29.さて……正念場よ
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シウリスという名の冬の嵐が去った後、アリシアはみんなに振り返った。
「さて……正念場よ」
先ほどまでの絶望は消え、全員が凛々しく首肯してくれている。この直属の部下たちは、本当に心強い。
「聞いての通り、黒幕はヒルデ様よ……わかっているわね」
実際にそうであってほしいという願いを込めて言った。
でなければ、罪をでっち上げなければいけないのだ。つまりは冤罪である。
本来ならヒルデではないことを願うところなのだが、この時ばかりは黒幕が王妃であることを祈ってしまった。
皆は理解してくれているだろうが、結局シウリスの言う〝力〟に屈服してしまっている己が悔しく、顔を歪ませる。
「アリシア様、英断だったと思っております。私どもにお気は遣われませんよう」
「ええ……ありがとう、ルーシエ」
部下の気遣いに、アリシアはスパンと心を切り替えた。
これは王族からの命令であり、部下たちを守る最善の策なのだと。
そう思わなければ、やっていけない。
「みんな、状況はどこまでわかっているの?」
「俺がバルコスに聞いた話を共有して、対策を話し合っていたところです」
「そう。ルーシエ、まとめて」
状況はマックスに聞いて全員が理解できているようだ。
ルーシエに総括をお願いすると、彼はいつものようにすらすらと答えてくれる。
「ルナリア様の遺体の状況を聞く限り、毒殺で間違いないようです。バルコス氏によると交代の警備騎士は一人だったということですが、おそらくは二人……もしくはそれ以上の犯行と思われます」
「そうね、二人に騒がれる前に毒殺するには、一人じゃ足りないわ」
「そして恐らく、経口ではなく注射での毒殺でしょう。口を塞いでおかないと騒がれますから。二人に注射針の跡があるかどうかを後でゾルダン医師に確認いたします」
「毒薬に注射、となれば、扱える人物は絞られるわね。軍内では医療班か、高位医療班しか許されていないもの」
「ええ、まずはその線から調べていきましょう」
ルーシエの言葉に合意すると、今度はジャンが口を開いた。
「俺は、警備騎士のフリをして交代を促したって男を探してみるよ」
「情報が少な過ぎるわね……わかるかしら」
「ニコラに近い容姿だったっていうし、そういうのあぶり出すのは得意だから」
「そう。じゃあ任せるわ、ジャン」
アリシアがそう伝えると、ジャンは真剣な面持ちで頷いている。
「それでは」と、ルーシエがいつもの柔和な顔を硬く変えて皆を見据えた。
「最終的に黒幕が王妃様でなかったら、どう証拠を捏造するか、ですが……」
その言葉には誰も反応できず、静まってしまう。
しかし、考えておかなければいけないことだ。これに対処できなければ、あの王子に首を跳ね飛ばされてしまうのだから。たとえ自分の立場が危うくなっても、あのシウリスならやるに違いない。そんな底無しの恐ろしさが、彼にはあった。
アリシアにはそれに対して、一つのアイデアが浮かぶ。出し惜しみをするわけではないのだが、それでも言葉にするには少々勇気を要した。
「これは、最終手段ではあるんだけれど……」
皆がアリシアに注目したのを確認してから、意を決して言葉を放つ。
「ヒルデ様がトラヴァスと不貞していることを、シウリス様に報告しようと思うの」
「アリシア筆頭?」
他言無用にと伝えていたジャンに不可解な顔を向けられたが、アリシアは頷いた。
「不貞……ま、マジっすかー!?」
「フラッシュ、声がでかい!」
フラッシュは純粋に目を丸めて驚いている。それをいなすマックスの平静さを見るに、彼は調査した時から見当をつけていたのだろう。
ジャンは納得のいかない様子で声を上げた。
「あれだけトラヴァスのことを考えて内密にって言ってたのに、いきなりどうしたの筆頭」
「考えてみて。今のシウリス様は、復讐心に駆られているだけ……ラファエラ様の時もルナリア様の時も黒幕がラウ派であってほしいと願っているだけでしょう? ヒルデ様を処刑するためだけに」
それだけ伝えると、ジャンはハッと気付いたようだ。
「そうか……たとえ今回の黒幕が王妃様でなくたって、処刑できる材料さえあれば、シウリス様に納得してもらえるかもしれない」
