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異世界リクルーター  作者: 味敦
第二章 ミツイ 異世界に捕らわれる
33/65

32.ミツイ、剣闘士になる(その2)


 ミツイは逃亡の方法を探ることにした。

 与えられた豪華な部屋は、牢屋の独房と異なり、いろいろな物が置いてある。そのうち何かを使えば、この部屋から脱出も可能ではないかと思ったのだ。

 残り三日の間にどうにか逃げ出さなければ、公開処刑で殺される。相手が何者か知らないが、このような馬鹿げた催しに乗り気なところをみれば、腕に自信のある困ったヤツなのだろう。相手との話し合いで回避するような手段は望めまい。


 ミツイとて、自分が聖人君子で生かしておく価値のある人間だと思っているわけではない。だが大人しく殺されてやるほど人生に絶望もしていないし、何より自分の命は自分が大事にすると決めたのだ。自分だけは自分が大好きなのだ。文句あるか!あっても聞いてはやらん!


 まず最初に考えたのは、窓ガラスを割る方法だ。厚いがさほど精巧な作りではないようだから、机や椅子をぶち当てれば壊れるような気がした。だが二、三度打ち付けてみて断念するハメになった、思ったよりも丈夫だ、ベッドを直接打ち付けるくらいの衝撃がないと叶わない。

 次に考えたのは、トイレの水洗機能だった。牢屋では実行する気にならなかった方法だが、エルデンシオ王国の水洗トイレは、下水道に繋がっているはずなのだ。どのくらいのパイプかは不明だが、それが人の通れる太さならば、下水道を通じて逃げられるはずだ。だがこれも無理だった。トイレについているパイプは、あまりに細い。また、二階であるためマンホールのような通路がある気配もなかった。

 その次は戸棚の奥を調べた。エル・バランの屋敷にあったような秘密の通路がないかと思ったのだ。だが、これも徒労に終わった。軟禁するのに秘密の出入り口のある部屋を使うような間抜けはいないだろう。

 さらには天井も調べようとしたが、手枷のついた状態で天井を調べることはできなかった。

疲れ果て、ベッドに横になったミツイは天井を見上げながら目を閉じる。


「万事休す。どうする。どうする……。ああ、せめてエルさんか、エレオノーラさんに連絡がつきゃあ……」

『なんや、ウチは除外かいな』

「!?」


 いきなり耳元で声がして、ミツイは飛び上がった。ベッドの上で胡坐をかくと、周囲をキョロキョロと見回す。


「キャシー!?どこだよ!?」

『どこっちゅーたら、エル・バランの屋敷や。ウチの魔力、少し吸わせてやったんを覚えとるやろ、ちいとばかし、つながりが残っとるっちゅーことやな』

「マジ、助かる!なあ、エルさんに連絡とれないか?おれ、へるむんの家みたいなとこに捕まってんだけど!」

『へるむんてなんやねん』

「え。あだ名。本名は……カ、カル?なんとかって貴族だ。ヘルムントって名前なんで、へるむん」

『阿呆やなあ。命の危機感じてウチに緊急連絡してきたっちゅーのに、呑気にあだ名つけとる場合か?』

「いやあ、けどさ。それはそれというか?」

『まあ、ええわ。それよりなあ、ウチはエル・バランの屋敷から出られんからな、どうこうしてやることもでけんのやけど。エル・バランから伝言があんねん』

「……え?」

『先代の宮廷魔術師がなあ、ミツイについてエル・バランに聞いてきたんや。牢屋に捕まっとるミツイっちゅーのは、どんなヤツなんやってな』

「え。な、なんて言ってた?」


 どきりとして、ミツイは耳を澄ませた。キャシーの声は直接頭に響いており、耳で聞いているわけではなかったのだが、気分的なものだ。エル・バランがミツイをどう評価したのか、非常に気になる。


『阿呆やけど、真面目やて』

「…………」


 ミツイはがっくりと肩を落とした。


『冗談や。エル・バランがそないなこと言うわけないやろ。ミツイがどんな仕事振りやったか、客観的なことだけ言うとった。そこから、何を受け取るかは、相手しだいやってな』

「なんか、エルさんらしい気がするな」

『んでな、こっからが本題や。エル・バランが言うにはなあ。「剣闘ショーには出場した方がいい」てことや』

「え。……な、なんでだ?出たらおれ、死ぬかもしれねえのに」

『逃げた、っちゅー方が問題やって話や。正々堂々出場して、悪いことなんかしてへんって胸を張っとれってことやな。エル・バランの方でも、なんかしとるみたいやし。まあ、少しは信用したったらええんとちゃう?』

