表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界リクルーター  作者: 味敦
第二章 ミツイ 異世界に捕らわれる
48/65

47.ミツイ、竜騎士になる(その5)

 ミツイたちが滞在に用いることになったのは、ヒナージュが暮らしている屋敷だった。王族でありながら使用人もおらず、一人暮らしで日々を送っているということにミツイは驚いたが、ロイネヴォルク王国では多いことらしい。


「ロイネヴォルクは王族であっても竜騎士になります。竜騎士は、独身寮と言いますか、騎士の詰め所で鍛錬を行うことも多いですから。王族であろうと小さいころから身の回りのことくらいはできるようにと教わっています」

「すっげえな。ちなみにエルデンシオはどうなんだ?」

「ミツイさんは、第一王子にも第二王女にもお会いになったことがあるのではなかったでしょうか」

「うん。とりあえず出来なそうってことは分かった」

「我が国がロイネヴォルク第一王子との婚姻を渋る理由もそこにありますね。私にしろ、第二王女にしろ、急に生活環境が変わりすぎると王族としての品位まで落としかねません」


 どういうことだろうとミツイは考えて、お嬢さん育ちが男の一人暮らしのところに嫁に入るようなものだと理解した。うん、家事もなにもできない人間にいきなり来られても困るだろう。だが、エレオノーラに関して言えば、淡々とした仕事ぶりからは何もできないお嬢さんという印象は受けない。料理は出来ないかもしれないが、掃除や洗濯などは平然とこなしそうなイメージがあった。逆に、お姫様という印象を受けない。

 ミツイは屋敷の中を確認して回った。竜の里にあって、人間が寝泊りする場所はこの屋敷しかないらしい。日本で言うなら2LDkといった内容だった。二部屋あるうち、一つはヒナージュの寝室で、もう一つは衣装・食料部屋である。台所で自分で料理したりといったことはしないらしく、用意されている食料は、一月に一度程度やってくる国許からの差し入れらしい。保存食といったところだろう。水道はやはり魔動具になっていて、台所の器具はミツイには何一つ動かすことができなかった。


「じゃあ、こっちの、ゴチャゴチャしてる部屋がおれとシウルさんってことで」

「女性の衣装のある部屋に寝泊りさせるわけにはいかないのですが」

「エレオノーラ様と同じ屋根の下で寝入ろうなどと断じて許すわけには参りません」

「え、じゃあどうしろっていうんだよ?」

「……あの、出来ましたら私は外の、馬車の中で眠らせていただいてもよろしいですか」


 裏切り者は身内にいた。御者のシウルが辞退してしまったので、ミツイも馬車で休むはめになった。


「何日野宿したと思ってんだよ、シウルさん。たまにはちゃんとした布団で寝たいって思わねえの?」

「王女殿下と同じ部屋で寝泊りしたと伝われば、私は命がいくつあっても足りません」

「馬車は同じじゃねえか」

「移動中は別ですよ。バラバラで眠られると守れなくなりますし、四方八方から敵が現れるかもしれませんから。でもここは竜の里です。病にかかった竜が多いとはいえ、外敵がいるとは思えませんし……」

「本音は?」

「たまに休息がとれる時くらい、同行者に気を使わずにゆっくり羽を伸ばしたいと考えてもよいのではないでしょうか」

「しゃあねえなあ。なら、シウルさん付き合ってよ。修学旅行の夜みたくさ。好みの女のタイプとか言い合うヤツ。枕投げでもいい」

「馬車には枕はありませんよ……」


 その夜のことである。




 ミツイは寝付けなくて目を開けた。

 竜の里は山岳地帯にあり、また秘境ともいえる山中だ。湖の湖畔に広がっていることもあり、年中涼しい気候が保たれている。言葉で言えば美しいが、それはつまり真夜中や明け方はとんでもなく寒いということだった。

 馬車の中で毛布にくるまり、ミツイはガタガタ震えていた。眠いので早いところ寝たいのだが、手足の指先が冷たく、なかなか寝付けない。毛布の中で小刻みに身体を動かして、なんとか暖めようとするのだが、今のところ疲れるばかりで無駄な努力に終わっている。

