54.ミツイ、職業指南を希望する
私の名前はエレオノーラ。このエルデンシオ王国の首都にある、職業紹介所の職員である。
所長でもあり、王女でもあるということが、このたびはじめて生かされることになったわけだ。
エルデンシオ王国の職業紹介所は、希望者であれば誰であっても受け付ける。もちろん、前科によっては職業選択の自由がないといった制限はある。どう考えても長続きしないと思われる性根の持ち主に、次から次へと仕事を紹介できるほど無作為ではない。
ミツイについては、『仕事は真面目に行うが、礼儀作法に難があるため、公的な仕事は就けない。また、仕事に対する向上心がない』というところである。具体的には騎士等の仕事は紹介できない。下働きはいいが、人を使う仕事も向かない。エル・バランさんの助手程度の、あまり礼儀作法にうるさくない上司で、次から次へとやることを与えてもらわないと長続きしない。
要するに子供なのだ。エルデンシオ王国では、10歳児のようなものである。
さらには、彼は職歴に『盗賊』がついている。剣闘士になった経歴から、その件も含めて追及を受けることはまずないだろうが、これは彼の一生について回るだろう。
ライルさんのような日雇いの魔物退治であれば、確かに向いているかもしれないが、残念ながら今のところ、そこまで強くはない。
「そうですね。まずは希望の職種をお伺いしましょう。
具体的な就労条件でもいいですよ?給金が多い方がいいとか、危険が少ない方がいいとか。後は内容からというのもありです。これをやってみたいとか。どうぞ?」
私が促すと、ミツイは言った。
「ええっとだな。強くなれる仕事がいいんだ。『これをしたい』って思った時に、それが実現できる職業。剣とか魔法とか使っちゃって、武器も強いのが買いたいし」
「……もう少し、具体的にお願いします」
「例えば今回ならさ。おれは魔法が使えないから、こうすれば倒せるんじゃないかって思いついても、それが実現できなかった。チビスケを危険な目に遭わせたくないって思っても、ほかに方法がとれなかった。出来ればそれを、自分で出来るようになりたい。武器も肝心なところで……、ああ、カークスさんに謝りにいかないといけないよなあ、杖、せっかく餞別にもらったのに」
「エル・バランさんの助手をもう一度してみたいということでしょうか。魔法を使えるようになるには、それが一番早いと思いますけど」
「えーと。……ああ、うん。そうだな、それがいいのかもしれない。エルさんのとこなら、半分雑用で残り半分くらいは勉強させてくれそう……」
「しかし……」
懸念も湧く。今のままのミツイが、これ以上の力をつけたところで、それは自制のない暴力となるだろう。
せめて、礼儀作法と力の強弱を身につけてもらわないことには、エルデンシオ王国内の脅威になってもらっても困る。そのあたり、エル・バランさんでは師匠に向かない。あの方は個人の資質を矯正するような方ではないからだ。
カルシュエル公爵家のような、権力を持っている家に対して簡単に噛み付くような、そんな危うい状態では、たとえ力をつけたところで、かえって目をつけられてつぶされる。残念ながら、エルデンシオ王国にはそういった空気が存在する。理由は簡単で、国内秩序を乱しかけない人間は、治安維持の観点から危険だからだ。
ハボックさんやカークスさんの手によって討伐されるのは、本人だって避けたいだろう。もう一度衛視になってもらって、ハボックさんに優しく指導してもらうのも一案ではあるのだが……。
「では、一つ試してみましょうか」
私は言った。
「エルデンシオ王国国内ではありませんが、ここ、竜の里の近くに、所属のない賢者の方がお住まいです。その方の元へ、『押しかけ』弟子になってみてはいかがでしょう。噂によりますとその賢者の方、過去には大変な魔力の持ち主でして、気に入った者には魔法を伝授することもあるとか。いろいろと変わったところのある方だとは伺いますが、人柄は尊敬できるものだと聞いております」
「賢者?っていうと、爺さん?」
