39.ミツイ、魔獣使いになる(その1)
ミツイは指示された部屋に向かった。足元をチョロチョロついてくる幼竜も一緒である。
子犬に懐かれたようで悪い気分はしない。増して意思疎通ができるわけで、子犬というより子供だろうか。
「なあ、おまえ、なんて名前だよ?」
『名前、ナイヨ!』
「え、ねえの?じゃあ親とかは?」
『死ンジャッタよ!』
「……ごめん」
幼竜は明るい声で返答してくるが、内容はあまり明るくなかった。誘拐された子供に親の死を言わせるなど、知らなかったとはいえ、気まずいことをしてしまった。
「おれ、これから人に呼ばれてんだけど、おまえも行くか?」
見下ろしながら言うと、ぴぃぴぃ鳴きながら幼竜は跳ねた。喜んでいるようだ。脳裏に声が響く時は鳴かないので、何か使い分けがあるようだった。
「よし、行くぞチビスケ」
『わーい!』
暫定的に呼びかけると、幼竜はチョロチョロと後をついてきた。
□ ■ □
控え室の前にはアルガートがいた。単に綺麗な布に着替えただけのミツイと違い、アルガートは剣闘士の面影をまったく残さない格好だった。上から下までコーディネイトされた貴族風の服装だ。エルデンシオ王国の民とは少し趣が違うため、エキゾチックな雰囲気を醸し出す王子然とした格好に、ミツイは唖然とした。
「ずりぃ」
「ずるくはない。ここから先は、王子としての職務だというだけだ」
「いや、ずるいだろ。なんでおれはこの状況で半裸なんだよ。服着せろよ」
「剣闘士なんだからその格好が正装だろう」
「いやいやいやいや」
「ぴぴぴぃ!」
アルガートは、昨夜会った時と、先ほど戦った時の印象の、ちょうど中間くらいの雰囲気だった。本来の彼はこのくらいのバランスなのだろう。
「王子バージョンと戦闘バージョンとで、人格違わねえ?」
「ばー…?」
バージョン、の意味が分からなかったのか、アルガートはわずかに首をかしげたが、こう続けた。
「違っていて当然だろう。王族としての職務を果たす際に戦闘時の顔をしていては会話にならん。服装もそうだが、考え方からなにまでおのずと変わってくる。おまえとてそうじゃないのか?」
「うーん……。いや、でも、ほら。相手が誰でもおれはおれだし……?」
「確かに王族と分かっても態度が変わらないところを見ると、国王の前でもその調子かもしれないな」
アルガートは笑った。ミツイには分からないことだが、アルガートの漂わせるオーラは只者ではないと訴えるものがある。それを見た人間は、彼が並々ならぬ身分の者であると気づくのだ……本来ならば。だがミツイにはそれが通じない。アルガートがただの剣闘士であったとしても、戦士であったとしても同じなのだろう。それはアルガートにとっては小気味いいことでもあった。
「ぴぃぴぃっ」
「どうした、チビスケ」
ぴぃぴぃと鳴く幼竜を撫でる手つきは優しいが、そこに竜に対する畏敬が見えない。それも、アルガートにとっては奇妙なことだった。キマイラの口の中に手を突っ込む無謀さを持ち、王族相手にも臆することがない少年……それは、無知であるからか、あるいは大物なのか。興味が沸く。
二人で並んで(幼竜も連れて)部屋に入ると、そこにはヘルムントがいた。
VIP席にいた者が勢ぞろいしているのか、ヘルムント以外にも盛装姿の女性が数名、男性が数名といった具合である。
ヘルムントを中央に据えて、こちらを見ていた。
(わー……、つか、大事になってる予感)
「よくぞ来たな、ミツイ」
もっとも偉そうな顔をしたヘルムントがそう言った。おまえはゲームの王様か、とツッコミを入れたかったのだが、身分の高い者ばかりを集めたようなこの場所で、それを言い捨てるほどミツイは大胆ではなかった。
足元でぴぃぴぃと鳴く幼竜にも励まされ、ミツイはヘルムントを見返す。
「まずは、アルガート王子殿下に感謝を。貴公のおかげで無事に魔物を撃退することができた。エルデンシオ王国に魔物が現れたことはかつてなかったのでな、迅速な対応、恐れ入る」
「世話になっている身で役に立つことがあれば幸いだ。それに、魔物退治は我らの国民の方が慣れている。攻められ、国を出た身ではあるが、もっとも魔物を退治したのは自分だという自負がある」
「貴公の経験を、ぜひこの国の防備にも生かしていただきたいと思っているのだが……」
「申し訳ないが、その件については一度お断りさせていただいたかと思う。我らは一時的に身を寄せているとはいえ、ロイネヴォルクの人間だ、あなたがたの国防に関わることに口を出すべきではない」
アルガートは首を振った。ヘルムントとのやりとりは、まるではじめから台本が出来ているかのようにスムーズで、ハタから見ているミツイには首をかしげるばかりだ。提案についてを検討している様子がない。脊髄反射で会話をしているかのようだった。
