表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたを忘れるべきかしら?  作者: 長岡更紗
第二章 アリシア編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/88

22.膝枕でもしてあげましょうか

ブックマーク20件、ありがとうございます!

総ポイント数も100を超えました。

評価してくださった方々も、ありがとうございます!

 吹き荒れていた風が止み、アリシアはそっと目を開けた。場所の確認をする前に、まずは繋いだ手の先を見る。へたんと座り込んでいるアリシアの目の前で、ジャンが顔を歪めて倒れていた。


「……う」

「ジャン! 大丈夫!?」

「ああ、ここは……」


 そう言ってジャンは上体を起こして辺りを見回した。ジャンの無事を確認したアリシアも、同じく景色を見る。周りは暗く、足元は土と草だ。少し離れたところに、繋がれた二頭の馬が見えた。あれは、アリシアとジャンの馬だ。


「遺跡の外だな……出てこられたのか」

「よかった……」

「剣を魔法陣の上に置いてワープできるなんて、よく知ってたね」

「なんとなく、繋がってるものは大丈夫なんじゃないかと思っただけよ。私も初めて知ったわ。というか、魔法陣に乗ったのだって初めてよ」

「まったく、あなたって人は……」


 そう言ってジャンはこの青年らしく微笑んだ。妖しくも優しい瞳で。


「とにかく無事でよかったわ。コムリコッツの遺跡で誰にも知られずに死ぬなんて、まっぴらごめんだもの」

「同感だな。脱出方法を書いてくれてたロクロウに感謝だ」

「本当ね! ロクロウは、一人で走り回ってあのスイッチを押して脱出したのよね。さすがだわ!」

「もはや神の領域だな……」

「ああ……メモリークリスタルを持ってくればよかったわね……そしたら、毎日ロクロウの顔を見られたのに」

「あれは動かせないようになってるから無理。もう一度見たいからって、また行かないでよ」

「やぁね、もう行かないわよ」

「ふぅ……なんかどっと疲れたな」


 ジャンはその場にゴロリと転がる。真冬の土の上は、凍てつくほどに冷たい。


「こんなところで寝るの?」

「あの部屋に戻る気?」

「ここで寝るよりマシだわ」

「神経図太過ぎるよ、筆頭……五分でいいから、ここで眠らせて」


 全身の力が抜けきっているジャンを見て、アリシアは眉を下げる。もしかしたら彼は、帰れないことを覚悟していたのかもしれない。


(私だけでも助け出せればいいと、そう思っていたのかしら……)


 そんな風に考えていそうなジャンの髪に、アリシアはそっと触れた。


「……膝枕でもしてあげましょうか、ジャン」


 その言葉に、ジャンは硬く閉じていた目を薄く開けた。しかしすぐにその目は瞑られる。


「いい……他の男のことを考えて目がハートになってる筆頭に膝枕されても、虚しいだけだから……」


 そう言われて、ジャンの髪に触れていた手を、自身の膝の上に戻した。ジャンは向きを変え、アリシアに背を向けるように転がり、そしてこう呟いている。


「また負け戦だ……途中まではいけそうだったのに……くそ……」


 盛大についた彼の溜め息を、アリシアが指摘することはなかった。

 本当に久々に見た雷神の顔、声。雷神はなぜか非道の男として自身を蔑み嘲笑っていたが、ここでは彼の温かさが感じられた。アリシアに対するものだけではない。見も知らぬ者に宛てた、脱出方法を書いた紙。

 きっと本人に直接「優しいわね」なんて伝えようものなら、雷神は否定するに違いない。「神聖な場所で死なれたくないだけだ」とかなんとか言い訳をして。


(ありがとう、ロクロウ……あなたは自分で気付いていないだけで、本当はすごく優しいんだから。お陰でジャンも私も、助かったわ……)


