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異世界リクルーター  作者: 味敦
第二章 ミツイ 異世界に捕らわれる
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46.ミツイ、竜騎士になる(その4)

「いかがされましたか?」


 ロイネヴォルク王国第一王女、ヒナージュと名乗った少女は、ミツイと同い年くらいだろう。顔立ちは若く、年下だと言われても驚きはしないが。紫色のオーラをまとっていながら、苦しそうな様子はない。


「いや、なんていうか……。病気だったりするのか、あんた?」


 我ながら聞き方が下手だと思いながらミツイが尋ねると、ヒナージュは微笑んだ。


「いいえ。自分は、魔物化しているのです」

「……ホントに?」


 ミツイは二度三度と瞬きした。目の前の少女が魔物だと言われてもピンと来ない。

 ミツイが知っている魔物といえば、円形劇場に現れたキマイラだ。紫色のオーラは、確かに少女を包んでいるが、それ以外はいたって大人しそうな美少女にしか見えない。


「ヒナージュ王女。我が国に、現在アルガート殿が滞在しておいでです。そちらのご事情はご存知ですか?」

「いいえ。魔物化した折に、国との連絡を行うことは取りやめましたので、状況は何も。うかつに返信を行っては、それが兄や国のためにならぬことになりかねません」

「……ロイネヴォルク王国は、魔物に襲われていると報告を受けています」

「そうですか。ではやはり、自分を魔物化したのはその一環かもしれませんね」


 淡々としたヒナージュの声に、ミツイはだんだん肝が冷えてきた。アルガートははっきりとは表に出さなかったが、連絡のとれない妹を心配しているのは間違いないと思っていた。それが、生きていてくれて喜ばしいと思ったのだが、どうやら無事というわけではないようだ。

 大人しそうに見えるのだが、実は突然人が変わったりするのだろうか。


「人を襲ったりはしません。その能力もありませんし。……ですが、魔物は魔物です。自分にも、なぜこのような事態になっているのかわからないのですが……。竜の病が、人間の自分にはこのように作用したのでしょう。

 さあどうぞ、皆様。長老にお会いください」


 ヒナージュはそう言って、ミツイたちを誘導しはじめた。付近で一番大きな洞窟が、長老の巣であるらしい。

 そちらへと歩きを進めながら、ミツイは沈黙が気詰まりになって話しかけることにした。


「そういや、アルガートとヒナージュって、年は近いのか?」


 ミツイの見る限り、アルガートは同い年くらいだと思っていた。その妹であるヒナージュも似たような年に見える。双子や年子ということだろうかと思ったアルガートへ、ヒナージュが微笑んだ。


「自分は16歳ですが、兄は21歳ですよ」

「ええええ!?アルガート、そんなに年上だったのか!?」

「ミツイさん、いくつだと思ってらしたのですか」

「同い年くらいかと思ってた」

「兄に逢えたら伝えましょう。若く見られて喜ぶかもしれません」


 え、喜ぶかな。女でもあるまいしとミツイは思ったが、まあ、別にいいかとも思い直した。

 意外ではあったが、年上だとわかったところでミツイが態度を変えることはなく、またそれをアルガートが喜ぶ気もしない。魔物になってから国許と連絡をとらなかったというヒナージュが『兄に逢えたら』というのは、ありえない未来の空想ではなく、希望を捨てていないという意味でよいのだろうか。


「ヒナージュは魔物って言ったけど、いったいいつから?」

「わかりません。気づいた時にはこうなっておりました。はっきりと認識したのは、竜の里に最初の竜石が出現した時でしたが」

「他の竜から言われたこととかはなかったのか?おまえ紫色だぞーみたいな」

「ありませんでしたね。……竜は、魔物であっても差別はしませんので、そのためであったかもしれませんが」

「なるほどなぁ。で、病気ってのは、心当たりないのか?」


 微笑んだのに気をよくしてさらに尋ねてみる。ヒナージュの顔がわずかに強張った。


「……自分が魔物化したために、病が広がったのではないかと、……そう思っております」


 言葉に混じる無念そうな響きに、ミツイは自分が地雷を踏んだことを理解した。




 長老の巣にやってきたのは、チビスケと契約をしているミツイ、王女であるエレオノーラ、足元を転がり跳ねるチビスケと案内役のヒナージュである。

 チェリオと御者のシウルは馬車で待つことになった。竜騎士の試験を受けたいという用件については、エレオノーラから言い添えることになっている。エレオノーラを一人にすることへチェリオは渋い顔をしたが、相手が竜の長老となるとさすがにごり押しはできない。

 洞窟の中はだだっ広く、明かりがあるわけでもないのに明るかった。どうやら入り口が広すぎて、外の明かりが充分に差し込んでくるからという事情があるようだ。長老が入り口からほど近い場所に待機していたことも理由だろう。家と言ってもミツイが思うような周囲を囲んだものではなく、要するに雨避け・風除けでしかないらしい。

