39.からかってなんかないわ
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成人の宴当日。
アリシアはイブニングドレスをレンタルしていた。この年で背中や胸、肩を出したローブデコルテを着るのはどうかと思ったが、結局はそれを選んでしまった。アリシアは鍛えているので、体のラインには自信があるのである。娘の反応は少し怖いが、こんな時くらいはいいだろう。
「アリシア様。ルティーを連れて参りました」
「入ってちょうだい」
入室を促すと、ルーシエと共に幼い少女が恥ずかしそうに入ってきた。淡いピンクの、ふわふわと裾が広がったドレスである。髪には同じ色のミニバラを飾りに、セミロングの金髪を結い上げている。
「あら、ルティー素敵じゃない! かわいらしさがさらに際立ってるわ!」
「あ、アリシア様も素敵です……真っ赤なドレスがお似合いで……!」
「そう? ちょっと派手かと思ったんだけど」
「そんなことは! すごくお綺麗で、女優さんみたいです!」
「うふふ、そぉお?」
ルティーにそんな風に言われて図に乗ったアリシアは、くるりと回って女優らしくポーズを決めてみる。それを見たルティーはさらに目を輝かせてくれた。
「では私は警備に行かなければいけませんので。間もなくジャンも来ると思いますが、後はよろしくお願いいたします」
「わかったわ、ありがとう」
「失礼いたします」
ルーシエが出ていくと、アリシアはルティーを見て微笑みを向けた。するとルティーは少し照れ臭そうに笑みを返してくれたのである。
「ルティー、そんなに宴が楽しみ?」
「はい。だって、物語の中によく出てくるじゃないですか。舞踏会とか、憧れです」
「うっふふ、女の子ねぇ」
目の前で目を輝かせている少女を見て、アリシアは目を細める。普通の女の子というものは、こんなものなのだろう。アリシアは自身の過去を振り返り、あまりの男らしさっぷりに苦笑いした。
夜会というものに興味はなかったし、そんなものに参加する暇などなかった。アリシアの青春時代は、将になることしか頭になかったのである。
たまにはいいかと思って胸や背中の開いたドレスを選んだが、よくよく考えればドレスを着ること自体が初めてだ。いつもは騎士服姿で警備をしているのだから。
(赤なんて、やっぱり派手過ぎたわね。ジャンにどう思われるかしら)
少しの不安を抱きつつ、ジャンが来るのを待った。その間ルティーと話をしていたが、もう彼女はアリシアを見ても怯えることなく接してくれている。
ルティーの姿勢はピンと伸び、会話もキビキビとしていて目上の者に対する態度もわきまえている。その姿に、アリシアはとても好感を持った。わずか十歳で、中々できない芸当である。
「筆頭……俺」
扉の外からジャンの声が聞こえて、アリシアは立ち上がった。
「入っていいわよ」
そう声をかけると、扉が開いてジャンが顔を見せた。彼は黒のジャケットに銀のウエストコート、それに白タイを締めている。前髪は上げられてセットされ、髪で隠されることもあった目がよく見えた。長身の彼は燕尾服を見事に着こなし、いつも以上に妖しい笑みを浮かべている。
「お待たせ」
「大丈夫よ。時間ちょうどだわ」
「行こう、筆頭。かわいらしいお嬢さんも」
ジャンはルティーの前で膝を折り、そっと右手を出している。ルティーは少し恥ずかしそうに……しかし嬉しそうにその手を取った。
「筆頭も」
そう言ってジャンは左の肘を曲げた。アリシアは躊躇なく、その腕をむんずと掴む。するとジャンが苦笑いを見せて言った。
「筆頭、それ力を入れ過ぎだから」
「あら?」
「手は軽く置いて。肘側じゃなく、俺の手の方に……って手を握ってどうするんだ……肘から手の中間よりも、手の方に置くって意味だよ。……そうそう。指先を俺の方に流せば、よりエレガントになる」