「ひとまず、その言葉遣いは門前払いを受けると思いますのでご注意ください。
今、申し上げましたとおりに『押しかけ』弟子です。先方は、ミツイさんが来ることを承諾したわけではありません。その人柄についての推薦もありません。突然やってきて、無作法な真似をすれば、当然、無礼者であると門前払いを受けるでしょうね」
たらりとミツイの頬に冷や汗が流れた。言葉遣いがなっていないということについては、それなりに自覚があるのだろう。確信犯ではないことを祈りたいが。
「チビスケ様とリールディエル様とは、竜の里にお残しください。リールディエル様は病み上がりですし、チビスケ様も、紫の珠とやらを食べた後遺症がないとも限りません。長老殿のもとで、しばらく様子見した方が良いでしょう」
「ああ、それは……。そうかもしれねえな。チビスケのこと、頼む」
「申し訳ありませんが、私たちは国許へ帰らせていただきます。もともと、チビスケ様を送り届けること、そのついでにミツイさんが試験を受けられるようにすることが目的でした。あまり長く逗留はできません。
カルシュエル公爵家の動きなども気になりますし、ロイネヴォルク王国が侵略を受けているという状況を、こちらでも把握しておかないといけません。
それに、今回の件で、相当の数の樹木が消失しています。その分の補填を、エルデンシオ王国からさせていただかなくてはなりません。竜の里との関係を悪くしたくありませんので。後ほど長老殿と折衝させていただく形をとりますが、植樹か、もしくは金銭での補償になるか……場合によっては原因であるミツイさんを残せということになるかもしれませんが……」
「うぐぐぐ。それについては本当にゴメン。てか、おれ、植樹とかするなら残った方がいいのか?」
「今のミツイさんがいても役に立ちそうにありませんのでお気になさらず。苗木もないのに植樹などできないでしょう。けれど、気になるのであれば、せめて長老殿には謝ってから向かってくださいね。
食料として、一週間分、置いていきます。着替えもひと揃えは提供しましょう。その状態で、お行きください」
「あ、ああ……」
「それと、武器でしたね。シウルが予備の剣を何本か持ってきていたはずです。そのうち一本を差し上げます」
「えっ、そんなもんあったのか!」
「チェリオ用の予備ですね。剣というものは消耗品ですので、複数用意しておきませんと、戦いの最中に折れてしまいます。さほど強度の強いものではありませんので」
「そうなのか?でもほら、伝説の剣とかだとずっと使えたりすると思うんだけど、そういうのはねえの?」
「ミツイさんのお国にどんな伝説があるか存じ上げませんが、例えば200年ほど前の勇者の剣という例が伝わっています。その剣は、名人が鍛え上げた、後世まで語り継がれるだろうと言われた剣でしたが、勇者の度重なる戦いに耐えかね、最後は石を切ろうとして欠けたと聞いています」
「なんで石切っちゃったんだよ!?」
「勇者に言わせると、『邪魔だった』とのことです」
「なんだよ、その勇者!?」
「勇者というものは、理を越えた存在ですからね……。常人には理不尽に思われることも、勇者にだけは許されるのですよ。彼は、魔王を倒すまでは至りませんでしたが、その活動を100年留めたと言われる活躍を見せた者でして、勇者に転職してからは、破竹の勢いで討伐を進めました」
世界の勇者の定義は、『魔王に挑む者』だ。国ではなく、神に帰属する存在となる。
転職を重ねる中、その意志を明確した者が勇者になれるという。職業紹介所のリストに常に存在しているが、実際に勇者になった者はまだ一度も見たことがない。
神に祝福され、あらゆる加護が与えられるという勇者は、理を越えた存在になる。世界に存在する『勇力』というものが使えるようになるらしい。『勇力』は、量が決まっているため、一度に複数の勇者が誕生した場合、それぞれの持分しか使えない。一世代に一人の勇者が望まれるのはそのせいだ。細分化しては魔王が倒せない。勇者は、過去にも未来にも別の世界にも自由に行き来できるらしい。もはや人間とは言いがたい。