 嫌味なことにシウルはすでに平和な顔をして眠っている。御者なだけにこういった気候にも慣れているらしい。旅慣れた男は一味違う。


 カタン、と小さな音が聞こえ、ミツイは意識をそちらに向けた。

 紫色のオーラをまとった人影が、ふらふらと歩いていくのが見える。


「ヒナージュか。こんな夜中にどこ行くんだか」


 こっちは寝付けないってのに。ぼやいたミツイは、自分の言葉に違和感を覚えた。

 

「いや待て。ホントにどこ行く気なんだ?」


 寝付けなかったこともあり、ミツイは起き上がった。寒いので毛布だけは身体に巻きつけて、簡易なマント代わりにして歩き出す。ずりずりと重たい毛布を背負ってなので、機敏な動きとは言えなかったが、ヒナージュを見失うことはなかった。


 ヒナージュが向かったのは湖畔である。

 暗がりの中に広がる湖というのは、夜中に見る海と同様だった。果てもなく、また水面もよく分からないのに、ゆらゆらとした濃淡のために、そこが近づいてはならない場所だということが伝わる。

 ヒナージュが両手を前に突き出すと、そこからゆらゆらと紫色のオーラが立ち上った。

 紫色のオーラは人のような形を描き、それが湖に向かって手を広げているのが見える。二重に重なって見えるが、ヒナージュと紫影は同じリアクションをとっているらしかった。

 

『はい』


 声が聞こえた。女の声が誰かに対して応えるような声である。ヒナージュの声ではない。


『幼竜で試してみればよろしいのですね』


 かしこまりました、と女の声は応えて、紫色のオーラがヒナージュの中へと戻っていく。

 再びゆっくりとした歩みで屋敷へと戻りはじめた姿を見送りながら、ミツイは呆然とした。


「待て。幼竜って、チビスケのことじゃねえだろな……」

 

 口に出してみてぞっとした。他に誰の可能性があるというのだ。

 夜露を含んで重さが倍のようになった毛布を抱えながら、ミツイはなんとか馬車へと戻って来た。すぐにでもチビスケの姿を確認したかったのだが、そこで力が尽きる。山中の寒さよりも眠気が勝り、馬車の中に倒れこむようにしてミツイは眠りに落ちてしまった。


 


 翌朝になって、ミツイは早々にチビスケを迎えに行った。

 こんなことならエレオノーラに預けたりせず、自分で抱えていればよかったと思ったのだが、馬車の中で眠らせるのも忍びなかったし、エレオノーラがやたらと可愛がっているように思えたので、任せていたというのが本音だ。


「おー、元気か、チビスケ」

『元気ダヨ!オナカスイタヨ!』

「よしよし、じゃあ飯にしようぜ。チビスケのご飯は馬車ん中だ」

『わーい!』


 チビスケの見た目はなんら変わりはない。おかしなことを試されたかどうかは判断がつかない。

 

 ミツイの考える限りにおいて、起きている時のヒナージュは、紫色のオーラとは無関係だと思われた。夢遊病者のような歩き方からして、眠りについたヒナージュの身体を誰かが使っていると見ていいだろう。やり方は不明、戻し方も不明、ついでに言うと、ヒナージュがそれを受け入れているかどうかも不明だが、肝心なことは、それを本人にどう問い詰めればいいのか分からないということだった。「あんた幽霊に憑かれてない?」というのは、霊媒師だから言えることであって、ミツイはそうではないのである。


「なあ、エレオノーラさん。魔物についてって詳しい?」

「詳しいかと問われれば、否定いたします。エル・バランさんのような魔法使いというわけではありませんので。けれど、職業紹介所の職員程度の知識でよろしければご提供できますよ」

「とりあえずそれでいいや。んでさ、魔物化って、紫色になるんだろ?」

「あまりにざっくりとしたおっしゃりようなので肯定しかねますが……、外面はそうですね」

「魔物化以外で紫色になる例って、ねえの?」

「一般的にはありません。しかし、竜族が竜石と化す前は同様のオーラをまとうところを考えますと、魔性の影響下にあれば同様のことがありえるかもしれませんね。本人が魔物化する以前に、その兆候が周囲から分かるといいますか……」