 アリシアは空を仰ぎ見た。時刻はもう朝の四時を回っていたが、空はまだまだ暗い。キラリと瞬いた星のひとつに雷神を見た気がして、アリシアはそっと微笑んでいた。


「ふぅ……ちょっと、休めたかな」

「もう大丈夫なの?」

「うん、短時間で休むのは慣れてるから」


 そう言ってジャンは上体を起こす。そしてゆっくりと立ち上がった。


「さて、どうする筆頭。コムリコッツのベッドルームで寝てく?」

「いえ、もう帰りましょう。今から三時間、馬に揺られる元気がジャンにあるならだけど」

「帰るよ。コムリコッツのベッドルームより、硬くて狭くて冷たい宿舎のベッドの方がマシだ」


 ジャンの言葉にアリシアは苦笑いした。トラウマになってそうな彼に比べ、もう一度あのスベスベしたベッドに寝てみたいと思っている自分がいて。

 しかし、ここはジャンの気持ちが優先である。アリシアも立ち上がって、二人は馬に跨り王都に戻った。


 王都ラルシアルに着いた時、さすがのアリシアもくたくたに疲れていて、馬を厩舎に戻すとペタンと座り込む。


「大丈夫、筆頭」

「今日は一日中寝てたいわ。戻りましょう」

「それがいいね。明日から仕事だし」

「あと一日休みがあれば……もう一度遺跡に行けたのに」

「ほんっと懲りないな、筆頭は……」


 かなり危ないところではあったが、結局は助かったのだ。雷神の軌跡も発見したし、アリシアの頭の中ではすでにいい思い出として変換されている。


「ほら、立てないなら手を貸す」

「あら、ありがとう」


 アリシアはジャンの手を取り、立ち上がった。そしてそのまま歩き始めた二人だったが、町中に来たところで、スッとジャンに手を離される。どうしたのだろうとふと前を見ると、一人の青年がこちらに気付き、気さくに手を上げていた。アリシアはそれが誰だかわからず、首を捻らせる。


「誰? ジャンの知り合い?」


 その言葉にジャンからの応答はなかった。ただいつも通りの気だるそうなジャンが、そこにはいた。


「やあ、久しぶり」

「ああ……」


 青年は親しげに近づいてきて、ジャンは幾分面倒そうにそれに答えている。アリシアはその青年の顔を見て驚いた。ジャンにそっくりだったのだ。ただし雰囲気は全然違うので、間違えることはない。ジャンを夜の闇と表現するなら、その青年は雲ひとつない青空だ。


「あなたが筆頭大将であるアリシア様ですね。初めまして、ジョルジュと言います。兄がいつもお世話になっています」


 ジョルジュという青年は手を差し出し、求められるままアリシアは彼と握手を交わす。


「……兄?」


 不可解な単語を聞き、アリシアは言葉を詰まらせた。ジャンからはこれまで、一度として弟という存在を仄めかしたことはない。アリシアは当時孤児院に足繁く通っていたが、ジョルジュという少年がいた覚えはなかった。しかし顔を見る限り、彼はジャンと血の繋がりのある兄弟であることがわかる。


