42.ミツイ、転勤を希望する
私の名前はエレオノーラ。このエルデンシオ王国の首都にある、職業紹介所の職員である。
所長でもあり、王女でもあるが、エルデンシオ王国を訪れたミツイと接する際は一度もそう口にしたことはなかったので、一職員と思ってもらって構わない。
「本当にお一人でいくおつもりですか?」
王女である以上、私にはそれなりの護衛がいる。今の筆頭はチェリオという名だ。
ベリーショートの黒髪をした女性だが、常には男装をしている。単に動きやすいからだというが、女性らしい格好をすることに嫌悪感を抱いている節がある。腰には剣を佩き、周囲を警戒している様子は懐いていない猫のようだ。チェリオと呼ばれることを好むのも、その一面だろう。彼女の本名はチェリアレッタ。貴族位を持つとある子爵の姫だ。
「竜の里は、竜の病気によって全滅の危機にあるという報告があります。王女殿下が向かわれるには危険すぎるのでは」
「一番近くに領地のあるカルシュエル公爵家を差し置くとなると、それなりの権威が必要となります。王族の中では、私が行くのが一番よいでしょう」
先ほどのロイネヴォルク王国王子とのやりとりの中、なりゆきで決まったことではあるが、前から考えていたことではあった。竜騎士の国と呼ばれるロイネヴォルクが落ちた以上、脅威はエルデンシオ王国にも迫っているのである。動きの遅いカルシュエル公爵家に任せておいては手遅れになるかもしれなかった。
カルシュエル公爵家に勝る権威を持つのは、王族を置いて他にはない。国王や継承権第一位の王子を連れ出すわけにはいかないとなれば、残るは私以外はありえない。妹であるコレットは、こういった事柄にはまったく不向きなのだ。
「ならば、せめて護衛を。一師団とは申しませんが、一部隊くらいは連れてください」
チェリオの懸念も無理のないことではある。
ロイネヴォルクを襲ったのは、魔物の集団である。その統括主は、通称『魔王』と呼ばれている。
魔物の王だから『魔王』なのだが、この名を冠するとは魔物ながら豪胆な性根の持ち主だ。
なぜなら『魔王』とは、世界の敵の名前であるからだ。
「竜の里を脅かしに行くわけではありませんので、多数の護衛は必要ありません。どうしてもというならば、チェリオ、あなたが来ますか?」
「無論です」
どうやら彼女の中では、彼女が付いてくることは決定事項であったらしい。少しも迷いのない回答であった。
「エル・バランさんを連れていければ一番良かったのですが。さすがに宮廷魔術師を連れ出しては何事かと目をつけられるでしょう。世話をかけますが、構いませんか?」
「エレオノーラ様」
ジト目で睨んでくるチェリオに、私の方が降参する。
正直なところ、護衛は不要であった。私自身に戦いの術はないが、護剣のおかげでまったくといっていいほど脅威とは無縁でいられるためだ。どちらかというとトラブルをこうむりがちなミツイの方が大変なくらいである。
国王との交渉により、馬車を一台と御者を一人。それと護衛としてチェリオが付いてくるということになった。
「嫁入り前の身で男と二人旅は許可できん」
反対してきた理由が陳腐すぎて、私は呆れてため息をついた。
「男と二人旅をした程度で婚姻を断るような国に嫁がせなければ良いでしょう。エルデンシオ王国第一王女という価値を理解をしていないような国に婚姻を申し入れるような真似は金輪際しないようお願いします」
そもそもである。
王族の婚姻とは政略的要素を含むものである。我がエルデンシオ王国においては、少々その法則に狂いが生じているように思われる。側室制度を廃止したこともそうだが、王族にも関わらず恋愛結婚推奨である国王は、子供たちにもその機会を与えることが親の愛だと勘違いしているようだ。それによって跡継ぎが生まれなかった場合、継承争いなどが生じて国内が混乱するという事態を考慮していない。
ただまあ、国王の言い分にも正しい向きはあり、側室制度をなくしたことによる国内貴族の軋轢は少なくなっていた。側室制度の弊害は、継承権を持つ子供を持ったそれぞれの貴族たちが互いに争うことにある。対外的な脅威に対して力を合わせるべき時に内輪もめをするような真似は避けたい。
そんなわけで、私にも王子にもたくさんの婚約者候補はいるが、婚約者がいないのである。
望ましい相手リストの中で、恋愛する気が沸けばそれが婚約者となる予定だ。
私はといえば仕事の方が楽しいので恋愛する予定は今のところなかった。王子が無事に結婚してくれれば私の婚姻が問題視される率も少なくなるわけで、国の姫君たちにはぜひ、王子の心を掴んでいただきたい。対外の姫が嫁入りしてくれるのであれば、もちろんそれでも構わない。
話がそれたが、ミツイの件である。
ミツイが剣闘士として一定の実力を示したことはひそかに評価されていた。
カルシュエル公爵子息の身勝手な画策によるものであったが、戦士としての評価を受けたロイネヴォルク王国王子と戦いを行い、また協力してキマイラを倒したことにより、ミツイにはエルデンシオ王国への仕官の道が拓かれている。
本人の希望が第一であり、また彼に礼儀作法のレの字もないことは私が知っているので、当面の間それを彼に伝えることはないだろうが。
竜騎士になる、ならないは別として、国王に名と顔を覚えられたことは彼の今後に影響を与えるであろう。
それが、エレオノーラが個人的に肩入れする気に入らない少年、というものであってもだ。
「エレオノーラ様、そもそもミツイとはどのような人物なのです?」
自室に戻る途中、チェリオが聞いた。
明朝出発の予定を決めた以上、チェリオにも出立準備をさせる必要があった。当座の着替えや食料、水の確保などやらなくてはいけないことはたくさんあったが、一番大きいのは、チェリオをなだめることであっただろう。
男性嫌いなチェリオは、当然ミツイのことも気に入ってはいない。
「ミツイさんは、仕事熱心な少年ですよ」
ただ、向上心には乏しい側面がある。何かをしたいと考えるのではなく、やらなくてはならないことならやる、といった具合だ。受身なのである。
才能はあるのだろう。そうでなければこの短期間にあれほど戦えるようにはならないはずだ。
エルデンシオ王国を訪れた時、ミツイは確かに「剣も魔法も使えない」少年だった。特技もないと言っていた。
それが、わずかの間にロイネヴォルクの王子と戦うことになっても臆さないだけの胆力を身につけている。
これは脅威である。
「これからのエルデンシオ王国において、彼が力となるか脅威となるかは、この旅の途中で分かるでしょう」
私の名前はエレオノーラ。その仕事に一文追加された瞬間であろう。
ミツイ・アキラを監視しなくてはならない。
彼が、魔物と化さないように。
□ ■ □
ミツイ・アキラ 16歳
レベル3
経験値:99/100(総経験値:299)
職業:魔獣使い→?
職歴:衛視、魔法使い、掃除夫、盗賊、風呂焚き、飛脚、剣闘士




