34.目的は達成されたはずです!
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「こいつらが……ルナリアを……ッ!!」
シウリスの怒りがビリビリと伝わってくる。
今にも剣を抜きそうなシウリスに、アリシアは慌てて声を上げた。
「この者たちへの処罰はまだ決まっておりません! 彼らは、そしてザーラは実行犯ではありますが、ルナリア様殺害の命令を受けていたのです!」
シウリスは光のない目をアリシアに向けた。一瞬体が固まったような衝撃を、なんとか跳ね除ける。
「言え。黒幕を」
「っは。殺害を指示したのは……」
一呼吸おいてから、アリシアは真っ直ぐにその名を告げた。
「ヒルデ王妃殿下です」
またも全員の視線がヒルデへと注がれた。
当のヒルデは顔を引き攣らせながら笑みを見せている。
「な、なにを適当なことを! どこに証拠が!」
「証拠ならここに。ザーラの日記に、ヒルデ様の指示だったことが詳細に書かれています」
「そんなの、どうとでも捏造できるじゃないの!」
「ここに証人もおりますので」
項垂れていた二人の実行犯は、縋るようにヒルデを見つめた。
「こんな男ども、知らないわ! わたくしはルナリア殺しに関与していなくってよ! この王族殺しどもはさっさと処刑してしまいなさい!」
「そんな、王妃様!」
「我らはヒルデ様に忠誠を誓い、ルナリア様を手にかけたというのに!!」
「うるさい! お前たちなんか知らないのよ! 勝手に死になさい!!」
ヒルデが言い放った瞬間、アリシアの中の救済の異能が脳内で赤く点滅する。
脳裏に浮かぶ二人の顔は、今目の前にいる実行犯たちだ。
「シウリス様ッ!! いけません!!」
しかし叫んだ瞬間にはもう遅く。
シウリスが瞬時に間合いを詰めたかと思うと、男たちの心臓はあっという間に貫かれていた。
二人を捕縛していたジャンとフラッシュですら、身動きが取れていない。
それほどまでに素早く、正確な剣技。
「うぐっ」
「がはぁ……っ」
ずどん、と二人はうつ伏せに倒れ、絶命した。
抜かれたシウリスの剣からは血が滴り落ち、絨毯に血が染み込んでいく。
「シウリス! お前はなんということを!!」
唐突のことに憤慨するレイナルドに、シウリスはわけがわからないとでも言うようにゆっくりと振り返った。
「なにを怒っている? 王族の殺害など、死罪だ。今殺そうと後で処刑しようと同じこと。こいつらは、ルナリアを殺したのだからな!!」
すでに骸と化した男をシウリスは蹴り上げる。
怒りだけではなく、悲しみを宿した顔で。
「シウリ──」
その行為を止めようとするジャンを、アリシアは手で合図して止めた。
今のシウリスは正常ではない。逆らえば、どう火の粉が飛んでくるかもわからない。
救済の異能があってなお、止められなかったのだ。大事な部下をこんなことで失うわけにはいかない。
二、三度蹴ったシウリスは、頭から蒸気でも出そうな顔で、ヒルデを振り返った。
ヒルデは小さく「ひっ」と声を上げ、シウリスを見上げる。
「なぜ、ルナリアを殺した!!」
「わたくしは殺してなどいないわ!!」
「貴様の指示だとわかっているんだ!! 答えろ!!」
ずっと否定し続けていたヒルデが、唐突に勝ち誇ったような表情へと変貌する。
「お前たち……リーンの一族が目障りだったのよ! 王になるのは、わたくしのルトガーが誰より相応しい!!」
「ルナリアに王位継承権はない。俺が邪魔だったのなら、俺を狙えばよかっただろう!!」
「あの娘は、わたくしのかわいいフリッツを誘惑した!! 死んで償うのは当然のことよ!!」
「誘惑したのはそっちの方だっ! よくも、よくもルナリアを……!! ルナリア……」
浮かび上がるシウリスの悲しみの瞳。それだけで、ルナリアをどれだけ溺愛していたかがわかる。