「……」

『エレオノーラっちゅー姉ちゃんは、ウチは面識ないんで分からん。けど、宮廷魔術師が帰った後に、誰かに会うっちゅーてエル・バランは屋敷を出てったからなあ、もしかしたらその姉ちゃんに会いに行ったんかもな?』

「……そか」


 小さく呟くと、ミツイはベッドから降りた。室内にあった燭台を手に取ると、軽く振って重さを確かめる。


「魔獣って、すげえな。皆、こんな風に話せるもんなのか?」

『程度の低い連中には無理やで。後、野生になってもうた連中にはムズイやろな。そもそも、召還されて契約っちゅー過程を踏んでへんもん』

「野生?」

『せや。こっちの世界に順応しとる魔獣は、もう魔獣っちゅーのとはちゃう、こっちの世界の生き物なんや。ウチみたいに、契約結んどる生き物は、契約切れたら元んとこに戻れる約束事があるんやけどな。契約なしだと存在が安定せん。皆のアイドル、キャシーちゃんが人型しとるんは、エル・バランとの契約のおかげや』

「……ふむ?」

『召還されて、誰とも契約結んでへん生き物は、一番アブナイ。自己保身のために魔力高い人間のそばに寄り付く傾向がある。契約せんと世界に馴染めたら一番自由なんやけどな、そしたら今度は元の世界には戻れんし。まあ、どっちがええかは本人しだいやけど』


 今ひとつピンと来なくてミツイは首をかしげた。


「なあ、キャシーとの連絡って、これからもこんな感じでとれるのか?」

『エル・バランがいない時なら、できるかもしれへんけどな。まあ、無理やと思っといた方がええで。魔獣ってのは、契約相手に魔力を提供するもんなんや。ミツイとのつながりは、たまたまの偶然で、ちょびっとだけやしな』

「了解。……助かったよ、キャシー。マジで感謝だ」

『なんや、気味悪う』

「ちょっとデレたらそれかよ!いいじゃねえかよ!おれだって感謝したりするよ!」


 カラカラとした笑い声が返り、それきりキャシーの声は聞こえなくなった。

 つながりが切れたらしい、と分かったミツイは、手にした燭台の先を落とすと、素振りをはじめた。


「つまり、だ。エルさんやエレオノーラさんが何かしてくれるとすれば、当日だってことなんだ」


 ヘルムントは円形劇場の剣闘ショーのパンフレットを、大々的に配布したようだ。王女も呼ぶと言っていたところを見れば、根回しは相当やっている。それを、直前に逃げようとしたところで、叶う確率はかなり低い。

 それはつまり、釈放予定だったミツイが牢屋から連れ出され、ショーに出されようとしているという状況をエレオノーラに伝えるということはすでに達成されていると考えていい。パンフレット自体を見ていなくても、街中の噂が流れるだろう。職業紹介所は街の中心部にあるし、円形劇場にも近い。耳に入らないはずはなかった。

 エレオノーラがその状況を受けて、従来の釈放手続きになんらかの柔軟性を持たせてくれる可能性もある。逆に、大人しく同じ場所にいなかったミツイは、すでにエレオノーラの助力を受けられない状況になっているのかもしれなかったが、これは恐ろしいので考えるのを放棄した。

 どちらにせよ、居場所が伝わったのだから、なんらかの救済が来るとしたら当日だ。その日はミツイもこの屋敷から連れ出され、円形劇場に向かうのだから。それ以前は、ヘルムントはなんだかんだと言い逃れてミツイの所在地を明らかにしないだろう。あるいは手出しができないようにされているかもしれない。


「おれに出来ることと言ったら、相手にむざむざ殺されないこと。……後、相手を殺さないことだ」


 こんな茶番に乗るような男が大したものだとは思わないが、国賓だと言っていた以上、重要人物ではあるのだろう。貴族階級である可能性もある。それを、剣闘ショーの場面だとは言っても、殺してしまえば間違いなくミツイは罪に問われる。例外が適用されるような状況だとは思えなかった。

 だが、相手は殺しにくる可能性が高い。それを、いつまで逃れられるかというと、分からない。


 想像の相手を前にして、ミツイは燭台の柄を振る。


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