51.ミツイ、探偵になる(その3)
屋敷に戻り次第、何度か交信を試みたのだが、キャシーへの連絡はできなかった。池の奥で見つけた紫色の珠をどうにか出来ないか相談がしたかったのだが、現状ではうかつに触ることもできない。
ミツイの怪我はチェリオが治した。打撲と擦り傷だらけになっていたミツイにチェリオは顔をしかめたが、驚くことに、殴りもせずに治してくれた。
駆けつけたリールディエルが屋敷の前で丸くなっているという構図の中、チビスケを連れた人間たちは、いったん屋敷の中に集まることになった。
夕食を皆で食べた後、ミツイは改めてヒナージュへ向き合った。
「なあ、ヒナージュ。教えて欲しいことがある」
「自分に答えられることでしたら」
「エレオノーラさんから了解をとってもらったけど、今日、禊の場所ってところを見に行ってきた。紫色の影みたいなやつが、水の玉を使って攻撃してきたんだけど……、ヒナージュは、今までにそんなのと遭ったことは?」
「いえ……、ありません。水の玉、ですか?」
「ああ。詳しくは後回しな。見覚えがないならいいんだ。いつも水浴びしにいってるところに、そんな危険なやつが出るなんて、嫌だろうけど、今のおれにはちょっと手出しができない」
「……はい」
「んで、その紫色の影なんだけどな。昨晩、ヒナージュが湖のところに出かけてた時に、透けて見えたやつに、似てたんだ」
「……」
「夜中に出歩いてるのとかって、覚えてるか?」
「いいえ……。自分の魔物化と影響があるのでしょうか」
「あるかもしれないし、ないかもしれねえ」
ミツイはそう言って首を振る。
「エレオノーラさんは、寄生するタイプの魔物じゃねえかって言ってた。仮にそうだとすれば、ヒナージュ、あんたはまだ魔物になってない」
「……え?」
「魔物に寄生されてるだけなら、取り除けばいいんだ。そんなことができるやつに、心当たりはある?」
「……いいえ。ロイネヴォルク王国は、あまり魔法に聡い国ではないのです……」
「よし、なら別の視点から攻めよう。ヒナージュ、赤い髪の竜騎士候補に逢ってるよな、そいつは、何者だ?」
「ま、待ってください。話が飛躍していて」
「最後に、竜の試験を受けに来たってやつ。王女としかろくに話をせずに帰ったって男がいるんだろ?」
「……は、はい……」
「庇うつもりがあるなら、なおのこときちんと教えて欲しいんだ。おれも、別にそいつがあやしいと疑ってるわけじゃねえんだよ。単に、可能性をつぶしておきたい」
「……」
ヒナージュの瞳に疑念が浮かんだ。質問を繰り返すミツイに対して不審を抱いたのは間違いなかった。
それを、性急過ぎたかと思いながら、ミツイは一呼吸おいた。
「おれの国には、『疑わしきは罰せず』って言葉がある。おれは法律は詳しくないし、こっちでも似たような言葉があるかどうかは知らねえけど。少なくとも、おれは、ヒナージュが悪いやつだとは思ってないし、その竜騎士候補が悪いやつだと思ってるわけでもねえんだ。ただ、ちょっと気になることはつぶしておかないと、変な誤解はしたくない」
ミツイの言葉に、ヒナージュはみるみるうちに目を潤ませた。
ほとんど表情を表に出さなかった、淡々とした声の王女ではなく、幼子のように感情を露にした顔で、うつむいたのである。若い顔立ちだから年下だと言われても驚かない、と初対面でミツイは思ったが、こんな表情をしていると、まだ中学生くらいではないかという気になってくる。
「か、彼の名は、ハイネスと言います。ロイネヴォルク王国の、騎士で……、兄上の、幼馴染にあたります」
わたしという自称を、ヒナージュははじめて使った。
「ハイネスは、ようやく竜騎士に志願できるようになった、それが叶えば貴族の仲間入りができる、高貴なる方との婚姻を望むことも可能になると……」
「え?」
思わずミツイは目を丸めた。
「兄上の幼馴染とはいえ、身分の低い身の上です。彼に、想いを寄せる相手がいるとは知りませんでしたが、竜騎士となれば、その方と結ばれることができるのでしょう。わたし、わたしは、仲介役としてそれを祝福するべき立場ですのに、ハイネスが嬉しそうに言うのを、一緒に喜んであげることができなくて。
竜の試験への祝福を、きちんと執り行うことができなかったのです。彼は、おそらくそのせいで儀式を終えることができず……、それ以来、わたしは仲介役としての役目を果たせなかった申し訳なさに、魔物につけいれられてしまう隙を……」
ぽろぽろと涙をこぼしながら謝罪を述べるヒナージュに、ミツイは半ば呆れ、助けを求めるようにエレオノーラを見やった。
「……あのさ、エレオノーラさん。おれの勘違いかな、これ」
「たぶん、お間違いではないかと存じます。詳しくは、問い合わせてみませんとわかりませんが」
ミツイは半ば呆れつつ続きを聞いた。
