40.ミツイ、魔獣使いになる(その2)
エルデンシオ王国第一王女エレオノーラ、年齢18歳、未婚。女性。職業としては王女だが、職業紹介所の所長をはじめ、いくつもの役職を兼ねる才媛である。
「それがなんで、受付してんの?」
「受付が一番楽しいのですよ、あの職場は。後ろで調整などしていても時間の無駄ですから」
「他の人、知ってんの?」
「あの職場で私の身分を知っているのは上司のマクスウェルさんだけですね。来客者で知っている人もいるかもしれませんが。基本的にはそうと分からないように魔法の守護がかかってますので。王女エレオノーラの顔を知っている人間にも、そうとは分からないようになっています」
「名前一緒であることについて、反響は」
「『覚えやすくていいねえ』といったところでしょうか。あまり指摘を受けたことはありませんね」
「カークスさんは知ってた?」
「知っていたら食事に誘ったりはしないのではないでしょうか」
「……マジで、王女様?」
「ええ」
盛装姿のエレオノーラと剣闘士姿のミツイのやりとりに、周囲が青筋を立てるのが伝わった。
伝わりはしたが、それを受けたミツイが態度を改めるかといえば、できかねた。
まったく知らない間柄のお姫様だったら、盛り上がったり憧れたりするのかもしれないのだが、すでに何度も逢っていた美人のおねーさんが王女様だと聞いたところで、「へえ、すげえ」以上の反応ができなかったのだ。
「えーと」
「魔獣使いについての説明から入りましょうか」
「はい」
「魔獣使いというのは、召喚師が召喚した魔獣と契約をかわした者のことです。一般的に、魔法を使うためにはすべてこの方法がとられていますが、魔力の高い者、魔獣との親和性が高いものについては、魔力を貸与する以上の助力を得られるがあるといいます。魔獣本体が協力を申し出、契約を行った場合、魔獣は実体化して魔獣使い本人の使い魔となる……というところですね。
ミツイさんの身近な例で言いますと、キャサリアテルマがそうです。エル・バラン殿は魔法を使う契約を行う際、後のキャサリアテルマとなる魔獣と出会い、魔獣使いの資格を得ました。もっともエル・バラン殿につきましては他の才能も多かったので魔獣使いに留まらず宮廷魔術師になられたわけです」
「ええと……」
「それ以上詳しい説明になりますと、魔法使いのことになるのでエル・バラン殿にお聞きした方が良いですね。今のは一般論ですから。
ともかくそういったわけでして、ミツイさんに対してこちらの幼竜が契約を申し出たと。
この幼竜につきましてはしばらく私のところで預かっておりましたので、他に契約者がいないことは確認済みです。多重契約だのということはありませんのでご安心ください」
エレオノーラの説明を聞いて、ミツイは再び首をかしげた。
契約を交わした覚えは、やはりない。また、説明によれば自分は魔法を使えるようになっていそうだが、その実感もなかった。
「なあ、チビスケ。意味、分かるか」
『ヨクワカンナイよ!デモ、契約はワカルよ!』
「分かるのか?」
『名前ツケテクレタよ!』
ミツイはふと、嫌な予感がした。
「ミツイさん、その幼竜につけたお名前は、今おっしゃっていたもので?」
チビスケと呼んだ。それは単なる、小さな生き物に対する呼びかけに過ぎなかったのだが。
ミツイは黙り込んだ。それを返答と受け取ったのだろう。エレオノーラは言った。
「ミツイさんは幼竜もいつか成竜になるということを少しご考慮なさった方がよろしかったと思います」
おれもそう思う。とミツイは思った。
どうやらミツイがチビスケと呼んだことで、ミツイはこの幼竜と契約を結んだことになったらしい。
事態を理解すれば、それ以上は悩んでも仕方がなかった。知らぬことと言っても、いまさらやり直しはできないだろう。
「魔獣使いって、何ができるんだ?」
「それは、契約した魔獣に寄りますね。『何もできない』こともありますが、場合によっては魔獣が戦いに協力してくれたり、魔獣と視界を共有することができたり、魔獣の能力を一部使うことができたりもするそうです。魔獣の能力にも寄るので、ご本人に確認することが一番かと思います」