「なあ、ところでへるむんよ」
挨拶が終わったと思ったところで口を挟む。
「おれは、ちゃんと戦いに出たんだ。これで無罪放免してくれんだろーな?だいたい、無実な人間を剣闘士なんつって放り込んだのはあんたなんだから」
これはミツイにとっては賭けだった。
ヘルムント相手でなければ、こんな高圧的な態度は逆効果だと思っただろう。だが、ミツイは取り繕えるほどの礼儀は知らないし、なによりももうヘルムントに関わりたくない。他にも身分の高い人間がいる前で、自分は無実であると訴える必要があると思ったのだ。
「幼竜誘拐の犯人が、無実を訴える気か?業腹だな」
「誰が犯人だよ!おれは誘拐なんかしてねえ!だいたい、誘拐されたっつってんの、こいつのことなんだろ?心配なら確保しとけよ。チョロチョロおれの控え室まで来たぞ」
「ぴぃぴぃ!」
幼竜が同意するように跳ねたが、ヘルムントは鼻を鳴らしただけで相手にしなかった。
「アルガート王子殿下、魔物退治の件でうやむやとなったが、彼の罪は裁けていない。貴公の国の法に照らして処断してくれて構わないが」
「それは僥倖だが、構わないので?」
「もちろんだ」
もちろんじゃねえよ!ミツイは吼えて訴えたかったが、喉から飛び出そうとした言葉を飲み込んだ。
アルガートが、指先でなにやら合図を寄越すのが見えたからだ。
実際に戦ってみて分かったが、アルガートは決して理不尽な男というわけではない。戦闘狂で戦闘民族で、二重人格かと思うほど戦い好きのようだが、それ以外ではまともな精神をした王族だった。
「では、彼を竜の里に連れていきたい」
「へ?」
きょとんとしたミツイを責めることはできまい。
「戦いの前に少し話したが、彼は幼竜誘拐の犯人ではないと宣言していた。加えて、竜騎士には分かることだが、この幼竜は誘拐犯に契約を申し出るほど誇りを失ってはいない」
ヘルムントは眉根を寄せた。アルガートの意図するところが分からなかったのだろう。
その代わりに一歩足を踏み出したのは盛装姿の女性である。美しい顔立ちに、素晴らしくスタイルのいい体つきを、豪奢なドレスが身を包んでいる。あれ、どこかで見たような、とミツイは目を瞬かせた。
「その件につきましては、私からも証言ができます。カルシュエル公爵子息殿、どういった事情があるのかは後ほど取り調べさせていただきますが、言われもない罪で一介の少年を貶めようとしたことは、あなたの評判に大きく影響することでしょう」
化粧のせいだろうか。よく見知った顔のはずなのに、そこにいたのはミツイのよく知る彼女ではない気がした。
「ロイネヴォルク王国王子殿、彼を竜の里へというのは、なぜ故に?」
「そちらの幼竜が、彼を契約者に見込んでいる。見たところすでに名を交わしているようす、ならば彼に竜騎士の道を拓くのが、竜の里にもっとも近い場所にある王国の王族の役目であると思ってな」
「あなたが同行しては、第二都市に滞在している同胞方が騒がしくなるのは目に見えています。それを、看過するわけにはいきませんね」
「では?」
「竜の里への同行は、私が参りましょう。ロイネヴォルク王国王子殿、あなたはカルシュエル公爵家の客人です。あまり目立つことはなさらないでください」
「エレオノーラ王女、あなたが?」
「私は職業紹介所の所長。竜騎士職についての斡旋も担当しておりますので問題ありません。
それともロイネヴォルク王国王子殿、私では何がご不満が?」
「……いや、大事な職務を放って国を留守にするような大胆なまねをすることのある方だとは聞いていなかったのでな」
「これも職務の一環ですよ。……ミツイさん」
話を振られ、ミツイはぎくりとした。観劇中のような気がしていたのだが、どうやらこれは現実らしい。
「以前、竜騎士にご興味がおありと伺いましたよね。どうやらこちらの方の言い分によりますと、ミツイさんにはその素質がおありのようす。試しに竜の試験とやら、受けに行ってみますか?」
「へ……」
「現状のミツイさんは、幼竜と名前をかわしていると聞きました。となれば、今この時点でミツイさんは魔獣使いに転職している状況です。剣闘士や囚人よりはマシな待遇だと思いますし、魔獣といっても竜ですから、多少の鍛錬で強くなることも可能だとは思います。どちらでも構いませんし、まったく別の道を探っていただいても結構ですが、どうします?」
「いやいや、待ってくれ。おれ、いろいろと混乱してんだけど、一番大事なこと聞いていいか」
「ええ、構いませんよ」
では、とミツイは咳払いした。
「エレオノーラさんって、お姫様なわけか?」