「兄貴、手紙は読んでくれたかな」

「ああ、結婚だろ。よかったな」

「よかったなじゃなくて、出席してくれないの?」

「……」


 ジョルジュの問いに、ジャンは答えなかった。そんなジャンに、ジョルジュは憐憫の目を向けている。


「父さんも母さんも、ずっと悔いてるんだ。こんな時くらい、顔を見せてあげたら……」

「悪いけど、仕事だから多分行けない」

「……そっか」


 ジョルジュは寂しげに笑って、アリシアに頭を下げる。


「それでは僕は仕事の時間なので失礼します」


 愛想よくそう言われると、顔がジャンと同じだけに違和感だ。今までアリシアは、愛想のいいジャンというものを想像できなかったが、こうして見ると中々好青年でいい。

 ジョルジュが去っていくと、ジャンは再び王宮に向かって歩き始めた。アリシアもそれに続き、斜め後ろから彼の表情を伺う。


「弟が、いたのね」

「……ああ」

「なんの仕事をしている人なの?」

「ジョルジーニョっていうブランド知ってるだろ。アンナも着てたからな」

「ええ、子ども向けのブランドよね。デザインもいいし、縫製が丁寧で好きなのよね」

「そのブランドを作ったのが、ジョルジュだよ」

「まぁ、そうなのね! すごいじゃない!」

「そう、だな」


 そういうジャンの表情は見えなかった。アリシアは聞いていいものかどうか迷ったが、疑問に思ったことは口に出さずにはいられない人間である。


「ジャンのご両親は、なにをしている人なの?」


 しかしその問いに関するジャンの答えは、素っ気ないものだった。


「知らない。興味ない」


 それはむしろ、いつものジャンの答えである。しかし弟のことはわかっていながら、両親の職業を知らないというのはおかしな話だ。


「ジャン、どうしてご両親が健在であることを黙ってたの?」

「別に……聞かれなかったし」

「じゃあ教えてちょうだい。どうしてあなたには家族がいながら、孤児院で育つことになったのか」

「……筆頭には言いたくない」


 一瞬首だけで振り返ったその顔は、苦痛で歪んでいた。しかしジャンはすぐに顔を前に戻し、何事もなかったかのようにスタスタと歩いていく。


「……ごめんなさい、でも一つだけ。ジャンはロクロウにはそのことを話した?」

「ロクロウは、人の過去を探るような真似はしないよ」


 ジャンが過去を話せるなら、その相手は雷神しかいないと思っていたが、違ったようだ。ならばジャンは、誰にもその過去を語ったことがないのだろうか。

 雷神も、過去に何事かを背負った男だった。アリシアはそれを聞き出すことはせずに彼を癒したわけだが、もしも聞き出せていたならば。悲しみを共有することでアリシアが両親の死から立ち直れたように、雷神もまた、過去を気にして自分を卑下しなったかもしれないと思う。

 ジャンの過去を知りたい、という思いは、ただの好奇心ではなかった。しかし、無理やり聞くのはやはり傷を深めてしまいそうな気がして、なにも言えずにアリシアは王宮に向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたを忘れる方法を、私は知らない

サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


若破棄
イラスト/志茂塚 ゆりさん

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
この国の王が結婚した、その時には……
侯爵令嬢のユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
政略ではあったが、二人はお互いを愛しみあって成長する。
しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
王族に犯罪者の身内を迎え入れるわけにはいかず、ディートフリートは婚約破棄せねばならなくなったのだった。

王都を追放されたユリアーナは、『待っていてほしい』というディートフリートの言葉を胸に、国境沿いで働き続けるのだった。

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

ポンコツ王子
イラスト/遥彼方さん
ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
真実の愛だなんて、よく軽々しく言えたもんだ
エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
戦場で元婚約者のエレシアに似た女性と知り合い、今までの自分の行いを後悔していくクラッティだが……
果たして彼は、本当の真実の愛を見つけることができるのか。
キーワード: R15 王子 聖女 騎士 ざまぁ/ざまあ 愛/友情/成長 婚約破棄 男主人公 真実の愛 ざまぁされた側 シリアス/反省 笑いあり涙あり ポンコツ王子 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼運命に抗え!▼

巻き戻り聖女
イラスト/堺むてっぽうさん
ロゴ/貴様 二太郎さん
巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜
私だけ生き残っても、あなたたちがいないのならば……!
聖女ルナリーが結界を張る旅から戻ると、王都は魔女の瘴気が蔓延していた。

国を魔女から取り戻そうと奮闘するも、その途中で護衛騎士の二人が死んでしまう。
ルナリーは聖女の力を使って命を削り、時間を巻き戻すのだ。
二人の護衛騎士の命を助けるために、何度も、何度も。

