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異世界リクルーター  作者: 味敦
第二章 ミツイ 異世界に捕らわれる
39/65

38.ミツイ、人事評価を希望する


 私の名前はエレオノーラ。このエルデンシオ王国の首都にある、職業紹介所の職員である。


 投獄され、剣闘士として戦いを強要されたミツイは、考えうる限り最善を尽くした。対戦相手であるロイネヴォルク王国の王子、アルガートと共闘し、魔物を退治したのである。これは、エルデンシオ王国の国益を考えれば、アルガートに勝つよりも、負けるよりもいい結果だった。

 キマイラという魔獣は、エルデンシオ王国では見ないが、ロイネヴォルク王国ではたまに見られる生き物だ。野生化して山岳地帯に住み着いているという。召還をして魔獣として契約するには、そのアンバランスな生態が邪魔をし、うまくいかないことが多いらしい。頭は獅子(肉食の獣)胴体は雄山羊(草食の獣)尾は毒蛇(爬虫類)という、生き物として間違っている形状が悪いのか、キマイラとしての自我が統一されておらず、そのため契約するための知性に欠けるようである。

 魔物化しているキマイラを見るのははじめてだった。

 エルデンシオ王国ではキマイラ自体を見ないから、増して魔物化など見る機会はない。

 空を飛び、円形劇場に飛び込んできた魔物は、まっすぐに剣闘士たちへと向かっていった。


「まるで、ロイネヴォルク王国の王子殿を、狙っていたかのようですね?」


 私は、この試合を特等席で見物しながら呟いた。

 隣に座るエル・バランさんもうなずく。


「実際そうなのだろう。魔物と一口に言うが、キマイラはそれなりに鼻の利く生き物だ。国外に逃亡した王子を殺せと命令されてきたのではないか?」

「魔物を統括する者に、ですか。……実のところ、にわかには信じがたいのですが」

「エルデンシオ王国は平和だからな。隣国とはいえロイネヴォルク王国の実情を想像するのは難しいだろう。だが、国を捨て、国民を連れて逃げてきたのだ。あのような、戦い好きな男が、だ。よほど劣勢と見えるな、前線は」

「どうお考えです?我が国も参列するべきと?」

「第二都市は参戦するべきと考えているだろう。首都まで刺客が到達したということは、王子を匿っていた第二都市には、頻繁に魔物が現れていたとしてもおかしくはないぞ」

「そのような報告はありませんでしたね」

「報告漏れということは……」


 私はかぶりを振る。


「カルシュエル公爵子息はともかく、カルシュエル公爵ご本人は、ご自分が不利をこうむることを望まない男です。第二都市ばかり防衛費がかさむような実情を、報告しないわけがない。むしろ水増しして報告してもよいくらいです」

「では実際に第二都市は無事なのだな。なぜだ?」

「狙いが、竜騎士だとすればどうでしょう」

「なに?」

「ロイネヴォルク王国の王子という狙い方ではなく、竜騎士であるアルガート殿が狙われているのであれば、幼竜と同じ空間にいたことで、彼が竜騎士として認知されたのかもしれません」

「なるほど。モーズイル殿の論だな?」

「ええ」

 モーズイルとは、エルデンシオ王国の大魔道士の名前である。前代の宮廷魔術師をしていたおじいさんだ。

「だが、だとすれば的外れだ」

 エル・バランさんはあっさりと否定した。

「この幼竜は、召還されながらも契約を行っていない状態。つまり、竜騎士の竜として把握できない状態なのだ。幼竜が、すでに主人を決めており、魔力を交わしているならともかくだが……」


 エル・バランさんは言いかけながら、何かに気づいたらしい。「なるほど」と小さく呟いた。


「魔力を交わすとはどうやって?」

「直接触れ合うだけでいい。それで、幼竜の方が主人をそうと決めるのだ。契約をするまでは、契約予定、などという状態だと思ってもらえばいい」

「触れ合う……ですか。エル・バランさんのおっしゃりようだと、すでに回答は分かっているようですが」

「ああ。モーズイル殿の言い分も、ある意味では正しいと考えている」


 エル・バランさんはふっと息を吐くと、私の足元をチョロチョロする幼竜の背を押した。

 行ってもいいんだぞ、というように、数度に渡ってそっと背を押してやる。


「ぴぃぴぃぃっ!」


 小鳥のようなかわいらしい声で鳴くと、幼竜はお辞儀をした。どうやら礼を言っているのだろう。

 そのままぴぃぴぃと足元を離れていく幼竜を見つめて、ちょっと寂しいと思ったりもする。

 私は知らなかったが、その足でミツイの元へと向かっていたということを後に知った。


「幼竜と言えど、魔獣だ」


 エル・バランさんに言わせると、その一言で説明がつくらしい。残念ながら、魔法使いではない私には不足する説明であったが、それ以上説明する気のなさそうな彼女に食い下がっても仕方ないようだ。




 視界の端でカルシュエル公爵子息が演説を行っている。

 剣闘ショーのどさくさでミツイを処分するという目論見はついえたはずだが、公爵子息の表情は動じていない。他にも方法を考えているのかもしれなかったし、あるいは目論見を外した以上に満員御礼の円形劇場から上がってくる収益について考えているのかもしれない。


