勉強会
俺の日常は、ほぼ人と関わらないから最適化されている。やるべきことに時間を費やしてもなお、あまりあるほどに時間を節約してしまっている。だから、その間で俺は勉強をしていた。いわば、勉強の為に時間を裂くのではなく、既にある日常内で勉強時間を見つける……つまり、隙間時間勉強法である。なんか、隙間時間勉強法ってめっちゃ頭良い人の勉強方法みたいでカッコいい。ただ、少し違うのは、俺の隙間時間が隙間と呼べないほどに空いているということだけだ。金曜日と月曜日の間とか、ほぼ確定で隙間。「土曜、日曜、暇」ではない。だってその言い方しちゃうと隙間時間勉強法じゃなくなるからね! もはや隙間時間勉強法と言いたいだけ感すらある。響きがカッコいいのだ。なんかカードゲームで罠カードとかにありそう。
ちなみに、同系統の罠カードに墾田永年私財法というものがある。おそらく歴史上の偉人たちも、よりカッコいい名前を求め頭を悩ませたに違いない。その感性は今もなお、こうして変わることなく受け継がれている。
そんな隙間時間に、珍しく予定が立ってしまった。
金剛さんの勉強に付き合うことになってしまったのだ。
誘われた時「土曜日空いている?」と問われ、完全に隙間だったが「あぁ、まぁ土曜日なら時間つくれるかも」と返答しておいた。こう答えることにより、次回誘われても「今度はダメだった」なんて言い訳できるから超便利。ボッチは常に先を見据えている。故に、いつでも危機回避出来るように普段から警戒を怠らないのである。
その、いわゆる勉強会なるもの。もちろんメンバーは俺と金剛さんだけ。もちろんその辺は既にリサーチ済み。もし他のメンバーがいるなら「やっぱダメだった」と断っている。こういった急な切り返しにも使えるから、曖昧な返答って超便利。
金剛さんが指定したのは、とある喫茶店だった。どうやらそこは、金剛さんの家の近くらしい。たぶん、二人きりで会ってるのを見られるのはマズイから、という理由なのだろう。それは俺にも言えたことであるために承諾した。一瞬、「あれ? それなら金剛さんの家の近くじゃなくて、俺の家の近くでも良かったのでは?」なんて疑問が浮かんだが、それは聞かずにおいた。だって、もし「遠出するのが面倒臭い」なんて返しが来たら、勉強を教えてやる側の俺のことを全く考慮してないってことになるもの。……そんなことないよね? 金剛さん? まぁ、提案をしてきたのも場所を指定してくれたのも彼女であるし、そもそも勉強を教えると言ったのは俺だ。文句は言えまい。
そして迎えた勉強会だったのだが……。
「――なんでこの解き方になるの? 説明して」
「えぇぇぇ……」
俺は頭を悩ませていた。
「いや、問題見りゃ分かるだろ。このパターンはこの公式しか使わないって」
「この公式はなんでこうなってるの? 意味が分からないんだけど」
「そんなこと聞かれてもな……俺、数学の学者じゃないし知らないよ」
「知らないのに解けるの? なんで?」
「いや、だから問題のパターン的に、この公式しか使わないんだって」
「別のパターンがきたらそれ解けなくない?」
「いや、別のパターンにはそれにあった公式パターンあるだろ。解けなくない解けなくない」
「……?」
小首を傾げる金剛さん。その仕草は可愛いのだが、それで問題が解けるかと言われればNO。溶けそうなのは俺の頭くらいだ。
どうやら、金剛麻里香は、全てを理解しなければ気がすまない人間らしい。現在やっている数学の勉強だが、俺は彼女にテスト範囲になるであろうと予想できる問題をいくつも解かせてみた。そこで間違いがあったなら、解き方を教えて再び問題をやらせる……という黄金パターンを考えていたのだが……。
金剛麻里香は、その解き方について矢継ぎ早に質問をしてきたのである。ひどいのは「この公式って、なんでこうなってるの?」という質問。知らねぇぇよ! 作った奴に聞けよぉぉ!
「解き方の意味なんて知らなくても点数取れるんだから、おとなしく解き方だけ覚えてればいいんだよ。あとはそれを繰り返すだけで、なんとなく理解できてくるから」
「それで点数取ったって、理解してないなら数学勉強してる意味なくない?」
「いや、そんなことに時間取って点数とれない方が意味ないだろ……」
何言ってるのこの子。将来数学の研究でもするつもりなの?
