63.ミツイ、傭兵になる(その4)
救護室に戻ったところ、ハイネスはようやく意識を取り戻したところだった。
そばに付き添うロバートから替えの着替えを受け取り、身支度を整えた姿は、表情が固いこともあって一段と凛々しい。
別に風邪を引いて汗をかいたわけでもなかろうに、とミツイは思ったが、よくよく思い返してみればハイネスは戦場跡から戻ってきたばかりだ。返り血を浴びたりもしているだろうし、着替えの必要くらいはあったかもしれない。
「すまないな、ミツイ。皆に紹介することもできずに」
「いや、そいつは別にいいよ。それよりか、ちょっと提案があるんだが……。その前に聞きたい」
「?」
「ハイネスたちって、城の内部についての情報はどのくらいあるんだ?」
ハイネスは苦い表情を浮かべた。
「ほとんどない、と言っていい。国王陛下の安否が分からないこともそうだが……、何度か偵察を出したが、これといった成果は出ていない。城の入り口に、見張りとして立っている魔物がいるということだけだ」
「見張り?」
「ミノタウロスという種類の魔獣だ、これが魔物化した者が二体。倒そうと思えば、騎士が六人がかりでようやく勝負になると言った代物だ」
「ミノ……えっと」
聞いたことがある。ギリシア神話だ。ミノス島の迷宮に閉じこめられた半牛半人の化け物。
キマイラといい、召喚される魔獣は、地球の神話と何か関係があるのだろうか。
「知らないか?
頭部が牛の、人型をした魔獣だ。怪力の持ち主で大斧を使う。怪力以外にこれといった特徴はないが、とにかくタフで、弓兵の弓や騎士の槍ではダメージを与えることができない。竜騎士の攻撃ならさほど苦になる相手ではないんだが、……今、その戦力は使えない。その上魔物化しているため、傷口から毒に侵される。
極めつけに、『浄化』の魔法が効かない」
「げげっ……」
「我々がそのほかに把握できているのは城下町の住人の状況だけだ。
魔物化している者たちの居住地区と……、犠牲になった者たちの埋葬についてだな。
ミツイも見ただろうが、野生のコンドルは死肉を求めて寄ってくる。連中の餌にするわけにはいかない」
「じゃあ、城内にどのくらい敵がいるのかとか、ボスがどんなやつかとかは不明?」
「敵兵の数は不明だ。魔王軍は、ロイネヴォルクを落とした後、一部を残して本軍を引き返している。そのため、国を落とされた時の総攻撃時ほど多くないのは確かだが……」
「引き返し?なんで?」
「知らん。他の国を襲う準備じゃないか?本拠地を空けるわけにはいかないんだろう」
「なら、城内に魔王はいないのか?」
「不明だ。……だが、おそらく。現地司令官のような者がいるのだろうと思っている。
そいつを倒すことができれば、城は一時的に開放できるだろうが……遠からず次が攻めにくるだろう」
「……へえ」
ハイネスの言葉に、ミツイはうなった。ほとんど何も分からないということだ。
「話を戻そう。ハイネス、ソルドが城への入り方を知ってる。一度封鎖されたっていう入り口だけど、分かるか?」
「は?」
「ソルド、話してくれ」
「えっ……」
話を振られたソルドが焦ったように顔を見返してくる。
ミツイが一つうなずくと、おそるおそるといった風に口を開いた。
「姉ちゃんが、昔、非常通路の話をポロッと漏らしたことがあったんだよ。俺、それで城に入ってみたことがあって……。でも途中で王子に見つかって、その後入り口は閉じられちゃったんだ」
「非常通路のことを話した?」
「ああああああ、姉ちゃんは、悪くねえよ!?俺が、独り言を勝手に聞いただけで!それに俺、王子とこのことはナイショだぞって、だから、誰にも言う気はなかったのに……」
「……王子の知っている出入り口ということは、王家の……。それを、なぜ彼女が……」
「ソルドの姉ちゃんのこと、ハイネスも知ってんのか?」
「侍女として城で働いていた子だ。名をタチアナと言って……。……確かに王子と仲は良かったが」
ハイネスはさらにしばらくの間、黙りこんでいたが、やがて顔を上げた。
「その出入り口、案内できるか。内部に入り込むことが可能なら、国王陛下の安否だけでも確認したい。それ次第で、城へどうアプローチをかけるべきかが変わってくる」