「ハイネスは、身分こそ低いですが、正義感の強い騎士です。魔物化した、いまのわたしの姿を見せることはできませんが、おそらくロイネヴォルクが魔物に襲われたとすれば、それに対抗して戦っているはずです。なのに、わたしはこんな……兄上や国の民に姿も見せられぬような存在に落ちぶれて。……どれほど、情けないか……」
「ちょっと、ストップしてもらっていいか」
ミツイが片手を上げるのを、ヒナージュは涙目で見上げた。
「ええと、さ。ハイネスが、今回の事件に無関係らしいってことは、分かった。つまり、あれだな?ヒナージュ、そいつのことが好きなんだな?」
「!?な、なにをおっしゃるのですか!?そ、そんなことがあるわけがありません!わ、わわ、わたしは、ロイネヴォルクの姫です。そ、そんな、と、殿方を好くなんて、そんなことがあってはいけないんです!」
愕然として目を見開いたヒナージュに、ミツイの方が驚いた。
「……まあ、そうですね。政略結婚が避けられない身の上で、恋をすると厄介ですが……」
「こここここ、恋!?な、なにを、何をおっしゃるのですか、エレオノーラ姫!?」
いや、まあ、そんな真っ赤な顔されて、否定されても可愛いだけなんですが。とミツイは思ったが賢明にも口には出さなかった。
ちくしょう、せっかく同年代の女の子なのに、恋人(未満)持ちかよ、と思いもしたが、それも口にはしない。
とりあえず、竜騎士になれずに国に帰ったハイネスが傷心のあまり別の恋人を作っていないことを祈りたい。
「まあ、いいんだ。ハイネスは、竜騎士になりにここに来た、けど、儀式はうまくいかず国に帰ったんだよな?」
「は、はい」
「その時に、儀式をちゃんとできなかったってことで、ヒナージュは落ち込んでて、そこを魔物につけ込まれた」
「……おそ、らく」
「エレオノーラさん、竜の試験の儀式って、なんだか分かる?」
「いえ、むしろ私もそれを知りたくて同行している面がありますので。ただ、竜騎士になる方法という点から言いますと、誰かしらの立会いが必要だという条項がありますので……、ヒナージュ王女が、竜の卵を孵す場で、立ち会うことができなかったということでしょうか」
「ヒナージュは自分が魔物化したせいで、竜たちにまで影響が出たんじゃねえかと思ってるけど、たぶん、そこは違う。竜の病気とかは、水に原因があると思うんだ。ヒナージュに影響を出したのも、たぶんそっちだから、ヒナージュが魔物化しようがしまいが、きっと同時期に進行してたんだよ」
「み、水……ですか?」
「さっきも言った、ヒナージュの中にいた紫色の人影だ。あれが、魔物なんだろさ。やたらと水で攻撃してくるところ見ると、本体自体も水なんだろう。つーわけで、おれとしては、一つ、一か八かの提案をしたい」
ぴしっと指を一本立てて、ミツイは周囲を見回した。
夕飯の席であったから、ミツイ、エレオノーラ、ヒナージュ、チェリオ、シウル、チビスケがいる。その全員の顔を見回してから、ミツイは続けた。
「長老とかの竜に協力してもらってさ。あいつ、焼いたらどうだろう」
ヒナージュの中に潜んでいると思われるそれに、聞こえていたら台無しだと思われた。
否、もし聞こえていれば、出てくるのではないかとミツイは思ったのである。
そのために、実はリールディエルを屋敷外に待機させていた。残念ながら目論みはハズレたようだ。
「難しいかと思います」
最初に否定の言葉を口にしたのはエレオノーラである。
「竜の炎は、対象を細かく選別できるほど、小さくありません。ヒナージュ王女の中から現れる紫色の影だけを狙って、というのは現実的ではない提案かと」
「でも発想は悪くねえよな?水が本体なら、蒸発すりゃ消えるだろ?」
「まあ、確かにそうですが……」
「もしくは凍らせて砕く。けど、ここに冷凍庫はねえしなあ」
「『れいとうこ』ですか、それは、どのようなものです?」
「水を凍らせることのできる箱だよ。んーと……。氷室ってのは、この国にはあるのか?」
「『ひむろ』?それも聞きなれない言葉ですが……。凍らせるといえば、魔法使いならば、可能かもしれませんね。水系の魔法が得意な魔法使いならば、湖の水を一瞬にして浮かび上がらせることも可能だと聞きますし」
「魔法使いはいないから却下だよな。えーと、それじゃあ、氷を吐く竜とかはいねえの?」
「いるかもしれませんが……」
「どっちにしろ長老さんに提案が必要だな」
よし、とミツイが立ち上がるのを、エレオノーラは複雑な顔で見やった。
どこまでも突然な提案を行ってくる男である。正式な手続きも何もない提案なので、止めようにも言い訳が浮かんでこない。
「……せめて、明日になさってはいかがでしょう。今夜はもう暗いですし」
「おれの国には、『善は急げ』って言葉もあるんだよ」
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ミツイ・アキラ 16歳
レベル5
経験値:39/100(総経験値:439)
職業:探偵
職歴:衛視、魔法使い、掃除夫、盗賊、風呂焚き、飛脚、剣闘士、魔獣使い、竜騎士




