59.ミツイ、倫理規程の制定を希望する
私の名前はエレオノーラ。このエルデンシオ王国の首都にある、職業紹介所の職員である。
だが、本日の私について言えば、エル・バランさんの自宅に招かれた客人という立場であった。
「これが、本当にミツイさんですか……?」
「残念ながら、そのとおりだ。賢者の元を離れたんだろう、ようやく姿を映し出すことができた。
この一か月ほどの間に、何があったのか……。ずいぶんと殺伐とした男になっているな」
「信じられません……」
『キャサリアテルマの魔力を辿って、ミツイの様子を映し出すことができた』
そう言うエル・バランさんに誘われてやってきたのである。自宅に招かれるなど初の試みではないだろうか。エル・バランさんは基本的に王族との関わりを嫌がるので、私ともあくまで職業紹介所の客と職員という関係しかなかったのだ。
その主義を撤回してまでエル・バランさんが見せようとしたもの……。
それは、戦場跡と思われる場所で、一切動揺を見せずにキマイラ相手に剣を抜くミツイの姿だった。
キャサリアテルマを中心に据えた魔法陣に、ミツイの姿が映し出される。魔力を頼りにしているためだろう、ミツイが中心になっている映像なので、キャサリアテルマと二重写しになって映し出されているのが難点ではあった。非常に見づらい。
だが、エル・バランさんが私をわざわざ呼び寄せた理由については理解ができる。
「あの、無知で無防備で無礼な少年ですか、これが……」
動揺する私に、エル・バランさんがうなずいた。
人間や魔物、動物の死体が野ざらしになっている戦場跡で、それに動じる気配がない。まるで歴戦の傭兵のような淡泊さだ。以前のミツイであれば、少なからず動揺をしたはずだというのに。
「力に歪んでいる。幸いにして、力に酔っているというほどではないが、……このまま突き進めば時間の問題か」
「このまま……、し、しかし彼がいるのはロイネヴォルクですよね?忠告しようにも……」
「忠告は無意味だろう。それに、賢者を紹介したのは……」
「おっしゃるとおりです。私自身ですね」
認めざるを得ない。今のミツイを導く人材として、賢者を紹介するのはおそらく間違いだったのだ。
これほど、影響を受けてしまう人間だとは見抜けていなかった。
ミツイは変わる。指導者によって恐ろしく変わる素質を持っていた。望ましい教師の元で指導を受ければ、本物の勇者にだってなれたのだろう。賢者の人柄は信用できると聞いていたが、どういった素質をミツイに見出したのだろうか。
「ミツイが強くなっているのは確かだ。望む道かどうかはわからんが」
エル・バランさんはそう言って、いったん映像を打ち切った。
魔力を散々に使われたキャサリアテルマが肩で荒い息をする。
「魔獣使い荒いんもええかげんにせえ。ミツイは別に嫌がってへんのやし、気にせんと放っておいたらええやんか」
「そうはいかん。……ミツイ自身はそれで良くても、その素質がどういったものかが理解できた以上はな」
「ええ、そうですね」
私はうなずいた。
「ミツイさんをこのまま無所属で置いておくのは危険です。ロイネヴォルク王国でもエルデンシオ王国でもよいですが、いずれかの組織に属していただいて、魔力に制限を与えておきたいところです。ただ……今のエルデンシオ王国について言えば、望ましい結果にはならないかもしれません。ミツイさんはおそろしい勢いで成長を遂げている。その才能を、歪んだ方向に伸ばそうとする人物が、まったくいないわけではありませんから……」
私は首を振る。
「カルシュエル公爵子息が召喚した人物をどうにか確保しておきませんと。あの人物にもミツイと同様の素質があるとすれば、カルシュエル公爵子息による悪影響を受けた結果、とんでもないことになりかねません」
「召喚は間違いないのか?」
「残念ながら。いまだに召喚を行った事実については突き止められておりませんので、カルシュエル公爵子息を取り調べることはできておりませんが。国全般に渡っての憲兵機構についても整備を進めておくべきでしたね……。