「あ。ああ。でも、その、封鎖されてるから開かないかも……」
「それが本当に王家の秘密の出入り口ならば、封鎖はされない」
「え」
「ソルドには分かりにくいようにされただけだ。ロイネヴォルク城は、城の構成上、秘密の出入り口を後から作るのには向かない。岩盤を削るため、うかつな入り口を開くと城自体が壊れる可能性があるからだ。一度作られた出入り口なら、今も使えるはずだ」
「どうなさるおつもりですじゃ?」
黙って聞いていたロバートが尋ねる。ハイネスは静かに視線を上げた。
「偵察隊を出す。場合によってはそのまま国王陛下を救出する選別メンバーでだ。ロバート殿、部隊長たちに連絡を」
「無論ですじゃ」
こくりとうなずいたロバートは、そのまま救護室を走り出ていく。
「ミツイ、ソルド。きみたちにも協力を頼みたい。構わないだろうか?」
「おれは言いだしっぺだしな」
「俺は行く!絶対行く!」
「ミツイ、きみに対する報酬は、現時点では確約できないのだが……」
「金って意味か?そりゃ、この状況下で金を払えっていうのが無理なのは分かってるし、別にいいよ。おれは別に金は……」
「ダメだ」
ハイネスは首を振った。
「きみは傭兵としてここにいる。そうである以上は報酬を受け取ってくれ。
きみがロイネヴォルクの国政に関わったのは金のためで、決して政治的思惑はないという立場が必要なんだ。
エルデンシオ王国に、これ以上借りを作るわけにはいかないから」
「……分かった。なら、これくれ」
練習用の槍を差し示して、ミツイは言った。
「剣が折れて困ってたとこだし。武器なしで行く気はさすがにしないから」
「欲がないな。……王子と親しくなれるわけだ」
それぞれに承知してみせたミツイとソルドを見やり、ハイネスは枕元に置いてあった剣を手にして寝台から下りる。
「……ミツイ、私が竜サイズの大きさを『浄化』できるのは、三体までだ」
「え?」
「限界を超えると、先ほどのように倒れる。……城内でそうなった場合は、構わず置いていってくれ。荷物になりたくない」
ひくっとミツイは顔を引きつらせた。
「冗談じゃねえよ。ヒナージュ泣かせるような真似、おれにしろってのか」
選別メンバーの選出会議には、ミツイもソルドも参加できなかった。
部外者のミツイはもちろんのこと、ソルドは年若であることが理由だ。当事者抜きでどのような打ち合わせがされたのか、ミツイは知らない。ソルドが王族のみの秘密の通路を知っていたことについては後々なんらかの咎めがあるかもしれなかったが、ひとまずそれは今ではないはずだ。
「つっまんねえ!」
「そーか?会議に出る方がつまんねえかもよ。おれ、すぐ寝る自信がある。学祭の打ち合わせとか全然ダメだったからなー。四之宮に後で決定事項を教えてもらうのが日課だった」
「ガクサイ?」
「あーっと。お祭りだよ、お祭り」
「げー、ありえねえ。お祭りって準備が楽しいって姉ちゃんもいつも言ってるぜ?ロイネヴォルクにはさあ、毎年花祭りってのがあって。この国はあんま、花が咲かないけど、夏に山肌の赤い花が綺麗に咲くから、それに合わせて夏祭りをやるんだよ。竜騎士が飛行パフォーマンスとかしてくれたりもしてさ。抽選で当たった子供は、一緒に乗せてもらえて、それがほんっと倍率高けえんだけど……。俺、王子の竜に乗せてもらったことがあるんだ。赤い鱗の竜が空の上で二回転とかすんの。しがみついてるのがやっとだったけど、すげー綺麗な眺めで。絶対竜騎士になるだって思ったもんな」
目を輝かせながら熱く語ると、ソルドは再び口を尖らせて槍を振り回しはじめた。
どうやら熱意があふれまくって動かないではいられないらしい。会議の結果が出るまで座っていようと考えたミツイとは大違いである。
(夏の花祭りか……)
『また出来るといいな』なんて、ミツイには言えなかった。
姉の生死が不明で、おそらくは死亡しているという状況で、花祭りが開催されたところで、それはソルドが望む懐かしい祭りのはずがない。
では、なんと声をかけたらいいのか。