シウリスは怒りよりも悲しみに支配されたためか、今まで撒き散らしていた殺気はいつの間にか消えていた。
アリシアはもう大丈夫だと判断し、ヒルデへと一歩踏み出す。
「ヒルデ様。ルナリア様の殺害命令を下した罪、そしてザーラに呪いの魔法を使わせ、マーディア様の精神を破壊した容疑で拘束を──」
「呪いの魔法、だと!?」
シウリスがカッと目を見開いた。伝えていなかったのだから、当然シウリスは初耳のはずだ。
「はい。ザーラの死後、彼女の体から呪いの書が出てきました。ハナイでマーディア王妃があのような凶行に及んだのは、そのせいかと思われます」
「呪いの異能……精神……破壊……ッッ!!」
真実を知ったシウリスの方が、精神を破壊されそうなほどに苦しみもがいている。
マーディアの心が壊れたのは人為的なものだったと知り、その悔しさは如何許りのものであろうか。
「優しかった母上を……ッ! 貴様のせいで、俺は、この手で──ッ!!」
ルナリアを救うため、直接母親に手を下したのはシウリスで。
だというのに、そのルナリアもヒルデの策略により殺されてしまった。
「ほほほっ! お前も壊れてしまえ!! そうすれば、王になるのは私の息子ルトガーよ!!」
「ヒルデ、貴様ぁああああッッ!!!!」
シウリスが叫ぶと同時に脳内が赤く点滅する。アリシアは脳裏に映し出されたヒルデを救おうと即座に剣を抜いたが。
「ぎゃああああああっ!!」
その前にヒルデの顔が縦に割れ、血の噴水は上がっていた。
「お前、シウリス!! よくも母上を──!!」
ルトガーが剣を抜いた瞬間、また脳裏に彼の顔が過ぎっていく。
「いけません、ルトガー様!! 逃げて!!」
「母上の仇!!」
「貴様なんぞに王位はくれてやらん!!」
シウリスはいとも簡単にルトガーの剣を叩き落とし、己の剣をその首に吸い込ませた。
喉をやられたルトガーは、なんの声も出さずにその場に倒れていく。
抜かれた剣から、血飛沫が部屋中に散った。
またもアリシアの脳裏の警告が点滅する。次の標的は……
「マックス! トラヴァス!! フリッツ様を保護!!」
「っは!!」
「承知しました」
アリシアはシウリスとフリッツの直線上に入り、剣を振り上げた瞬間。
ガキィイインッという剣が交差すると同時に、ものすごい衝撃がアリシアの体を響かせた。
「っく!!」
「邪魔するな、アリシア。あいつを殺す!!」
「なぜ、フリッツ様まで!!」
「あいつはルナリアを穢した!!」
「いいえ、穢されてなどおりません!! 私が命をかけて断言しましょう!」
本当はフリッツとルナリアが関係を持っていたかなど知らない。
けれど二人が愛し合っていたというのなら、それは穢すなどという表現をしていいものではないのは確かなのだ。ルナリアは、穢されてなどいない。
強い自信を持ってシウリスを見上げると、その手が少し緩んだ。
「……っふん。逃げたか」
アリシアが止めている間に、マックスとトラヴァスがフリッツを連れて出ていった。脳内の警告は消えていて、ほっと息を漏らす。
「シウリス、お前は狂っておる!!」
次々と人が殺され、末の弟まで殺そうとしたシウリスを、レイナルドが非難した。
しかしその声は震えていて、シウリスに恐れを抱いていることがわかる。
そんな父親であるストレイア王に向かって、シウリスは蔑みの目を向けた。
「諸悪の根源は、貴様だ。父王」
「なん……だと……!?」
アリシアの体が勝手に震えをみせ、ぐっと断ち切る。
たった一瞬で四人もの死者を出してしまっているのだ。もうこれ以上の犠牲を出すわけにはいかない。
シウリスの憎悪は黒幕を殺しても収まる様子はなく、まだまだ煮えたぎっていた。
「貴様は第一王妃であった母だけでは飽き足らず! あのような下劣な人間を迎え入れ!! 結果母上は……ルナリアは死んだ!!」
