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あなたを忘れるべきかしら?  作者: 長岡更紗
第二章 アリシア編

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33.なぜ知らせてくださらなかったのですか?

ブクマ35件、ありがとうございます!

 評議の間は広々とした石造りの部屋で、高い天井には華やかなシャンデリアが吊るされている。

 床にはアイボリーホワイトの絨毯、中央には長テーブルと椅子。壁には有名な画家の絵が飾られ、重厚な雰囲気で満たされていた。

 そんな評議の間で、アリシアとルーシエは王族を迎える。

 ストレイア王レイナルド、第二王妃ヒルデ、第一王子ルトガー、第二王子シウリス、第三王子フリッツの五名を。

 リーンはシウリスだけ。ラウはヒルデとルトガー、フリッツである。

 王になるとミドルネームはなくなり、純粋なバルフォアを名乗る。したがって、レイナルドにミドルネームはない。


「わたくしを呼び出すなんて、いい身分ですこと!」


 部屋に入るなり、ヒルデが苛立ちを隠そうともせずに嫌味をシウリスに向けた。


「ふんっ。勘違いも甚だしい女だ。害虫ほど自分の立場を理解できんと見える」

「んまっ!」

「シウリス、お前! 母上になんということを!」


 第一王子のルトガーが眉を吊り上げたが、シウリスはまったく動じていない。

 ヒルデは今にも血管が切れそうにシウリスを睨んでいたが。


(最初からこれだものね……)


 アリシアは息を吐きたくなるのをぐっと(こら)えた。


「やめんか、シウリス。ヒルデ、ルトガーもだ」


 レイナルド王が三人を諌めてくれる。フリッツだけがなにも言わずに、その場に佇んでいた。

 今評議の間にいるのは、王族五人とアリシア、そしてルーシエだけだ。

 王であるレイナルドが、威厳のある顔をシウリス向けた。


「して、シウリス。王族全員を呼び出すとは、何事だ」

「今から面白いことが始まる。黙って見ているといい」


 シウリスは父親に対しても不遜な態度をとっていて、レイナルドは顔を顰めている。


「アリシア、お前から説明しろ」

「っは」


 シウリスに指名を受けたアリシアは、最初に大事な約束を守らなければならなかった。


「まずは入室させたい者がおります。許可をいただけますでしょうか」

「いちいち許可はいらん。必要な人間は用意しろと言ったはずだ」

「っは」


 アリシアはルーシエに視線を送ると、ルーシエは扉を開けて人を招き入れた。

 入ってきたのはマックスと、事情を話したトラヴァスだ。

 トラヴァスを見た瞬間、ヒルデは一瞬訝しい顔をしたが、すぐに平静を取り繕っている。


「シウリス様、お約束通り特権の行使をお願いいたします。彼トラヴァス、それにこの場にはいませんが、ロメオとルードンという元騎士の命の保障を」

「……なんですって」


 三人の名前を聞いたヒルデが顔を歪めてボソリとつぶやく。


「どうした? 顔色が悪いようだが?」

「……なんでもないわ」


 クックと笑うシウリスに、アリシアは先ほど作ったばかりの誓約書を見せた。彼らの命の保障だけでなく、この件に関して不当に地位を剥奪されることのないように、条項を加えている。

 なにか言われてしまうだろうかと不安が過ぎったが、シウリスは一読した後、サラサラとサインを入れてくれた。


「いいだろう。その三名の者は、この俺の特権により命を保障する」

「ありがとうございます、シウリス様」


 その紙をルーシエに渡すと、ルーシエはトラヴァスに確認を取る。間違いがないか丹念に調べたトラヴァスは、首肯した。

 不貞の話は、ルナリア殺害の件とは直接関係がない。シウリスに言われていたのは、黒幕がヒルデであることを突き止めろというだけだ。

 しかしアリシアには、すべてをストレイア王に報告する義務がある。それに誓約書まで書かせておいて、彼らの件を黙っていてはシウリスの不興を買いかねない。


「では聞かせろ。なぜ俺にこいつらの命の保障をさせた」


 シウリスは冷徹な瞳を向けながらも、どこか期待した様子でアリシアに問いかけてくる。


(言うしかないわね)


