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異世界リクルーター  作者: 味敦
第三章 ミツイ 異世界で性根を直される
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64.ミツイ、転属を希望する

 私の名前はエレオノーラ。このエルデンシオ王国の首都にある、職業紹介所の職員である。


 エル・バランさんの元よりキャサリアテルマが離れて数日。

 私はカルシュエル公爵子息の狙いをはっきりさせるため、王宮内の図書館にこもっていた。


 エルデンシオ王国では、五歳になった時点で全国民(例外はあるが)が魔獣との契約儀式を行う。国中に魔道具がそろいつつある現在、魔道具が使えない者は逆に生活が不便になるためだ。

 この政策に、カルシュエル公爵は当初より反対していた。職歴カードの導入にも否定的だった。

 その理由を、公爵は、『既存秩序への悪影響』としか説明しなかった。


「熱心じゃな」


 声をかけてきたのは、老人である。

 エル・バランさんが宮廷魔術師に着任して以来、政界とのかかわりを避けている大魔道士、モーズイル。 

 今でも国一番の魔法の使い手であることには変わりなく、それは同時に、凶悪な魔獣との契約を維持している人物だということだ。

 彼は、私やエル・バランさんとはまた違った意味で、ミツイに興味を持つ一人だった。


「モーズイル殿。どうしてここに?」

「なに、おまえさんが珍しく本の虫になっておるという話を聞いてな。何を調べておるのじゃろうと興味を持ったという次第じゃよ」

「珍しいですか?資料を調べることはよくありますが」

「じゃが、特定のものに肩入れした結果ということは今までなかったじゃろう」 

「そうでしょうか……」

「エルデンシオの第一王女は仕事一途の堅物で、恋の一つもしたことがなく、色男の求婚も冷たくあしらうと評判じゃぞ?」

「どなたが噂したものかは存じませんが、色男に求婚されたことはありませんね」


 そもそも第一王女への婚姻申し入れは国家の問題である。そう軽々とできるものではないし、易々と断れるものでもない。


「それで、何を調べておったのじゃ?」

「『勇者』についてです。その昔、『魔王』召喚のために何百人もの『勇者』が召喚された時の記録を」

「ふむ。何のために?」

「……モーズイル殿は、ミツイについてどうお考えになりました?」

「面白いと思ったのう」


 彼は即答し、長いひげを手でさすりながら続けた。


「囚人になりつつも自分のペースをほとんど変えぬ。それは、常人にはできぬことじゃ。

 あやつの場合は、自分の置かれている状況がよく理解できておらんようじゃったが……。どんな状況であっても『きっと大丈夫、自分は生きる』と根拠なく信じていられるのは、実に強い」


 モーズイル殿は奇特なことに、ミツイが囚人として捕えられた状況を監視部屋から見ていたのだ。

 あまつさえ、彼と会話を行ったとも聞いた。


「無知で無謀で、平和ボケしているからという考え方もできませんか?少なくとも私は、あのような精神の持ち主が『勇者』召喚の網に引っ掛かったということが信じられません」

「ほほう。では、王女はただの偶然だと思うわけか」

「すでに必然になってしまいましたけどね。

 彼は名前の法則で召喚されています。ミツイ・アキラのいずれかが、3の意味を持つため召喚対象となったのだというところまでは調べがつきました。召喚エリア内にいて、名前の意味が合致した人物。……この資料と同じ異界からやってきているとすれば、チキュウという場所からです」


 資料によれば、大地の球という意味らしい。

 ミツイがやってきた異世界は、大地が真珠のように丸いのだという。丸いからどうというわけではないが、その色は瑞々しい青で、まさしく宝石のごとく美しい。その大地に生きている人々は正義感が強く、無為な戦いを望まず、隣人は皆友人であると語る平和主義者ばかり。夢物語のような場所だ。


「あやつを召喚した者が、どういった条件をつけたのかは知らぬ。しかしながら、『勇者』たる資格が、あの者にもあったのじゃろう」

「……」

 