「王には王の責務がある。必要なことであったのだ」
「王の責務だと!!?」
シウリスはレイナルドにずんずん近づいたかと思うと、あろうことかその胸ぐらを掴んだ。
「シウリス様、おやめください!!」
アリシアは剣を鞘に収めると、慌てて二人を引き離そうと間に入ろうとした。しかしその隙もなく、強く掴まれたシウリスの手を開かせる余地もない。
シウリスはそんなアリシアなど気にも止めず、胸ぐらを掴んだままレイナルドを見下している。
「貴様は、姉上が……ラファエラが死んだ時、なにもしなかった!! あの時、ラウの者を処罰していれば!! 母上もルナリアも死ぬことはなかった!! フィデル国へ復讐すらしない、この腰抜けが!!」
「がはッ!!」
「レイナルド様っ!!」
唐突のシウリスによる頭突きで、レイナルドの鼻が砕かれる。
同時にレイナルドの顔が脳裏を過り──
「いけません! シウリス様!!」
「筆頭、危ない!!」
レイナルドを守ろうとしたアリシアを、ジャンとルーシエに引き戻される。
シウリスを止めようとしたフラッシュが殴られて吹っ飛ばされると、一瞬のうちに剣がレイナルドの胸に突き刺さっていた。
「なんて……こと……っ!」
最後に大きく吐血したレイナルドの目は、光を失う。
美しいアイボリーホワイトの絨毯が、五名もの血で真っ赤に染まっていた。
「……は、はははは……っ!! ははははは!!」
血塗られた王子が、狂ったように笑い始める。
なぜ、なにを笑っているのかも、アリシアには理解できない。
「これでフリッツを殺せば、この国は俺の意のままだ」
ぴたりと笑いを止めたシウリスの目は、どこまでも残酷で。
アリシアたちは素早く動き、出口に通じる扉を四人で守る。
「どけろ。貴様らにはこの事態を処理するために生かしておいてやる」
「三人もの王族が亡くなり、どう処理をしろというのですか!」
「ヒルデはルナリアの殺害に関与している。不貞の罪もあるだろう。ルトガーはラファエラが死亡した事件の黒幕にしておけ。ゆえに二人は処刑。無能の王は病死だ。いいな」
できない、と言えば今ここにいるジャン、ルーシエ、フラッシュの命はないだろう。もちろん、アリシアも。
そして実際、なんとかしてしまえるのがルーシエという部下なのだ。
「シウリス様……これ以上の血を流さないというのであれば、この事件の処理はそのようにしましょう」
「フリッツを見逃せと……?」
ざわりと走る悪寒。しかしここにいる誰の姿も脳裏を過ぎってはいない。
「フリッツ様はご年齢的にも王にはなれません。シウリス様の目的は達成されたはずです!」
「不要な芽は摘んでおく」
冷酷な瞳。もうこれ以上はなにを言っても無駄なのだろうか。フリッツ王子を殺すまで、暴走は止まらないのか。
「恐れながら申し上げます」
アリシアが説得に苦戦していると、隣にいたルーシエが凛と顔を向けた。
「これだけの死亡者が出ている事件で、フリッツ様までも亡くなれば、ラウ派の者たちを納得させるだけの材料がございません。焦らずとも、いつでも機会はあるかと存じます。今は事態の収拾を優先させるべきかと」
いつでも機会はある。つまり、殺すのは今でなくとも可能だとルーシエは言っているのだ。
普段は到底そんなことを提案するような男ではない。彼は彼で必死なのだとわかる。
「ふん……確かに貴族連中に勘繰られると面倒だ。フリッツを殺すなど、いつでもできる」
カシャンと剣を鞘に戻したシウリスを見て、肩の力が抜けた。
これからこの凄惨な現場をどうにかしなければいけないと思うと、頭が痛かったが。
「貴様ら、余計なことを言うとどうなるか、わかっているだろうな」
「……っは」
「フリッツを連れていった二人にも、よく言い含めておけ」
シウリスはそう言いながら返り血のついた上着を脱ぎ捨てると、評議の間から去っていった。