 長老と呼ばれた竜は、ひときわ大きかった。リールディエルの二倍はあるだろう。長老というだけあって鱗の色にも年季が入っており、鈍い銀色をしていたが、それが時折紫色のオーラを帯びるのが痛々しい。

 また、ミツイが見る限り、長老は傷だらけだった。古傷なのか新しい傷なのかは分からないが、切り裂かれた痕のようなものが随所にある。見ているこっちが痛い、とミツイは思った。

 エレオノーラが自分の名を名乗るを聞きながら、ミツイもその流れに乗った。


「エルデンシオ王国第一王女、エレオノーラと申します。エルデンシオ王国を代表して参りました」

「おれはミツイだ。ここにきたのは、チビスケの見送りなんだけど。……そういやチビスケは親は死んだって言ってたんだけど、リールディエルは生きてたよな」

『連絡ガナカッタラ、シンダトオモエってイワレテタよ!』

「あ、そういう意味だったのか。なら、良かった」

「ミツイさん、長老とのお話中に内緒話は遠慮してくださいませんか」

「あ、いや、悪ぃ。

 それでさ、長老さん。チビスケについてはいいんだ。おかあさんにも再会できたし、幼竜は病気にはならないんだろ?けど、あんなに竜石とか見ると気の毒でさ。なんか治す方法、ねえの?」


 エレオノーラはミツイの礼儀のない問いかけを咎めるのを、いったん諦めた。

 これが人間の貴族相手であったなら、心が広い人間相手であったとしても咎める必要があるだろう。だが、竜は礼儀よりも心意気を認める種族だと聞いたことがある。それならば、ミツイの無礼な物言いも、許されるのかもしれない。少なくても『無理』だと思われている竜石からの回復を、やろうと思っていることは評価に値する。


『われらにはわからぬ』


 長老の声が、ミツイの耳に届いた。

 ものすごく渋い声だった。男か女かと言えば間違いなく男だろうと思われる、低音でビリビリと響く声だ。声優に例えると誰だろうとミツイは考えた。


『人間、この里を訪れた理由はなんだ』

「こちらのミツイが、チビスケ様と契約を結びました。魔獣使いの資格を得ましたので、叶うのであれば竜騎士への道を拓いていただきたいと、試験を受けに参ったのです」

『竜騎士とな』

「はい。また、叶うことならば受験をお許しいただきたいと、エルデンシオ王国より同行しております者が一名おります。洞窟前に待機しておりますが、お目通り叶うのであれば……」

『ならぬ』

「……申し訳ありません」

『人間の王女よ、誤解はするな。われらはそなたたちを拒絶するわけではない。……だが竜の試験を行うことは、この状態では不可能なのだ』

「そう言いますと?」

『竜の里は、半数が竜石となり、あるいは魔性に堕ちた。われもまた、時間の問題であろうと思われる。この状態では試験を行うことはできぬ』

「……左様でございますか」

『人間の王女よ、竜騎士に必要なものはなんだ?』

「竜との相性や剣技、礼儀作法と……」

『それは、人間の国内の場合だろう』


 エレオノーラはわずかに怪訝な色合いを顔に浮かべた。ミツイが見たことのない顔である。


『竜の里において、竜騎士となる条件は一つだけだ。それが叶うのであれば、竜騎士の資格を得る。前職がなんであろうと関係ない。過去には、竜騎士を目指す者の従者に過ぎなかった幼子が、資格を得たこともある』

「そうなのか」


 思わず口を挟んだミツイは、小学生が竜に乗る姿を想像した。うらやましい。


「何をすりゃいいんだ?あ、いや、別におれは竜騎士になりたくてどうってわけじゃねえんだけど……」

『竜の卵を孵すのだ』

「卵?」

『左様。竜騎士が生まれるたび、パートナーとなった竜は戦いに巻きこまれ、命の危険にさらされる。ならば、竜騎士となる者はその責任として、新しい命を誕生させる必要があろう?さもなくば、竜はただ絶滅していくのみだ』

「……えーと?普通にしてたら、孵らないのか?」

『孵すのに、何百年かかるかわからんな』

「……そんなに孵るのに時間がかかるのか」


 ミツイは半ば呆れた。

 

『卵はいくつもある。だが、孵るのにかかる年月は、その卵の運命によって異なる。数千年経ってようやく誕生する命もあれば、わずか数日で生まれてくる命もある』

「なんか、妙ちくりんなんだな」

「……ミツイさん、さすがにその物言いは遠慮してください」


 エレオノーラが咎めたが、ミツイとしては理屈がわからなくて戸惑うばかりだ。数千年と数日の間には、いったいどんな開きがあるというのだろうか。


『卵のままであれば病にかかることはない。魔性に堕ちる可能性もない。だが、誕生してしまえば幼竜となり、成竜となったが最後、いつ病にかかるか分からなくなる。

 理由が分かっただろう。竜の試験を行うことはできん』

 

