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異世界リクルーター  作者: 味敦
第三章 ミツイ 異世界で性根を直される
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62.ミツイ、傭兵になる(その3)

 ハイネスは、ゲームで表現するのであればMP切れの状態であるらしい。

 『浄化』の魔法の発現にすべての力を使い果たしたのだ。


「しばらくお眠りになれば、回復するはずですじゃ」


 ロバートはそう言って、ハイネスを寝台の上に寝かせた。

 浅黒い肌が青白くなっているのは奇妙な気がしたが、イケメンは倒れていてもイケメンだ、とミツイは見当違いなことを考えた。

 騎士たちの根城の一角、救護室のような部屋らしい。

 先ほどの戦いで怪我を負った者たちが、医官たちによって手当てを受けているのが見える。室内にいるのは十数名の騎士たちで、騎士風の格好をしていない、一般人らしき姿もあった。

 ミツイもまた、怪我の有無について質問を受けた。上着を脱いで上半身を確認し、問題がないとみると次の者へと交代していく。戦いから戻った者はここで一度チェックを受ける仕組みになっているらしい。

 手当てを行う人間にも事欠くような状況で、ずいぶんと手厚いなとミツイは首をかしげる。

 ロバートも上着を脱いでチェックを受けていたが、骨の浮いた細い体は、やはり戦いに従事する者には見えない。首から笛のようなものを下げているのがオシャレである。


「なんで全員チェック受けてんだ?」

「毒を受けてないかどうかの確認のためですじゃ。魔物と戦って毒を受けると、他の者に影響を与えることがありますのじゃ」


 ロバートはいそいそと上着を着直しながら答えた。 


「さっき、ハイネスが指示を出してたみたいに見えたんだけど……。ハイネスって、隊長さんとかなのか?」

「違いますですじゃ。けれど、準竜騎士でいらっしゃる分、この中では一番身分の高い方ですじゃ」


 準竜騎士というのがピンと来ず、ミツイは目をぱちくりさせる。


「それにしてもミツイ殿、お若いですがハイネス様とどこでお知り合いになられたのです?」


 騎士の一人が尋ねた。

 あ、警戒してるなと思いながら、ミツイは正直に口を開いた。

 言葉づかいで礼儀を示せない代わりに、居住まいを正して改めて自己紹介をすることにする。スッと背筋を伸ばして一礼した後、言葉を続けた。


「挨拶が遅れて悪かった。ミツイという。ハイネスとは戦場跡で会ったんだ。

 それと……。後で怒られても困るから、先に打ち明けておくと。おれはハイネスに雇われたとかってわけじゃない。ハイネスに助けられて、その礼がしたいって申し出したところだ。人手不足らしいから、何か役に立てるんじゃないかと思って。さっき剣を折っちゃったんで、それも怪しいけどさ」

「……ロイネヴォルクの方なんですか?」

「いや、どっちかというとエルデンシオの……」


 名前を出したとたん、騎士は困った顔をした。隣の騎士と目を見合わせ、だがハイネスの様子を見た後に黙りこむ。

 あまり気分は良くなかったが、『エルデンシオの人間など信用ならないが、ハイネスから事情を聞くまではそれを表に出すのは止めておこう』といった目線だった。

 それならそれでいいか、とミツイは内心でうなずく。ハイネスは、自分がアルガートと知り合いなのを知っている。彼が仲介してくれるまで、大人しくしていればいい。


「テメエなんか役に立つわけないじゃん」


 横から口を挟んできたのは、ミツイよりもさらに年下の少年だった。

 年齢は12、3歳に見える。浅黒い肌と黒髪をした元気そうな少年だ。騎士風の格好をしているが、彼も騎士なのだろうかとミツイは驚いた。いいとこ中学生、下手をすれば小学生にしか見えない。

 胡散臭いといった視線を露骨に示しながら、少年はミツイをじろじろとぶしつけに眺めてきた。

 