ジャンの読みにアリシアは頷く。本当に、最終手段ではあるのだが。
「けど筆頭、それじゃあ王妃様は処刑対象にならなくないっすか? 投獄されるには違いないだろうけど、それでシウリス様は納得すんのかなぁ〜」
「納得しないでしょうね。でもトラヴァスが初めてではなく、ヒルデ様は他にも最低二人と不貞していたとなればどうかしら?」
「うげー、マジっすか……」
フラッシュはヒルデの浮気相手が三人もいたと知らされてうんざりしている。話しているアリシアも正直うんざりだが、話さないわけにはいかない。
いざとなったときのために、皆に知っておいてもらわなければ。
「三人もの男と不貞していた王妃は、過去に一人もいないわ。前例のないことだからどうなるかわからないけど、前例がないからこそ、シウリス様がどうとでもするでしょう」
恐らくは父親のレイナルドを説き伏せてでも処刑という流れに持っていくに違いない。冤罪で処刑するよりも、まだマシな方法だと思えた。
しかし不安顔のマックスが遠慮がちに口を開く。
「けど、それだとトラヴァスや……他の男の証言が必要になりますよね? 絶対言わないと思うんですが……王妃と契った男は斬首ですし」
「ええ。だから、王族の特権を行使してもらうつもりよ」
「王族の特権?」
「不貞した三人を罰さないように、シウリス様にお願いするの」
その提案をしても、マックスの顔は明るくならなかった。
「聞いてくれるでしょうか……王妃様と通じ合っていた者なんて、憎いんじゃ……」
「そうね、でも聞いてもらうわ。なんでも望みをひとつ叶えてやるって言ってくれてたじゃない。その願いを、トラヴァスたちの命だと言えば済むわ」
「筆頭、それ、ひとつじゃなくてみっつになってる気がするんですが……」
「あら本当ね! 実際にそうなったときには、ちゃんとシウリス様に交渉するわよ。大丈夫、なんとかなるわ!」
最後の最後でいつものポジティブさが出てきて、アリシアはようやく微笑んだ。
すると部下たちもほっとしたように息を吐き出している。アリシアが『なんとかなる』と言ってどうにもならなかったことなどない。少しは安心感を与えられたようだ。
「じゃあ、ルーシエは医療班のゾルダン先生と協力して、犯人探しを。ジャンは交代の騎士に扮した者のあぶり出しを。フラッシュは部下たちを使って、不審なこと、物、人がなかったかどうか、徹底的に聞き込みを行いなさい。なにかあれば、すぐにみんなに報告して」
「うっす、了解っす!」
アリシアの指示を、三人は理解してくれてニッと笑う。
その端に、一人だけ不安そうな男がいた。
「筆頭、俺は……」
「マックスは、ヒルデ様と密通していた過去の男たちにコンタクトをとってちょうだい。そして証言してくれるように頼んでくるのよ。お金はどれだけ使っても構わないわ。脅しも必要ならいくらでもなさい」
「その役……俺よりも、絶対ルーシエ向きだと思うんですが……」
「ダメよ、ルーシエには一番手がかりのありそうな面で絞り込みをしてもらわなきゃいけないもの。大丈夫、マックスにだってできるわ」
「うう……」
「私たちの役は、保険みたいなものよ。気負わないでいきましょう」
「ってことは、筆頭は……」
「ええ、トラヴァスに交渉してみるわ。交渉になるのかどうかもわからないけどね、あの冷徹無表情男じゃ」
上手くいくかどうかはわからない。できればこんなことはしたくなかったが、手段を選んではいられない。
「それが終わったら、マックスはいつものように人手の必要ところにサポートに回って」
そう言うとマックスは、「最初からサポートがよかった……」と呟いている。自称雑用係が安心できるポジションはやはりそこなのだろう。
「やったじゃねーか、マックス! 責任重大!」
「ちょ、おま、プレッシャーかけるのやめろよ、フラッシュ!」
フラッシュがわはははと笑いながらマックスの背中を叩いている。
それを見て、アリシアもあははと声を上げて笑った後、気を引き締めて皆を見た。
「犯人と黒幕、見つけ出すわよ!」
「はい!」
「うん」
「うっす!」
「っは!」
部下たちはいい返事を聞かせてくれた後、それぞれの役割を果たしに執務室を出ていった。