 長老はそう言って言葉を締めた。

 エレオノーラは内容を吟味し、その上で諦めることを決めた。竜の試験に未練がないわけではないが、竜の病を治す手立てがない以上、絶滅の危機に晒されている竜族が誘いに乗ることはありえない。

 チビスケでさえ、成竜となったら最後、いつ病にかかるか分からないという危うい状態にあるのだ。魔獣使いの資格を得た者がいるという状況は惜しいが、それは竜族の失望を買いかねない。


「じゃあ、なおのこと病を治さないといけねえわけだな」


 ミツイの納得の仕方はエレオノーラとは異なった。すっきりした顔で笑い、もう一度尋ねる。


「で、治す方法に心当たりとかねえの?

 あとさ、ジイさんかバアさんかわかんねえけど、長老さん。その傷痛くねえ?入り口で待ってるチェリオさんなら、回復魔法使えるから、もしかしたらマシになるかも」


 あれほどはっきりと否定されたというのに、まだ聞くのかとエレオノーラは思った。だが、ミツイの迷いのない表情には、不思議と根拠のない自信が見て取れた。

 エレオノーラは、チェリオの回復魔法程度で竜の傷が癒えるとは思わなかったし、チェリオの回復方法はいささか乱暴なので、とても取引には使えそうになかったのだが、ミツイは取引をしている自覚もないだろう。

 実際のところ、ミツイには取引という意識はなかった。怪我が痛そうだと思っただけだ。


「治し方がわかんねえってのは、まだいいんだよ。リールディエルが言ってたけど、竜石になってない状態なら、人間と契約すると魔力がどうこうで治るんだろ?ってことはさ。竜が皆契約したら、全員回復するんじゃねえの?」

『われらと契約を結べるほどの人間が、相当数いるとは思えぬ』

「それでも可能性はあるじゃん。けどさ、病気ってことは原因があるだろ?それをどうにかしねえとどうしようもない。ってことはさ、病気が流行り始めた最初のころに、なんかいつもと違ったこととかあったんじゃねえかな」

「……ミツイさん?」

 

 ミツイはどちらかというと思慮の足りない方だと感じていたエレオノーラにとって、その発言は意外だった。

 だがミツイはごく当然のような表情を浮かべて続ける。ミツイにしてみれば、病気というからには原因があるのは現代人ならば当然の発想だった。増して、それまで何事もなかったのに急に流行りだすなんておかしいのだ。取り除ける原因かどうかは分からないが、なんらかの原因があり、悪化を防ぐことはできるかもしれないのである。


「おれは頭悪ぃけど、エレオノーラさんなんか冷静だし、話してみたら意外と盲点に気づくかもしれねえじゃん」


 話題を振られたエレオノーラは戸惑った。そもそも竜の病の治し方は知られていない、つまりできないというのが常識だ。それを、『なら、治し方を考えよう』という連想につなげることがエレオノーラにはできなかった。専門家でもないのに、何が彼に自信を与えているのだろう。


「なあ。竜の長老さんは気づいてないことでも、ヒナージュは見てたようなこともあるかもしれねえ。そういうの全部集めてさ、調べたら分かることもあるんじゃねえの」


 ミツイはそう言って、ヒナージュを見返した。


「『魔物化したせいで病が広がった』って、なんか思いあたることがあるんだろ?」


 ヒナージュは驚いたように目を見開いた。

 

「おれさ、チビスケが病気になったらやだなーって、思うんだよ。

 成竜って、つまり大人ってことだろ?せっかく大人になれるのに、それを嫌がるようなこと、させたくねえな」


 長老の口から吐息が漏れた。

 ふっと笑ったらしい気配が伝わってくる。


 遠くから竜の遠吠えが聞こえ、長老は顔を上げた。巨体が身じろぎをすると圧巻だ。ミツイが驚いていると、長老は首を振ってヒナージュに向けて言った。


『王女よ。客人をもてなせ。われは同胞を止めてくるとしよう』

「はい。お気をつけて」


 ぶおんと風が鳴る音がして、長老の身体が浮き上がった。そのまま洞窟入り口から飛び上がり、高々と翼を広げて飛んでいく。何があったのかと目を丸くしたミツイへ、エレオノーラが補足した。


「おそらく、魔性に堕ちた……、つまり、魔物化した竜を止めにいったのでしょう。長老殿の全身にあった傷は、同胞によるものなのですね」


 そうでなければ、竜の中でも最古参であろう長老に、傷を負わせるほどの生き物はまずいないのだ。

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