「弱っちそうだし、腕も細っこいし。ハイネスが信用したってのも怪しいね。

 あいつこそ王子の側近だからってチヤホヤされてるだけじゃん。敵は魔王なんだぜ?弱いのが一人増えたからって足手まといだ」

「こら、ソルド!」

「おまえこそ年上に対する礼儀ってもんを覚えろ!」


 横にいた騎士たちが口々に叱りつけるのも諸共せず、ミツイの反応を伺うようにソルドは視線を向けてくる。

 その視線を受けたミツイは、反感を抱く前に驚いた。


(なるほど、これが礼儀がなってないってやつかー。すげえな、自分がされてはじめて分かる)


 もっとも、ミツイが抱いたのは少年特有の強がりに対する微笑ましさだった。

 16歳になるミツイが礼儀知らずだと大人に叱られるのとはちょっと違うだろう。このソルドについては年齢を理由に許される気がする。

 ミツイ自身、自分の腕が戦士としては細い部類に入るのは分かっている。鍛えはじめてから半年にもならないので仕方がないと思うのだが、ソルドはそれよりも細いし、ミツイよりも20センチ近く背が低い。


「なんだよ、文句でもあんのか?」 

「いや、別に?」

「はぁっ!?ヨワッチイと認めるわけか、ダッセー!」


(あ、ちょおっとムカついたぞ、梅干しとかしてもいいかなー)


 相手が年下だからか、ミツイの内心に思い浮かんだのは、こめかみに拳をぐりぐりと当てる、意外と痛いお仕置きである。もっとも実行する一歩手前で思い留めることができたのは、年下だろうと相手は騎士風の服装をきちんと身に着けた人物だったせいだ。

 黙って首を振ったミツイは、他の騎士たちに向けて声をかける。ソルドは不満そうに口を尖らせた。


「ハイネスが起きるまでは時間がかかるんだろ?その間に、何か手伝えることはないか?」

「あ、そうですね。でしたら見回りに加わっていただければ……」

「さっき剣が折れちゃってさ、できれば余ってる棒とかあれば借りたいんだけど」

「う、うーん。武器の予備というのはほとんどないんですよ。少しお待ちいただけますかね」

「ああ、了解」


 ソルドの視線を敢えて無視するかのように会話を進め、時折ちらりと視線を向ける。

 その意図に気づいたのか否か、ソルドが頭から炎を噴き出すかのように顔を赤くした。


「てっめー……」

「ロイネヴォルクには、こんな若けぇ騎士さんがいるんだなあ」

「な、なんだよ?!俺が騎士で悪いかよ、ちゃんと王子から直々に槍の稽古つけてもらってんだからな!」

「こら、ソルド!王子殿下とお呼びしろと言っているだろう!」

「うっせ!王子は気にしないからいいんだよっ!」


 口を尖らせたまま、ソルドは救護室を出て行った。

 確かになあ、とミツイは思った。アルガートは多少の生意気さなど気にするまい。

 むしろ自分と積極的に槍を合わせようとしてくれる少年は可愛がっているに違いなかった。

 

(けどさ、おい、アルガート。確か21歳だったよな?このソルドっての、10歳くらい年下じゃねえの?相手になる?)


 実はものすごく強いんだろうか。短い手足ながら天才的な槍の使い手とか?

 ミツイはいろいろ想像しながらソルドの後ろ姿を見送った。


 やれやれと言った声でロバートが言葉を挟んでくる。


「申し訳ありませんですじゃ。ソルドは騎士とは言うても、実際は見習いなのですじゃ。ご容赦ください」

「え、……見習いって」

「正式な騎士になる前の見習いや引退した予備兵も加わっておりますのじゃ」

 

 それは例えば目の前のロバートのように。

 言わんとすることが分かって、ミツイは眉根を寄せた。

 ロイネヴォルクの正式な騎士たちは、魔物の襲来によって傷つき、戦力にならない。そのため、戦える者であれば皆兵士として戦っている。そうでなければ国外に逃げている。


「そうだ、ミツイ殿。棒とおっしゃってましたが、槍は使えますかな?」

「え?……剣よりいいかもしれねえけど、槍ならあるのか?」

「はいですじゃ。竜騎士たちは槍が主体なので、彼らがここにいない今、鍛錬用のものがいくつかありますのじゃ。先ほどのソルドが場所を知っておりますので、あやつから聞いてください」