迷っている間に、会議は終わったらしかった。会議室から出てきたハイネスにソルドが駆け寄っていく。固い表情を浮かべたまま、ハイネスはミツイとソルドに向けて告げた。
「本日、日が落ちると同時に作戦を決行する。メンバーは、私とミツイ、ソルド、ザックス、それにロバート殿だ」
「え?」
「ロバート殿は、国王陛下がお若いころからお仕えしている。そのため、ぜひにとのことだった」
会議に参加していたらしいロバートがハイネスの隣でうなずく。
「ミツイ殿にもご報告申し上げますですじゃ。魔王軍が襲ってきた時のことですじゃ。
ハイネス様をはじめとする騎士様方は、ご覧になっておらぬそうですが、魔王軍を率いてきたのは、女だったのですじゃ」
「女?ってか、ロバートさんは見たのか?」
ロバートはうなずいた。
「竜舎におりましたので、目撃しておりましたですじゃ。
そやつは、薄い感じの、背の高い女だったですじゃ。魔王の命令でロイネヴォルクを侵略することを宣言すると、一気に城の裏側……山を越えてきたのですじゃ」
「それは……ソルドからも聞いたな。山の向こうだって」
「国王陛下は竜に乗り、その女に挑んだのですじゃ。しかし、戦いの場所が山の向こうに差しかかったところで、急に動きが鈍くなって……、そのまま城内へともつれこんだところで、他の魔物との戦いが激しくなり、国王陛下の様子は分からなくなったのですじゃ」
「おいおい、ロバートさん、けっこうしっかり見てたんじゃねえか」
「この報告から分かることは、国王陛下の戦いは、城内で行われたということだ。戦いの結果が勝敗どちらであったとしても、結末は城内で起きていたはずだ」
「そういや、その時、アルガートは?」
「王子の名前を呼び捨ては……」
「あ、わ、悪い。ええと、アルガート王子はどうしてたんだ?戦ったんだよな?」
「当然だ。だが、司令官と思われる魔物と戦っている最中に、竜を落とされ、王子は後退を余儀なくされた。その後は、国を脱出する者たちの護衛の一人としてエルデンシオ王国へと逃げ延びるはめになった。そのため、王子自身も、国王陛下の行方についてはご存じない」
「……そっか」
竜騎士が竜を落とされる、殺される。それが、どのくらい衝撃なのかはミツイには分からない。
だが、チビスケやリールディエルが殺されると考えたらゾッとする。
「魔王軍が引き返していった際に、女らしい姿は目撃されていない。そのため、城内にもし司令官がいるとしたらその女だろうというのが、会議における我々の予想だ」
「女、だな。良し」
「きみは、女に向けて槍が振れるか?」
「やってみないと分かんねえけど。……魔物なら平気で女子供は無理ってのは、どっかおかしいよな。本当なら、どっちも無理でいいくらいだ。
……あ、いや、でも、さすがに子供は無理かなあ、嫌だよなあ、子供相手に槍向けるのとか。女も……その、無抵抗だとかいかにも弱そうだったりしたら、わかんねえな」
「そうか」
「あ、でも、今回は別だぜ?仮ボスの女は、この国を滅ぼしてアルガートのオヤジを殺したかもしれねえ相手だし、ロイネヴォルクの戦場跡なんかひどい有様だった。あんな状況を作ったやつに、遠慮するつもりはねえよ」
「……」
ハイネスは小さく笑った後、厳しく言い放った。
「心配しなくても、魔物の女は女じゃない。女の姿で油断を誘うだけの、化け物だ」
最後の一人、ザックスは20代後半くらいの男である。鎧は着ていない。武器も、腰に下げているのは長剣ではなく短剣だ。折り目正しく頭を下げられ、ミツイは少し戸惑った。
東地区で会った騎士の一人だということにミツイは気づいた。
「ザックスと申します。伝令役を務めさせていただきます」
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ミツイ・アキラ 16歳
レベル???(エラー表示)
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職業:傭兵
職歴:衛視、魔法使い、掃除夫、盗賊、風呂焚き、飛脚、剣闘士、魔獣使い、竜騎士(暫定)、探偵、珠拾い




