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あなたを忘れるべきかしら?  作者: 長岡更紗
第一章 雷神編

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10.復帰できないか?

 アリシアとの関係が深まって数ヶ月。雷神は遺跡に行くことが少なくなった。近辺の遺跡は調べ尽くしてしまったのだ。なので近頃は孤児院に顔を出して、ジャンを相手に遊んでいる。

 ジャンの短剣の腕前はめきめきと上がっていて、雷神を相手に稽古している間は生き生きとしていた。稽古が終わった途端にそっけなくなるのだが。


「はぁ、はぁ……」

「よし、今日はここまでだ。また明日だな」

「明日も来るんだ……」

「嬉しいんだろう」

「別に。ロクロウって暇人だな」


 ジャンは口が悪いというかなんというか、的を射ているだけに反論できない。まだ九歳の少年に口で負かされ、雷神は苦笑いした。


「遺跡には行かないの」

「ああ、近くの遺跡は調べ尽くしたからな」

「遠出すればいいんじゃない」


 またも正論を言われ、雷神は押し黙る。しかし遠出をすれば、アリシアが帰ってくる時間には間に合わないだろう。懊悩する雷神を見て、ジャンはどこか冷めた目で言う。


「昨日、アリシアさん来てた」

「そうか、入れ違いに来たんだな」

「あんまり心配かけない方がいいんじゃないの」


 ジャンの言葉に雷神は目を広げる。そしてどういう意味かわからずに尋ねた。


「アリシアは、なんて言ってたんだ?」

「別に」

「別にじゃわからんだろう。ちゃんと言え」


 ギロリと凄んでやると、面倒そうに見上げられる。


「最近、ロクロウが元気ないって。理由を知らないかって聞かれた」


 ジャンの言葉に、雷神は首を傾げる。元気がないつもりは、まったくない。アリシアのようなテンションを保てと言われれば、絶対に無理だが。それでも自分なりに元気でいるつもりだ。


「で、お前はなんて答えたんだ、ジャン」

「暇だからじゃないって言っといた」

「お前から見て俺は、元気がないように見えるか?」

「別に……興味ない」

「あ、そ……」


 ジャンは本当に興味なさそうに院に戻っていき、雷神は夕食の買い物をするために市場に向かった。

 今日はなにを作ろうかと、雷神は頭を悩ませる。毎日毎日毎日毎日、料理を作らなければならないというのは結構大変だ。


(世の中の主婦を尊敬するな……)


 雷神はターシャの姿を思い出す。彼女はいつも楽しそうに料理を作っていた。そんなターシャを心から尊敬する。

 アリシアが喜んでくれるので作りがいはあるのだが、やはりどうしても面倒臭さが先立つ。主夫という職業が、雷神には向いていないのだろう。炊事掃除洗濯で金が湧いてくるわけでも、知識が増えるわけでも、謎が解けるわけでもない。