召喚が試みられたこと、またいずれかの人物が現れたのは間違いありません」
私の肯定に、エル・バランさんは苦々しい表情を浮かべ、彼女としては口にしたくなかったであろう人物の名を出した。
「国王の権限でも無理なのか」
「第二都市は、今や対魔王軍の最前線です。それを、希望となりうる勇者候補について存在を否定するような真似はできかねます。
『勇者』は『魔王』に挑む存在なのです。召喚された人物はそれを承諾しなければ殺されます。断るようなら、次を召喚すれば良いのですからね」
「役に立たん国王め。評価できるのは愛妻家なところだけか?あいつもあんな男はさっさと見捨ててしまえばよかったのだ」
「……聞かなかったことにいたします」
吐き捨てるようなエル・バランさんの言葉は、彼女の本音であっただろう。
エル・バランさんが私の母である王妃と仲が良く、その縁で宮廷魔術師になったのだということを知ったのは最近である。
「キャサリアテルマ。おまえの出番だ」
「なんや、おもろい使い方なんやろな?」
「第二都市に潜りこんで、召喚された人物をさらって来い。年齢はミツイと同様、名前に4の意味を持つ人物だ。おそらくカルシュエル侯爵家内に居場所が用意されていることだろう」
「ふっふーん。ウチに頼むってことは、その子、契約結んでもええっちゅーことやな?」
「ほう?」
興味深そうに視線を向けたエル・バランさんに、キャサリアテルマは楽しそうな笑みを浮かべた。
「二重契約は召喚された魔獣には不可能だろうに」
「せやな。そこまでは考えとらんよ。けど、ミツイとのつながりレベルやったら可能やろ。
ミツイと同郷っちゅーことは、その子と契約しとけばウチはミツイとの縁を深められる。『還る』ことになってもつながりができるわけや」
「ずいぶんとミツイを気に入っているようだな」
「せやなあ。ウチはあんたらと違て、素直な魔獣やから」
キャサリアテルマは笑った。
「ミツイにどうなって欲しかったん?変わって欲しくなかったんやろ。男の子相手に無茶言うもんやないで」
ぎくりと心が揺れた。
確かに、そのとおりかもしれない。ミツイがいつまでもはじめて会った時と同様、変わらない存在であることを、心のどこかで安心していた可能性はある。ヘルムントに誘いをかけられても、彼は歪まないだろうと思っていたのではないだろうか。
「そんなつもりは、ありませんよ」
否定をしながらも棘のようなものが胸に刺さる。
ミツイを歪ませることになったのは、職業紹介所に現れた彼を導く方向を間違えた、私が悪い。
「覚悟しといた方がええで?ミツイは、いずれ、人間を殺すことになるやろしなあ」
キャサリアテルマの言葉は、別の可能性を示唆していた。
彼はすでにエルデンシオ王国へと影響を与えはじめている。
その影響は国の上層部に至り、存在を無視できなくなった者たちは、彼を取りこむかあるいは排除しようとする。
私も同様だ。否、私こそが、ミツイを殺すべきだと提言することになるのかもしれない。
「考えすぎるな」
エル・バランさんがそう言ったが、私は先ほどまで映し出されていたミツイの姿を思い返しながら首を振った。
「私にも戦え、とそう言われた気がします」
戦いを選ばなくてはならない。ヘルムントの内部に潜むものを異常だと感じながらも、親戚であること貴族であることに目をつむり、放置していたのは我々だ。
召喚自体は悪ではない。すべての魔法使いはその工程を必要としている。
だが、異界の存在を勇者として喚び寄せ、魔王へ挑ませる行為が、とてつもなくリスクの高い行為であることは歴史が証明している。
異界からやってきた勇者は、必ずしもこの国の倫理観を持ってはいないのだ。
国を守り、民を守り、家族を守る。勇者を召喚するのとは別の手段で。
私の戦場は、王宮にある。
□ ■ □
ミツイ・アキラ 16歳
レベル???(エラー表示)
経験値:???/???(総経験値:???)
職業:なし
職歴:衛視、魔法使い、掃除夫、盗賊、風呂焚き、飛脚、剣闘士、魔獣使い、竜騎士(暫定)、探偵、珠拾い