「こいつに聞くのか」
「はい。本人が把握していないことはできませんので。仮に、能力として『魔獣使いに飛行の能力を与える』という魔獣がいたとしますが、一体の魔獣は自分との契約によりそれが可能だと知っていて、もう一体の魔獣は知らないとすると、前者と契約した者は飛行ができますが、後者はできません。同じ種族の魔獣であってもそうなります」
「……チビスケ、おまえどうなんだ?」
『オオキクなるまでムリだよ!』
「なお、私たちにはそちらの幼竜の返答が聞こえませんので、今のミツイさんは独り言をおっしゃっていて怪しいです」
「冷静に言うなっ!」
「竜の里には、明日から向かいましょう。荷物がありましたらまとめておいてくださいね」
「え。決定なのか、それ?」
「お断りなさるのであれば構いませんが、魔獣使いのままですと収入がありませんので、その幼竜の食費がかさむだけで得るものはありませんがよろしいですか」
「い、いやいやよくない!けど、あれ?聞こえないって言ってたのに、どうしてチビスケが大人になるまで能力付与ないって分かったんだ?」
「そこまでは申しておりませんが……。幼竜というものは、自力では飛行もできませんし、火も吐けません。その状態で魔獣使い相手に何か能力を発揮するのは難しいのではないかと思います」
「ごもっともで」
□ ■ □
ヘルムントがミツイに対してかぶせた濡れ衣については、衛視団が改めて調査することになったらしい。囚人というのは職歴には付かないとのことだが、きちんと前後関係が整理されて無実であったことが証明されないと、次の職に就くことは難しいのだという。
エル・バランの助手になるのであれば問題ないのではないかと思ったミツイだが、前科持ちが助手になるとエル・バランの評判に傷がつき、迷惑がかかると言われてしまえば引き下がるしかない。
調査に時間がかかる間、竜の里とやらに向かうことはさほどおかしなことではないと思われたので、ミツイは大人しく荷物をまとめてエレオノーラを待つことにした。
荷物が置いてあるのはヘルムントの屋敷だったので、なんとなく癪にさわったが、ヘルムントの屋敷に戻ってきた。すると、待ってましたとばかりにアルガートに鍛錬に付き合わされる。ヘルムントの屋敷にいる騎士は、誰もかれもアルガートの身分に遠慮するかあるいは自信がないかで協力してくれないらしい。
なるほど、一人で練習していたのはそのせいだったわけだ。理解したミツイはアルガートと手合わせをしつつ、休憩のたびに竜についてを聞いてみた。
魔獣使いというものは、一つの才能となるが、そのままでは職に就けない職種なのだという。人間が人間というだけでは職に就けないようなものである。魔獣使いとして何ができるかが重要であり、その点、無力な幼竜がいたところでミツイの選択肢は増えていない。どちらかというと食費が増えて少しばかり足手まといな気がした。
「ぴぃぴぃぴぃっ」
小鳥のように鳴き、足元をチョコチョコついてくるのがかわいいので、まあいいかなと思うしだいだ。今のところミツイにとって、チビスケは戦力というよりペットである。
「竜の里に行ったところで、チビスケじゃあ竜騎士にはなれないんじゃねえの?」
素朴な疑問を上げたミツイに、アルガートが首を振る。
「幼竜がいつ成竜になるかは誰にも分からない。それであれば、早いうちに竜の里に向かった方がいい。竜騎士の資格さえ手に入れてしまえば、いつ成竜になっても構わなくなる」
「アルガートは、そのぅ……竜をなくしたんだろ?行かなくていいのかよ?」
「エレオノーラ王女も言っていただろう、竜の里はロイネヴォルク王国に近すぎるからな。国を襲った魔物たちを刺激しかねない。……そういった意味でも、竜の里に行くことには意味がある。あの里が魔物の襲撃を免れているかどうか、確認ができていないのだ」
「え。それって、危険じゃねえの?」
「危険に決まっている。気づいてなかったのか?」
