38.私も出席するの!?
「かわいいなー何歳? 幼年学校三年だったら十歳かな」
「ミルクティーなら淹れるよ。俺も飲むついでだから」
「お、俺も淹れてくれ、ジャン!」
「ひぃいっ」
「フラッシュ、ルティーに近づかない!!」
「ひ、ひゃぁぁあ……」
結局ルーシエ以外の部下三人を呼んでしまった。いや、呼んだのは二人だけだったのだが、一匹勝手についてきてしまったのである。
「っくっくっく! 筆頭も怯えられてんじゃないですか」
「誰のせいだと思ってるのよ」
「え?? 俺のせいすか!?」
「わかってるじゃないの」
冷ややかな視線を送ると、フラッシュは「なんで?」とでも言いたげに、こめかみに手のひらを当てて首を傾げている。
「いいからあなたは、アンナとグレイを連れてきてちょうだい。そろそろ仕事も終わる頃でしょう」
「お、もうそんな時間かぁ。二人を呼んだら、俺そのまま帰っていいっすか?」
「ええ、そうしてちょうだい」
「ヒャッホー! 今日は残業なしだぜーっ」
喜び勇んで出ていくフラッシュを見送り、アリシアはルティーに振り返った。するとルティーはビクッと肩を震わせている。そんな姿を見ていたジャンが、ふっと笑った。
「筆頭って子どもに嫌われるタイプ?」
「そんなことはないはずなんだけど」
ミルクティーを淹れたジャンは、カップを彼女に手渡している。ルティーは恐縮しながらもそれを受け取って、一口こくんと飲みこんだ。
「大丈夫だよ」
まだ指先を震わせているルティーを見て、ジャンは一言囁くように言った。そんなジャンに、ルティーは縋るような目を送る。
「あ、あの……私……お家に帰れますか……?」
「あー……さぁ、どうかな」
「ひぃい」
「お前……安心させといて落とすのやめろよ」
「や、俺にはなんとも言えないし……この子の処遇は筆頭に決定権があるんだろ」
ジャンとマックスが言い合い、二人はアリシアの顔に目を移した。『どうするんですか?』といった顔である。
決定権、と言われると正直困った。彼女を軍に引き入れることはもう決定事項だ。
けれどアリシアは、やはり個を重んじたかった。もしもルティーがどうしても嫌だというのであれば、無理強いはしたくない。軍のことをよく知った上で、彼女自身に決めてもらいたかった。
そのためにまずは、場の空気に慣れさせようと思ったのである。ルティーが怖がらず接することができるように、和気あいあいとした雰囲気を作るところから始めなければ。その雰囲気こそが緩衝材となり、怯えることなく話ができるようになる……そう信じて。
「まぁ、家に帰れなくなるなんてことはないから、それは安心してちょうだい。……来たようね」
外の気配を感じたアリシアは目で合図し、二人が重々しい声を上げる前にマックスに開けさせる。
「グレイ、アンナちゃん、いらっしゃい」
そんな風に迎えられた二人は目を丸くしている。特にアンナは訝しげに眉を寄せ、アリシアに視線を寄越してきた。
「筆頭、どういうことでしょうか? ここではきちんと序列を……」
「今は母さんでいいわ。とにかく入って」
王宮で「アンナちゃん」と呼ばれたことに不審を抱いたアンナを中に招き入れる。将となった二人は、すでにアリシアの部下よりも立場が上だ。王宮内では「アンナ様」「グレイ様」と呼ぶように徹底させている。しかし今は雰囲気を和やかにすること、それが目的である。
それには自分に近しい人間を呼ぶのが一番だと、アリシアは考えた。
「なにがあったんですか、筆頭」
「グレイ、あなたも筆頭なんて固苦しく言わないように」
「え? 俺は昔から筆頭としか……」
「今からは、母さんって呼ぶのよ!」
「は……えぇ!?」
グレイは珍しく狼狽え、アリシアとアンナの顔を交互に見ている。同じくアンナも挙動不審がちにオロオロとグレイとアリシアを見比べた。
「なにを戸惑ってるの。あなたたち、念願の将になって、もう一ヶ月後には挙式じゃない。つまり私はグレイの母親でしょ? 今のうちに慣れておいて!」
アリシアはさあ言いなさいと言う代わりに、どどーんと胸を張った。周りにはアンナだけでなく、マックス、ジャン、ルティーもいる状態のためか、グレイは困惑気味に眉を顰めている。
「なにもこんな状況で……あの、筆頭とは呼ばないようにするんで」
「ダメ。もう親子なんだから、遅かれ早かれ一緒じゃない! ほらほら」
グレイは、自分の隣に控えるアンナを見下ろしていた。グレイとしては助け舟を期待したのであろうが、アンナは期待の眼差しでグレイを見つめている。それにたじろぎ、観念したのかグレイはちらりとアリシアの方を向いた。
「その……か、かあさん……」
結局は目を逸らしながら俯き加減で言われてしまったが、息子の可愛らしい姿を見られたのでよしとする。
「おお、息子よ! これからはそう呼ぶように!」
「いや、あの…………は、はい」
「ふふふふふ」
隣でアンナが、本当に嬉しそうに微笑んでいる。今、二人は幸せの絶頂だろう。いや、きっともっと、さらなる頂きがあるはずだ。現在をピークと決めてしまうのは早計に違いない。
二人の仲睦まじい姿を見て、アリシアもまた微笑んだ。
「ところで、どうして私たちを呼んだの? その子は誰?」
アンナが当然の疑問を口にし、アリシアはその問いに答える。