 パタンと資料を閉じて、私は本棚に本を戻した。

 明日は早朝から第二都市へと向かわなくてはならない。

 ロイネヴォルク王国を制圧した魔王軍はいよいよ動きを見せてきており第二都市は度重なる挑発を受けているのだという。

 私は国軍を動かす騎士隊を鼓舞する役目として、あるいは戦場においてエルデンシオ王国を代表する者として戦地に向かうのだ。下手をすれば命を落とす危険なポジションだが、それは同時に、第二都市にいるカルシュエル公爵家と直に相対することのできる立場である。ただの王女ではなく、指揮官として加わることで、公爵もその子息も私を無下にはできない。

 父王にも軍にも王女のお遊びではないと反対されたが、なにも作戦に口出しをするような真似はしないし、ぞろぞろとお付を引きつれていくつもりもない。私は私なりの戦いの場所へ行かなくてはならないというだけだ。


「王女。おまえさんは、ミツイをどう思った?職歴カードに彼の名前を転写したことで、彼は一時的にエルデンシオ王国所属となったはずじゃ。その時点では、彼が召喚されている身だとは気づかんかった。そうじゃな?」

「……ええ。職業紹介所の職員としては失格でしょうか?」

「いいや、職歴カードへの記述程度ではそれは気づけぬことじゃ。それこそ宮廷魔術師エル・バランとて契約時には気づいておらんかった」

「それは……、そうですね、エル・バランさんは、ミツイ自身に、自分は異世界から来たと告白を受けたけれど、言われるまでそうとは思いつきもしなかったとおっしゃっていました」

「その職歴カードが、現在はエラー表示を出しておると言ったな?」

「はい。モーズイル殿にもご相談した通りです。竜の里に向かってからですので……、おそらくは、ミツイ殿がエルデンシオ王国を離れたことと関係があるという結論になっております」

「そうじゃな。加えて、王女が紹介したという、賢者の元へ向かったのと関係がある」

「賢者?しかし、それは……」


 確かに、ミツイは賢者の指導による影響を受けたはずだ。

 エル・バランさんとの会話を思い出す。


『ずいぶんと殺伐とした男になっている』

『力に歪んでいる』


 そう思った。


「現在の彼は、賢者の帰属になったのじゃ。エレオノーラ王女、おまえさんはあの賢者が何者か知っておったか?」

「……いいえ。人柄は信用が出来、どの国にも属さない方で、かつては途方もない魔力の持ち主だった、というだけです」

「そのとおり。このジジイはエルデンシオでは一番の年寄じゃという自覚があるがのう、そのジジイが若造だったころにも、賢者は昔から竜の里のそばに住んでいると言われておった」

「……え?」


 私が戸惑った声を上げると、モーズイル殿はひげをさすりながら目を伏せた。


「それほどの長命種は、人間とは思われぬ。エルフか、ドワーフか、あるいは別の亜人。竜の里のそばということを考えれば、幻の竜人というやつかもしれぬと言われておったがのう」


 エルフならばエルデンシオ王国にもいる。ドワーフについては第二都市にはちらほらいると聞く。あちらには鉱山があるので、ドワーフの集落と仲が良いらしいのだ。その他には港湾都市の第三都市では、人魚の集落と親しくしているらしいという噂もある。あいにく私は、ドワーフ種族とも人魚種族とも会ったことはないのだが。


「あるいは、あの賢者こそはかつての『勇者』かもしれぬ。

 神に帰属し、魔王を倒し、この世界の理を外れた存在」

 

 モーズイル殿は一呼吸置いて続けた。


「おまえさんが魔法を使えぬ身でなかったとしても、気づかなかったはずじゃ」



 魔法に長けた国、魔道具文化の進んだ王国、エルデンシオ。

 その第一王女エレオノーラは、魔法が使えない。 




  □ ■ □




ミツイ・アキラ 16歳

レベル???(エラー表示)

経験値:???/???(総経験値:???)

職業:傭兵→?

職歴:衛視、魔法使い、掃除夫、盗賊、風呂焚き、飛脚、剣闘士、魔獣使い、竜騎士(暫定)、探偵、珠拾い

 

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