 毎日同じ事の繰り返し。報酬がアリシアの笑顔、というのは悪くない。けど、それだけではなにか満たされない。

 雷神は溜め息を吐きそうになり、慌てて顔を繕う。そして新鮮な卵と鶏肉を手に入れ、家に帰った。


 その日の夜、雷神の作ったオムライスをアリシアは大きな口で頬張った。そして相変わらず幸せそうな顔で口を動かしている。


「あー美味しい!! 卵がふわっふわのとろっとろね! ロクロウの料理は最高よっ」

「大袈裟だな。まぁ褒められて悪い気はしないが」

「あら、ロクロウも随分と素直になったわね! この際だから、言っちゃいなさいな!」

「…………なにをだ?」


 アリシアが言わそうとしていることの見当がまったくつかず、雷神は首を捻らせる。そんな雷神の姿を見て、アリシアは勝ち誇ったように言った。


「遺跡に行きたいんでしょう? 毎日ご飯を作ってくれなくったって、大丈夫なのよ?」


 アリシアの言葉に、雷神は押し黙った。遺跡、という言葉を出されるとウズウズする。まだ見ぬ遺跡に行きたい。コムリコッツ文字を解読したい。秘術を知りたい。

 雷神の心の中の欲求が、アリシアの一言で渦巻き始めた。


「いや……だが……」

「別にしばらく留守にしたって、平気よ? 来週からは私も遠征が入って帰って来られないし、行ってくればいいわ!」

「…………いいのか?」

「もちろんよ!」


 遺跡に行ける。新しい遺跡に。

 そう思うだけで、雷神は己の瞳がギラリと輝くのを感じた。雷神の顔を見ていたアリシアは、嬉しそうに頷いている。


「お土産話、たくさん聞かせてね!」

「ああ、わかった!」


 雷神は己の作ったオムライスをすべて平らげ、ニコリと笑った。



 そんな提案をもらった後、雷神は拠点を移すことに決めた。

 故郷からノートをすべて送ってもらい、自分の部屋に置くことにしたのだ。しかし量が多くて入りきらず、アリシアに相談してフェルナンドとターシャの部屋に置かせてもらった。

 膨大な資料を読み返したいと思っていたところだったし、まだしばらくはアリシアのそばにいてやらなければという思いがあったからだ。


 雷神はその日から、遺跡探査の範囲を広げることとなる。家に一週間帰らない時もあれば、三ヶ月も留守にすることもあった。しかし帰れば当然のようにアリシアがいて、二人で食事をとる。

 いつの間にか将に昇進していたアリシアは、王宮に一室が与えられる予定だったらしい。しかしそれを蹴って、毎日家に帰ってきているようだった。


 アリシアとのそんな生活が続いて二年と少し。

 雷神にひとつの思いが過る。


(このまま、アリシアと結婚してもいいな……)


 ここに来た当初は、考えもしていなかったことだ。けど、今は。

 この家の居心地がよすぎて、アリシアと共に暮らせるのが嬉しくて、雷神の頭に結婚の二文字が浮かぶ。


 その夜、アリシアとベッドの上で戯れた後、彼女は少し眉を寄せていた。


「ロクロウ……今日は私、危険日だったのよ?」

「そう言ってたな。覚えてる」

「だったら、どうして……」

「もう将という地位は確立したんだ。子どもを産んだ後でも復帰できるだろう」


 雷神がそう言うと、アリシアは大きな目をさらに大きくさせた。そしてガバッと起き上がったかと思うと、寝転がっている雷神の肩はがっしりと彼女の両手でロックされる。雷神の目の前で、アリシアの胸が揺れた。


「どういうこと!?」

「復帰できないか?」

「できるわ!!」

「子どもはいらないか?」

「いるわ!!」

「じゃ、そういうことだ」


 アリシアの口がニマ~~ッと裂けたかと思うと、今度はプシュ~~~~ッと蒸気して、そのまま雷神の胸へと倒れ込んだ。


「おい……おい、アリシア!? 大丈夫か!?」

「はぁ……も、だめ……」

「アリシア、しっかりしろ!!」

「顔が、ニヤけちゃって……」


 そう言ってアリシアは顔を上げる。笑顔なんて生やさしい言葉じゃ表現できないほど、その顔は崩れていた。


「もっと普通の顔はできんのか」

「あー、嬉しくて死にそうだわ!! この子の名前はなんにしようかしら!?」


 妊娠したと決まったわけでもないのに、アリシアはそんなことを言い出した。しかし雷神も付き合って、その名前を考えてやる。


「そう……だな。アンナ、なんてどうだ?」

「アンナね! ステキ!! 立派な男の子になりそうだわ!!」

「いや、今のはどう聞いても女の名前だと思うんだが……」


 キャッキャと子どものようにはしゃぐアリシアを見て、雷神もまた微笑む。

 幸せだった。こうして家族を持てることになるのだと思うと。

 アリシアも、いつか生まれるであろう子どもも。

 自分が幸せにしてあげよう──そう、思っていた。

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