なんでもないように言われてしまい、ミツイは肩を落とした。
「仕方がないな。少し説明してやろう。ロイネヴォルク王国を襲った連中についてだ」
ロイネヴォルク王国は山岳にある。竜の里とは一番近い位置にあり、数多くの竜騎士を輩出する王国にとって、かの国との友好関係はもっとも重要なものであった。
毎年親交の宴を開いており、互いの国に使者を送りあったりもしているのだが、今現在竜の里に逗留しているのはアルガートの妹にあたる姫だった。
律儀な姫は、毎月必ず国許に連絡を寄越していたのだが、ある時突然連絡が途絶えた。
これはおかしい、と不審に思ったロイネヴォルク王国は、ご機嫌伺いの使者を立てた。もともと友好国のことであるからして、何か問題があったのであれば解決に協力したいと考えたのである。
判明した事態は深刻であった。竜のみがかかる病が流行り、竜の里の民の多くがそれに侵されてしまっていたのだ。
さらに事態は深刻化した。使者が病魔を持ち帰ってしまったのか、ロイネヴォルク王国の竜騎士団の竜たちまでもが病に侵された。即座に死に至るものではないとはいえ、戦力としては頼りにできない。
国力が大幅に減少したところに、山岳の向こう側から押し寄せた魔物たちによって一気に国が落とされたのだ。
魔物特有の紫色のオーラに包まれた集団は、あたかも紫色の霧に包まれるかのようにロイネヴォルク王国の内部へと入ってきた。
「病についても魔物たちが何か仕掛けた可能性はある。だが後手後手に回っていたロイネヴォルク王国は、その原因を追究する余裕などなく、国民を国外に逃がすことで精一杯だったのだ」
「ちょ、待ってくれ。それ、竜の里はまだ病気だらけってことなんだろ?チビスケ連れて行ったら危ねえじゃねえか!」
「まあ、心配はないだろう」
「なんでだよ!」
「病に侵されたのは成竜ばかりで、幼竜は一匹もかからなかったのだ」
「……そんなことってあるのか?」
「あったのだから仕方がない。……分かるか、ミツイ。竜の試験を受けるのであれば、今のうちがいい。成竜になった後に里に近づくのは危険すぎて勧められない」
「キャリアになっちゃうってことはねえの?こう、発症してないだけの状態」
「あるかもしれないが、だとすれば、今のこの状態ですでに感染しているだろう」
「…………」
「それに、誘拐されたその幼竜のことを、里の者は心配しているだろう?」
アルガートの言葉に、ミツイは拍子抜けした顔をした。
「なんだ。その理由の方がよほどしっくりするや」
晴れ晴れしく笑ったミツイに、アルガートが怪訝そうにする。
「誘拐されて、迷子なんだもんなあ、おまえ。よし、家に連れてってやるよ。竜騎士だとか、そういうのは、この際おいとこーぜ」
うりうり、とチビスケのやわらかい鱗を撫でるミツイ。チビスケは気持ち良さそうにぴぃぴぃ鳴いている。どうやらチビスケは撫でられるのが好きであるようで、ミツイが撫でるとゴロゴロと喉を鳴らすようなしぐさをする。その姿からはファンタジーの定番であるドラゴンの姿は想像できない。まあ、よいか。というのがミツイの感想だ。チビスケはこういう生き物ということでよいだろう。
「エレオノーラさんと二人旅ってのも、ちょっとときめくしなあ」
制服姿かドレス姿か、どちらで来るのだろう。ミツイ自身としては、見慣れないドレス姿よりも制服姿の方が話しかけやすいのでありがたい。だが、王族として向かうのであれば正装とかが必要になるのかもしれない。
「エレオノーラ王女は王族だぞ。二人旅なんてことはないと思うがな」
アルガートは真っ当な指摘をしたが、ミツイの耳には入らなかった。
また、この件に関してはミツイの反応の方が正しいと言えた。訪問に正装が必要だからとドレス姿で向かうような姫は、そもそも一介の職員として現場で受付業務などやらないのだ。
翌日ミツイを出迎えたエレオノーラは、乗り物こそ馬車を用意していたが、従者は御者と護衛役が一人ずつ。服装は職業紹介所の制服で、手荷物は大きめのカバンが一つという姿だった。




