていたらどうなさいますか? 新しく好きになった人を諦めて、グレイ様だけを思って生きろと言いますか?」


 アリシアはしばし黙った。ロクロウは生きているに違いないし、それをグレイにすり替えて例え話をするなど言語道断だ。しかしルーシエは、そんなことは承知の上で話しているだろう。アリシアになにかを気付かせるために。アリシアはそのなにかを知るべく、ルーシエの問いを真剣に考えた。


「グレイには申し訳ないけれど、きっと新しく好きになった人を勧めると思うわ。グレイを失って悲しみにくれるアンナが、もう一度恋をすることがあるなら……それはとても素敵なことだもの」

「そうですね。ではアリシア様は、グレイ様のことは忘れて新しい恋を大切にしろとおっしゃるわけですね」


 アリシアは上を向いたまま、小刻みに首を横に振った。


「忘れる必要なんてないわ。あんなに愛した人を忘れさせるなんて残酷過ぎる。胸の内にグレイがいてもいいじゃない。新しい恋の相手を、愛しているのなら」

「ええ、私もそう思います。簡単に答えが出せましたね、アリシア様」

「……え?」


 クスリとルーシエの笑う声が聞こえ、アリシアは目を開けた。目の前にはタオルがあって、ほのかな明るさが見える程度だ。


「ロクロウさんを無理に忘れる必要など、ないということですよ。百のままでいいんです。変化すべきは、ジャンの方の数値なんですから」


 ロクロウのことを無理に忘れる必要はない。百のままで構わない。

 そう諭されたアリシアは、目から鱗が落ちる思いで目の前のタオルを見つめる。

 なんだ、このままでよかったのかと、驚くくらいに胸に落ちた。

 なにも言わぬアリシアに、ルーシエは続ける。


「もしかしたらアリシア様のジャンへの想いが、百五十にも二百にもなるかもしれない。逆に下がってしまうかもしれない。でもそうなったら別れれば済む話であって、難しいことはなにもないんです。ただ前向きに付き合ってみることが大切だと、私はそう思います」


 その通りだ、とアリシアは思った。

 昨夜一晩中泣いて考えていたことが、一瞬で解決してしまった。なにも難しいことはない。付き合ってみて、ジャンの数値が雷神より下がれば別れればいいし、上がれば結婚すればいい。

 今まで一体なにを悩んでいたのかと思うほど、あっさりと答えが出てしまった。


「そうね、ルーシエの言う通りだわ。私は前向きにジャンと付き合ってみるべきね」

「ええ。……よかったですね、ジャン」


 ジャンという言葉に、アリシアは大きく反応する。ガバリと頭を上げると、タオルが重力に沿って目の上からハラリと落ちた。

 アリシアの目の前にはルティー。奥の机の前にルーシエ。そして扉の前に立っていたのは。


「ジャン!! いつからそこに……?!」

「ルティーがタオルを変えた後ですよ。彼女がジャンの名前を呼んでいたでしょう?」


 ルーシエは嬉しそうに柔らかな空気を纏って答えてくれた。

 ジャンの気配を感じなかったということは、ルティーが開けっ放していた扉から、そうっと入っていたに違いない。きっとジャンが中に入る前に、ルーシエがハンドシグナルを送ったのだ。気配を消して入れ、と。ルティーだけはその意図が読めず、ジャンの名前を言ってしまったようだが。


(してやられたわ)


 どうやら柔和な笑顔を見せるルーシエの手の上で、踊らされていたらしい。ジャンを見ると、彼も予想していなかった展開にどうしていいかわからないようだ。

 なんと言おうかと考えていると、ジャンの方から話しかけてくれた。


「ねぇ。今の言葉、本気?」


 前向きにジャンと付き合ってみる。もちろん、これは心からの言葉。


「ええ。私はあなたと付き合うことに決めたわ」

「アリシア筆っ……」

「でも付き合わないけど」

「変わり身早いよ、筆頭ッ!」


 さすがのジャンも、これにはズッコケそうな勢いで頭をガクッと垂れ下げている。それを見て思わず笑うと、ジャンは恨めしそうにゆっくりと顔を上げた。


「理由は。もちろん聞く権利はあるよね」


 顔を上げると同時に髪を掻き上げる。その顔は少し不機嫌で、口を尖らせている姿がかわいらしい。

 当然、付き合わないと言ったのには理由があり、それを隠すつもりもない。


「ごめんなさい。付き合わないと言ったのは、やっぱりアンナのことがあるからなの」

「婚約者が亡くなって、まだ数ヶ月しか経っていないから?」

「あのね、ジャン……私はあなたと付き合うなら、堂々と付き合いたいの。ジャンと付き合い始めたってことを、アンナにちゃんと宣言したいのよ」

「まぁ筆頭はそうだろうね」


 だったらアンナに宣言すれば、とはジャンは言わなかった。すでに意図を組み、次の言葉を予想しているためだろう。


「そして私はまだアンナに言うつもりはないの。アンナに言えば、喜んでくれるには違いないわ。それでも、私がアンナの前で素直に喜べないのよ。だから、もう少し時間をちょうだい」


 アンナに気を使いながら付き合うのは、アリシア自身窮屈な思いをするし、ジャンにも気を使わせるだろう。だからといって娘になんの考慮もなしに浮かれるのは、なにか違う。

 アンナの傷が完璧に癒されるなどないことかもしれないが、アリシア自身がジャンと無理なく付き合えるようになるまで、今しばらく時間がほしい。


「もう少しって、そんな何ヶ月も先じゃないんだろ」

「ええ。でもせめて後一ヶ月……二ヶ月待って。アンナにあなたと付き合うつもりだって、ちゃんと言うわ」


 アリシアが真摯に答えると、ジャンはようやく微笑みを見せて頷いてくれる。


「後二ヶ月か。楽しみにしてるよ」


 そのやり取りを聞いていたルティーは、キラキラと目を輝かせ、ルーシエは微笑みを浮かべながら書類を片付けていた。

 アリシアとジャンは互いに顔を見合わせ、にっこりと微笑む。

 ようやくジャンを笑顔にさせられたアリシアは、大きな満足感を得て、仕事に戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたを忘れる方法を、私は知らない

サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


若破棄
イラスト/志茂塚 ゆりさん

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
この国の王が結婚した、その時には……
侯爵令嬢のユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
政略ではあったが、二人はお互いを愛しみあって成長する。
しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
王族に犯罪者の身内を迎え入れるわけにはいかず、ディートフリートは婚約破棄せねばならなくなったのだった。

王都を追放されたユリアーナは、『待っていてほしい』というディートフリートの言葉を胸に、国境沿いで働き続けるのだった。

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

ポンコツ王子
イラスト/遥彼方さん
ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
真実の愛だなんて、よく軽々しく言えたもんだ
エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
戦場で元婚約者のエレシアに似た女性と知り合い、今までの自分の行いを後悔していくクラッティだが……
果たして彼は、本当の真実の愛を見つけることができるのか。
キーワード: R15 王子 聖女 騎士 ざまぁ/ざまあ 愛/友情/成長 婚約破棄 男主人公 真実の愛 ざまぁされた側 シリアス/反省 笑いあり涙あり ポンコツ王子 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼運命に抗え!▼

巻き戻り聖女
イラスト/堺むてっぽうさん
ロゴ/貴様 二太郎さん
巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜
私だけ生き残っても、あなたたちがいないのならば……!
聖女ルナリーが結界を張る旅から戻ると、王都は魔女の瘴気が蔓延していた。

国を魔女から取り戻そうと奮闘するも、その途中で護衛騎士の二人が死んでしまう。
ルナリーは聖女の力を使って命を削り、時間を巻き戻すのだ。
二人の護衛騎士の命を助けるために、何度も、何度も。

「もう、時間を巻き戻さないでください」
「俺たちが死ぬたび、ルナリーの寿命が減っちまう……!」

気持ちを言葉をありがたく思いつつも、ルナリーは大切な二人のために時間を巻き戻し続け、どんどん命は削られていく。
その中でルナリーは、一人の騎士への恋心に気がついて──

最後に訪れるのは最高の幸せか、それとも……?!
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼行方知れずになりたい王子との、イチャラブ物語!▼

行方知れず王子
イラスト/雨音AKIRAさん
行方知れずを望んだ王子とその結末
なぜキスをするのですか!
双子が不吉だと言われる国で、王家に双子が生まれた。 兄であるイライジャは〝光の子〟として不自由なく暮らし、弟であるジョージは〝闇の子〟として荒地で暮らしていた。
弟をどうにか助けたいと思ったイライジャ。

「俺は行方不明になろうと思う!」
「イライジャ様ッ?!!」

側仕えのクラリスを巻き込んで、王都から姿を消してしまったのだった!
キーワード: R15 身分差 双子 吉凶 因習 王子 駆け落ち(偽装) ハッピーエンド 両片思い じれじれ いちゃいちゃ ラブラブ いちゃらぶ
この作品を読む


異世界恋愛 日間4位作品
▼頑張る人にはご褒美があるものです▼

第五王子
イラスト/こたかんさん
婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。
うちは貧乏領地ですが、本気ですか?
私の婚約者で第五王子のブライアン様が、別の女と子どもをなしていたですって?
そんな方はこちらから願い下げです!
でも、やっぱり幼い頃からずっと結婚すると思っていた人に裏切られたのは、ショックだわ……。
急いで帰ろうとしていたら、馬車が壊れて踏んだり蹴ったり。
そんなとき、通りがかった騎士様が優しく助けてくださったの。なのに私ったらろくにお礼も言えず、お名前も聞けなかった。いつかお会いできればいいのだけれど。

婚約を破棄した私には、誰からも縁談が来なくなってしまったけれど、それも仕方ないわね。
それなのに、副騎士団長であるベネディクトさんからの縁談が舞い込んできたの。
王命でいやいやお見合いされているのかと思っていたら、ベネディクトさんたっての願いだったって、それ本当ですか?
どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

これは、そんな私がベネディクトさんに溺愛されて、幸せになるまでのお話。
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼決して貴方を見捨てない!! ▼

たとえ
イラスト/遥彼方さん
たとえ貴方が地に落ちようと
大事な人との、約束だから……!
貴族の屋敷で働くサビーナは、兄の無茶振りによって人生が変わっていく。
当主の息子セヴェリは、誰にでも分け隔てなく優しいサビーナの主人であると同時に、どこか屈折した闇を抱えている男だった。
そんなセヴェリを放っておけないサビーナは、誠心誠意、彼に尽くす事を誓う。

志を同じくする者との、甘く切ない恋心を抱えて。

そしてサビーナは、全てを切り捨ててセヴェリを救うのだ。
己の使命のために。
あの人との約束を違えぬために。

「たとえ貴方が地に落ちようと、私は決して貴方を見捨てたりはいたしません!!」

誰より孤独で悲しい男を。
誰より自由で、幸せにするために。

サビーナは、自己犠牲愛を……彼に捧げる。
キーワード: R15 身分差 NTR要素あり 微エロ表現あり 貴族 騎士 切ない 甘酸っぱい 逃避行 すれ違い 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼恋する気持ちは、戦時中であろうとも▼

失い嫌われ
バナー/秋の桜子さん




新着順 人気小説

おすすめ お気に入り 



また来てね
サビーナセヴェリ
↑二人をタッチすると?!↑
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