「教えてくれっかな」

 

 ポリポリと頭をかいた後、「聞いてみる」とミツイは救護室を後にした。


 ソルドの後を追いかけたミツイは、鍛錬場に入ろうとするところで追いついた。

 どこの鍛錬場も設備は似たようなものらしい。衛視団にいたころのことを思い出しながら、ミツイはソルドへと声をかけた。


「なあ、おい!ソルド!」

「気安く呼ぶんじゃねえよ、ガキ!」

「ガ……誰がガキだ!てか、年下にガキ呼ばわりされる覚えはねえよ!」

「ガキだからガキって言ってんだ。へっへーん、弱いやつは引っ込んでろ!」

「……」


 ミツイは、低くうなり声を漏らした。弱いという言葉を否定したいのだが、目の前のソルドより強いかどうかについて分からないので、何とも言えない。


「おまえ、強いの?」


 純粋に尋ねたのだが、ミツイの平静な声に、今度はソルドの方が顔を歪めた。


「テメエよりマシだ」

「何が根拠でそう言ってんだ?おれ、おまえの前で戦ったことねえだろ?」

「戦わなくても見て分かる。腕も細いし、身のこなしも不器用そうだし、コンドルごときに剣折られてる時点で弱い」

「なるほどなあ……」


 最後のやつは確かに否定できない。腕の細さはソルドよりは太いと思うし、身のこなしは最近自信をつけてきただけに残念だったが。


「……なんで?」

 

 納得して頷きかけたミツイは驚いた。


「なんで、大人しく認めんだよ!」


 ソルドが怒りだしたのは、ミツイが喧嘩に乗ってこなかったせいだった。


「大人ってどうしてそこで引き下がるんだ!?悔しいだろ、ムカつくだろ!?なんで怒んねえんだよ!」


 胸ぐらを掴まれて、ミツイは目を丸くした。身長が20センチ違うとは言っても、胸ぐらを掴むのに支障があるほどではない。だが細いソルドの手は傷だらけで、日々の鍛練を欠かしていないのが一目で分かった。


「……喧嘩したいのか?」


 胸ぐらを掴む手を外そうともせずに、ミツイは尋ねた。


「……そうだよなあ。いつ魔物が襲ってくるとも分からないのに、子供の相手してくれたり、しないよな。騎士さんたちは皆大人だから、おまえが強がってるのも分かってる。大人として対応してくれる。おまえが癇癪起こしたところで、相手するほどの余裕がないっていうのも、たぶん、正解だと思うけどさ」

「テメエっ……」

「魔王がいて、魔物に襲われて、国が滅んで、王子も隣の国だ。……おまえ、親は?」

「……いない」

「他に身内は?」

「……っっ……」


 ミツイを締め付ける手の力が強くなった。ぎりっと服をひねり上げ、そのまま首をギリギリと絞められる。


「ぐえっ」

 

 続けて言葉を紡ごうとしたミツイの思惑は外れた。

 ソルドの腕力は思った以上に強い。子供と思ってあしらえるかと思ったが大間違いだ。ギリギリと絞められて、そのままあっけなく気絶するところだったミツイは、呆れた顔をしたソルドによって解放された。


「がはっ……、げほげほげほげほげほげほっっっ、ぐげぇっ!マジで落ちるかと思ったっ!おまえ、絞め技もできるのかよ、選択柔道とかじゃねえだろな、この国!?」

「……やっぱ、弱ええじゃん」

「棒振りの練習ならしたけど、投げだの絞めだのは手が回んねえよ!」

「自慢すんな、ヨワッチイくせに!」

「自慢してねえよ、今ののどこが自慢だよ!自虐ネタだろが!」


 思いっきり深呼吸をしながらなんとか気道を整えながら、ミツイはソルドをじと目で睨んだ。


「おい、ソルド。おれも人のことは言えねえけど、図星差されて怒るのは、立派に子供な証拠なんだよ。子供でいていいとか言うつもりはねえよ?けど、口で吐き出せないもんがあるなら、相手してやろうか」