「この子はルティー。水の書を習得できた、唯一の子よ」
「ようやく見つかったのね」
「ええ。でも、見ての通りちょっと怯えちゃって……みんなでわいわいと和やかな雰囲気を作ってほしいのよ」
「なるほど。それで堅苦しい言葉はなしってわけね」
「そういうこと」
ふとルティーを見ると、最初よりは体の震えは治まっていた。フラッシュやアリシアよりも体の大きなグレイには怯えていないようだ。グレイは動物に好かれるという特異体質があるというし、子犬のようなルティーは安心できたのかもしれない。
アンナはルティーに自己紹介し、積極的に話しかけてくれている。アンナとマックスが中心となって続く会話を、アリシアは少し輪を外れて見ていた。
しばらくそうしていると静かに執務室の扉が開き、アリシアはそちらに視線を向ける。
「アリシア様」
「ルーシエ。どこに行ってたの?」
「少しこちらへ」
アリシアは皆にその場を任せて、そっと部屋を出た。廊下を少し歩いたところでルーシエが振り返る。
「今、彼女の家に行って参りました」
「彼女って……ルティー?」
「はい。両親に事情を説明し、入隊の許可も得られました」
「相変わらず仕事が早いわねぇ……その調子で彼女も説得してよ」
「それはアリシア様のお仕事です」
「あなたが説得しても同じじゃない」
「いいえ、それでは彼女が軍入りしても長続きしないでしょう。彼女にとって絶対的な存在が必要なのです」
自分にとってのレイナルド王だろうかとアリシアは考える。彼女は軍に興味があるようには思えないし、そんな存在になるのは骨が折れそうだ。
「うまくいくかしら」
「色々と彼女のことを調べて参りました。これから私がする提案を、アリシア様がすべて受け入れて下さるだけで万事うまくいきます」
「なにかしら、怖いわね」
「部屋に戻りましょう。そこで説明いたします」
アリシアはルーシエに、全幅の信頼を置いている。彼に策があるなら、すべてを受け入れるつもりはある。基本的にルーシエは、アリシアが極度に嫌がることはしないのでその辺は安心していいだろう。ただしちょっとした嫌なことなら強引に押し進められる場合もあるので、今回はどうだろうかとドキドキしながら執務室に戻った。
中に入ると、雰囲気はすでに和やかになっていた。アンナがルティーに話しかけ、マックスがうまく話を聞き出し、ジャンはそれにチャチャを入れ、グレイが笑いながらフォローをしている。
ルティーにも少し笑顔が見られて安心したが、こちらに気付いた瞬間、彼女の顔が強張ってしまった。それを見てアリシアは苦笑いを浮かべる。
(こんなに怯えられてるのに、絶対的な存在になんてなれるのかしら……)
自分ではどうしようもないと悟ったアリシアは、すべてをルーシエに任せることにした。そのルーシエが、一歩前に出て話しかける。
「アンナさんとグレイさんもいらしたんですね。お二人にも参加していただきましょうか」
「参加……? 協力できることならなんでもするけど……」
「では三日後にある、シウリス様の成人を祝う宴に出席をお願いいたします」
「宴に? でも、その時私たちは……」
グレイとアンナは、その宴に警備騎士として参加する予定のはずだ。ドレスにテールコートなど、考えもしていなかっただろう。
「大丈夫です。トラヴァスさんあたりに警備の交代をお願いしましょう。私も補佐しますし、問題はないはずです」
「それはいいんだけど、どうして私たちがそのパーティに?」
「将来的なことも含めて、ですかね。もちろんメインはアリシア様ですが」
「ええ!? 私も出席するの!?」
「当然です」
アリシアはその宴に参加するようシウリスから言いつかってはいたのだが、辞退していたのだ。若い時分ならまだしも、この年で着飾るのは気が引けて。
「うーん、悪いけど私は……」
「アリシア様」
鋭く名前を呼んだルーシエが、チラリと視線だけを一瞬ルティーに向けた。アリシアが彼女を確認すると、ルティーは憧れの眼差しでこちらを見ている。先ほどまでの怯えていた目は、すでにどこかに行ってしまっていた。
「……わかった、参加するわ」
「ありがとうございます」
「でも私はアンナのようにパートナーはいないし、どうしようかしらね」
「誰でも好きな人をお連れ下さい。私は警備に入るので行けませんが」
そう言われて、アリシアは三人の男を見た。
「グレイは連れて行けるわけもないし……マックスは……」
「すみません、筆頭。俺は辞退します」
「結婚したばかりだものね。仕方ないわ。となると……」
視線の先には、エロビームをこれでもかと発しているジャンの姿。
「俺でよければ行くよ、筆頭」
「……そう? じゃあ、お願いしようかしら」
「決まりですね」
すかさずルーシエが決定を下し、にっこりと微笑む。そして今度は彼は、ルティーに視線を合わすために膝を折った。
「もしよろしければ、あなたも宴を見にきませんか?」
「……え!! いいんですか!?」
「遠くから見るだけになると思いますが、それでもよければ」
「で、でも私みたいな普通の子どもなんか……」
「ドレスはこちらで用意しましょう。さながら舞台女優が着るような、素晴らしいドレスを」
ルーシエがそう言うと、ルティーはモゾモゾモゴモゴと手足を動かしながら、「ありがとうございます」と嬉しそうに礼を言っていた。