「もう、時間を巻き戻さないでください」
「俺たちが死ぬたび、ルナリーの寿命が減っちまう……!」

気持ちを言葉をありがたく思いつつも、ルナリーは大切な二人のために時間を巻き戻し続け、どんどん命は削られていく。
その中でルナリーは、一人の騎士への恋心に気がついて──

最後に訪れるのは最高の幸せか、それとも……?!
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼行方知れずになりたい王子との、イチャラブ物語!▼

行方知れず王子
イラスト/雨音AKIRAさん
行方知れずを望んだ王子とその結末
なぜキスをするのですか!
双子が不吉だと言われる国で、王家に双子が生まれた。 兄であるイライジャは〝光の子〟として不自由なく暮らし、弟であるジョージは〝闇の子〟として荒地で暮らしていた。
弟をどうにか助けたいと思ったイライジャ。

「俺は行方不明になろうと思う!」
「イライジャ様ッ?!!」

側仕えのクラリスを巻き込んで、王都から姿を消してしまったのだった!
キーワード: R15 身分差 双子 吉凶 因習 王子 駆け落ち(偽装) ハッピーエンド 両片思い じれじれ いちゃいちゃ ラブラブ いちゃらぶ
この作品を読む


異世界恋愛 日間4位作品
▼頑張る人にはご褒美があるものです▼

第五王子
イラスト/こたかんさん
婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。
うちは貧乏領地ですが、本気ですか?
私の婚約者で第五王子のブライアン様が、別の女と子どもをなしていたですって?
そんな方はこちらから願い下げです!
でも、やっぱり幼い頃からずっと結婚すると思っていた人に裏切られたのは、ショックだわ……。
急いで帰ろうとしていたら、馬車が壊れて踏んだり蹴ったり。
そんなとき、通りがかった騎士様が優しく助けてくださったの。なのに私ったらろくにお礼も言えず、お名前も聞けなかった。いつかお会いできればいいのだけれど。

婚約を破棄した私には、誰からも縁談が来なくなってしまったけれど、それも仕方ないわね。
それなのに、副騎士団長であるベネディクトさんからの縁談が舞い込んできたの。
王命でいやいやお見合いされているのかと思っていたら、ベネディクトさんたっての願いだったって、それ本当ですか?
どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

これは、そんな私がベネディクトさんに溺愛されて、幸せになるまでのお話。
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼決して貴方を見捨てない!! ▼

たとえ
イラスト/遥彼方さん
たとえ貴方が地に落ちようと
大事な人との、約束だから……!
貴族の屋敷で働くサビーナは、兄の無茶振りによって人生が変わっていく。
当主の息子セヴェリは、誰にでも分け隔てなく優しいサビーナの主人であると同時に、どこか屈折した闇を抱えている男だった。
そんなセヴェリを放っておけないサビーナは、誠心誠意、彼に尽くす事を誓う。

志を同じくする者との、甘く切ない恋心を抱えて。

そしてサビーナは、全てを切り捨ててセヴェリを救うのだ。
己の使命のために。
あの人との約束を違えぬために。

「たとえ貴方が地に落ちようと、私は決して貴方を見捨てたりはいたしません!!」

誰より孤独で悲しい男を。
誰より自由で、幸せにするために。

サビーナは、自己犠牲愛を……彼に捧げる。
キーワード: R15 身分差 NTR要素あり 微エロ表現あり 貴族 騎士 切ない 甘酸っぱい 逃避行 すれ違い 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼恋する気持ちは、戦時中であろうとも▼

失い嫌われ
バナー/秋の桜子さん




新着順 人気小説

おすすめ お気に入り 



また来てね
サビーナセヴェリ
↑二人をタッチすると?!↑
― 新着の感想 ―
[良い点] 一難去ってまた一難! ジャン、がんばったのに報われないしなにやら不穏な雰囲気で。 せっかく筆頭とふたりきりで過ごした休日なのに、いろいろと残念です。 先日、活動報告で公開されていたイラ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