「エレオノーラさんが見る感じ、ヒナージュは魔物なのか?」

「判断つきかねます。魔物化すると理性が働かないというのが一般的ですが、ヒナージュ王女にその様子は見受けられません。また、昨日の夜もいたって平穏でした。夜風に当たってくると言って出て行った時にだけ、少しだけ様子がおかしかったですが、こちらに危害を加えてくる気配はありませんでした」

「さすが、よく見てんなあ」


 ミツイは迷い、とりあえずチビスケを腕に抱え込むことにした。おかしなことをされるのでなければ、今のところヒナージュを警戒しすぎたところでどうしようもない。

 

 竜騎士になる試験を受けられないということが分かったため、エレオノーラたちは国許へ帰ることになっている。朝、長老に一度挨拶を行った後、馬車ごと麓まで送ってもらえないか交渉する予定だ。自分たちだけで戻れればいいのだが、本来は途中で置いてくるはずの馬車がある。道中を進むことができない。


 明るいところで改めて湖畔を見やったミツイは青ざめた。

 数十匹の竜が水場に集まって水を飲んでいるのが見えるのだが、その半数近くが紫色のオーラをまとっているのだ。こうまで分かりやすくされると、それが竜石になるのか病気なのかはともかく、影響下にある竜かどうかは一目で分かる。

 ごくごくと湖の水を飲む竜を見ながら、自分たちは魔動具で作った水を飲む。真水で腹を痛めると決まったわけではないが、魔動具があるのだからそれを使うことに違和感は感じない。

 ヒナージュも、普段の水は魔動具で作って使っているらしい。日に一、二度、水浴びをする時だけ湖から引いた水を使うのだそうだ。


『おかあさん!』


 食事中だったチビスケが喜びながらそう叫んだ。ぴぃぴぃと鳴きながら跳ねるのを見て、ミツイもつられて上を向く。上空に影がかかり、ざっと降り立ってきた竜は、ツンとそっぽを向きながら話しかけてきた。


『まだいたのですね、ミツイ。わたくしはこの地を離れる気はありませんが、魔力の加護は続きますから安心なさい』

「お、そうなんだ?契約が続くならリールディエルは大丈夫なんだよな?そりゃ良かった」

『……フン。竜の里にいては我が子がいつ病にかかるとも知れません。幼子ゆえに戦いの助力にはなりませんが、連れていっても構いませんよ』

「さんきゅ。けど、チビスケはいいのか?せっかくおかあさんに会えたのにさ」

『ダイジョウブだよ!一緒ガイイヨ!』

「おれと一緒?」

『ソダヨ!』


 ミツイに懐くチビスケに、リールディエルが不満そうに首をもたげた。なかなか面倒な母である。


「そういやさ、リールディエルにも聞きたかったんだ。病気が流行りはじめたころに、おかしなことはなかった?見たことない余所者が来たとかさ」

『いいえ?何も変わりはありません。ヒナージュ王女がこちらに来てからは、竜騎士の国からの使者が定期的に来るだけです。滅多に、竜の試験を受ける者はいませんし』

「王女はここで何してんだ?」

『世話役として、長老と人間との間の仲介などを行っていますね。竜の試験を受ける者があれば、その立会いを務めるのが彼女の役目ですから。……ああ、けれど、最後に竜の試験を受けた男が来た時は、少し様子がおかしかったかと』

「いつだ?」

『一年か半年か、とにかくそのくらい前です。背の高い、赤い髪をした人間に見えました。男が滞在してる間、ぼんやりしている様子だったので、長老も覚えているでしょう』

「そいつは竜騎士になれたのか?」

『覚えてませんね』


 ミツイは首をかしげたが、とにかく調べる手がかりを得た。

 竜の試験を受けに来たということは、竜騎士志願の者だったのだろう。ロイネヴォルクの人間だったのかもしれないが、竜族は人間のささいな違いには興味がないらしい。


「ありがとな」


 ミツイが礼を言うと、リールディエルはフンとそっぽを向いた後、水を飲むため湖へと向かって飛び立った。


「あの水、どの竜も飲むんだな?」

『ソダヨ!オッキクなると、ゴハンハ水ダケデヨクナルよ!』

「……ふうん?」


 食事を終えたミツイとエレオノーラたちは、挨拶のために長老へと面会を行った。今度はチェリオとシウルも一緒である。前日にも同胞との戦いを行っていたと思われる長老は、生々しい傷跡を増やしていた。