例に挙げた200年前の勇者は、『魔王に挑む者』として勇者に転職を果たした、比較的最近の例である。エルデンシオ王国の話ではないが、有名人なので知られている。その生涯において、700本の剣を折ったという、鍛冶屋泣かせの男であった。とにかく強く、剣が達者な男だったという。だがそんな男であっても魔王は倒せなかった。
世界の勇者の定義が『魔王に挑む者』であるのと同様に、魔王とは『世界の敵』という定義をされている。魔物の王であり、『世界の敵』であり、『魔力』をもっとも保持している存在。
世に、魔法使いがたくさんいる理由、竜族が存在する理由、そのすべてが、魔王の弱体化のためだという論説を読んだことがある。『勇力』の量が決まっているように、『魔力』も総量が決まっているため、使う者が多ければ多いほど、魔王は弱くなる。そのため魔獣との契約を果たして使える魔力量を増やし、そして日常的に魔法を使うべし。
驚くべきことである。なんと、世界は総出で魔王退治の日々を送っているわけだ。さすがにトンデモ論説なので、この論説を本気にした者はほとんどいなかったが、エル・バランさんは気に入っている説だと言っていた。
「いかがします?」
返答のないミツイに向けて決意を促す。
名も知れぬ賢者の下へ『押しかけ』弟子をするほど、彼の決意は固くはなかったのかもしれない。
だが、保護者の下でぬくぬくと剣や魔法の修行に明け暮れるような日々は、貴族の子息ならばともかく、ミツイさんには出来ない。その間、食べる物も着る物もないからだ。必ず大成するという決意があるならば育ててくれる師匠もいるだろうが、ミツイさんはそうではない。彼にとっては、目の前の食事を得るための日々のお金が、まず必要なのである。
私がこの賢者を提案したのには、理由があった。
居場所が竜の里から近いことと、今のエルデンシオ王国内へミツイを連れて帰ることへの懸念だ。カルシュエル公爵家の出方を調べていないので、せめてその間の時間を稼ぎたい。最後の理由が、この賢者についての情報が欲しかったからである。
竜の里から一番近いのは、ロイネヴォルク王国だが、その次に近いのがエルデンシオ王国だ。賢者とまで言われるような実力者が、それほど近い場所に何の野心もなく住まうという状況が恐ろしい。
目的があって留まっているのであればいいのだ。狙いも分かりやすい。だが、狙いもなく、ただ静かに暮らしていると、なんらかの企みがあるのではないかと疑心暗鬼になる私のような者もいる。単に国に帰属するのを好まない生き方を選んだ方なのだとは思うのだが。
フォローもなしに放り出すのも先方に失礼なので、ミツイには気づかれぬ程度の根回しはしておくとしよう。
「まあ、せっかくだし、行くだけ行ってみるよ」
ミツイはそう言って、幼竜とその母竜との間に別れを果たした。
念話で会話ができるかと挑戦していたので、母竜はともかく、幼竜との交信は途絶えるまい。
長老殿には、額を地面につけるという独特の詫びを入れ、植樹の代わりに、禊池の周りの手入れで話をつけたようだ。長老殿の氷の息で凍りついた池である。確かに放っておいては、ヒナージュ王女が今後禊ができないままだ。
ミツイはその後二日かけて、池の周りを掘り返し、固め直し、また元通り池の体裁を整えた。
「弟子になれそうもなかったら、里に戻ってきてチビスケ連れてエルデンシオ王国に戻るかな。剣の練習はこっちでも出来るだろうけど、魔法はエルさんに習いたいしなあ」
ミツイはその後、私が与えた情報を元に里の山道を降りていく。
彼の挑戦が実を結んだかどうかを私が知るのは、それからおおよそ一ヶ月ほど先のことだった。
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ミツイ・アキラ 16歳
レベル5
経験値:69/100(総経験値:469)
職業:なし(竜騎士試験、落第)→?
職歴:衛視、魔法使い、掃除夫、盗賊、風呂焚き、飛脚、剣闘士、魔獣使い、竜騎士(暫定)、探偵