「確かに……待って! ググってみるから!」
そしてスマホをいじり出す金剛さん。まじかよ……いや、それで解けるようになるなら良いけどさ……この時間で問題を一つでも解いた方が良いと思うんだが……。
彼女がスマホで調べているのを待つ。卓に置かれている数学の教科書は寂しそうだった。
そして。
「……よくわかんない」
彼女は見放した教科書の上に、スマホすらもポイと置いてしまったのである。
これはダメだ……。
「そもそも、授業でも公式についての詳細な説明なんてなかっただろ。だから、公式覚えて問題解けばそれでいいんだよ」
「なんで? それっておかしくない?」
「おかしくない。そんなことをいちいちやってたら、授業なんて全然進まないぞ。一つの公式が完成されるのに人間がどれだけ月日を費やしたと思ってるんだ。既に完成されてるんだから、俺たちはそのことに感謝して覚えるだけでいいんだよ」
「そう……なのかな?」
不満げな金剛さん。今までも彼女はこうしてきたのだろうか。それだといくら勉強時間をつくっても絶対に足りない気がする。
彼女が点数を取れないのは、ここに原因があるような気がした。
英語に関してもそうである。一つの文法に深く深く理解を求めようとするため、いちいち止まってしまう。もはやその姿勢には、絶対理解しなければなるまいという使命感すら感じる。そんな使命感を、絶対覚えなければなるまいという使命感にすり替えたい。英語をつくったのは俺ではないから、彼女の質問になど答えられるはずもない。
黙々と覚えて、何度もやり込むのが一番良いのだ。そうすれば、理解なんてしなくても出来るようになるのだから。彼女はあれだろうか……今いじってるスマホですら、その仕組みや使い方、機能などの全てを理解して使ってるのだろうか? そんなことはあり得ない。もしそうなら、スマホなんて一生使えない。
所詮、勉強とてゲームと一緒なのだ。説明書なんて読まなくても、全てを理解しなくても、何度もやり込めば出来るようになる。勝手に頭が進め方を最適化してしまうからだ。だから、やり込むことこそ勉強に例えられる。しかも、勉強に関しては問題が分からなくたって、答えが載ってる教科書があるのだ。この教科書とはゲームでいう攻略本。最初から攻略本を持っているにも関わらず、点数が取れないことの方がおかしい。
今の金剛さんは、その攻略本ばかりを読み込んで、ゲームを全くやらない者に見えた。
もはや俺の事など無視して、見放したスマホをもう一度拾っては、一つ一つの事を調べていく金剛さん。俺の存在価値がだんだん下がっていくのが分かる。だから、俺もおとなしく勉強することにした。
「……なんで教えてくれないの?」
そんな俺の様子を見た金剛さんが一言。えぇぇぇぇ……理不尽過ぎるだろ。
「……こんなに悩んでるのに」
悩みどころが俺と違うのだから、その悩みを解決してあげられるはずかない。というか、金剛さんの悩みは他の奴でも解決難しいと思う。
だが、勉強を教えると言ったのは俺だし、その利を示したのも俺だ。彼女がそんなやり方しか出来ないのなら、それに沿った教え方をしてやるのも俺の役目だ。それでも、俺には少し荷が重かった。
人は簡単にやり方を変えられない。大きな失敗でもしない限り、そのやり方が間違っているとは自覚できないからだ。
なら、問題は金剛さんにではなく、教えてる側の俺にもあるのかもしれない。もう一度立ち返って、どうすれば金剛さんの成績が上がるのかのみを単純に考えてみる。
俺に問題があるとするなら……。
「……俺以外に勉強教えてくれそうな奴いないの?」
そんな問いかけに、金剛さんは少しムッとする。
「いない。……というか、いなくなった」
「あぁ……」
この質問は意地悪でしたね。なんかすいません。
俺は自分のスマホを取り出した。そこで今の金剛さんの成績を上げられそうな奴を探してみる。……探す必要もなかった。俺が知ってる連絡先など限られているのだから。
――日向舞。
うーん。果たしてどうだろうか。姫沢高校はかなり偏差値の高い学校だ。彼女が勉強出来る可能性は十分にある。最初にあった時もなんなく英語を使いこなしていた。おそらく馬鹿ではないだろう。
だがなぁ……学校は違うし、なんか頼みごとするのもアレだし、そもそもあの日曜日以来、連絡なんか取ってない。急に連絡なんかしたら怪しまれるだろうし、迷惑かもしれない。
うーん、うーん。
「ねぇ、なんでスマホなんかいじってるの? 私のこと無視?」
いや、最初にいじり始めたのあなたでしょう……。
「ちょっとな」
こうしていても拉致が開かないし、悩んでる時間の方がもったいない。やれる手段が他にもあるなら絶対に試してみるべきだ。
――お久しぶりです。この前はわざわざお礼ありがとうございました。急で申し訳ないので、ダメなら全然それでいいのですが、もしも今、時間が空いてるなら勉強を教えて欲しい人がいます。本当に急なのでダメならそれでいいです。どうでしょうか?
取り敢えずつくってみた文面を眺めた。うむ。これならなんか押し付けがましくないし、日向舞が断っても全然罪悪感はないだろう。しかも礼儀正しいから、全然嫌な感じもしない。
……あとは送信するだけなんだが。
俺は悩みに悩み、文面を何度も見直しに見直した後でようやく決意をする。
どうせ断られたっていいんだ。別にたいしたことじゃない。むしろ断られる方が基本。
だから……だから……。
南無さぁぁぁぁん!!
俺はポチリと送信をタップした。




