47.二人にそう言って貰えたら
アリシアは時間がとれると、各部隊の訓練の様子を見て回る。
将と部下の連携は取れているか。信頼関係は築けているか、適切な指示は出せているか。色々な意味を込めて、喝を入れに行くのである。もちろん要改善事項があれば、アドバイスを送る。これも筆頭大将の大切な役目である。
この日、アリシアはルティーを連れて、アンナが将を務める部隊を視察に来た。
グレイが死んで一ヶ月。アンナは婚約者の死を、自分で乗り越えなくてはならない。そう考えたアリシアは、仕事上で口は出さなかった。周りの者に、娘を特別扱いしているようには思われたくなかったのである。
しかし、アンナのことで不思議な噂が耳に入ってきた。それは死んだグレイが、乗り移っている、というものだ。それで久々にアンナの部隊の様子を見に行くことにしたのである。
その訓練場に行く途中、諜報活動に出ていたジャンと出会った。
「筆頭」
「おかえりなさい、ジャン。」
「どこ行くの。今から報告に上がろうと思ってたんだけど」
「アンナのところよ。変な噂が気になっちゃって」
ジャンは「変な噂?」と言いながら、アリシアと一緒に歩を進める。
「よくわからないけど……グレイが乗り移ってるんだって。どういう意味かしら」
「へぇ……初めて聞いたな」
ずっと諜報活動に出ていたジャンも、その噂が気になったのだろう。彼も当然のように訓練場に向かった。そこで聞こえてきた声は。
「なにをしている!! そんなことで戦線をくぐり抜けていけると思っているのか!? なんのための騎馬隊だ!! 歩兵隊、動きが緩慢すぎるぞ!! 伝令遅い!! 情報伝達は命の要だ!! よく覚えておけ!!」
そんな声が聞こえてきて、ルティーは小さく悲鳴を上げている。そしてアリシアは目を丸めていた。
今の声は、確実にアンナであった。その物言いは、今までのアンナとはまったく違っていて戸惑う。
「今の、アンナよね……」
「うん……」
今までアンナはキツイ言葉を使うことはあったものの、こんな男のような言葉を発する娘ではなかった。これは確かにグレイが乗り移っていると言えなくはないのだが。
アリシアとジャンは顔を見合わせる。
「ロクロウだわ」
「ロクロウだ」
二人は同時に声を上げる。その言葉遣いは、グレイのものではなかった。アンナの父親……雷神とまったく同じ喋りだったのである。
アリシアはアンナに雷神の口調をここまで正確に教えた覚えはない。しかしアンナは喋っていた。雷神と同じ声質で。
「全体止まれ!! 隊別の演習に入れ! 次の全体演習までに各隊の弱点を洗い出し、克服しろ!」
そう言うとアンナは髪をシュッと撫で上げ、こちらに向かって歩いてきた。
「筆頭、見に来てくださったのですか。ありがとうございます」
娘は当然のように母である筆頭大将に敬礼をする。肩口に手を当てるだけの男性と同じ敬礼を。
「アンナ……その口調はどうしたの……? どうしてあんな男のような喋りを?」
アリシアは自身の経験から、アンナは男を目指しているのだと思った。男に負けないように、男以上にと頑張ってきたアリシアと、同じ道を行こうとしているのだと。
「アンナ様、あんまり男を目指すと色気がなくなるよ。やめた方がいい」
ジャンも同じことを考えていたようで、アンナに忠告する。それを聞いて、アンナは少し笑った。
「男を目指しているわけじゃないのよ。ただ、なんていうか……グレイがいなくなって、泣いて泣いて……でもしっかりしなくちゃって思った時に、勝手にこんな口調になってしまっていたの。普段もずっとあの喋りってわけじゃないのよ。ただこういう時にはこの口調の方が、なんだか自信が持てるのよ」
ジャンに受け答えしている時はいつものアンナになっていて、アリシアはホッと胸を撫で下ろした。
トラヴァスが一人称を『俺』から『私』に変更したように、アンナもなにか思うところがあって使い分けをしているのだろう。最初こそ驚いたアリシアだったが、雷神の血が確実にアンナの中にあると思うと嬉しくもあった。
訓練を続けるアンナと別れて、アリシアはジャンとルティー三人で執務室に戻る。その途中、アリシアは少し気になったことをどうしても我慢できず、ジャンへと目を向けた。
「ジャン」
「なに、筆頭」
「私って、そんなに色気がないのかしら」
アリシアも自分でなんとなくわかっている。雷神やアンナには、異性が惹かれるなにかがあるのだ。今までびっくりするほどモテなかった自分には、恐らくそれはないのだろうということくらいは。
だがそれを他ならぬジャンに指摘されると、胸に棘が刺さったかのようにちくちくと痛んだ。
そんなアリシアに、ジャンは目を流しながら口の端で微笑んでくれる。
「他の奴らには見えないだけだよ。俺には見えてるから心配しなくていい」
「アリシア様! 私にも見えてます! お美しくて、スタイルもよくて、輝くような綺麗なブロンドで……色気がないわけがありません!」
そして、ルティーまでもがそう言ってくれた。その目はキラキラと輝いていて、嘘をついているようには見えなかった。
そんな二人の優しいフォローに、アリシアの胸に温かいものが込み上げる。ずっと男以上にと目指していたが、ここにきて女でありたいと切に思ってしまった。せめて、一般的な女性としての色気を纏えるくらいには。
筆頭大将という立場である以上、今のスタイルを崩せるわけもなかったが。
「ありがとう、ジャン、ルティー。二人にそう言ってもらえたら、自信がついたわ!」
こんな風に言ってくれるのは、後にも先にも二人だけだろう。
ずっとアリシアのそばで支え続けてくれるジャンと、幼いながらに付き人を志願してくれたルティー。
この二人は、今後も自分にとってかけがえのない人物になる。アリシアはその予感をひしひしと感じ取り、ジャンとルティーを心から愛おしく思った。