「長老殿。滞在させていただきまして感謝いたします。これにてお暇させていただきたいと存じますが……、その前に、こちらのチェリオより回復魔法をかけさせていただくことをご了解いただけませんか」

『われらは代価を出せぬ。それでもか?』

「治ると決まったものでもありませんので、気になさらず。一晩の宿の代価とでもお思いください」

『なれば、良い』

「チェリオ」

「はっ……」


 チェリオは緊張しながら長老に近づいた。回復魔法は直接肌に触れていなくては効果がない。触れ方は千差万別だが、竜に直接触れる機会など今後一生ないかもしれないと考えたチェリオは、直接手のひらで患部に触れることにした。

 紫色のオーラをまとう竜に近づくのは正直なところ怖く、足がすくみそうだったが、エレオノーラが見ている前で恥さらしな真似はできない。また、ミツイのような男が期待しているというのに、出来ないなどとプライドが許さない。


 チェリオの身体がぽわっと光を帯びた。触れていた患部が、わずかに輝く。

 

 それは、ミツイが期待するような劇的な変化ではなかった。バンソーコーを貼っておいた傷が、いつのまにかふさがっているといったくらいの変化でしかない。だが、それでも生々しい傷にわずかながら変化が見えたのが分かった。


「ひぃっ……!?」


 しかし。患部に触れていたチェリオの身に紫色のオーラがまとわりついてくるのを見て、ミツイはぎょっとした。エレオノーラが驚いて声を上げ、シウルはただただ唖然とする。


「チェリオさん、離れろ!」


 走り寄ったミツイが強引に引き離すと、紫色のオーラは諦めたように長老の身の回りに戻っていく。

 そういえば、病の伝染の仕方は不明だという話だった。直接触れてはいけなかったということか。

 ミツイに抱き込まれたチェリオは動揺した。紫色のオーラもそうだが、天敵である男に抱きこまれているという状況が悪い。しかも、どうやら自分は今、助けられたのではないか。

 

「は、離れろ!」

「へ。あ、あー、そうか。男嫌いだったっけか。いやいや、でもちと待ってくれ。それどころじゃねえよ!」


 思わず拳を振り上げたチェリオに気づき、ミツイは慌てた。抱え直して長老から距離をとりながら、顔を上げる。


「長老さん、大丈夫か!紫色が変な動きしたぞ!」

『……問題は、ない』

「声があんま大丈夫じゃねえよ。脂汗浮いてんじゃねえの!?」

「ミツイさん、竜族は汗はかきません」

「そういう話でもねえよ!」


 じりじりと下がった先で、チェリオをエレオノーラに預ける。紫色のオーラにまとわりつかれたというのはチェリオの身体に影響を与えていたようで、鍛錬を受けている身でありながら動きがぎこちなくなっている。

 受け止めようとしたエレオノーラに慌てて、チェリオはなんとか体勢を整えた。


「いけません、エレオノーラ様。万が一感染するものでしたら大変です。少なくとも影響を受けていないことを確認するまではお触れにならないでください」

「……仕方ありませんね」


 長老の様子はおかしかった。必死に何かを堪えるように目を閉じる。

 巨大な竜が目を閉じて身体を丸める姿は、道中何度か見た竜石を思い出してミツイの心を冷やした。


「エレオノーラさん、帰るのってすぐじゃねえとダメか?いや、エレオノーラさんたちだけ帰ってもらうのはアリか?」

「どういう意味でしょうか。ミツイさん、お帰りにならないおつもりですか?」

「そういうわけじゃねえよ。けど、……このまんま、何もしねえで帰るのって、嫌だ」

「ご自分に何ができるのか、よくよくお考えになった上での発言でしょうか。竜の病を治すことができた者は、……かつておりません」

「それでもだよ」

「……構いませんよ」


 エレオノーラは微笑んだ。


「ミツイさんがチビスケ様に認められた理由は、おそらくそこにあるのでしょうから」


 


  □ ■ □




ミツイ・アキラ 16歳

レベル4

経験値:99/100(総経験値:399)

職業:竜騎士

職歴:衛視、魔法使い、掃除夫、盗賊、風呂焚き、飛脚、剣闘士、魔獣使い



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