「こうかしら。手を組むだけなのに、こんなに決まりごとがあるのね」
「筆頭は踊れる割に、こういうことは無知だな」
「踊りは楽しいもの。剣舞に通ずるものがあるわ」
「まぁわからなくはないけどね」
ジャンの右手はルティーと繋ぎ、左腕はアリシアと組むという両手に花状態で祝賀会の会場に向かった。と言っても、王宮内のホールである。外に出ることなくすぐに到着した。中に入るとすでに何組もの招待客がホールに集まっている。
「アンナとグレイは……まだ来てないようね」
「ああ、あれかな。来たみたいだ」
周りに比べて背の高いグレイと、異国情緒漂う黒目黒髪のアンナの登場に、周りの視線は自ずと二人に向けられている。
「あら、アンナは地味ね」
「筆頭と比べれば、誰だって見劣りするよ」
アンナは深いブルーのマーメイドラインロングドレスを着用していた。遊びを残した髪は捻ってコームで留められている。コームの薄紫のグラデーションが、ドレスによく似合っていた。
グレイはというと、少し居心地悪そうに燕尾服のタイを直している。アリシアたちは、そんな二人に歩み寄った。
「ふっふふ。中々似合うじゃないの、グレイ」
「からかわないで下さい……」
「あら、からかってなんかないわ。見てごらんなさい、アンナの目がハートになってるわよ」
「知ってます」
グレイは苦笑いし、アンナは顔を染めて「もうっ」と零している。その顔を見たグレイは、今度は嬉しそうにハハハと笑っていた。
「それにしても母さん、ちょっとどころじゃなく派手ね……胸も背中も開きすぎよ」
思った通り、娘には不評のようだ。どう答えようかと一瞬悩んだ隙に、ジャンがそれに答えた。
「ドレスもこれくらい主張しないと、筆頭の前には霞んでしまうから。深紅のドレスでも釣り合いが取れないくらいだ」
思いもよらない言葉をかけられ、アリシアはジャンを見上げた。すると目から怪光線をバシバシ出しているジャンがいて、思わず言葉を失ってしまう。
「まぁ、母さんだものね」
アンナはさらりとそれを流し、視線を下に向けた。その先には、ドギマギしながらアンナたちを見上げる、ルティーの姿。
「ルティーもかわいいわ。絵本の中のお姫様みたいよ」
「あ、あ、ありがとうございます! アンナ様も人魚のお姫様みたいで素敵です!」
「そう? ありがとう」
照れもせずにこやかに返したアンナを見て、ああ、もう大人なんだなとアリシアはしみじみ思った。
(アンナが結婚するってロクロウが知ったら、なんて言うかしら……)
そもそも雷神は、アリシアとの間に自分の子がいることも知らないであろうが。
アンナの隣には、頼りになる男がどっしりと立っている。一ヶ月後夫婦となる二人を見ると、アリシアはなぜだか泣けてきた。感無量、というのはこういう時のことを言うのだろう。まだ結婚式ではないというのに、おかしな話である。
「アリシア様……?」
「ああ、大丈夫よ、ルティー。それにしてもアンナ、そのマーメイドドレスで踊るの?」
「ええ、もちろんよ。ね、グレイ?」
アンナの問いに、グレイは無言で首肯している。
「グレイも踊れるのね」
「この三日間、家に悪魔がいましたよ……」
「悪魔?」
なんのことかわからず首を傾げると、アンナがグレイの背中を引っ張っている。どうやらグレイは元々踊れなかったようで、この三日で仕上げてきたということだろう。
アンナはやるなら徹底的にやる主義なので、三日で仕上げたその特訓は想像に難くない。
「ふふ、二人の踊りを楽しみにしてるわ。後で一緒にシウリス様に挨拶に行きましょう。ルティー、こっちに」
一旦二人とは別れて、アリシアはルティーを会場の邪魔にならないところまで連れていく。
「ルティーはここで待っていてくれる? 途中で帰りたくなったらルーシエか……いなければあそこにいるトラヴァスに言えばいいわ」