 アリシアは覚悟を決めた。ありのままを伝えるために、評議の間の人数は最小限に絞っているのだ。

 トラヴァスがヒルデの不貞の相手にされていたなど、知る者はいなくていい。

 ちらりとヒルデを確認すると、さすがに察したのか顔を青白くさせている。


「恐れながら申し上げます。ヒルデ様は王妃という権力を笠に着て、三名の男性騎士と不貞行為を繰り返しておりました」

「っ!!」


 ヒルデはひゅっと息を吸い込み、唇を噛んだ。

 非難の色が含まれた全員の視線が、ヒルデへと注がれる。


「わ、わたくしはなにもしていないわ! わたくしの色香に狂った男たちが、わたくしを強姦したのよ! 早くその男を捕まえて斬首にしなさい!!」


 自分は被害者だと主張するヒルデに、アリシアはぐっと拳を握った。


「では強姦された時、なぜ知らせてくださらなかったのですか?」

「それは……っ! 犯されたなど、言えるわけがないわ! 普通そうでしょう!」


 確かに他の犯罪と違い、人に知られたくないという心理が働いてしまうものだろう。泣き寝入りする者が最も多い犯罪とも言える。

 だが加害者であるにも関わらず、被害者ぶるのは許せない。本当の被害者が、どれだけ心を壊されているか。

 しかしトラヴァスは微塵も表情を崩さず、ヒルデの取り繕おうとする姿を冷静に見ていた。


「……トラヴァス。ヒルデ様はこう言ってらっしゃるけれど、真実を伝えてくれるかしら。無理にとは言わないけれど」

「構いません。私は事実を語るのみです」


 平気な顔をしているが、本来は思い出したくもないはずだ。それを無理やり聞き出すことに罪悪感を覚えながら、アリシアはトラヴァスの言葉に耳を傾ける。


「私は王妃様に関係を迫られました。無論最初は断ったものの、今後も騎士として働きたいのであれば言うことを聞けと脅されたのです。一度関係を持ってしまうと、バレれば私の首が飛ぶ。それからは逆らえない日々が続きました。頻度は週に一度、多ければ三日も呼びつけられました」


 トラヴァスは淡々と話しているが、ほんの少しだけ顔色を悪くさせているように見える。


「させられた内容を詳しく話しましょうか」

「いえ……結構よ」


 アリシアが断ると、ヒルデはぷるぷると腕を振るわせ、レイナルドは頭を抱えて首を振っている。

 フリッツは俯いたまま顔を上げず、ルトガーはわなわなと母親を見つめていた。


「色情魔が。穢らわしい」


 シウリスが侮蔑の目でヒルデを見下している。


「ヒルデよ。そなたはわしを裏切って……」

「違いますわ、あなた! わたくしはそのようなことなど! この者たちに騙されてはなりません!」

「恐れながら申し上げます!」


 ヒルデの言葉を遮ったのは、トラヴァスを連れてきたマックスだ。皆の視線がマックスに移動する。


「ヒルデ王妃様はトラヴァスの他に、ロメオとルードンという二人の元騎士とも関係を持っておいででした。二人の悲痛な証言も得られております。王妃様の不貞は確定です」


 二人の聴取に当たっていたマックスは、直接その苦しみを請け負ったのだろう。

 必ず裁くという意志のこもった瞳で、ヒルデを凝視している。


「ヒルデ。よもや三人の男と関係を持つなど……!」

「わたくしは被害者ですのよ! こんな下賤の者をわたくしが欲するなど、あり得な……」

「黙れ、淫婦が!!」


 シウリスの空気を震わす怒声に、ビリビリと肌が刺激される。

 怒りを見せたシウリスはしかし、アリシアに目を向けて刺すような視線を浴びせられた。


「アリシア!」

「っは!」

「貴様、まさかこんなくだらんことをしか調べられなかったのではあるまいな」

「いえ」

「俺の要求(・・)はこんなものではない。首を飛ばされたくなければさっさと本題に入れ!」


 今にも腰の剣に手が伸びそうなシウリス。アリシアは張り詰めた空気に振動を与える。


「ではこの件はレイナルド様のご判断にお任せいたします。次に、ルナリア様の殺害の件で進展がありましたので、ご報告します」


 シウリスの顔が今以上にきつくなり、空気は凍りつき始める。

 ルーシエに視線を送ると、彼は意を汲んで扉を開けた。ジャンとフラッシュが縄で腕を拘束した男二人を連れて入ってくる。


「なんだ、こいつらは」


 アリシアはジャンとフラッシュに視線を流すと、彼らは力強く首肯してくれた。どうやら実行犯で間違いないようだ。


「この二人と、牢獄で自殺したザーラが、ルナリア様殺害の実行犯です」


 そう告げた瞬間。

 シウリスの殺気が室内中に渦巻き、そこにいた全員が息を呑んでいた。

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あなたを忘れる方法を、私は知らない

サビーナ

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