「はあ?テメエみたいなの相手じゃ、鍛錬になんねえよ。王子みたく強いんだったらともかくさ」


 首を振りながらソルドは鍛錬場の中へと入っていった。ミツイも勝手についていく。迷惑そうにしながら練習用の槍だと思われるものを手にするのを見て、ミツイは首をかしげた。

 長槍だ。

 槍は身長との兼ね合いからくる長さが重要だと思っていたミツイには、それは違和感のある光景だった。。

 案の定、両手で抱えるのも重いようで、穂先が下がっている。にもかかわらず槍を振り回しはじめるのを見て、ミツイは思わず口を挟んだ。


「ソルド。アルガートの真似をしたいんだったら、なおのこと短い方が良くないか」

 

 アルガートは、竜騎士としては長槍を使うと言っていたのだ。

 ジロリと睨んできたソルドに、ミツイは「やっぱり」と呟いた。


「アルガートだって、竜に乗らない時はもっと短いやつで鍛錬してたぞ」

「……、?テメエ、王子のこと、知ってんの?」

「ああ。エルデンシオで会ったし」


 ミツイがうなずくと、ソルドはイライラとした雰囲気を少しやわらげてミツイを見上げた。

 長槍はやはり重いようで、鍛錬場の地面をずりずりと引きずりながらだ。


「……王子、元気にしてた?」

「まあまあ。仲いいのか?」

「俺はそこそこ。でも、姉ちゃんが心配してるだろうからさ」

「姉ちゃんいるのか」

「……一応」

「一応?」

「城勤めだったからさあ……」


 ソルドは一つ呟くと、長槍をいったん壁に立てかけた。


「テメエは、よその国の人だから知らないだろ?魔王軍はさ、いきなり城に攻めてきたんだよ。城の後ろの山を越えて。

 竜が病気で弱ってたせいで、あっという間に城に入りこまれて……。

 俺は城下町にいたから、現場までは知らねえけど、城勤めしてた連中とは、もうそれっきり連絡がとれなくなった」


 ずるずると地面に座り、ソルドは足を投げ出した。


「姉ちゃんとも、それっきり。王子の竜は殺されたし、ハイネスも、国王とは連絡がついてないって言ってた」


 改めて国民の口から聞くと実感が湧く。

 ロイネヴォルクはもう、国としての体裁を保っていないのだ。


「城は、どうなってんだ?おれらのいるのは城下町なんだろ?」

「分かんねえんだよ。ハイネスたちは、首都内の魔物を少しずつ撃退して、ここを拠点にしたいらしい。よその国に逃げた連中が戻ってくる時の目印になるようにって」

「……ふむ?」

「テメエ、傭兵なんだろ?聞いてねえの?」

「雇われてるわけじゃねえからなあ」


 ミツイは首をひねる。

 ミツイがロイネヴォルクの首都に入ってきてから、襲ってきたのはコンドルと竜だ。どちらも紫色のオーラを身にまとっており、上空から飛んできた。

 城の方からではなかった・・・・

 

「城内に入る方法って、入り口だけか?」

「はあ?」

「いや、ちょっと思いついたことがあったんだけど……。おまえに聞くよりハイネスに聞いた方がいいか」

「むっ。テメエまで子供扱いする気か?ガキのくに。姉ちゃんや王子から聞いてるから、城の中については詳しいんだからなっ!」

「ほー?なら、城にこっそり入る抜け道とか知らねえか?」

「知ってるよ!むかーし、姉ちゃんがポロッと漏らしたのを聞いたことあるからな!」

「今でも使える道か?」

「それは……知らねえよ。姉ちゃんから聞いて、一度忍び込もうとしたら、王子に見つかって。その後入り口が閉められちゃったし……」

 

 もごもごと告白するソルドの言葉を聞いて、ミツイは口元を小さく緩めた。


「ナイス。それなら使えるかもしれねえ。ソルド、ハイネスのところに戻るぞ」

「……は?」


 名案とばかりに楽しそうな笑みを浮かべ、壁にかけられていた槍を手にしたミツイを、ソルドは胡散臭そうに見返した。

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