「わかりました」
その言葉に頷くと、アリシアは再びフロアに戻った。するとその瞬間、会場がわっと沸く。本日の主役であるシウリスが現れたのだ。
「よかった、今日はご機嫌よさそうね」
「うん」
シウリスは淡々と賓客に向けた挨拶をし、ストレイアの今後の発展を約束する言葉を発していた。幼い頃から公務をこなしてるので、慣れたものである。
音楽が流れ始めると、フロアで踊り始める者、シウリスに挨拶にいく者、飲み物を取りにいく者など、皆様々に行動している。
「筆頭、どうする? 先にシウリス様に挨拶?」
「そうねぇ……シウリス様への挨拶は後にしましょう。すごく混んでるわ」
「じゃあ、踊るか」
「そうね!」
アリシアは差し出された手を取ると、すぐさま踊り始めた。ジャンもそれに合わせてステップを踏む。
「筆頭、もうちょっと淑やかに踊れない? ルティーが見てるんだけど」
「あら、ルティーが気になるの? ジャンってロリコン?」
「俺は絶対にロリコンじゃないって言い切れるよ。ルーシエから聞いてないのか。あの子、演劇の世界が好きなんだってさ。お姫様みたいに踊れば、筆頭に釘付けになってくれるんじゃない」
「むむっ」
そう言えば目的は、ルティーにアリシアを絶対的な存在にさせることだったと思い出す。アリシアはステップを落ち着かせようと試みるも、今まで好きに踊っていたので、中々思うように淑やかにはなれない。
苦戦するアリシアを見たジャンの手は、グッと力が増した。
「筆頭、アリシアって呼ぶよ」
「……え?」
なぜいきなりそう呼ばれるのかわからず、アリシアは戸惑い気味にジャンを見つめる。
「今だけでもいい。承諾してよ」
「え、ええ……構わないけど……」
ドクンドクンと胸が波打つ。アリシアのステップがおろそかになり、ジャンが強いリードをする。
「アリシア」
「ジャ……ン……」
「似合ってるよ、ドレス」
「あ、ありがとう……」
「その姿、誰にも見せたくなかった。俺だけが見たかった……今度、俺のためだけに着てみせてよ、アリシア」
間近でジャンの瞳をまともに受けてしまい、アリシアはくらくらとした。しかしどこか冷静に、これは確かに目から怪光線だと思う自分がいて。
アリシアはその視線から逃れるために、ルティーの方へと顔を向ける。
「あ、ほら、ルティーったらあなたを見て目を輝かせてるわ。その目から怪光線、少女にも聞くのねぇ」
「一番効いてほしい人に効果がなきゃ、意味ないよ」
「ジャン……」
「アリシア、こっち向いて。俺の目、見て」
アリシアは怖くて見られなかった。見ては落ちてしまいそうな自分がいて。
「頼むから見て。告白するのに、相手に目も見られないのは悲しすぎる」
『告白』の言葉に驚いて、アリシアはうっかり視線をジャンに戻した。ジャンの妖しいはずの視線が、嬉しそうに微笑んでいる。アリシアはその視線に捕まってしまい、動かせない。そうして見つめていると、ジャンの唇がゆっくりと動いた。
「俺は、あなたが好きだ。ずっと昔から」
「……待って」
「こんな姿を見せられて、もう我慢できない。あなたを奪いたいよ、アリシア……」
アリシアの体は、完全にジャンに任された。上手くステップが踏めず、ジャンの力強い腕に任せて体を預けてしまっている。
アリシアは、言いようのない気持ちに支配されていた。ジャンに求められ体が高揚すると同時に、雷神を諦めなければならないという絶望感がぶつかり合い、体の中でひしめき合う。
嬉しかった。でも、苦しかった。
もしここでジャンを選んでしまっては、雷神と再会してもどうにもならないということが。アリシアは胸を詰まらせ、涙を浮かべる。いつも物事を即座に決めるアリシアだったが、これだけは即決しかねた。
「もう俺は引かないから。今日中に答えを聞かせてよ」
そう言われて、アリシアはコクンと頷いていた。