「イベントの企画能力はあると思うのですが、いかんせん……」

「悪趣味でございますな」


 美しい声が聞こえた。

 口端に笑みを浮かべる、まだ年若い令嬢の姿がそこにある。普段は侍女として控えめな衣装に身を包んでいるが、兄の催し物へのゲストとなると、そうもいかなかったようだ。カルシュエル公爵令嬢サルヴィアは、嫣然とした笑みを浮かべながら公爵子息への毒を吐いた。

 円形劇場のこの場所であれば、彼女と直接話ができる。そう思い、手を回しておいたのである。

 催し物に興味のないエル・バランさんが出向いてきているのもそのためだ。もっともミツイを気にしていたエル・バランさんであれば、万が一のために自発的に来ていた可能性もあるが。


「サルヴィア殿、よく来てくれた」

「わたくしの兄上さまは、見てのとおり少々悪趣味でな。企画を立てるのは良いが、万人受けするものばかりではない。

 スリルのある方をお好みであるというのは、わたくしの血縁だと思うしだいよな」

「兄上に対してその物言いか」


 エル・バランさんが少しばかり呆れ、ついでに感心したように呟いた。


「わたくしと兄上さまがわりない仲ではないことは、皆も知っていること。それを、取り繕うつもりはない」

「わりないとはそう言った場合に使う言葉ではないように思います」

「つれないことを言うでない。……さてしかし、どうやらお二方にはわたくしにご用がある様子。兄上さまの所業で何かあったということか」

「ご推察のとおりです」


 私は小さく笑みを浮かべると、ミツイの現状について端的に述べた。

 公爵令嬢は一通り聞き終わると、ゆっくりとした笑みを浮かべた。


「兄上さまは、わたくしを第二都市に連れるためという名目でこちらにいらしたが、わたくしは首都を離れる気は毛頭ない。友人のそばを離れて万が一のことがあったらいかがする?わたくしはこの世のすべてを滅ぼしても悔やみきれぬほどの悔いを残すだろう」

「つまり、首都から離れずに済むのであれば、カルシュエル公爵子息がどう罰を受けようと抗議はしないでおくということでよろしいでしょうか。可能であれば一筆願いたいですが」

「文字を残すのはよろしくない。わたくしはただの令嬢に過ぎぬ。それにはなんの力もない」

「では、口頭で。……何か問題が生じたら、ミツイさんの味方になってくださると思ってよろしいですね」

「くふふ、賊もどきのために骨を折るかと言えば否であろう。だがしかし、兄上さまが何を言っているのか、とんと思いつかぬことになろうな」

「それで十分ですよ」


 わざとはぐらかす言い方をしているが、公爵令嬢ははじめから断る気などなかったのだろう。

 どのような出会い方をしたのか、ミツイのことを気に入っているようすだ。

 公爵令嬢の嗜好を考えれば、おのずとどのような気に入り方をしているのかは推測がついた。悪趣味なからかいの対象としてだろう。他者の苦しむ姿を見て悦に入るあたり、彼女と公爵子息とはよく似た兄妹であった。


 公爵令嬢はこう言ったのだ。私やエル・バランさんの動きにより、公爵子息の目論見が外れた後、公爵子息が悪あがきをしても彼をフォローしないでおくと。公爵子息の妄言で片をつけるには、同じ身内がバッサリと彼の言い分を切り捨てることが重要だった。そうすれば、公爵子息ではなくヘルムント本人の問題にできる。首都に留まっていた理由を公爵令嬢の要望だなどと言った暁には事実無根と断じるわけである。

 自分の兄が不利となっても、逆に嗜虐的に楽しみそうなところが彼女の恐ろしいところだが。


「そういえば、わたくしはミツイ殿とお会いしたことがあるのだが」


 ふと、公爵令嬢が口を開く。


「救出された折のことでしょうか」

「いいや。賊もどきは豪胆にもわたくしの部屋に忍び入って参ったことがあってな。賊であろうと断じて首を落としてやろうと思うたが、姫が止めるので叶わなかったのだ」


 ふくく、と公爵令嬢は笑った。どういった事情かは分からないが、端的に聞くだけでは不埒な真似をしようとしたようにしか聞こえない。だがそうであれば妹姫が止めるわけはないだろう。


「顔に黒い相が出ていない、と」

「妹姫が?」

「そう。姫が言うのであればそうなのであろう。わたくしには見えぬが、姫には見える『それ』が」


 公爵令嬢が姫と呼ぶのはエルデンシオ王国の第二王女、コレットに限られる。

 この王女は世間一般評価として良く言えば無邪気、悪く言えば知性に欠ける王女なのだが、その代わりに先天的に『それ』を視るのだ。

 悪意だとか、雑意だとか、様々なものが含まれる表現なのだが、黒い相と言った場合は悪いもの、白い相と言った場合は良いものを指しているようだ。

 この能力の妨げにならないよう、第二王女は意図的に一般教養や学問を学ぶ機会を減じられている。公爵令嬢が侍女として仕えるようになって、その傾向はさらに増した。第二王女を気に入った公爵令嬢が過保護に護るようになったためだ。

 それを良しとしない者も多いのだが、公爵家の守護がついたと喜ぶ者もいる。


「ミツイには黒い相がないのですか」


 だがぽつりと私が呟いた理由には、二人とも気づかなかっただろう。


 


  □ ■ □




ミツイ・アキラ 16歳

レベル3

経験値:92/100(総経験値:292)

職業:剣闘士→?

職歴:衛視、魔法使い、掃除夫、盗賊、風呂焚き、飛脚




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